55 第一回奴隷選手権
「ちょっとショーマさん、カリンヴィーラを殺すって」
「そんな女神なんて、居ても百害あって一利なしだ。神が手を下せないのなら、俺がやる」
人を人として見ず、その命を玩具の様に弄ぶカリンヴィーラをどうしても許す事が出来ない。殺した方が世の為人の為というものだ。
俺の胸の中で泣き続けるミユキを前の世界で殺し、自身の悦楽の為に転生させて直接手を下して陥れている様な極悪女神なのだ。
《気持ちはうれしいし、ハーディーン様も他の上級神様も止めないでしょう。私も賛成。ただ、今の君ではカリンヴィーラを殺すことは出来ないわよ》
(俺では倒せないというのか)
《理由は三つ。一つ目は、神出鬼没で逃げるのが得意なカリンヴィーラを捉えるのは神でも容易ではない。人族の君だと、逆立ちをしても捕まえられない》
逃げ足が速く、捕まえるのが困難なんだな。そりゃ、上級神の目すら欺いてしょっちゅう下界に降りるくらいだから、捕まらない様に身を隠して逃げるのを得意としているだろう。
《二つ目は、曲がりなりにも神であるカリンヴィーラを殺すのは、人間である君では絶対に不可能。神器、もしくはそれに近い武器が使えれば、その限りではないが》
勇者と言えどただの人間。要するに、人間に神を殺すのは絶対に出来ないのだな。魔王や魔族には有効でも、正式な神器ではないハバキリではカリンヴィーラを殺す事が出来ないのだな。
《最後に三つ目は、今の君のレベルで挑んでもカリンヴィーラの返り討ちに遭うのがオチ。もし殺そうと思うのなら、魔王を倒せるくらいまでにレベルを上げないとね》
まだ弱い魔王にも勝てるレベルに達していない俺では、カリンヴィーラのレベルには程遠いのだろう。予定よりも早くレベルが500以上に達しても、単独で魔王に立ち向かう程俺も愚かではない。
《以上三つの理由から、君ではカリンヴィーラを殺す事が出来ないのよ》
参ったな。仮に遭遇しても、今の俺のレベルでは殺す事が出来ないし、向こうに戦う意思があったとしてもこちらはクソ女神に傷一つ負わせる事が出来ない。それ以前に、カリンヴィーラは戦う事よりも逃げる事を得意としている。会ってもすぐに逃げられる可能性の方が高いという訳か。
《気持ちは嬉しいけど、人間である君ではカリンヴィーラを殺す事が出来ないし、勇者と言えど神器を与える訳にもいかないのよ。私の神器を貸すことは出来るけど、今の君では駄目》
そうだよな。神刀と表記されているが、ハバキリは神器ではないから俺が持ち主となって所持ことが許されている。それではカリンヴィーラを傷つける事が出来ない。
「仕方ない。レベルが500以上になって、デリウスから神器を貸し与えられるくらいになるまで我慢するか」
「賢明な判断だと思います。焦っても事態は好転しませんので」
デリウスとアリシアさんの二人に止められて、俺はやむなくカリンヴィーラ討伐を断念するしかなかった。
しばらくすると、泣き疲れたのか寝息を立てるミユキ。メリーにミユキを部屋へ運んで貰った後、皆もそれぞれ部屋へ戻って就寝した。俺もベッドに入った。明日からまた、ギルドの依頼を受けないといけないから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから何事も問題が起こる事は無く、新人奴隷を購入してから気付けばもう三ヶ月も経っていた。俺がこの世界に来て、八ヶ月以上経過した。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
俺達が帰ってくると、恭しく頭を下げて出迎えるミユキ。メイド服を着て箒を持っている姿が、何だか様になっている。
「お待ちしておりました。鬼畜なご主人様」
「待て。誰が鬼畜だ、誰が」
姿と雰囲気は様になっていても、性格はサディスティックな毒舌女のままであった。
「あら、私に限らず新人の奴隷は皆そう思っていますわ」
「はぁ?」
訳が分からん。別に冷遇はしていないし、美味しいご飯もたくさん食べられるし、全員の行動の自由は保障しているし、給料だって毎月払っているし、休みもきちんと取らせている。何も不満に思われることは無いと思うが。
