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僕とゾンビじゃない彼女  作者: 松戸京
チャプター29
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正しい道

 それから、俺と小室さんは廊下を歩いてジャージ組の部屋に戻っていった。


 扉を叩くと、程なくして椿先生が顔を覗かせる。


「あら? どうしたの?」


「あ……先生……その……ちょっと相談があって……」


「え? 相談? ……あ! もしかして夜のことね!?」


 椿先生はポンと手のひらを叩いて顔を輝かせる。


 確かに間違ってはいないのだが……なんとも言い出しづらかった。


「あ……そ、そうです。だから、ちょっと……」


 俺が不思議な態度をとっていることに気付いたのか、椿先生はようやくジャージ組の部屋の扉を閉め、廊下に出てきてくれた。


「どうしたの? 何か問題?」


「あ……その……先生、車、持ってますよね?」


 俺がそう言うと椿先生はキョトンとした顔で俺を見た。それからしばらくして小さく頷く。


「ええ。持っているわ。小さい車だけど……ずっと、校舎裏の駐車場に停めてあるわよ」


「そ、そうですか……その……車の鍵も持っていますよね?」


 俺がそう言うと椿先生はジッと俺のことを見る。


 そもそも……椿先生には、ジャージ組には囮になってもらうことを言っていないのだ。


 ここで車の鍵を貸してくれと言うのは、それこそ、その事実をあからさまにしているようなものではないか。


 自分で自分が情けなくなったが……今更もうどうしようもなかった。


「……ええ。持っているわ」


 椿先生はそう言って、ポケットから熊のキーホルダーがついて鍵を取り出した。


「あ……そ、それ……貸してもらえませんか?」


 もはや今更後戻りはできなかった。ここまできたら言うしか無いのだ。


 すると、椿先生は少し悲しそうな顔をしたかと思うと、躊躇わずに鍵を渡してきた。


「え……い、いいんですか?」


「ええ。だって……必要なんでしょ?」


 椿先生は笑顔でそう言った。その時、俺は目の前の女性が、思っていたよりも賢く、強い女性であると強く意識した。


「え、ええ……でも――」


「赤井君」


 と、椿先生はいつものにこやかな表情ではなく、キリッとした顔で俺を見た。


「は……はい」


「アナタは……すごいわ。私なんかよりもきっと多くの修羅場をくぐり抜けてきたと思うの。だから……アナタの信じた道を行けばいいと思うわ」


「え、ええ……」


「それがアナタの判断したことならば、私は何も言わないし、言う資格もない。だけど、覚えていて。私が先生で、生徒を守る義務があるように、アナタも一人じゃない。アナタを信じてくれる人を守る義務がある……私はそう思うわ」


 ハキハキとした調子で、椿先生はそう言った。


 なるほど。教室で園芸用のチェーンソーを振り回していた方ではなく、こちらが本当の椿先生なのだ。


「だから……道を間違えないで。それはアナタだけの問題じゃないから」


 そこまで言うと、椿先生は恥ずかしそうにはにかんだ。


「ふふっ……ちょっとだけ、先生らしかったかしら?」


「え、ええ……とても」


「そう。なら、良かったわ……アナタもそう思う?」


 椿先生はそう言って小室さんの方を見る。小室さんはゆっくりとだが、小さく頷く。


「わたし、せんせいのほうが、ただしいと、おもう」


「ふふっ。ありがとう。じゃあ、夜、また会いましょう」


 そういって、椿先生はジャージ組の部屋に戻っていった。


 俺は、ただその後姿を見ているだけである。


「……あかいくん、どうするの」


 小室さんにそう言われて、俺は我に返った。


 ……そうだ。今まで俺は、自分の意思で決めてきた。


 鍵を貰って、ジャージ組を囮に逃げる……これは、平野さんのアイデアじゃないか。俺の意思じゃない。


 だったら、俺がすべきことは……


 俺はギュッと鍵を握り締めると、小室さんの方に顔を向ける。


「……俺も、椿先生が正しいと思ったよ」


 俺がそう言うと、小室さんは無表情ではあるが、満足そうに頷いたのだった。

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