リカちゃんの秘密
「ったく……だから、リカちゃん、『ドーテー』は嫌いなのよねー……デリカシーが無いっていうかぁ……はぁ……」
「え……な、何言っているの? 夕樹さん……」
俺が困惑していると、夕樹さんはまるでゴミでも観るかのような冷たい目で俺を観る。
その目は先程までのオドオドしていた夕樹さんのつぶらな瞳とは、似ても似つかない目つきだった。
「はぁ? 何? 言っている意味、わかんないわけ? 超ウザいんですけど」
「え……だ、だって……」
「あのねぇ、リカちゃんは……あー、もういいわ。バレちゃったからいうけど、アンタのこと、食べようと思ってたのよね」
と、ここで夕樹さんから衝撃の発言が飛び出した。
「え……だ、だって、夕樹さん……俺に助けを……」
「ええ、そう。でも、それはドーテー君を騙して二人きりになるため。二人になればもうこっちのもんだし。ま、結果的にはそういう状況になっているから、リカちゃん的にはOKかな?」
すると、急に口の端を釣り上げて、夕樹さんはニンマリと微笑んだ。
そして、ゆっくりと俺の方に近づいてくる。
「な……何するつもりなの……夕樹さん……」
「はぁ? 決まってんでしょ。アンタを食うのよ。うふふ……リカちゃんってば、他のゾンビを追い出して自分だけの食料場を作ったのはいいんだけどぉ……やっぱり牛や豚の肉じゃダメなのよね~。これって、ゾンビの本性ってヤツなのかな? キャハハ!」
「ゆ……夕樹さん! 君はゾンビじゃないよ! ちゃんと気をしっかり持って!」
俺がそういうと夕樹さんは「はぁ?」といった感じの顔で俺のことを睨みつけた。
「何わかったような口聞いてるわけ? マジウザいんですけど」
「だ、だって……君の手! 温かったじゃないか!」
「え? ああ。これね~。リカちゃんの特殊能力、ってヤツ?」
「と、特殊能力?」
「そうそう。最近気付いたんだけど、リカちゃんってば、体温をカモフラージュできるのよね~。だから、ゾンビなのに手だけあったかい、なぁんて芸当もできちゃうの! すごくない?」
俺はそれを聞いて衝撃だった。
ゾンビに特殊能力? あり得ない……
あり得ない……本当に?
……いや、あり得るだろう。
小室さんや古谷さん、そして、紫藤さんは、普通のゾンビと違って喋る事ができる。
もし、喋ることを「特殊能力」だと考えるのならば、体温のカモフラージュもそれと同等の能力と考えられなくもない。
そもそも、ゾンビ病自体、人間を通常の状態から劇的に変化させるものであったならば、体温のカモフラージュも不可能なことではない……のかもしれない。
云うなれば、突然変異だが……そう考えれば、体温を自由に変化させることができるゾンビが突然出てきたっておかしくない。
「そうか……だから……」
「そうそう。ま、アンタのお仲間のゾンビ共は気付いていたみたいだけどね~。アンタが仲間を信じず、リカちゃんに騙されちゃったのが運のツキ、ってとこかな? じゃあ……いただきま~す♪」
そういって夕樹さんは俺に両腕を伸ばしてきた。
俺は目をつぶらずにその光景を見ていた。
なぜなら、夕樹さんの背後には、思いっきりバットを振り上げて頭部を狙う、紫藤さんの姿を見ていたからである。




