伊達じゃない!
「……で、君達はなんでここに帰ってきているんだ?」
平野先生が呆れ顔で俺と紫藤さんにそう言った。
肩を貸してここまで連れてきた川本さんは、すでに息も絶え絶えという感じで、とてもつらそうだった。
「平野さん。川本さんのこと、なんとか助けてあげて下さい」
「……は? 君ねぇ……本気で言っているのかい?」
呆れ顔で平野さんはポケットからタバコを取り出し、口に咥える。
「……ソイツは、君たちの敵だよ? 助けた所で、なんのメリットもない……紫藤君。君もそう思うだろう?」
平野さんは同意を求める様子で紫藤さんにそう言った。
「……確かにな。コイツには俺も酷い目に会った……だけど、赤井が助けようとしたんだ。これは俺のカンなんだが……コイツは何かの役に立つんじゃないかと、俺は思うんだよ」
と、紫藤さんはそんな予想外のことを言い出した。俺も思わずその言葉にキョトンとしてしまった。
「ほぉ。つまり、紫藤君は、川本を助ければ、我々の脱出計画に利益がある、と」
「ああ。俺はそう思う」
紫藤さんはニヤリと微笑んでそう言った。平野さんはしばらく俺と紫藤さんを見た後で、いきなり苦しそうな川本さんの頬を掴んだ。
「ナ……ナニヲスル……」
「ふむ……目の焦点が合わないな。顔色も相当悪い。これは後数分でゾンビになるな」
そう言うと、平野さんは肩をすくめる。
「前にも言った通り、残念ながら今の私ではゾンビ化する彼女をどうすることもできない。やはり、早い所彼女を処分するか、生徒会室に送り込んできてくれ」
平野さんはそう言って俺を見た。しかし、俺とて、何も考えもなく川本を連れてきたわけではなかった。
「……平野さん。持ってますよね?」
「ん? 何をだ?」
俺は少し間を置いてから、平野さんのことをまっすぐに見る。いつも飄々とした平野さんが少し気まずそうに俺から目を逸らした。
「試作品のワクチンです。何本か、持ってますよね?」
俺がそう言うと平野さんは俺のことをジッと見たままで何も言わなかった。しばらく黙ったままだと思ったが、不意に小さくため息をついた。
「……なぜそう思うんだ」
「簡単です。黒上はゾンビを毛嫌いしている……もし、仮に自分がゾンビに噛まれでもしたら、その対応策を考えるはず……そうなると、平野さんがワクチンを持っている可能性に辿り着きます」
「ん? ちょっと飛躍しすぎじゃないか? 私はワクチンを持ってないんだ。今はこの学校のしがない保健医の立場……前にも言っただろう?」
「そこですよ。ただの保健医だったら、黒上が平野さんを重用する理由がない。わざわざ一つの部屋まで与えているのは、ワクチンを持っていて、その扱い方を知っているから……違いますか?」
俺がそう言うと平野さんはまたしてもジッと俺の事を見ていた。そして、なぜか不意にニヤリと微笑んだ。
「なるほど……伊達にこの世界を生き抜いていないわけか」
そう言うと平野さんは観念したかのようにまたわざとらしく肩をすくめた。
「患者をベッドに寝かせてくれ。残り少ない試作ワクチンを注射するとしよう」
平野さんのその言葉を聞いて、俺と紫藤さんは思わず顔を見合わせて笑いあったのだった。




