孤独な独裁者
「……え、えっと……小室さん?」
「なに、あかいくん」
結局、じゃんけんに勝利した小室さんと俺が、椿先生のもとに戻り、車の鍵を借りてくることになった。
それに際して、小室さんは完全に俺の近くをぴったりとくっついて歩いていた。
無論、小室さんはいつものスピードで歩いているので、俺もそれに合わせて歩く。そのため、歩くスピードはこの上なく遅いものとなった。
「え、えっと……少し、近すぎるんじゃないかな?」
俺がそう言うと、小室さんは無表情のままに俺のことを見る。
その目は、明らかに不満を俺に訴えてくるものであった。
「……こむろくん、わたしとちかいの、いや?」
「え……そ、そういうわけじゃ……ないけどさ……」
よくよく考えて見れば、既に今まで手だって握っているのだ。しかし、どうにも、小室さんにこんなにも近くを歩かれると、どことなく緊張してしまうのである。
「だったら、もんだいない。わたしは、あかいくんのちかくが、いい」
小室さんは相変わらず表情も変えずそんな嬉しいことを言ってくる。
俺としては嬉しいのだが……幾分恥ずかしい気持ちもある。
まぁ、でも今はともかく椿先生のところに小室さんと行くことが重要である。
俺は気を取り直して再び小室さんにスピードを合わせて歩き出す。
ちょうどその時だった。
「……ん? あれって……」
前方に見えたのは……人影だった。
それは学校の廊下にふさわしくなく、なぜか制服の上を軍服来ており、頭にも帽子を被っている。
その姿ですぐに、生徒会長の黒上であることがわかった。
それと同時に黒上も俺と小室さんのことを確認したようだった。
「ひっ……」
しかし、廊下に響いたのは、小さな悲鳴だった。見ると黒上は不安そうな顔で俺と小室さんを見ていた。
思わず俺と小室さんは顔を見合わせてしまう。
「あ……アナタ達! な、なんでこんな所にいるの!?」
震え声ながらも、懸命に黒上は俺と小室さんにそう言ってきた。
「え……そ、それは……」
よく考えたら不味い状況だった。なにせ今俺と小室さんが見つかったのは、この学園を支配している狂った独裁者である。
ただ……その様子は酷く怯えていて、まるで俺と小室さんのことを怖がっているようにも見えた。
「え、えっと……俺たちは……」
「そ、それよりも……聞きたいのだけれど……川本と谷内のこと……知らないかしら?」
と、意外な質問をしてくる黒上。俺は思わず戸惑ってしまった。
二人が今どうしているかは知っている……そして、谷内に関しては既にこの世にいないことも。
ただ……どう見ても、黒上の様子はおかしい。ここで下手な刺激を与えるのは得策ではないだろう。
「……いえ、知りません」
「そ……そう……」
酷く落ち込んだ様子で黒上はそう返事すると、ふらふらとよろめきながら再び廊下の向こうへと歩き出した。
「ふたりとも……私を置いて……どこに行ったのよ……」
消え入りそうな声でそう言いながら、黒上は廊下の向こうに消えていった。
「……なんだったんだ?」
「あのひと……かわいそうな、ひと」
俺が思わず呟いた後で、小室さんが無表情に悲しそうにそう言ったのであった。