「だってご主人様、折角こんなに大きなお屋敷を頂いたというのに、依頼で殆ど家を空けることが多く、酷い時は一ヶ月以上も帰って来ない時があるのではありませんか。お留守番をしている私達は、毎晩寂しさから涙で枕を濡らす日々を送っているのです。寂しいです。クスン」
わざとらしくクスンって言うな。あと、嘘泣きもするな。
「そんな事言っても、その為にお前達を雇ったのだから」
「ですが、同じ奴隷でもメリーはいつもご主人様とご一緒に依頼をこなしていらっしゃいます。たまには私達も連れて行っても、罰は当たらないと思います」
うわぁ、コイツが言いたい事が分かった。つまり、メリーばかり俺と一緒に依頼をこなすなんてズルい。私達も連れて行け、と言う事なのかよ。事実、今回の依頼も俺とアリシアさん、カナデとメリーとフィアナの五人でこなしている。というか、この編成でしか依頼を行っていない。
「そう言っても、メリーはフィアナと並ぶ前衛の要だから、俺のパーティーには必要不可欠な切り込み隊長なんだよ」
必要だと言われて、メリーの頬がほんのりと赤みを帯びている。でも、メリーがいないと困るのは事実。スピードのメリーと、パワーのフィアナと組む事で、一対多戦においては敵を一気に七割も削る事が出来る。残った三割を、後方支援担当のアリシアさんとカナデが仕留める事で、俺達のパーティーは成り立っているのだから。
「いえ、メリーを外せと言っている訳ではありません。それでご主人様を困らせては、本末転倒です。ただ、その中にたった一人でよろしいので、私達の誰かを加えていただけないかと具申しています」
まったく、何処までも図々しい女狐メイドだな。仕方ないだろ、十人居る奴隷の中で高い戦闘能力を持っているのはメリーだけだから。
「入ったとしても、たぶん付いて来れないと思うぞ。メリーは薙刀と剣の腕がかなりのもので、特に剣術は俺の技術を少しずつ習得しているから、俺かフィアナじゃないと絶対に付いて来れないぞ」
「大丈夫です。ご主人様達が御留守にしている間に、私達もギルドに登録して依頼をこなしていますので、そこそこ付いて行けると思います」
マジかよ。せっかくの休日を、ギルドの依頼で潰すなんて。それ以前に、こいつ等何時ギルドに登録したんだ?
「ショーマさんが依頼に出かけている間にです。ミユキさんとラヴィーさんとミリエラさん、あと意外ですけどローリエさんはすでに赤ランクになっていますし、他の方の既に青ランクになっています」
「マジで!?」
待て待て待て!主人である俺に内緒で、何勝手にギルドに登録しているんだ!というか、アリシアさんも、気付いていたのなら何で教えてくれなかったんだ!よく見ると、カナデとメリーまでも視線が泳いでいるし。対してフィアナは、どういう事と言わんばかりの顔で首を傾げていた。どうやら、フィアナも知らなかったみたいだな。
「ご主人様をビックリさせる為に、お三方には黙って頂く様にお願いしました。フィアナ様は、何かの拍子でご主人様に秘密を洩らすと思い、話さなかったのです」
「おい。それどういう事だ」
聞かされなかった理由を聞き、ミユキを睨み付けるフィアナだがミユキは全く悪ぶれる様子を見せない。
まぁ、強くなろうと努力も積んでいるみたいだし、1人くらいなら良いかなと思ってしまった。
そんな俺の考えを読み取ったミユキが
「皆!次の依頼はこの中から一人だけ連れて行ってくれると、ご主人様の言質を取る事が出来ました!三日後、ご主人様のパーティーに加わる権利を賭けて、第一回奴隷選手権を開催する事をここに宣言するわ!」
「待て!俺はまだ何も言ってないぞ!」
だが、時すでに遅く、中庭から、屋敷の窓から、芝生広場からメイド服を着た新人と、サリーとローリエが顔を出して「おぉー!」って言っているぞ。というか、二人も参加するのかよ。
「ちょっと待ってください!」
「「「「「え!?」」」」」
正面の門の方を向くと、騎士団の装備を身に着けたナーナと父親のレイハルト公爵がいつの間にか来ていた。
「ちょっと、何であんたがここに!?」
「ショーマさんと誓いを結んだ今、情報提供をしてくださる女神様がいらっしゃいますので、その方からお話を聞き飛んできました」
情報源はデリウスか!チクったって事は、デリウスもこのイベントを面白がっているって言うのかよ!
