奇蹟 第9話 CANCELLATION
▼神の前
「あなたの願いを叶えましょう」
その言葉に頷く者が一人。
黒と白の羽が舞い散った。
▼遠き日の想い出
「駄目、全然駄目! 戻れないよっ!」
沙夜は涙ながらに訴える。彼女はまだ幼かった。
「大丈夫だ。落ち着いて」
「だって、戻れないんだよ? このままじゃ、LOSTしちゃうよっ!」
ここはサイバーネット。今よりも周りにあるラインが少ないのは、これが過去の話だから。
「沙夜、死んじゃうんだよ?」
ぶんぶんと振り回す沙夜の手をゆっくりと押さえる父、ブレイド。
「大丈夫。沙夜は戻れるよ。だって、ここまで来られたじゃないか? だったら、戻ることも簡単だよ?」
「でも! ……でも、戻れないよ? どうして?」
俯き、地面に広がるラインを見つめた。
「それは沙夜が興奮しているからだ。それで上手くいかないだけだよ。ほら、あるじゃないか。テストで緊張しまくったら、失敗することだってあるだろう? 針に糸を通すことだって落ち着かないと出来ないだろう? それと同じだよ」
優しく問いかける。
「ホント? 沙夜、戻れるの?」
「ああ、ちゃんと戻れるよ。さあ、深呼吸して」
ブレイドの言う通り深呼吸をする沙夜。
「次は思い浮かべるんだ。家に帰ったら何がしたいかって」
「うんとね、ママに今日のこと教えてあげるの! ネットに入れたこと、パパがとっても強いんだってこと!」
「じゃあ、それを強く思うんだ」
そう言ってブレイドは沙夜を優しく抱きしめた。
「聞こえるかい? パパの心臓の音が」
沙夜の耳元で囁く。
「うん! おっきくてゆっくりなの!」
「それに合わせるように、ゆっくりと……」
「……うん」
「合わせてごらん。帰りたいって思ってごらん。沙夜、帰りたいかい?」
「帰りたい。パパとママのいるお家に」
「あれ?」
大きなゴーグルを付けた沙夜はきょとんと周りを見回した。ゴーグル、それはヘッドマウントディスプレイのこと。
「お帰り、沙夜」
ゴーグルを外すブレイド。
「ほら、戻れただろう? 帰れただろう?」
にっこりと笑顔でブレイドは沙夜の大きなゴーグルを外してやる。
「うん! 帰れたよ!」
全部、パパの。
おかげ!
▼現実に迫る危機
気が付くと神崎航一郎、麗華・ハーティリー、天羽春斗、ジュラ・ハリティ、沙夜、ジオ、遙に聖流は研究所の入り口に立っていた。
「さっきのあれ、何だったわけ?」
ジュラは眉を潜め、首を傾げた。
「白と黒の翼を持つ青年のようだった……」
呟くように航一郎は遠くの空を見上げた。
「あれって……神様なのかな?」
そっと手にしていたカードを見つめながら、春斗は言った。
「そう、あれが竜の民に伝わっている『翼ある神』そのものなのよ、きっと」
レイカがゆっくりとその身を翻した。
「そういえば、ルナがいない?」
ジオが言う。
「ホントだ! ルナがいないよ☆」
今の内に外に出ちゃおう! と駆け出す沙夜。
「今の内ね。さ、早く遙ちゃんも……」
聖流が遙を連れていこうとするが。
「どうかしたの? 遙ちゃん?」
切なげな表情を浮かべながら遙はその研究所から目を外そうとしなかった。
「遙ちゃん、何かあったの?」
春斗がそれに気づき、声をかけた。
「嫌な予感がするの」
ぽつり、遙がそう告げた。
と、その時!
『警告します。警告します。後120分後に』
空谷村原子力発電所に向けて、ミサイルを発射します。
『えええええええええええっ<』
人工的に作られたその、女性のアナウンスは感情もないまま警告を続ける。
「ちょっと待って? じゃあ、何? 原発にミサイルが飛ぶってこと?」
ジュラの額から汗が流れた。
「原発にミサイルを打たれたら、空谷村はひとたまりもないわ」
レイカの台詞に。
「いまいち分かんないなー。原発が壊れるだけじゃないの?」
一人ぼけている沙夜がいる。
「あのねー、沙夜。いい? 原発にミサイルが命中したらあの、ずうっと昔の戦争で使われた原爆を落としたのと同じことが起こるのよ。分かるわよね? 前にビデオとかで見たことあるわよね?」
「ええええええっ! それって、超! ヤバイんじゃないのよ!」
聖流の台詞がなかったら、分かっていなかったらしい。
「ボクはその『超』が気になるけど」
春斗は苦笑した。
「とにかく、早く止めなきゃ!」
ジュラが言う。
「遙も行く!」
「遙ちゃんは駄目よ」
レイカが遙を聖流に渡す。
「聖流ちゃん、遙ちゃんと村の人にこの事を話して。いいわね?」
「分かりました。任せてくださ……」
「聖流っ!」
そこに現れたのは聖流の兄の一人、流和だ。ジャンパーの胸に空谷メロンというワッペンが付いている。
「流和兄! どうしてここに?」
「ああ、テレビ局にいる流輝から聞いたんだ。ここら辺にいるんじゃないかって。いやあ、心配したんだぞ?」
「とにかく、2人を宜しく頼む」
流和に航一郎が頭を下げた。
「はい?」
「それじゃ、流和お兄さん、後はよろしく☆」
そして沙夜達は研究所へと戻っていった。
「はいー?」
「いいから、詳しいことは後で言うわ。流和兄、早く行くわよ!」
「って、聖流? 一体何がなんだか?」
「おにいちゃん、聖流おねえちゃんをよろしくね!」
遙も。
「へ?」
研究所へと入っていってしまった。
「あああああっ! 遙ちゃん!」
追いかけようとする聖流を流和が止めた。
「それよりもやることあるんだろ? それに中には沙夜ちゃん達がいるんだし」
「そ、そうね。分かった。とにかく、早く避難するように言わなきゃ」
「避難?」
分かっていない流和を頬って置いて、聖流は村に向けて歩き出した。
「おい、待てよ! 聖流!」
▼告げる危機 そして、求めるもの
一方サイバーネットでも。
「ああ、何が何だかさっぱりでござるよーう」
はらはらと涙をまき散らしながら、九条忠宗は混乱していた。
「それはあたしの台詞よ! ああんもう、何なのよ? あのお兄さんは?」
由比藤彩波は頭を掻きむしりながら、辺りを見回した。
「どうやら、先程の『神』はいなくなったようです。私の願いを聞き入れなかったようですね」
「へえ? 瑠璃ちゃん、神様に願いを言ったの?」
興味津々に和田政彦は天川瑠璃に訊ねた。
「ええ」
それにこくりと頷く瑠璃。
「え? 何々? 何を願ったわけ? いやぁー気になるう☆」
少々オーバーだ。彩波は瑠璃に詰め寄った。
「た、大したことではありません。ただ……」
たじろぎながら瑠璃は答えようとした時だった。
「誰かが来たようだ……」
鎧姿の城前寺晃が皆に告げる。
そこに現れたのは。
「KOUMEI!」
「皆、揃っているようだな?」
KOUMEIは辺りを見渡しながら言う。
「一体何処にいたんだ、レン? 捜したんだぞ?」
エ・ディットがレンに訊ねようとする。
「……それよりも時間がない、手短に話すから協力して欲しい」
「協力? 今更何を?」
棘のある口調で晃はKOUMEIを睨んだ。
「今、ミサイルが発射されようとしている」
「ミサイル、でござるか? 物騒な話でござるな……」
「で、それは何処を狙っているんだい? レン」
政彦の言葉に頷き、KOUMEIは続ける。
「ミサイルの標的は空谷村唯一の発電所を狙っている」
「それは原子力発電所ですね」
瑠璃はさらりと付け加えた。
「そうだ、そこをミサイルで撃ち込まれたらどうなるかは、分かるだろう?」
「それで、何をすればいいのよ?」
彩波が言う。
「この研究所内部のコンピュータをハッキングして、ミサイル解除プログラムを探して欲しい。私は外でミサイル解除をしなくてはならない。内部と外で同時に解除しなくては間に合わないだろう」
「ふうん、分かったわ。あたし達も協力する。あたし達の村が危ないんですもの。やってやろうじゃない!……でも一つだけ」
「彩波殿っ!」
忠宗の制止も間に合わない。
がつっ!
