ミケと豆と石
古事記の記述で。
仁徳天皇の皇妃の磐之媛命が料理に使う御綱柏を採りに出かけた……
っていうくだり。
ん?って思った。
皇妃みずから出向くのが不思議で。
柏は「豊明節会」(祭祀行事の後の饗宴)のために必要とあって
食事やお酒の器として、って書いてあるけど
お酒をどうやって葉っぱにとどめてたんだろう。
現代は神事の際の神饌(神様にお供えする食事)の器として使われているそう。
「豊明」って何だろ?と思って調べたら
明はお酒に酔ったり楽しかったりで頬が明るくなっているさま。
豊=たかつき(豆)の上に穀物がのっているさま=豊穣を表す。つまり収穫祭みたいなものか。
豆ってもともとは「たかつき(高坏)」っていう器のことなんだ。
なぜそれがマメになったんだろう。
伊勢神宮の外宮には「豊受大御神」という御饌都神(神様の食事を司る神様)が祀られている。
推古天皇の別名が豊御食炊屋姫尊ってなってて、「豊」「みけ(御食)」って入っているのも気になった。
皇族の女性は巫女さん気質で、神様にお食事を用意する役目があったのかな。
古代エジプトでは毎日、日の出に神官が神様に食事を捧げて、そのお下がりを食べていたって記述が見られる。
太陽と水と空気と大地がなければ生きていけないし、そのエネルギーによって育った食べ物。
神饌=御饌=神様のエネルギーを「いただきます」ってことなのかな。
「御食」と書いて「ミケ」とも読むから、食事そのものが神様からのいただきもの、って認識だったんだろうなぁ。
この前の夢に出てきた老人が言う「石」が気になって
春秋戦国とか周時代の「石」にまつわる言葉を探してみたら
「他山の石」が発掘された。
妙見信仰をたどっていくと北辰信仰→古代バビロニア→天文や数学史(60進法、平方根、三平方の定理など)までさかのぼった。
不思議だった。
妙見信仰は日本で言う戦国時代。
外界が目まぐるしく動いてて自分がどこを目ざしたらいいかわからないとき。
人は最終的に内を見つめるのね。
「それでも自分を磨く他山の石とせよ」
「それでも不動の北極星を内に持て」




