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分岐点にて  作者: 星野☆明美、chatGPT
14/21

13

「千鳥さん」


その呼び方だけで、胸がわずかにざわついた。


名前を呼ばれているのに、

知っている呼ばれ方じゃない。


係官の優也は、距離を保ったまま立っていた。

スーツ。整えられた髪。

あの世界で、千鳥と海へ行った優也とは、明らかに違う。


「状況を説明します」


そう前置きしてから、彼は続けた。


「あなたが“黒い男”と呼んでいる人物は、私の上司です。

 並行世界管理局・対転移事案担当責任者」


千鳥は、ちらりと隣を見る。

あの無表情な男は、何も言わずに立っている。


「……じゃあ」


千鳥は、喉を鳴らして言った。


「私が“影”って呼んでる人は?」


係官の優也の表情が、一瞬だけ硬くなった。


「……中谷圭司」


その名前を口にする声は、低かった。


「私が、研究所に所属していた世界線での同僚です」


研究所。

能力。

転移。


言葉が、一本の線でつながる。


「中谷は、転移能力に目覚める条件を研究していました。

 ……あなたと同じく」


千鳥は、息をのんだ。


「私の転移成功を確認したあと、

 彼もまた、世界線を越えてきました」


係官の優也は、視線を伏せる。


「しかし――」


言葉が、少しだけ遅れる。


「彼は、途中で壊れた」


千鳥の背中を、冷たいものが走る。


「自分以外の転移者を、

 “許せない存在”だと認識するようになった」


影。

あの笑い。

踏みつける足。


全部が、腑に落ちる。


「……殺したの?」


千鳥の問いに、優也ははっきりうなずいた。


「複数名。

 同様の能力を持つ者を中心に」


沈黙が落ちる。


「現在、中谷圭司は指名手配中です。

 我々は、彼を追っています」


千鳥は、ふっと笑った。


「……それで?」


係官の優也が、まっすぐに千鳥を見る。


「あなたを、おとりに使います」


一切の迷いがない声。


「中谷は、あなたに強い執着を持っている。

 転移を“成功例”として、

 同時に“憎むべき存在”として」


千鳥の胸が、どくんと鳴る。


「……危険だって、わかってますよね」


係官の優也は、少しだけ唇を噛んだ。


「承知しています」


それでも、言葉は変わらない。


「しかし、あなたは――

 彼を引き寄せられる、唯一の存在です」


千鳥は、ゆっくりと息を吐いた。


(やっぱり)


この世界線の優也は、

優しいけれど、情に流れない。


「……優也さんは」


千鳥は、あえてそう呼んだ。


「それで、平気なんですか」


係官の優也は、一瞬だけ目を伏せる。


「平気ではありません」


そして、静かに言った。


「ですが、職務です」


千鳥は、その答えを聞いて、

なぜか少し安心してしまった。


嘘をつかれていない、と。


「……わかりました」


そう言うと、

係官の優也の目が、わずかに見開かれた。


「やります」


千鳥は、続ける。


「でも、一つ条件があります」


「条件?」


「私が囮になるのは、

 誰かを守るためのときだけです」


係官の優也は、しばらく黙っていた。


やがて、ゆっくりとうなずく。


「……了解しました、千鳥さん」


その呼び方が、

少しだけ、近づいた気がした。


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