彩波の想いを込めた渾身の力でKOUMEIを殴った。彼はそれを素直に受ける。
「本当はね、アンタをLOSTさせてやりたいところだけど、今は止めといてあげる。……母さんもそれを願っていた訳じゃないしね!」
「……そうか、咲良の娘か。なら、任せても大丈夫だな」
KOUMEIの赤くなった頬がゆっくりと元に戻っていく。咲良というのは、彩波の母の名だ。
「俺からも聞きたいことがある」
「時間がない、手短に頼む」
晃の申し出にKOUMEIはそう、告げた。
「シャディはお前の差し金か?」
シャディ……それは晃の元恋人で、自らの手でLOSTさせた人の名。
「ああ、彼女は良く働いてくれたよ。だが、君に倒された。君と互角に渡り合えると思ったんだがね。私の用意したプログラムも使わなかったらしい」
そう言って笑う。
「お前はそう言って多くの人を殺したのかっ!」
「殺したのは君だろう?」
「そう、仕向けたのはお前だ、KOUMEI!」
「いい加減にして下さい、今はミサイルを止めるのが先決です」
晃とKOUMEIの言い争いを瑠璃が止めた。
「だね。で、その内部コンピュータの位置ぐらいは知ってるんでしょ? レン」
呑気に政彦は訊ねた。
「ああ、大体の位置はな。今からデータをそちらに転送する。それを見て潜入してくれ。私のsuzakuが弾き出した最短距離だ」
KOUMEIの言葉に皆は頷いた。
「私はこれから現実世界での解除操作にかかる。コンピュータに潜入出来たらこちらに知らせてくれ。連絡先もMAPと一緒に送ったからな。では」
言いたいことだけ話し終えるとKOUMEIは、すぐさまライズしてしまった。
「あ!」
政彦が声を上げる。
「どうかさったんですか?」
きょとんと訊ねる瑠璃。
「今までのこと話すの忘れてた! いやあ、うかつだったよ」
政彦はさっそく教えて貰った連絡先にアクセスを始める。
「何を話すんだ?」
冷たい眼差しで晃は政彦を睨む。
「あ、えっと、その……ほら、あの変な神様とかの話。あの美由紀さんだっけ? そっちの確認もしなきゃいけないんじゃないかって……」
「今はそれどころでは、ないだろう? それは後で報告しても構わないだろう?」
「あはははー、そうだったねぇ。そこまで気が付かなかったよ」
苦笑しながら誤魔化す政彦。
そろそろ、潮時かなぁ?
ふと政彦はそんなことを考えてしまう。
「とにかく、まずはその内部コンピュータとやらに行ってみるか?」
エ・ディットはKOUMEIことレンから受け取ったMAPを眺めながら皆に提案した。
「そうでござる。今はそれが先決でござるよ! 発電所にミサイルが命中すれば、それこそ一大事! 拙者達がやらねば空谷村は終わってしまうでござるよ!」
忠宗は意気込んで言う。
「そうね、とにかくあたし達が行かなきゃ!」
と、彩波が言ったときだった。
「その前に、私の願いを叶えさせて下さい」
馬川藤丸が彼等の前に出る。
「邪魔をするつもりですか?」
瑠璃は手にした札を構える。
「少しの間だけ……」
藤丸はそう言うと水で出来た壁を作り出し、ダイバー全員を囲みだした。
「エム、いや、藤丸だったな! どういうつもりだ?」
一人、壁で囲まれていないエ・ディットが藤丸に詰め寄る。
「私は彼等に危害を加えるつもりはありません。大人しくしていただければ」
そういって藤丸は一瞬で水の帯でエ・ディットを締め付けた。あまりの早さにエ・ディットは避けることが出来なかったのだ。
「俺は例外なのか?」
きっと睨むエ・ディット。
「ええ。貴方は特別ですから」
そっと藤丸はエ・ディットの頬に触れる。
そして、笑った。
「私には時間がないんです。エンゲージでもそうですが、それに……ここにいるという、特別な能力には条件があるんですよ。制限時間という、条件が……」
藤丸の姿が、かつての藤丸……いや、エムの姿へと変わった。
「それも、後少しで終わります。私はその時間を貴方に捧げたい。貴方の側で死ねるなら、本望です」
「な、何を言ってるんだ、エム!」
エ・ディットは叫ぶ。
「ティンヴァさんに伝えてくれますか? あんなに酷いことを言って済まなかったと。貴女を傷つけてしまうようなことをして……本当はそんなつもりはなかったんです」
「エム……」
「でも、私には時間がなくて。彼女には時間があって……みっともないですよね、ティンヴァにやきもちなんて。私は……それでも貴方が好きなんです。どうしても……」
周りのダイバー達が何かを言っているようだったが、ここまで聞こえなかった。エムはまた、続ける。
「私、気付いたんです。あの神と同調したからでしょうか? 迷いも何もかも全てが良くなりました。貴方に私の全てを捧げるきっかけを作ってくれた。だから私は貴方に残った時間の全てを……」
そういってエムはエ・ディットを抱きしめようとした。
「虫が良すぎる……」
そのエ・ディットの言葉に驚くエム。
「それって、俺の考えをまるっきり無視してるじゃねえか?」
「でも、私にはこれしか……」
「制限時間? 残った時間を俺に渡すだの勝手すぎるんだよ。俺の気持ちもこれっぽっちも考えていない」
「では……では私は何をすれば良いんですっ! 貴方にすることなんてもう、残されていないんですよっ?」
エ・ディットはぐっと渾身の力を込めて、水の帯を引きちぎった。
「俺はお前を嫌いだなんて言ったつもりはないぜ?」
「えっ?」
「でも、恋人までは行かないな」
「……」
「だけどよ、お前がその気なら、ダチから始めてやってもいいんだぜ?」
「!」
「ああ、一つ言ってもいいか? エンゲージの特効薬見つかったんだぜ。だったら、残された時間なんてあっという間に延びちまう。だろ?」
エ・ディットの言葉にエムは声を失っていく。
「お前さ、中間が抜けてるんだよ。そりゃ、時間がないって言ったら先走るのも分かるけどよ……。俺としてはその中間も楽しみたい訳よ、ほら、何事にも順番があるだろ? まずはダチから始めて、やっていけそうだったら、それ以上のことを考えればいいんじゃないか? だからさ……その、残された時間を俺にくれるって話、チャラにしねえか?」
エムは目を大きく見開いたまま、動こうとしない。と、その顔が俯く。
「でも、時間が……私は……ここに長く居すぎたから」
「やる前から弱気でどうするんだ? それにまだお前はここにいる。まだLOSTしていない。消えたくないんだったら、また俺と会いたいんなら、さっさと戻れ」
それに頷くと、エムはすぐさまライズをし始める。と同時に水の壁が消えた。
「ふう、参ったでござるよ。とにかく、エ・ディット殿がそういうなんて思わなかったでござる」
忠宗がそうエ・ディットに言った。
「へ? も、もしかして聞こえてたのか?」
かなり驚いた表情で訊ねるエ・ディット。
「もしかしなくても聞こえてるわよ? ばっちり」
彩波はにやにやと言う。
「と、なると……この場合エ・ディットさんは『両刀』使いとなるんですね」
「へえ、瑠璃ちゃん物知りだねぇ?」
のほほんと政彦がぼけている。
「って、違うわよ! それよりも、気になるのは何で瑠璃ちゃんがそれを知っているってこと! 瑠璃ちゃんてネット以外のことは知らないって……も、もしかして……瑠璃ちゃん……」
彩波のツッコミが次第に弱々しくなる。
「はい、ネット仲間の方から教わりました。これも社会勉強のひとつだと。何でしたら教えて差し上げましょうか?」
「それは是非教えて貰いたい……げふ」
「何言ってるのよ! 忠宗君! とにかーく、私達はこれから探さなきゃいけないのよ? 時間が迫ってるんじゃなかった?」
「ああ、そうだった!」
政彦はぽんと手を打つ。
「エ・ディットとエムさんのラブラブ見ていたら、忘れてしまったよ」
「そ、そういう問題か?」
額に汗が浮かぶ晃。
そんな漫才はさておき。
「エ・ディット様」
ティンヴァがそっとエ・ディットの側に寄り添う。
「ティンヴァ……」
「お戻りになるんですね」
そのティンヴァの声に。
『えええええっ!』
皆が声を上げる。
「後はお前達に任せる。じゃあな」
「じゃあなって、あんたは何処に行くのよ!」
「あん? 研究所に決まってるだろ? じゃ、後は任せたからな、ティンヴァ」
そう言い残し、エ・ディットはライズを始める。
「お気をつけて、エ・ディット様」
ティンヴァが見守る中、エ・ディットは消えた。
「さて、行くか」
晃が皆に言う。
「そうね、時間も迫っていることだし」
「レッツゴーでござるな!」
「まずはこちらですね」
瑠璃はMAPを確認しながら方向を定める。
「トラップないといいねぇ?」
少しの不安があるが、とにかく、彼等は進み始めた。
▼制御室へ!
