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第十二話 適任者と不適格者

朝から役員を交えた会議が始まっていた。

「以上がギン、諜報員から受けた報告です」

オリスが資料を読み上げた。

「今回は利益のない依頼か…」

ユグロが腕を組んで唸った。

「利益ねぇなら受けなきゃいいだろ。実行班動かすのもタダじゃねぇんだ」

翡翠が椅子にふんぞり返った。

「確かに今回は実費に対して、回収利益が合わん」

モニターに映る初老のマルコが口を挟んだ。

「だったらぁ〜実行班も使わず、幹部の一人が動けば良くない?」

ルーシャがマニキュアを塗りながら言った。

ルーシャの一言に会議室がひりついた。

「でもその場合、誰がその役割を担うの?」

ハーフエルフのティサが不安そうにルーシャの顔を見た。

「僕等部下側の幹部には単独任務は出来ないっすよ?」

マトラトが呆れたようにルーシャを見た。

「俺はヤダ。めんどくせぇ」

翡翠はそっぽを向いた。

「基本的にワシはドワーフの依頼にしか動かんし、オリスだってエルフの依頼にしか動かん。まず無理だな」

ユグロが厳しい目をルーシャに向けた。

「残るはギンとデルモンドですね」

オリスは二人の名を挙げた。

デルモンドは期待に満ちた目でオリスの次の言葉を待った。

ここで指名されれば、実力を誇示できる、と。

「回収する金の所存とターゲットのタイムスケジュール。全てを知り、理解しているのはギンしかいませんね」

オリスは淡々と条件を述べ、ギンを見つめた。

デルモンドはピキッと眉を動かし、顔を険しくした。

ギンはオリスと目を合わせる事なく静かに座り、一言「嫌」と短く答えた。

「ギンが一番効率よくこなせる適任者だと思うが?」

モニターから口角を上げるマルコが見えた。

「………」

ギンは言葉を失ったように黙り、モニターから漏れる魔法の明かりに照らされた机の一点を見つめていた。

そんなギンの顔を机の上で、辛そうにモモンガは見つめた。

(逆らえない…わよね)

