言葉がなくても 3
「う~ん……どうしよう」
俺は迷った。
あのゾンビは以前俺が目の前を通っても、何の反応もなく、やり過ごすことが出来た。
だったら、之まで通りに、ゾンビの真似をしていれば何も問題はないはずである。
しかし……
「あう?」
怪訝そうな顔で紫藤さんが俺を見る。
問題は紫藤さんだ。紫藤さんは小室さんと違って普通に走ることができる。
しかし、ゾンビをすごく怖がっていた。
動かないとわかっているゾンビであっても、目の前を通るのは難しいんじゃないだろうか?
「えっと……紫藤さん。ほら、あそこ。ゾンビいるでしょ?」
俺は思い切って俺の家の前の電柱を指さした。
「あう」
紫藤さんもわかったらしい。しかし、怖がっている様子ではない。
「え……怖くないの?」
「あう。うー……あう」
と、何を言っているのかわからなかったが、紫藤さんはそのまま電柱に向かって歩き出した。
正確にはゾンビに向かって歩き出したのである。
「え……ちょ、ちょっと! 紫藤さん!?」
俺がとめるのも聞かずに、紫藤さんはそのまま行ってしまう。
そして、ゾンビの前で立ち止まった。
「あう」
と、紫藤さんはゾンビに声をかけた。すると、ぼぉっとゾンビはその白く濁った瞳を紫藤さんに向ける。
「あう~……うあー。あう!」
紫藤さんがなにやら言っていると、ゾンビはなぜか少し慌てた様子で――俺にはそう見えた――電柱から離れて、道の向こうに行ってしまった。
「え……え?」
俺があっけに取られていると、紫藤さんはニンマリと得意気に俺を見てきた。
「……今の、どうやったの?」
俺が訊ねると、紫藤さんはなにかをメモ帳に書き込んで、俺に見せる。
「『そこをどけ、って言ってやった』……ゾンビ、怖くないの?」
「あう? あう。あうあー……あう」
言葉はわからなかったが、おそらく怖くないのだろう。
「あ……とりあえず、ありがとうね」
俺がそう言うと紫藤さんはキョトンとした。そして、視線を反らし、そのまま俺の方に行ってしまった。
「あ、そうだ。家」
そして、俺も我に返ると、家の玄関の扉へと向かったのだった。