「話はナーナから聞いたぞ。こんな面白そうなイベントを、逃す手はない。どうだろう。うちのナーナも参加させるという事で、私の屋敷の裏にある闘技場を使わせよう。無論、死に至るダメージを受けても一回だけなら無効にできる守りの魔法も掛けてあるから、存分に戦うと良い。優勝した暁には、ショーマ殿から特別な剣が与えられると約束しよう。ショーマ殿も、それまではギルドの依頼は受けないでもらおう」
「ちょっと待ってください!?勝手に俺を巻き込まないで!」
しかし、それを聞いたナーナとメイド達の士気は最高潮に達し、もはや俺達の入る隙は無かった。
「なぁ、これ本気になって鍛えてやらないとダメかな」
「強引でしたが、決まってしまった以上仕方がありません」
「あたしに聞かないでよ」
「同じ奴隷として、彼女達の気持ちが分かってしまったわたしを、お許しください」
「アホらしい」
反応は人それぞれだったが、もう後には引き返せない。若干頭痛を感じながらも、俺とメリーで桜と紅葉を馬房まで連れて行った。
「一応調べてみたらどうなの?ここ三ヶ月で皆がどれだけ強くなったのか」
「そうだな‥‥‥」
気が重いが、俺は九人のメイド全員の現在のステータスを確認しに回った。最後に見に行ったミユキだけは、自分からステータス情報を開示してくれたが。近くをフィアナが偶然通りかかって、三人で雑談タイムに突入した。
「お前な、この事態を何気に楽しみにしてたんじゃないのか?」
「あら、人生にはこういうイベントがあった方がより楽しくなりますよ、少年」
「うるさい。精神年齢四十歳が」
「前世の年齢と、今の年齢を足さないで。今はピチピチの十六歳なのよ♡」
かわい子ぶるな。コイツ本当に前世は二十四歳だったのかよ。
もう分かっている人もいるだろうが、ミユキこと七城美幸は享年二十四歳で一度命を失い、ミユキとなって現在十六年経っているという訳だ。つまり、前世の年齢と現在の年齢を足すと四十歳、アラフォーなのである。
「まったく、翔馬もとんだ女狐と契約してしまったな。全員のやる気と士気を上げる為に、呪魔法を使う様なこの女を」
「なに!?」
「バレちゃったか。てへぺろ」
舌を出してウインクを決めるな。
じゃあ、皆は呪魔法によって異様にテンションが上げられていたのかよ。というか、動揺するばかりで全然気付かなかった。
「呪魔法には、相手に呪いを掛けるだけではなく、相手の精神をコントロールする事も出来てしまうんだ。それを使って皆の士気を上げさせて、翔馬の逃げ道を塞いだのだろう」
「フィアナ様はきついですね。それ以外は何もしていないのですから、良いじゃないですか」
そういう問題じゃないと思うのだけど。
それにしても、呪魔法にはそんな怖い能力があったのだな。今まで使える人間とあまり会っていなかったから、すっかり存在自体を忘れかけていた。
「使えたとしても、戦闘中の相手には呪魔法が効かないのだから、聖魔法同様に戦闘向きの魔法ではないんだ」
おそらく、戦闘中はアドレナリンが多く出されているから、気持ちが高ぶっていてそれが呪魔法を跳ね除けているのだろう。だが、戦闘前の敵に密かに近づいて呪いを掛けるくらいは出来るだろう。
「他にも欠点があります。まずは、呪魔法を使える相手に呪魔法は通じないのです。おそらく、自身も使えるから知らぬ間に耐性が付いてしまっているのだと思います。もう一つは、呪いを掛ける度に寿命が大幅に削られるので、使えたとしても、自分から進んで使おうという人はそんなに居ないのです」
「本当なのかよ!?」