「じゃあ、僕なんかどうです?」

沈黙を破るように、デルモンドが微笑んで手をあげた。

「何故、ギンを差し置いて適任だと?」

オリスは冷ややかな目を向けた。

「嫌だなぁ、別に差し置いている訳じゃないですよ?その仕事なら、僕でも出来るって言ってるんです」

デルモンドは細長い目を細め、自信に満ち溢れた顔をした。

「そうですか。ですが、今の貴方には不適切でしょう」

オリスは射抜くような視線を送った。

「それは何故ですか?」

デルモンドの笑顔は引き攣った。

「あなたには実力がある。ただ、経験が伴っているかと言えば…」

「経験なんてこれからでしょう!?これから現場に出てナンボの物で…」

デルモンドはオリスの言葉を奪い身を乗り出した。

「ええ、ですから、経験のない者に、単独任務を与える事は出来ないのですよ」

オリスは冷たく言葉を奪い返した。

「その経験を積ませる事が大事なんでしょう!?」

「そこの坊主は、ギンが全ての任務に参加している理由を知らんのか」

ユグロは苛立ったように吐き捨てた。

デルモンドはユグロを睨んだ。

「全ての任務はギン先輩が責任者となり、同行しなければ行えません」

ティサが静かに答えた。

「ギン先輩の任務での実力はVOID一っす。全てにおいて優れていて、任務完遂率は百%っす」

マトラトが面倒臭そうに、述べた。

幹部の中で分かり切っている事を、再度説明するのが煩わしかった。

「だからこそ、ギン先輩が引率者のように必ずついて来る」

ルーシャはマニキュアを塗った手に、ストーンを乗せながら答えた。

「今回は部下であろうと人件費は幹部料金です。利益が少ないのに幹部二人分の経費は出せませんよ」

オリスはデルモンドを冷めた目で見つめた。

「分かったかな?デルモンド。いかに今回はギンに単独で任務を任せることが適任か」

マルコが語り掛けた。

「ふんっ。とか言って、ただギン先輩が優遇されてるだけなんじゃないですか?」

デルモンドは鼻を鳴らし、見下すようにギンを見た。

「何が言いたいのかしら?デルモンド」

モモンガはイラッとした顔でデルモンドを睨んだ。

「十五歳で幹部に上がったって聞いてますけど、それも本当かどうか」

デルモンドはわざとらしく頭を振り、嘲笑った。

「”ギン先輩は引き抜かれた。”その噂を信じてるっすね」

マトラトは呆れた目で自分の席の正面を見つめた。

「けっ!くだんねぇ!今のギンの実力を見て引き抜きを疑うかよ」

翡翠は苛立ち、吐き捨てた。

「今は実力が伴っただけで、昔はって可能性を考えてるんじゃないっすか?」

マトラトは軽く翡翠を見た。

「えっ、まさか優遇ってあの女役員との色恋沙汰も含んで言ってるの?デルモンド」

ルーシャはニヤニヤし、少し小馬鹿にした表情をした。

ルーシャ自身、ギンの色恋沙汰の噂は信じていなかった。

「さぁ?でも、そのくらい執着していないと、ここまでのギン先輩の厚遇と十年間の在籍は説明できませんよね?」

デルモンドは肩をすくめ、嘲笑した。

「デルモンドの話を仮定すると、随分ギン先輩は一途な恋をされていることになりますね」

ティサが冷静に分析を述べた。

「キャー純愛~」

ルーシャはその状況を面白おかしく囃し立てた。

「ルーシャ、噂だ。不確かな情報を信じすぎるな」

ユグロが少し厳しい目でルーシャを制した。

ルーシャは反省する様子なく、ニコニコと返事をした。

「では、本人に聞いてみます?目の前にいるんですし」

デルモンドは細長い目を細め、ニッと口元を緩めた。

一瞬で会議室の空気は張り詰め、幹部達はデルモンドとギンを見据えた。

「うわ、上手く誘導したな…」

ギンの首に巻き付く白蛇はだらんとし、顔を引き攣らせた。

「人間の嫌らしい手口ね」

モモンガはデルモンドに軽蔑の眼差しを向けた。

「干渉、干渉。干渉観測」

オリスの肩に乗るオウムは、高らかに声を上げた。

幹部達の意識がオウムに向かい、組織の掟、詮索禁止のルールを意識させた。

「たまにはいいこと言うじゃない。オウム」

オウムの偶然の発言に好転を感じ、モモンガは満足気に微笑んだ。

「役員を放っておいて、随分楽しそうな話をするのね」

モニターから、長い前髪で片目を隠した女が挑発的な顔でギンを見た。

ギンの内側に一瞬で緊張が走った。

「すまない、ライラ。決して君達を放置したわけではない」

ギンは急いでモニターの中のライラを優しい眼差しで見つめた。

その姿に、モモンガは心底嫌そうにライラを睨み付けた。

デルモンドは嬉々として見つめ、他幹部は介入できないもどかしさを抱え、目を逸らして黙った。

「そうかしら?」

ライラは首を傾げ、試すような視線をギンに送った。

「ああ、本当だ。彼等は少し、噂話が好きなだけだ」

ギンは肩をすくめた。

(大丈夫だ。落ち着け。ライラの気を俺が引ければあいつを守れる)

ギンは心の中で必死に言い聞かせた。

「そう。ちょっと不快だったわぁ~」

ライラは猫なで声を上げ、口元を緩めた。

その口元にギンは危機感を感じた。

このまま不敬を買い続ければ、ライラは実行に移す。

その確信がギンに焦りを生んだ。


ー早く、ライラの望む忠誠を見せなければー


「すまない。ライラの望むようにしよう」

ギンの言葉に、ライラは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

(これでまた、役員の言いなりね)

