優しさの招く困難
「……じゃあ、椿先生。その……手伝って、くれるんですね」
俺は今一度椿先生に確認した。その目は未だに涙ぐんでいたが、先生はしっかりと頷く。
「ええ……それで、生徒会の子たちが改心してくれるなら」
先生はそう言っているが……正直、それは難しい気がする。
奴等はどう考えてもこの状況を楽しんでいる。特に黒上はこの学園を支配することで、満足感を得ているのだろう。
そうなると、改心なんてできるわけもないと思うが……
「……それで、私達は何をすればいいの?」
と、椿先生が真剣にそう訊ねてくる。俺は紫藤さんに小突かれて我に返る。
「あ、ああ……えっと、ですね。学園中のガラスと、バリケードを破壊して下さい」
「え……そんなことしたら……」
「はい。ゾンビが入ってきます。その混乱に乗じて、我々は逃げ出します」
俺がそう言うと先生はキョトンとしていた。そして、周りのジャージ組もあまり要領を得ないという顔である。
「え……ダメ、ですか?」
「ダメではないけれど……危険じゃないかしら?」
「え、ええ……でも、ゾンビが入ってくれば生徒会も混乱します。それに、今、川本は通常の状態ではないのです。ですから、簡単にこの学園から逃げることができるでしょう」
「そ、そうなの? だ、だったら……ね?」
先生がジャージ組に優しく微笑みかける。すると、ジャージ組も納得してくれたようだった。
「……それだけです。先生にお願いしたかったのは」
「わかったわ。それで、いつ決行するの?」
と、椿先生にそう言われ俺は戸惑ってしまった。
確かに、今すぐにでも結構すべきなんだろうが……
「夜だな。夜の方が奴等も混乱するだろうし」
と、紫藤さんが助け舟を出してくれた。俺はホッとする。
「わかったわ。じゃあ、今日の夜……決行ね!」
椿先生は意気込んでそう言った。ジャージ組もすでにやる気満々である。
しかし、俺はどうにも気乗りしなかった。
悪いことをしている……その自覚は強く俺の中にあったからである。
「……あ、すいません。椿先生」
「ん? どうしたの?」
と、椿先生は無邪気な笑顔で俺に訊ねる。
「えっと……先生は、バスの運転はできますか?」
「へ? バス? ああ! それで逃げるのね!」
椿先生は嬉しそうにそう言う。と、紫藤さんが苦々しい顔で俺を見ているのがわかった。
「大丈夫よ! できます! ちょっと……下手だけど」
「そ、そうですか。なら、安心です」
「でも……あのバス、爆弾が仕掛けられているって、前に保健の先生から聞いたわ。大丈夫なの?」
と、椿先生が最もなことを言う。
大丈夫……ではない。しかし、俺にはどうにも、椿先生はそんなことは言えなかった。
「……大丈夫、です。俺が、なんとかします」
言ってしまってから、紫藤さんがやれやれと言った感じで首を振っているのが見えたのだった。




