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僕とゾンビじゃない彼女  作者: 松戸京
チャプター29
187/204

想定の範囲内

 それから、俺と紫藤さんで川本さんをベッドに寝かせる。


 平野さんは保健室に設置されている大きめの冷蔵庫を開くと、中から厳重に保管されたアタッシュケースを取り出した。


「……やれやれ。これは、私自身のために取っておいたのだがね」


 自嘲気味に笑いながら、平野さんはアタッシュケースを開く。


 中にあったのは、何本かの注射器だった。


「……ホントに持ってたのかよ」


 信じられないという顔で紫藤さんがマジマジと注射器を見る。


「ああ。私は医者だからな。さて……まぁ、初使用の良い実験身体と言えば、それもそうだな」


「……へ? な、何いってんですか? 平野さん」


 平野さんが言い出したことに、俺は思わず耳を疑った。


 初使用……ってことは……


「ああ。これはワクチンだが……まだ実際に使われたことはない」


「はぁ? おいおい、大丈夫なのかよ? 今にもコイツ、ゾンビになりそうだっていうのに――」


 と、紫藤さんが言ったその時だった。


「うがぁぁぁぁぁ!」


 川本さんが腕を振り回して暴れだした。俺と紫藤さんが慌ててそれを押さえつける。


 ふと、川本さんの顔を見てみる。すでに青白くなっているのを見ると……ゾンビになってしまうのは本当に後数分の勝負という感じだ。


「お、おい! ヤブ医者! さっさとワクチンを打ちやがれ!」


 紫藤さんが怒鳴る。平野さんは肩をすくめ、小さく頷いた。


 僕と紫藤さんは暴れる川本さんの右腕をなんとか固定する。そこに、平野さんが注射器の針を差し込んだ。


「よし。押さえつけていたくれよ」


 そして、注射器の中身を平野さんが押しこむ……川本さんはしばらく興奮状態だったが……程なくしておとなしくなった。


 おとなしくなったというか……そのまま川本さんは眠ってしまったようだった。


「……効いたのか? ワクチン」


「さぁ? 理論上は効くはずだが」


 あくまでそんな無責任なことを言う平野さん。かといって、今は平野さんが持っていたワクチンに賭けるしかないのだ。


「とにかく、川本は大人しくなった。これはいずれにせよ我々にとってはチャンスだ。そうだろう?」


 平野さんにそう言われ、俺は思い出した。


 今のうちに、脱出計画を進めなければいけないのだ。


「あ……そうだ。えっと……とりあえずジャージ組の協力は、椿先生に頼むことができました。後は……車なんですが……」


「なんだ? あの先生から鍵を貰ってこなかったのか?」


「……その、椿先生には……バスで逃げる、って言っちゃって……」


 俺は躊躇いがちにそういった。紫藤さんもそれと同時に呆れたようにため息をつく。


 その反応を見て、平野さんも怒る……と俺は思っていた。


 しかし……


「そうか。まぁ、想定の範囲内だな」


 と、俺にとっては予想外の言葉を言ってみせた。そして、何くわぬ顔でパイプ椅子に座ると、懐からタバコを取り出す。


「え……怒らないんですか?」


「ああ。まぁ、君は若い。あの先生にそんなことを言ってしまう可能性だって考えた。だから、私は別に怒るつもりはない」


「え……で、でも、バスには爆弾が……」


「ああ。その問題も、もうすぐ解決する」


 と、平野さんがそう言うと共に、保健室の扉が乱暴に開いた。


「コウメちゃん!?」


 不安そうな顔で保健室に入ってきたのは……汚れた白衣を着た陰湿そうな女の子……谷内タケヨだった。

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