沙夜達はやっとこさ、制御室に辿り着いた。
「ここが制御室ね」
大きな扉を目の前に、沙夜達は顔を見合わせ、頷いた。
「私達が止めなければ、自分の大切なものを守れやしないわ」
レイカが扉に手をやった。
「それにあたし、まだ一億円も稼がなきゃいけないんだから」
ジュラが言う。
「マジ? そこまで稼げるのか?」
ヨージのサングラスがずるっと落ちそうになった。
「あら? やってみなきゃ分からないじゃないの!」
「と、とにかく入るぞ……」
航一郎は扉を開けた。
「ようこそ、皆さん。お待ちしていました」
そこにはスーツ姿の女性、レクトがいた。
「君は確か……」
春斗が言おうとするのを。
「それよりも一刻の猶予もありません。皆さんにはこれから地下にあるミサイル制御コンピュータ室まで行って貰います。そこにKOUMEI様……いえ、ボスがお待ちしています。後ほどの操作などはボスから聞いて下さい」
そう言ってレクトはここの制御室のコンピュータを操作し、エレベータの扉を開けた。
「このエレベータはコンピュータ室まで直通です。このままお乗りになって下さい。では、御武運を……」
「大丈夫かな? ジオ」
沙夜は少し不安そうに言った。
「大丈夫だ。何かあったら、俺が守る」
「うん」
肩を抱くジオの手をそっと握りしめ、沙夜はエレベータに乗る。そして、閉まる……はずだった。
「ま、間に合ったの!」
小さな少女が乗り込んできた。
「遙ちゃん?」
と同時にエレベーターは動き始めてしまった。
「遙もね、お手伝いするの!」
元気良く、そういう遙にレイカはため息をつく。
「遊びに行くんじゃないのよ? 分かっているの?」
「分かっているもん! 空谷村がどかんってなっちゃうんでしょ? 遙もお手伝いして止めるの! ……駄目?」
今度は航一郎が言う。
「ここまで来てしまったからな。今から戻ることも出来ないようだし」
「そうだよね、ボク達で出来ないことも出来るかも知れないよね?」
春斗が遙の頭を撫でてあげる。
「しょうがないわね。いい? 勝手なことして足を引っ張らないでよね?」
ジュラが釘を指す。
ちーん。
「着いたみたいだね……」
沙夜の言葉に皆は身を引き締めた。
▼孤独が生み出す狂気
親に捨てられた。
仕方なかった。不安定な世界は親の職を奪った。私と双子の妹達は家族の足枷でしかなかった。父は荒れくれ、母は狂っていった。私はそれを理解していたし、それに、父親の暴力からも逃れたいと思っていた。だから、私達は大人しく、捨てられたのだ。そしたら、施設に入れるから。衣食住を提供してくれるから。
でも、そこは思い描いた場所ではなかった。
私のような子供は数多く。施設に入れたことは非常に幸運なことだった。しかし、そこでは幾度ともなくいじめが支配しており、そこのシスター達でさえも匙を投げる始末。無理もない。シスター達だって、自分の身は可愛いもの。余計なことをしてとばっちりを浴びるよりは、言いなりになっていた方が傷つかずに済む。
だから私は外へ出ていきたかった。
自分を守るため……いえ、まだ何も知らない妹達を救うために私は身を売った。そこで得た報酬をこっそりと貯めて施設を出る資金にしようとしたのだ。私を買う男は汚い奴らばかりだった。こっちは身を粉にして尽くしているのに我が儘ばかり。私はお前達に合わせてやっているのに、こちらが提示した金額の全てを払おうとしなかった。だから……男は嫌い。
嫌いなのに……あの人は特別だった。
私を見て、初めて綺麗と誉めてくれたあの人。私はその時、化粧もろくにしていなかったし、服はつぎはぎだったし、なのに、あの人は優しく言った。
「綺麗だよ」
涙が零れそうだった。
「君のことが好きになったようだ」
毎日逢うようになった。
「そうか、だったら私が君を守ってあげよう」
本当に幸せだった。
「君を大切にするよ」
だけど。
それは嘘。
「愛しているよ」
嘘!
「あなたは跡取りが欲しかっただけなのよ」
きりきりと歯ぎしりするルナ。
「だから、消したいの」
私の悲しみと。
「全部、全部消してあげる」
私の苦しみを。
「私のこの、力があれば!」
そして、神に選ばれなかった想いも。
「まずは貴様と出会った場所を消してあげる」
かちりと目の前のスイッチを叩いた。硝子が割れ、奥の赤いスイッチが押される。
「ふふふ。すぐに消したりはしないわ。じわじわと苦しむように」
全て消してあげる。
ルナは狂った笑い声を上げた。
▼敵と味方の作戦会議
沙夜達が辿り着いた先には案の定、suzakuを起動させているレンがいた。その姿を見るなり、ジュラが彼の目の前に寄ってくる。
「これはこれは、ようこそ。お待ちしていましたよ。丁度、私一人では手に負えないことが分かったところだったのですよ」
笑みを浮かべ迎えるレン。
「レン、貴方ねぇ、臥竜とかの悪のボスのクセに今更、こんな所で救世主のつもり? ビビアンのお父さんを始め、沢山の人の命を弄んだクセに!」
「命を弄ぶ? この私がか? そんなこと私が出来るはずもないだろう?」
レンはジュラの言葉にとぼけているようだ。
「しらばくれるのもいい加減にしてよね! さっき制御室に来る前にダイバーの皆から聞いたんだから! 臥竜のボスになったのも、奥さんを殺された八つ当たりだったの?」
「……何故それを知っている?」
目つきが変わる。
「それは誰一人、エ・ディットさえにも言ってないのだが……まあ、いいだろう。それにしても八つ当たり何て言葉は違うな。臥竜を束ねるようになったのは、環境となりゆきだ」
「環境となりゆき?」
それに頷き、レンはsuzakuのディスプレイを細目で眺め始めた。
「私の父は香港を拠点とする、マフィアのボスだった。だから、私もその後を継ぐための教育を施された。そんな私に真っ当な仕事に就けると思うか?」
「じゃあ、何で調査団のリーダーになれたのよ?」
「運とでも言っておこうか。……それにしても、君たち天上人は下界、つまり地上のことを全く知らないのだな」
「どういうこと?」
その問題提起にジュラは食いつく。
「君たちのような人間が地上にゴロゴロしている訳ではないということだ。考えてもみたまえ。異常気象による干ばつ、水害などの自然災害が襲う上に、世界恐慌、挙げ句の果てはエンゲージという死に至る病。地上は君たちが思っているよりも生き地獄を絵にしたような場所なんだよ。……絶望と狂気に満ちた闇の世界、それが今の地上の有様さ。今は何とかアカーシャが押さえ込んでいるが、それも時間の問題だがね?」
そういってふうっとため息をつくレン。
「だが、天上人は違う。天上人はエンゲージにかからない。これは大いにプラスになる条件だ。地上ではエンゲージが巣くっているからな。それに未だ特効薬もない。なら会社は誰を雇う? いつ発病するか分からない地上人ではなく、発病しない天上人を雇うのに決まっているだろう? 健康でも、例えウイルスを持っていなくても地上人だということで断られてしまう。そんな我々に希望という二文字が抱けると思うのか? 否、それは無理だ。なら我々はどうするか。地獄に堕ちるまでだ。例えそれを望んでいなくても、だ。生きるためには金が必要なのだよ。そして、それを稼ぐためには悪事を……いや、語弊があるな。……そう、ビジネス。我々はビジネスを糧に生きているのだよ。いつ死ぬかも分からぬ恐怖に怯えながら、ビジネスを続ける我々を天上人のお前達に分かることも出来ないだろうな? それに妻のことだが。八つ当たりではないと言えば嘘になるだろう」
「ほら! やっぱり! 八つ当たりじゃない! それに、ルナに怖くて手が出せないなんて、臥竜のボスが聞いて呆れるわ」
ジュラはレンの台詞に食ってかかった。
「……今、何て言った?」
「だから、臥竜のボスが……」
「その前だ」
レンが立ち上がり、ジュラの顎をしゃくり上げる。その目はジュラも見たことのない、恐ろしく鋭い視線を浴びせていた。
「え、えっと、ルナに怖くて手が出せない?」
恐る恐る声にするジュラ。
「ふ、ふふふふ。あっはははははは!!」
レンは狂ったように笑い出した。