「ああ。呪魔法の呪いは、他の魔法と違って魔力ではなく命を消費するから、呪魔法を使い続けた者は五十年以上生きた奴はいないと言われているんだ。奴隷商人も、比較的短命な奴が多い」
うわぁ、何そのリスクが大きすぎる危険な魔法は。使う度に命が削られるのなら、使えても使おうとする奴なんていないよな。
だから今まで、使ってきた術者がいなかったのだな。最悪の場合、使った直後にぽっくりと逝ってしまう場合があるから。
「尤も、私使った精神操作魔法なら命が削られることはなく、魔力を消費するのです。その代りに、効力が低く自分よりレベルの高い相手には効果がありません」
相手に呪いを掛ける時は命が削られ、些細な精神を操作する時は魔力が削られるのか。どちらもリスクが大きいじゃねぇか。って言うか、効いたと言う事は他の奴隷はミユキよりもレベルが低いのかよ。高い奴が居ても、口裏合わせればいい訳だし。というより、口裏合わせた奴隷の方が多いだろうな。
「ま、過去にも何度か使った事がありますので、残りの寿命もかなり削られていると思います。それでも、まだ六十歳くらいまでは生きられると思います」
この世界の住民の平均寿命は、地球と同じで八十歳前後。冒険者ならもっと短いけど、普通に生きていればそのくらいは生きられる。
でも、呪魔法を使う人が長生きをしたという事例は確かに聞いたことがない。ミユキも、過去に使ってしまった分のツケで二十年分の寿命が削られたのだな。
「さて、他に話す事はありませんか。でしたら私は、芝生広場へ行って剣の稽古を積まないといけませんので」
「あぁ」
「行っておいで」
俺もフィアナも、ほぼ投げやり状態でミユキを見送った。第一回奴隷選手権は、ミユキの思い付きで始まったイベント。ネーミングが非常に残念だけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなであっという間に三日が経ち、俺達は皆を連れてレイハルト公爵邸宅の裏にある闘技場へと足を運んだ。外装と内装は、コロッセオに似た円形の建物で会場の外周には観客席が設けられていた。何故に?
そして何故か、司会進行の席にアリシアさんとカナデと公爵殿下が座っていた。しかも、観客席には多くの貴族達(公爵殿下の知り合い)と騎士団員達がたくさん押し寄せていた。何だか大事になっていないか?
観客席の特定の場所に、賭け事をしている連中まで居るぞ。しかも、その中にうちのメリーとフィアナの姿があったぞ!コラッ!何やっているんだ、お前達は!
そして俺はというと
「何で国王陛下までがここに居らっしゃるのですか?」
「何を言っておる。こんな楽しそうなイベント、見に来ないなんてあり得ないだろう」
「ソウデスカ」
私、帯刀翔馬は現在、国王陛下と一緒にVIPルームに座っていた。マジで何故!?
そんな俺の気持ちを無視して、公爵殿下が音声機に似たマジックアイテムで声の確認をしていた。というか、あれって完全にマイクじゃないの?これも、羽賀高政さんの知恵なの?
『それでは、第一回奴隷選手権の開幕をここに宣言する。優勝者には、金ランク冒険者ショーマ・タテワキのパーティーに加わる権利が与えられます。司会進行は私、ブライアン・レイハルトと』
『ショーマさんのパーティーで後方支援を担当しています、アリシアです』
『同じく、ショーマのパーティーで後方援護射撃を担当している、カナデの三人で解説を行います』
おたく等完全にノリノリじゃねぇか!よく見ると、メリーとフィアナも既に貴族相手に勝敗の賭けをしているぞ。俺は博打を教えた覚えなんてありません。ここまで来ると、もうお祭りじゃねぇか!
はぁ、胃に穴が開きそう‥‥‥。




