死を乗り越えて
「……小室さん」
俺はなんとか腹から声を絞り出して小室さんの名前を呼んだ。
小室さんは辛そうな表情で俺のことを見ている。
「あかいくん……だいじょうぶ?」
心配そうに小室さんは俺にそう訊いてくる。
大丈夫かと言われると……あまり大丈夫ではない。
俺は今一度宮本さんの死体を見る。
宮本さんは……俺のことを食べようとしていたのだろうか。
もちろん、それは宮本さんの意思ではないことはわかる。ゾンビ病のせいだということも。
でも……俺は途端にあのどこか抜けていた婦警さんのことが怖くなってしまった。
それでも、彼女はもう死んでしまったのだ。
「……俺のせいだ」
思わず俺はそう言ってしまった。
「あかいくん……」
「……俺が、あそこで宮本さんを一人にしなければ……こんなことには……」
「でも、それは……」
俺は小室さんの方を見る。小室さんは悲しそうな顔だ。傍目にはいつも通りの無表情だが、俺には、それがこの上なく辛い顔をしているというのがわかる。
「……ありがとう。小室さん。小室さん、この日記、読んだんでしょ?」
「あ……うん。よんだ。ごめん」
「……いや。むしろ感謝しているよ。これを……一人で読んでくれて」
俺がそう言うと、小室さんは俺の方をジッと見る。白濁した瞳は、俺のことをジッと見据えていた。
「……あかいくん。わたしも、そうなっていたかも」
「え?」
「……あかいくんは、私達の下に戻ってきてくれた。だから……私達は人間でいられる。でも……」
そういって小室さんは俺の方に少しずつ近づいてくる。そして、其の白い肌で優しく俺を抱いてくれた。
「こ……小室さん?」
「……ホントに、ありがとう」
小室さんの身体は小刻みに震えていた。顔を見ると、涙が頬を流れている。
「……ううん。御礼なんて……俺は、小室さんの側にいるって、約束したじゃないか」
俺はそういって小室さんを抱きしめ返した。冷たい身体……でも、なぜだか俺にそれ以上の温かい何かに包まれているような感じがしたのだった。
「……よし。みんなの所に戻ろう」
「……うん。あれ?」
と、小室さんがなぜか俺の背後を見て不思議そうな声をあげた。
「え? どうしたの?」
「いま……したい、うごいたような……」
「え?」
俺は慌てて背後を見る。しかし、血まみれのタオルの下の死体は動いたようには見えない。
「気のせいだよ……宮本さんは……もう死んじゃったんだよ」
言葉にすると余計に気持ちが重くなった。俺は小室さんの顔を見てそう言う。
「そ……そう、だね」
小室さんも悲しそうに頷いて、俺達は古谷さんと紫藤さんの下に戻ることにした。