「あはははは、そうか。灯台もと暗しというのは、この事なのだな。そうか、あの女が……美由紀を殺したのだな? ありがとう、ジュラ。本当はこの手で君を殺そうと思っていたのが、気が変わったよ。君は見逃してやろう。そうと決まったらヤツを、ルナを……」
復讐に満ちた目で行こうとするレンを。
「だ、駄目っ!」
震える声で止めるのが一人。
「あ、遙ちゃん!」
今まで遙を押さえていた春斗の手を逃れ、レンの前に出る。とたんにレンからその狂気が消えた。
「は、遙?」
「駄目なのっ。レンは、レンは悪い人じゃないもん」
そういいながら、遙の足は震えていた。それでも身体を一杯使って、腕を大きく広げてレンの行く手を塞ぐ。
「それにね、ミサイル止めなきゃ駄目なの」
『発射まで後、80分です』
遙の声の後に、アナウンスの声が響き渡る。
「……そうだったな。遙の言う通りだ。今はそれどころではないのだったな」
そう言って遙の頭を優しく撫でた。
「ルナの件等、言いたいことはあるだろうがそれは後回しだ。とにかく、私はミサイルを止めたい」
「それは遙のためか?」
航一郎が訊ねる。
「それもあるが……美由紀といた場所を失いたくないだけだ」
くるりとsuzakuの方へ戻るレン。
「だが、ここに来たと言うことはミサイルを止めたいからだと言う意思があってのことだと判断するがよろしいかな? 不服に思うだろうが、ここは休戦ということで話を進める」
「分かったわ。では、貴方の意見を聞かせてくれるかしら?」
レイカがレンに訊ねた。
「ああ。それではこれを見て欲しい。suzaku、BDの4649ファイルを映してくれ」
suzakuはその声に反応して、二つの球体を空に浮かべた。そして、立体的な地図が彼等の目の前に映し出される。
「ここが、ボク達のいる場所……だよね?」
恐る恐る訊ねる春斗。春斗の指差す場所には赤いマークが付いていた。
「そう。そしてミサイルを止めるのには三つすることがある」
「三つ? 多いわね」
ジュラが眉を潜める。
「一つはこの青いマークのある制御室でセキュリティを解除するパスコードを入力する。そうしなければ、ミサイルポッドの途中にある侵入者駆除システムが働き、辿り着くことが出来ない。それにパスコードを入力するためには、2人必要だ。それも息のあった2人の、だ」
「それって、最近出回っているペアシステムのこと?」
レイカが確かめる。
「調べてみたら、その旧型らしい。2人同時にパスコードを入力しなくては、解除できないという、やっかいなシステムだよ。とにかく、詳しいことは今、内部コンピュータを目指しているダイバーに聞かないと分からないが」
レンは苦笑した。
「で、二つ目だが。ミサイルポッドで軌道修正をする。これはもしものための保険といったところか。90度回転させれば、海に打ち出される。それなら、被害も少なくて済むだろう」
「海に落ちるんだったら、平気だね」
春斗は身を乗り出して来る。
「三つ目は……これは私の役目になるだろうが、ここでミサイル発射解除のプログラムを起動させるということだ。皮肉なことにまだそのプログラムが何処にあるのかが確認出来ていない。恐らく、内部コンピュータにあると思われる」
「もう一つ付け加えてもいいか?」
航一郎が提案する。
「どうぞ、神崎先生」
レンに促され、航一郎は口を開いた。
「ミサイルの信管を外してみてはどうだろうか? それなら軌道修正しなくとも、発火しないので、発射されないと思うのだが」
「それって、グッドアイディア! おっさん、たまにはいいこと言うじゃん!」
ヨージが褒め称える。
「たまには、は余計だ」
そういって苦笑する航一郎。
「とにかく、それは使えるな。だが、現時点ではまだミサイルがどんなものなのか、正確に分かっていない。信管がどのような形状でどのように外すのかも把握しきれていないが、試してみる価値はありそうだ。一応、ミサイルポッドの大きさを仮に測定してリストアップしたミサイルの設計図を渡して置こう」
「済まない」
リストアップされたミサイルの設計図を航一郎は受け取った。
「でも、ボクのロウでミサイルに巻き付いたり、コンピュータに水をぶっかけたり、研究所潰していいんなら地盤沈下とかすれば信管を外したりしなくてもいいんじゃない? 駄目かな?」
「……春斗君、意外に無茶なことするのね?」
春斗の台詞にレイカが苦笑した。
「ロウというのは、あの御霊のことか? 先程の意見だが、最終手段としてなら採用出来るが、コンピュータを操作せずにショートさせるのは誤作動を招きやすい。下手すれば被害が拡大する恐れもあるからな。まずは操作する方向で、それでも無理だったら思う存分やって貰いたい」
「OK!」
「では、グループ分けをしようと思う。まずはペアシステム解除だが、こちらは操作する2人だけで充分だろう」「息のあったペア、だったわね」
ジュラの言葉に頷くレン。
「一つでも間違うと解除不能になる」
そのレンの言葉に周りは息を飲んだ。
「……俺達にやらせて貰えないか?」
今まで静かに聞いていたジオが立候補する。
「もう一人は?」
「沙夜だ」
「へっ? 私? む、無理だよ! 一つも間違えずに操作するなんて……」
沙夜は反対する。
「大丈夫だ。俺が沙夜に合わせる。だから安心して欲しい。……俺じゃあ信用できないか?」
ジオは真剣な眼差しで沙夜を見つめる。
「そんなことないけど……」
「じゃあ、頼んでもいいのかな?」
レンが確認を取る。
「ああ、任せて欲しい」
ジオが答えた。
「では次のグループだ。居残ってここで内部コンピュータを占拠するのと、ミサイルポッドの軌道修正だ。軌道修正にはどのくらいの人員が必要なのか、まだ把握仕切れていないので居残らない者全員で行って貰いたい」
「それじゃあ、私、居残るわ」
レイカがあっさりと言いのける。
「言って置くけど貴方を全面的に信用したわけではないの。占拠するっていったわよね? 私、そのためのウイルスプログラムを持っているの。マニュアル操作が必要で、貴方には操作出来ない代物なのよね。そうそう、遙ちゃんもここにいた方がいいわね。ミサイルポッドのセキュリティが解除されなかったら、彼女も狙われるだろうし。どうかしら?」
「……分かった。それでは、私と貴女と遙で残ろう。他は軌道修正に向かう。これでいいかな?」
「レ、レイカさん。大丈夫?」
春斗がそっと耳打ちする。
「大丈夫よ。きっとレンは子供の前では殺人を犯せないだろうし、いざとなったらバットがあるわ」
「な、なるほど……」
そのレイカの言葉に妙に納得する春斗。
「では、始めようか?」
レンの言葉で皆は動き始めた。
『ミサイル発射まで、後60分です』
▼守る者、戦う者
ネットにいるダイバー達はKOUMEIに教えて貰った最短距離で、内部コンピュータを目前にしていた。
「あれが内部コンピュータ? かなりでかいわね?」
彩波は背中の翼をはためかせながら言った。
「そうでござるな。この中に解除プログラムがあるわけでござるな! 緊張するでござる」
ぐっとその拳を握りしめる忠宗。
「なんだか、首が疲れちゃうねぇ。早く終わらせようよ」
緊急事態というのに、政彦はマイペースだ。
「そうですね。まずはこの内部に潜入しなくてはいけません」
「その通りだ。入り口を探すか?」
瑠璃の言葉に晃は頷き、内部コンピュータに近づく。
と。
「コンピュータにはまだ近づけさせません」
底に現れたのは。
「クォンタイズ……」
「この期に及んでまだ邪魔するのっ?」
彩波がクォンタイズに食ってかかる。
「あなた方を試させていただきます」
「試す、だと?」
晃は眉を潜める。
「あなた方が、この世界に『奇蹟』を呼ぶことの出来る想いを持つものかを」
「それって、勝手だね?」
呑気ながら政彦は自分の攻撃プログラムを起動させ始める。
「このコンピュータを渡して良い者なのかを確かめさせていただきたいのです」
そして微笑み。
「そうは……させません」
瑠璃の言葉で、戦いは始まった。
一方、ミサイルポッドまで辿り着いた航一郎達のグループ。
「うわあ、思ったよりもかなり大きいミサイルだ……」
春斗の声に皆は頷いた。
「とにかく、これの軌道修正しなくっちゃ! ほら、ヨージ、行くわよ!」
「へいへい。人使い荒いんだから……」
