ゾンビ・ライフ 8
「あかいくん、ひとりでいるの、しんぱい」
小室さんの声には相変わらず感情は込められていなかったが、俺にとってその言葉はこの上なく優しく思えた。
「小室さん……でも、お父さんとお母さんが……」
「だいじょうぶ。おとうさん、おかあさん、きっと、ひなんしてる。いつでも、このいえ、かえってこられる」
「小室さん……」
小室さんは笑ってはいなかったが、目を細めて俺を見た。
その死んだ魚の目が優しく見えたのは、その時が初めてだった。
「あかい、くん。げんき、だして」
「……うん。ありがとう」
俺はその時になってようやく気付いた。
ゾンビになった小室さんは日常生活を送るためには俺が必要だと思っていた。
だけど、そうじゃない。
俺が、小室さんが必要だったのだ。
ゾンビであって、ゾンビでない小室さんが俺にとっては心のよりどころになっていたのだ。
「じゃ、かえろう。うちに」
「あ……うん」
俺は涙を拭いた。
小室さんはゆっくりとした動作で俺の隣にやってくる。
そして、もう一度自分の家を見上げた。
「小室さん……その……ごめん」
「え。なんで、あやまるの」
「だって、俺のせいで……」
俺がそういうと、小室さんは少し困ったように視線を反らした。
そして、しばらくして俺の方をもう一度見る。
「……ごめん。わたし、ほんとはふあん。できるなら、このいえに、のこりたい」
「え……じゃあ――」
「でも、ここにひとり。わたし、ぞんび、になっちゃう」
「え……ど、どういうこと?」
「ひとりだと、かいわ、ない。こんびにのといれ、いっしょ。にんげんらしさ、わすれちゃう」
「あ……そ、そうなんだ」
「だから、あかいくん、わたし、ひつよう」
小室さんは、その濁った瞳で俺を見た。
しかし、その目は俺にとって、どこまでも透き通っているような目に見えた。
というか、小室さんに、明確に必要、と言ってもらえたことが俺にとって何よりもうれしかったのだが。
その言葉は、久しく自分一人しかいないのではないかと思っていた俺に、癒しのような何かを与えてくれたのだ。
いや、それ以上に俺に確信させた。
自分は、明確に、このゾンビ少女に惹かれているのだということを。
「小室さん……ありがとう」
「ありがとう? なんで、おれい?」
「あ、えっと……まぁ、とにかく、家に帰ろう」
恥ずかしくなった俺は適当にごまかしてしまった。
「うん。かえろう」
ゾンビ少女はそう言って、また亀が歩く程度の速さで動きだした。
俺もそれに合わせてゆっくりと歩きだしたのだった。