モモンガは苦しい顔をして、肩を落とした。

「じゃあ、ギン単独でこの依頼を受けて。それで最大限の利益を組織に上げてきて」

ライラは勝ち誇った顔でニコニコした。

「承知した」

ギンは胸を張り、拳を胸に当てた。

(これでいい。これで俺の忠誠を組織に見せられる。見せられれば、あいつを守れる)

ギンは心の中で安堵した。

「では、今回の任務報酬量を特別に一割増しにしてやろう」

マルコは満足気な顔で告げた。

「よかったですね、ギン」

オリスはライラ達の会話が切れた所でわざと軽口を叩いた。

「別にいらない」

ギンは冷たい表情で素っ気なく答えた。

(金なんかより、組織に俺が必要とされることの方が大事だ)

ギンは静かに目を伏せた。

「そうでしたね。あなたに物欲はありませんでした。どうです?これを機に事務所の備品を買い替えてみるのも一つの手ですよ?」

オリスは少し笑った。

ギンは何も答えなかった。

「今回の任務は全てギンに一任する。任せたぞ、ギン」

マルコは宣言した。

ギンは息を吐きながら重い返事をした。

「これで満足か?ルーシャ、デルモンド」

ギンは顔を上げ、二人を見つめた。

「えっ、い、いや…その…」

ルーシャは引き攣った顔をし、言葉を詰まらせ、視線を泳がせた。

「噂通り、大分ご執心なのは分かりました。引き抜きも、今みたいに彼女が手招きしたんですかね?」

デルモンドは嫌らしく笑い、ギンを挑発した。

再び会議室に不穏な空気が流れ始めた。

「あー!やめやめっ!こんな辛気臭い会議やってられっか!」

翡翠が大声を上げ、席を立った。

不穏な空気は止まり、全ての視線が翡翠に集まった。

「まだ議題はありますよ」

オリスが呆れた演技をして引き止めた。

「会議ばっか飽きた!俺は頭なんかより体を動かしたいね!」

翡翠は文句を垂れた。

「翡翠先輩、会議は大事っす…」

マトラトが翡翠の裾を掴んで、控えめな声で忠告した。

「なんだよ、マトラト。お前がこの後、模擬戦でも付き合ってくれんのかよ?」

翡翠はマトラトを見下ろし、マトラトを真剣な眼差しで見つめた。

(!そういうことっすか)

マトラトは翡翠の目から意思を汲み取った。

「…はぁ、やるっす。やるっすよ。やるっすから、会議には大人しく参加して下さいっす」

マトラトはため息を吐いて、呆れた演技をしながら、いつもの宥める流れを作った。

「よしっ!じゃあ参加してやる」

翡翠は満足そうに微笑み、席に座った。

「ハハハッ、これじゃあどっちが部下か分からんな」

ユグロが目の笑っていない笑いをした。

その口元はどこか緩んでいた。

「んだと?やんのかジジイ」

翡翠はいつも通り腰を浮かせた。

それを必死にマトラトが抑えた。

「ユグロ。遊ばないで下さい。翡翠もこんな簡単な挑発に乗らないで下さい。会議を続けますよ」

オリスがタイミングを見計らい、場を制した。

ユグロは笑い、翡翠はふんっ!とそっぽを向いた。

(小僧も即興で一芝居打って場の空気を強引に変えるとは、やるじゃないか)

ユグロは翡翠を見て笑った。

(くそっ。コネで成り上がっただけのくせに。本当は僕の方が優れているのにっ!)