「何か言った?」
「いいえ、何も」
ジュラがヨージと漫才をしている後ろで。
「俺は信管を見てくる。春斗達は軌道修正の方を……」
航一郎がそう、確認しているときだった。
「あら、それは困るわね……」
笑いながらその人は現れる。
「ルナっ!」
「そうしたら、あの人は苦しまないの。それじゃあ、私が困るのよね? だから」
ここで貴様達を殺してあげる。
ルナは高笑いしながら、ゆっくりと彼等に近づいていく。
「先生、ルナは僕らが引き止めるから。先生は信管を外して」
カードを持つ手が汗で滲むのが、春斗には分かった。
「それって、私もルナを止めるのに協力すれってこと?」
「決まってるよ! ボク一人で何とかなると思うの?」
ジュラの言葉に泣きそうになりながら、春斗は言った。
「冗談よ」
「とにかく、分かった。後は頼んだぞ」
航一郎は春斗達に任せ、急いでミサイルの元へ駆けだした。
「そうはさせないわ!」
ルナの放った水の帯を。
「ボクだって!」
ロウの吐き出す水流で相殺させる。
「ルナ、こっちよ!」
ヨージから受け取った花火を放ちながら、ジュラも邪魔をする。
「お前達……邪魔をする気? 面白い、遊び相手になってあげる!」
現実世界でも、戦いが始まった。
▼解除するために
残されたレイカ達は解除プログラムを手に入れる前の下準備として、レイカの持つプログラムを起動させるところだった。
「これが上手く行けばミサイルとペアシステム以外のコンピュータ制御を私達で行うことが出来るわ」
目の前の巨大なコンピュータを起動させ、操作を始めるレイカ。その手際は博士号を持っているにふさわしいものだった。
「流石だな。私の操作したことのないコンピュータなので心配だったが……どうやらそれは必要なかったな」
「ちょっと、あなた。……いいえ、レンと呼ばせていただくわ。レン、そっちのsuzakuをこのコンピュータに繋げて貰えないかしら? 大きい割には容量が少ない様だから、それで読み込みのスピードを上げてくれない?」
「分かった。ここだな?」
レイカの言葉に素直に聞くレン。
「遙も何か手伝う!」
「じゃあ、その下のスイッチ……そう、それね。私が言ったらそれを押してくれる? 私じゃ押すのが大変なのよ」
「うん! わかった!」
じっとそのスイッチを見つめながら、指示を待つ遙。それを見守るかのようにレンは眺めていた。
「レン、手が止まっているわよ?」
「ああ、済まない。……これでいいか?」
suzakuに接続したコンピュータのディスプレイの展開速度が急に速くなる。
「充分だわ。後は、プログラムを起動させるだけね」
レイカは持っているディスクをコンピュータに入れる。
「上手く行って……」
神に祈るように、レイカはそう、呟いた。
『ミサイル発射まで、後50分です』
▼伝えたい想い
サイバーネット。そこではクォンタイズ対ダイバーズの戦いが繰り広げられていた。
「氷の刃!」
晃の放った氷の刃はクォンタイズの動きを制限させた。
「あなた方は何のために戦うの?」
蒼い光のエネルギーボールを放ちながら、クォンタイズは問いかける。
「決まってるじゃない、自分のためよ! ブレイズ・フロッド!」
彩波の放つ洪水がクォンタイズを襲う。それを何とかバリアで防ぐクォンタイズ。
「だってさ、家が無くなったら大変じゃないか? それに、母さん達だって心配するだろうし」
そう言って政彦は。
「ニードル・フラッシュ!」
何もない空間から幾千もの銀の針を生み出し、それをクォンタイズに放つ。クォンタイズはそれを自らの翼で生み出した風で防ぐ。だが、数本は当たったらしい。動きが鈍くなった。
「それって、黒猫が使っていた技っ?」
彩波がいち早くそれに気付く。
「あら、ばれちゃった? こりゃ参ったなぁ」
「そんなことは後でもいい。とにかく、クォンタイズを何とかしなくては!」
晃の言葉に彩波は政彦に言いたいことをぐっと堪えた。
「後でこってりしばいてあげるわね」
「……怖いなあ」
汗を出しつつ、政彦は彩波の言葉に頷いた。
「拙者は家族のために戦うでござる!」
忠宗の刀から竜巻が発生、クォンタイズを飲み込む。
「でも、だからと言って、クォンタイズ殿を傷つけるようなことはしたくなかったでござるよ」
竜巻が徐々に弱まる。
「私の戦う理由。それは自己の存在確認なのかも知れません……『影武者』!」
そう言って瑠璃はいくつもの瑠璃の分身を生み出した。
「はう! る、瑠璃ちゃんが沢山……」
彩波はどれが本物なのかよく分かっていないようだ。
「だからといって、相手をLOSTさせていくのは余り好きではありません。ですから」
その分身の一人がクォンタイズを捕まえた。いや、それだけじゃない。
同化。
分身はクォンタイズの内部に入り込んだ。
「これで、あなたは私の意のままとなります。これでも邪魔をしますか?」
「それでも、知りたかったの。あなた方の力が、未来を紡ぐ道だと言うことを」
そして、光がその場を支配した。
ダイバー達をも飲み込んで。
声が聞こえる。
「ルナの……義母のことを知って欲しいの。それを皆に伝えて」
そうして、映像が映し出される。
本当は、お金なんて欲しくなかったの。
でも、生きるためには必要で。
自分の息子を取られた時、悲しかったけど。
お金があればあの施設を出られるから。
私はあの日、急いで帰った。
けど。
燃えていた。
誰がやったのか分からない。
放火だということは分かっていた。
施設が火事になっていて、妹たちは逃げ遅れた。
私は金なんていらなかった。
一生懸命助けようと、施設に入った。
間に合わなかったの。
何とか施設の外に救い出せたのに。
「ありがとう、お姉ちゃん」
それが、最後の言葉だった。
その時、負った両手の火傷。
大金を出せば治せると言っていた。
でもそれをしなかったのは。
妹たちのことを刻むため。
忘れぬため。
生きる気力を失いかけたとき。
私は神に選ばれた。
力をくれると言った。
力をくれるなら、あの人に逢って。
復讐したかった。
ゲートも。
エルカースのことも。
この地球のこともどうでもいいの。
ただ、あの人に。
でも、心の何処かで願ってもいた。
息子を奪ったのは間違いだったよと。
言ってくれるかも知れない。
だから、私はチャンスを与えた。
私は出会ったときに、『ルナ』と名乗った。
再び、秘書として会ったときは本名を。
私を私と気付いたら、許してもいいかも知れない。
そしたら、またやり直せるかも知れないから。
ねえ、私を……。
私を見つけて。
「だからといって、俺は何をすればいいんだ」
晃が言う。
「知ってどうとなることではありませんし」
瑠璃も続ける。
「可愛そうな人だと思うでござるが」
「それだけよね?」
彩波も忠宗も神妙な表情で言った。
「冷たいようだけど、おれたちは早くコンピュータを見ないとね」
政彦はそっとクォンタイズを起こす。
「ただ、知って貰うだけでいいんです。きっとあの人は自分が思っていたことを消してしまうから」
そう言って苦笑するクォンタイズ。
「私も、ルナも、神の力が消えるんです。元の神と新しき神の元に力が宿りますから。だから、その前に伝えたかった。ルナの思っていたことを。それに神の力が消えたら私も消えます」
「えっ?」
「私の魂は自然に宿ったものではありません。神の力によって繋ぎ止めていたんです。それが無くなれば、私は起動停止するでしょう」
「ちょっと待つでござる! 何で魂が無くなったら止まるのでござるか?」
忠宗が訊ねた。
「私達オートマータは単体、つまり機械の身体だけでは動きません。それに地球の人の亡くなった魂が宿ることによって初めて動くのです。作り手の魂が入る。昔の人は分かっていたのかもしれませんね。それは見当はずれのようでそうではなかった。そして、今の科学ではそれが限界なのです。ですが、プシュケーシステムが再起動すれば、それも無くなるでしょう。今宿っている魂も次第に失せて、魂無しで動くようになるでしょうね。そして、本来目指していた完全なヒューマンロボットが完成するのです」
「それでは、貴女は……」
「ええ、いずれ止まってしまうわ。それも近い内に。それよりも、行きなさい。あなた方にはやるべきことがあるわ。内部コンピュータの扉を開きましょう」
そう言ってクォンタイズは内部コンピュータと交信して扉を生み出した。
「クォンタイズ……」
瑠璃が心配するかのように彼女を見つめる。
「貴女に会えて嬉しかったわ。貴女も私と同じ母親だもの」
「えっ? クォンタイズ?」
「知らなくても良かったわね。でも、思い出したら逢ってあげてね。例え、外見が変わろうとも、子供は分かるから」
そう言い残し、扉は閉まった。ダイバーの皆を受け入れた後で。
「私も最後に逢っておきたいわね……遙、レン」
クォンタイズはライズを始めた。
▼心重ねて
ダイバー達が内部コンピュータの中で様々な情報を流しているとき、沙夜達もペアシステムの部屋に来ていた。
「……でも、自信がないよ……」
沙夜は俯いた。
「だが、我々がやらなくては軌道修正もミサイル発射阻止も出来ない」
「でも! 一つ間違ったら解除出来なくなっちゃうんでしょ? 私には出来ないよ!」
「沙夜……」
ジオはそっと沙夜を抱きしめる。
「失敗を恐れてはいけないよ。そしたら、何も出来ないじゃないか?」
「でも、でもそんな重大なこと、出来ないよ……。人の命に関わるんだよ?」
「だから逃げ出すのかい?」
「……」
「俺は知ってる。沙夜は逃げることが一番嫌いだってこと」
「……」
「そうだ、俺はね。沙夜の蜂蜜色した髪と瞳が好きだ」
「な、何を言ってるのよ、ジオ! ……えっ?」
沙夜は驚きの声を上げる。
「大丈夫だよ、沙夜。気持ちを落ち着ければ、ちゃんと出来る。これは難しいことじゃない。難しいのは俺の方だよ」
そう言ってジオは苦笑した。
「沙夜の操作するタイミングに合わせなきゃ駄目なんだから。ほら、深呼吸して」
沙夜は言われたとおりに深呼吸を始める。
『準備はいいかしら?』
突然レイカの声が響く。
「レイカさん?」
『こっちも上手くいったわ。ダイバーの皆も内部コンピュータに潜入出来たわよ。で、これからパスコードを読み上げるからその通りに入力していって。良いかしら?』
レイカの声に、沙夜達はキーボードの前に立つ。
「いい? ジオ」
沙夜が訊ねた。
「ああ、望むところだ」
ジオは笑って頷いた。
「OK! 準備万端だよ☆ 初めのパスコードを教えて!」
『初めはHA1101よっ!』
「ラジャー!」
ここでも戦いが始まった。
▼月は満ち、そして欠ける
バシィッ!
ルナの放った水の鞭は、春斗、ジュラ、ヨージの3人を薙ぎ払った。
「うわあっ!」
その3人には無数の傷が増えていった。
「でも、邪魔させないんだから……」
春斗がロウを呼ぶ。ロウも春斗と同じく傷を負っている。
「ねえ、ヨージ。ルナに花火は効かないわね」
そう言ってジュラは苦笑する。
「こっちは当ててるっていうのにな。これもあの変な力の所為か?」
それでも、ロケット花火に火を付けるヨージ。
「とにかく、ルナを足止めさせなきゃ!」
春斗の声を合図にまた、立ち向かう3人!
「でやっ!」
ヨージの花火が命中! しかし、水の壁がそれを阻む。
「いい加減、倒れなさいっ!」
爆竹を放つジュラ! それも水の壁が守ってしまう。
「ロウっ!」
壁が消える瞬間を狙って、ルナにロウの吐き出す水流を浴びせた!
「うっ!」
それが見事に命中! ルナの顔に一筋の切り傷を付けることが出来た。
「やったわよ! 後はこの調子で行けばやれるわ!」
「言ってもいい? ジュラ」
ヨージが弱々しく言った。
「何よ? やっとあのルナに傷つけることが出来たのよ? もしかして、他に良い案とか見つかったの?」
「いや、その逆。……これで花火は打ち止め」
「何ですって?」
残されたのは線香花火と蛇玉のみ。
「も、もしかして、それで終わりって……」
さあっと春斗の顔から血の気が失せる。
「ふふふ、そう。そんなに私を怒らせたいの? いいわ。付き合ってあげる。でも地獄に落ちるのは」
あんた達だけ!
水で出来たカッターが彼等を襲う!
はずだった。
バラバラバラバラバラっ!
黒光りのするM4A1型、アサルトライフルの音だ。
「エ・ディット?」
3人の前に現れたのはエ・ディットともう一人。
「藤丸……」
呟くようにジュラが言う。
「いいえ、エムでいいですよ」
そう言って浮かべる笑顔は何か吹っ切れたすがすがしさを思わせた。どうやら、もう敵ではないらしい。
「俺達が加勢に来たんだ。ルナを止めるぜ」
「また現れたのね?」
ぎらぎらと目を光らせるルナ。
「ルナの力は私が押さえます。その間に攻撃を!」
エムが言う。
「分かったよ!」
春斗はエムの力が発動したのを確認して、ロウを飛ばす。
「お前ら、これを使え!」
そう言ってエ・ディットがジュラとヨージに渡したのは二つのハンドガン。
「ちょっと物騒だけど、仕方ないわね」
それを受け取り、器用にセフティロックを解除する。
「うわ、初めて持ったよ。本物って思ったよりも重いんだな……」
ヨージは気楽なことを言う。
戦いは2ラウンドへと突入した。
その頃。
航一郎はミサイルの信管を取り外す作業に追われていた。
「確かここにミサイルの表示が……あった!」
そこには『EI5127』とあった。
「何?」
手元にある設計図にはそれに該当するミサイルがなかった。
「だが、やってみるしかないだろう」
意を決してミサイルの横にある蓋をゆっくりと慎重に開けた。
もしかしたら、信管を外すことが出来るかも知れない。 だが、その想いもすぐに消されることになる。
「な、何だこれは……」
様々な回路がひしめき合っている。医療機械に精通している航一郎だが、ミサイルは専門外。ましてや、高度な回路となると手の出しようがなかった。下手をすれば、ここ一帯が吹っ飛ぶ。
「くっ、お手上げか……」
悔しいながらも、航一郎はまたそっとその蓋を閉めた。
そして、ルナと戦いを繰り広げているエ・ディット達。徐々にそれは優勢となってきていた。
「もう、止めよう。ルナ……」
ふと、春斗がそう切り出した。
「何? 私に情けを掛けようとでも言うの?」
「こんな戦い、止めようよ……傷つくだけだよ」
その春斗の言葉に。
「何を言ってるんだよ! 俺達はこいつに嫌ってほど、やられたんだぜ?」
ヨージがハンドガンを構えながら言った。
「そうよ、ルナがいるから先に行けないのよ? 分かってる?」
ジュラも言う。
「でも、憎しみは……憎しみしか生み出さないよ? 戦って傷ついて、このままじゃ、同じことを繰り返しているだけじゃない? 違う? ルナだって、本当は……」
「う、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいっ!」
耳を塞ぐルナ。
そこをすかさず、エ・ディットが撃つ。
水の壁が現れるが……数発ルナに掠るように当たっていた。
「そうかも、しれないですね……」
エムも頷く。
「それに、力が弱まっています」
エムは自分の耳に付けられたピアスの光が失われつつあるのを感じ取っていた。
「それはルナも同じはず……」
「だから、甘ちゃんだって言うんだよ。ここでやっておかないとまた、何をしでかすか分からないんだぞ?」
エ・ディットが反論する。
「俺が一人になろうとも、俺はヤツを倒す!」
「貴方の実の母親でも?」
そこに現れたのはクォンタイズ。
「クォンタイズ! 私を守ってくれるの?」
すがるように駆け寄るルナ。
「いいえ。私は真実を告げるために来ただけ」
「な、何だよ……嘘だろ? こいつが……ルナが俺のお袋だっていうのかよ?」
クォンタイズの言葉に同様を隠せないでいるエ・ディット。
「もう、止めましょう。ルナ。戦いは終わったのです」
「いいえ、まだ終わっていないわ。私の願いは叶っていないもの! 私の思い描いていた『ユートピア』は完成していないわ! この力さえあれば、全てが手にはいるのよ!」
「でも、分かっているはず。その力も消え失せていることを」
「嘘! 嘘よ嘘よ! まだ消えていないわ、永遠だもの! 私は神に選ばれたのよ! なのに、どうして嘘をつくの? 私のクォンタイズ……」
「目を覚まして……ルナ」
悲しそうな笑みを浮かべ、クォンタイズはルナを見つめた。
パァン!