デルモンドは険しい顔でギンを睨み続け、はらわたを煮えくり返らせていた。

そんなデルモンドの態度に幹部達が気付かない筈もなかったが、幹部達は詮索、干渉禁止のルールから何も動かなかった。


長い会議を終え、ギンはオリスの席に向かった。

「決行は今夜」

ギンは短く告げた。

「今日中に動くとは、流石仕事が早いですね。分かりました。予定しておきます」

オリスは手帳に予定を書き込んだ。

「なぁギン。少しは仕事回せよ」

翡翠がギンの首に腕を回し、寄り掛かった。

ギンは鬱陶しそうな目を向けた。

「いつでも俺が代わってやるぜ?」

翡翠は狂気に満ちた目をして、ギンの耳元で囁いた。

「必要ない」

ギンは白けた顔をした。

「たまには代わってあげるといいですよ。そこの脳筋は殺す事を生き甲斐にしていますから」

オリスは黒い笑いをした。

「なんか、馬鹿にされた気がすんだけど?」

翡翠はムッとしてオリスを見た。

ギンは首に巻き付く翡翠の腕をどかし、スタスタとその場を立ち去った。

「あっ、くそ、逃げられた…」

翡翠は上手くいかない苛立ちを募らせ、去って行くギンを見つめた。

「デルモンドの干渉が原因ですかね?今回はあのライラとの関係の見せつけが露骨でしたね」

オリスもギンを見つめ、ライラとのやり取りの姿を思い出しながら呟いた。

ライラに向ける優しい眼差し。

普段の言葉遣いからはチョイスしにくい言葉選びの数々。

「君達」「彼等」

そのチョイスだけで、ギンがどれほど一語に慎重になっているか分かった。

「たくっ、あの女に何握られてんだか」

翡翠はやれやれと吐き捨てた。

(あの一連の流れ、ライラだけですかね?)

オリスはマルコの満足気な顔を思い出していた。


「やはりギンはライラには弱いな」

会議室との通信が切れた役員の部屋で、マルコが笑みを浮かべた。

「当然。ギンの心は全て掴んでいるわ」

ライラは髪をかき上げ、自信たっぷりに答えた。

隠されていた片目が露わになり、獲物を捉える目を見せた。

一瞬の舞いの後、髪は再び片目を隠した。

「ライラが定期的にギンの危機感を刺激してくれるから助かるよ」

マルコは堪え切れない笑みを零した。

「ギンはあの子がいる限り、私の事も組織の事も裏切れないわ」

ライラは魔法で一輪のステラの花を出し、眺めた。

「そしていつかあの子がいなくなっても」

ライラはステラの花を握り潰した。

「ギンの心は私の物にするわ」

ライラはゆっくりと拳を広げ、ボロボロになったステラの花を床に落とした。

「縁起でもないことを言わないでくれ。ライラが良くても、組織を裏切られたらこちらは痛手なんだ」

マルコは嫌らしくニタニタ笑った。

「分かってるわ。その時はギンに私の言うこと聞いてもらうわ」

ライラは自信満々な笑みを零した。


デルモンドは会議を終え、自分の部屋に戻ると「クソーッ!」と叫び、机の書類等をぶちまけた。

書類は宙を舞い、ヒラヒラと床に落ちた。

デルモンドの使い魔のカメレオンはひっそりと部屋の隅に同化し、悲しそうに目を伏せ、縮こまった。

「なんで僕が選ばれない?あんな男より努力もして、コネも使わず、何人ものライバルを蹴落として、汚いことも沢山してきたのにっ!あいつの方がよっぽど汚いじゃないか!」

デルモンドは感情任せに叫び散らかした。


なんであいつは、いつも余裕そうなんだ…!

僕が十七歳で必死に上り詰めた幹部の座も、あいつが十五歳の時には既にその座をものにしていて…

実力があるからこそ、幹部の座にまで昇り詰められたのに。

何が足りない?

僕に…何が足りないって言うんだ!?


ー二年の差は、デカイ…ー


「…はっ、そうだよ。会議であんな奴より僕が優れてるって、有能性を見せつければいいんだよ…」

デルモンドは不気味に笑い続けた。

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