何が起きたのか分からなかった。
「ああ、すっきりした。これでチャラだ」
赤くなった頬を押さえながら、ルナはエ・ディットを見ていた。
「エ・ディット?」
「言っておくが、これで許した訳じゃないんだからな。さっさとここから消えろ。じゃなかったら、今度こそは……」
最後の言葉は何も聞き取れなかった。が、それは充分に伝わっていた。
「…………」
ルナは無言でその場を去った。続いてクォンタイズも消える。
「終わったのか?」
先程まで信管作業をしていた航一郎が戻ってきた。
「先生、遅いわよ……」
空になったマガジンを捨て、ハンドガンを自分のスカートのベルトにねじ込んだ。
「で、どうだったの?」
傷の酷い左腕を庇うように押さえながら、春斗は航一郎に訊ねた。
「残念ながら信管を外すことが出来なかった」
悔しそうな表情を浮かべる航一郎。
『皆、聞こえる? ペアシステムを解除したわ。軌道修正に入って。こっちも発射解除しているから』
レイカの声が響く。
「どうやら、向こうでも成功しているみたいですね」
苦笑するエム。
「とにかく、軌道修正とやらをしなくてはいけないようだな?」
エ・ディットの言葉に、彼等はまた歩き始めた。
『ミサイル発射まで、後30分です』
▼解除終了!
「うぐぐぐぐぐ!」
「どりゃああああああ!」
「ふんぬぬぬぬぬー!」
後で合流した沙夜とジオを含めて皆で軌道修正のためにミサイルを移動させていた。90度回転させるだけなのだが、まだほんの僅かしか動いていない。
「いたっ」
春斗が叫ぶ。
「ごめん、当たった?」
ジュラが言う。
春斗の怪我だけでない。ルナの戦いで怪我をした者は航一郎の手で治療が施されていたが、それでも充分ではなかった。それに加えて力仕事をしているため、傷口が開きそうになっている。
「大丈夫だよ、後もう少しだし、頑張ろう!」
声だけは元気でもその表情が辛そうだった。
「後少し力があれば……」
と、ジオが呟いたとき。
『ミサイル発射まで、後10分です。ミサイル発射口を開きます』
そう言って発射口が開き始めた。澄んだ青い空が天井から見えた。
「……天井が開いたってことは、呼べるかも知れない」
ジュラが呟く。
「何を?」
ヨージが訊ねた。
「駄目もとでやってみるわ。それしかないもの!」
「だから、無視するな!」
ジュラはヨージの言葉を無視して首から下げている呼び子を取り出した。
「あ、恐竜さんだね☆」
沙夜が喜ぶ。
「なるほど、恐竜の力が加われば、何とか動くかも知れませんね」
エムが頷いた。
「とにかく、吹くわよ」
それでもジュラは心配だった。
自分がここへ来る途中で怪我をしたゴールディ。
もしかしたら、その怪我で飛べなくなっているかも知れない。
だが、今はそれどころではなかった。
お願い、来て!
願いを込めて、ジュラはその呼び子を吹いた。
ピルルルルルゥー。
呼び子の音が響き渡る。
だが、何も聞こえなかった。
もしかして、駄目だった?
ジュラがもう一度、吹こうとしたとき。
クルルルルゥー!
「ゴールディ!!」
感極まって涙を零すジュラ。ゴールディの翼には包帯が巻かれているが、元気な様子だった。
「これなら、動かせるかも!」
ジュラはゴールディにも手伝うように言い聞かせ、もう一度動かした。
がくがくがくん。
「やったぁ! 動かせたよ!」
沙夜の言葉に。
「ああ、やったんだな。これで空谷村を救える」
満足そうな笑みを浮かべる航一郎。
『ミサイル発射まで、後3分です』
そのアナウンスに。
「撃てるんなら撃ってみろってんだ!」
エ・ディットの顔は笑っている。
と、そこで……。
『ミサイル解除プログラム起動、確認しました』
「え?」
嬉しそうな声を上げる春斗。
『ミサイル発射を中止します』
「!」
声も出ない喜び。
「マジ? マジだよな?」
そのヨージの声は笑っていた。
「マジよマジ! 完璧にやったのよ! あたし達の勝利よ!」
一方、ネット内でも。
「こう、あっさりと解除プログラムが見つかるなんて、やり甲斐がないわね」
にこやかに笑っている彩波がいた。
「ホントだよね。でもまあ、これで万事解決。さっさとライズしようよ。おれ、お腹空いちゃったな」
政彦はいつでも呑気だった。
「私はエ・ディット様の様子を見て参ります」
そういって、いち早くライズしたのはティンヴァ。
「お気をつけて」
瑠璃がそれを見送る。
「拙者達もそろそろ帰ろうでござる。政彦殿の言葉を聞いて、恥ずかしながらお腹が鳴ってしまったでござるよ」 忠宗が言う。忠宗も呑気?
「あははは! そうね。もう、終わったしあたし達も戻ろうか?」
彩波の言葉に皆は頷いた。
と、その時。
『ミサイル発射解除確認。これからカウントダウンを開始します』
「へ?」
ここまでアナウンスがかかる。
『エンゲージを確認。蔓延を防止するため、研究所を破棄します。研究所廃棄まで後30分です』
「なんですって!」
彩波の叫びが響き渡った。
▼脱出、混乱、海の上
ばたばたと沙夜達がレン達のいるコンピュータ室に辿り着いた。
『破棄まで後15分です』
「とにかく、エレベータに乗りましょう!」
レイカの言葉で一斉にエレベータに駆け込む。
が。
『重量オーバーです』
「ええっ? 時間がないのにっ!」
沙夜が叫ぶ。
「仕方ないわね、怪我人を先に乗せましょう。先生、貴方もどうぞ乗って下さい」
残ったのは沙夜とジオ。レイカにエ・ディット、レンそして、遙。
「遙も乗りなさい」
レンが言う。
「でも、まだ大丈夫なんでしょ? だったら後で行く!」
どうしても乗らないらしい。
「仕方ない。分かった。行ってくれ」
レンは遙に弱いらしい。
「レンって子供に弱いのね?」
ジュラがヨージに耳打ちする。
「誰だって子供には甘いんじゃないか?」
ヨージが言う。
「意外な弱点だな」
呟くように航一郎は上部で点滅するエレベータのランプを見つめていた。
「ああ、まだかな……」
沙夜が心配そうに言う。
「これも解除出来たら良かったんだけど……」
レイカが苦笑する。
「仕方ないだろう? 時間がなさすぎる」
そういってレンも苦笑した。
「あ、エレベータが戻ってきたよ!」
遙が喜んでいる。
と。
ガクン!
研究所自体が大きく揺れた。
「何だ? 何が起きた?」
エ・ディットが驚き、辺りを見渡した。
急いでレイカが制御パネルを操作する。
「大変だわ……海の水が流れ込んでいるわ……」
「海っ?」
沙夜が叫ぶ。
「海って、あの海? 何でここまで来るの?」
沙夜がレイカに訊ねた。
「この研究所は海にも繋がっているのよ。地下でね。どうやら破棄というか、爆破が始まったようね……」
レイカは苦笑した。
「急いで下の階に行ってゲートを閉じなくては、海の水がここまで来てしまうわ! 閉じるには……えっ?」
レイカの顔が凍り付く。
「どうかしたのか?」
ジオがレイカに訊ねる。
「いい、一度しか言わないからきちんと聞いて。ゲートを閉じるには手動で閉めなくてはならないの。しかも……水が迫る外側で」
「え……ってことは……海に沈んじゃうってこと?」
「しかも、それをしないとエレベータが来る前に沈んでしまうわ。急がないと……」
「分かった。俺が行く」
ジオが申し出る。
「ジオっ! 駄目!」
「だったら、誰が行くんだ? レイカか? それとも……」
「他に方法ないの?」
沙夜がレイカに迫る。
「残念ながら、それしか方法がないの……」
「私が行きましょう……」
そこに現れたのはティンヴァ。
「ティンヴァ! お前、分かってるのかっ?」
「分かっています。エ・ディット様のためなら、命を捧げても……」
「ばっかやろう! そんなことされても嬉しくないぞ!俺は、お前を捜すために来たんだ。そのお前を失うなんてばかげたこと許すと思うか?」
「ですが……」
ティンヴァもそれが本心ではない。だが、誰かが犠牲にならなければ、残った者が救われない。
「ここで死んでも良いのよ?」
戯けたようにレイカが言った。
コンピュータパネルには徐々に水かさが増えている様子が克明に映し出されていた。
「私が行こう」
「レン!」
遙が悲鳴に似た声を上げた。
「私は、今まで多くの命を奪ってきた。この地位を得るために、汚いことも自ら買って出た。その報いだ」
「ゲートを閉じるにはここのハッチを閉めるだけでいいわ」
レイカがレンに告げた。
「嫌だよ、遙は嫌だからねっ! レンがいなくなったら嫌だからねっ<」
「私も仲間に入れてくれるかしら?」
何もない空間から現れたのはクォンタイズ。
「レンだけじゃ、心配ですもの」
そういってくすりと笑った。
「心強いな。君のようなレディと共に行けるのなら」
レンもくすりと笑みを浮かべる。
「嫌だよ、嫌だよ! 遙は嫌だから!」
クォンタイズはそう言う遙をそっと抱いた。
「えっ?」
遙の耳元で何かを囁くクォンタイズ。
「本当?」
「ええ、本当よ。あそこにはまだ秘密の通路があるの。だから、安心して」
そう言ってクォンタイズは言った。
「なんだ、だったら、そういってよね! じゃあ、後で会えるんだね!」
「そうよ。また会えるわ」
「じゃあ、遙、よい子で待ってる!」
そういう遙を満足そうに微笑みかけるクォンタイズ。
「では、行きましょうか? レン」
「あ、その前に」
そっとレンも遙に囁く。
「ん?」
「じゃあ、また、後で。エ・ディット、遙のことを頼んだぞ」
「……ああ、分かった」
レンから遙を受け取る。
「またね! パパっ!」
「はいっ?」
その遙の声に沙夜が言う。
「レンは遙のパパだったの! また逢おうね!」
ぶんぶんと元気良く手を振る遙。
「ああ!」
レンとクォンタイズの2人は笑顔でその場を後にした。
「……辛いわね」
レイカは遙に聞こえないよう、呟いた。
一方、その頃。
「ちょっと待ってよっ!! 聞いていないわよっ!」
ジュラ達がいるのは。
「海の上って聞いていないわよっ!」
海に浮かぶヘリポートだった。
「しかも、船もないみたいだし」
苦笑する春斗。
「ここまで来たのに……」
エムは悔しそうに顔を顰める。
「そういえば、あんたの力でワープ出来ないのか?」
ヨージがエムに訊ねる。
「それが……力が全て消えてるんです。ほら、もう、あの水の力が出てこない」
そういって掌を開いたり閉じたりして見せる。何も出てこない。
「英雄は消える運命なのか……」
「ちょっと、先生! 縁起でもないこと言わないでよ!」
航一郎の言葉にジュラは怒って反論した。
「皆、どうかしたのかしら?」
どうやら、レイカ達も辿り着いたらしい。
「ちょっと、海の上なんだけど!」
ジュラがレイカに言う。
「ああ、やっぱりね。後は救援を待つのみね」
「そ、そんなっ!」
「エ・ディット様、私はエ・ディット様とご一緒ならどこで死んでも本望ですわ」
「ちょっと、ティンヴァさん! それは私の台詞です! エ・ディット、私も一緒にいさせて下さい!」
「あのなー、お前らくっつくなよ。熱いぞ……」
「ああ、ボク、頑張ったけど帰れないみたいだよ……。お姉ちゃん達……ごめんね」
「あのーう」
「ああ、せめて息子達に逢いたかった……」
「だからねー?」
「死ぬ前にいい男をゲットしたかったわ。バットはいらないから」
「だーかーらー」
「遙、お腹空いちゃった!」
「あのー、聞いてますー?」
「俺は沙夜と一緒ならどこでもいいぞ?」
「だああああ!」
沙夜が大声を上げる。
「ど、どうかしたの? 沙夜ちゃん?」
レイカが恐る恐る訊ねた。
「よくぞ聞いてくれました! あれ、何?」
そういって沙夜が指差す先にあるのは……。
「ヘリだわ< しかも軍用ヘリよっ! これでまた金を稼げるわっ! ヨージ、また稼げるわよっ!」
「マジ? まあ、助かるならいっか」
「やったあ! ボク達帰れるんだね!」
「これで、息子達に会えるなぁ」
「ふふふ、これでまた、恋が出来るわね」
「エ・ディット様、助かりましたわ!」
「あ、またくっついてっ! では、私も」
「だーかーらー、お前らくっつくなっ!」
「遙、スパゲティ食べたい!」
「これで皆、助かるんだな……」
ほっとした表情でジオは語る。
「だね! あ、ヘリが降りてきたよ!」
沙夜に続いて皆がヘリコプターに近寄っていく。
「エディ!」
ヘリコプターから降りてきたのは背の高い、がっしりとした男性。その彼がエ・ディットに抱きついた。エムとティンヴァを巻き込んで、だ。
「心配したのだぞ? エディ」
「だから、暑苦しいんだよ!」
それをはね除けるエ・ディット。
「冷たいなあ。感動の再会なんだぞ?」
そんなやり取りを横目に皆はヘリコプターに乗り込んだ。
「ところで、何でこんなところに?」
「アカーシャに連絡が来たのだよ。確か……翡咲ティナさんという美しい女性からね」
「それって、聖流のお姉さんだ……」
沙夜の言葉に。
「うん。そうだね」
頷く春斗。
「それよりも、エ・ディットのパパリンて、あんなノリだったの?」
ジュラが不思議そうに首を傾げた。
「そういえば、クリスタ……いや、ルナは何処に?」
エ・ディットのパパリン、ヴィ・ジョンが息子に尋ねる。
「あん? まだ中だと……おい、親父、何処行くんだっ!」
「決まっているだろうっ! 私の愛しのハニーを迎えに行くのだよ!」
そう言い残して、彼は駆けていった。
「……ねえ、エ・ディット」
「何だよ、チビ助」
「むっ、まあ、いいけど。あんたもあんなノリな訳?」
「私はそれでも構いませんわ」
沙夜の言葉にティンヴァはそう、言いのけた。
「私も情熱的な人は好きです」
エムも負けじと言い放つ。
「お前ら……俺を誤解してるだろ?」
そうこうしているうちに、ヴィ・ジョンはルナを抱えて戻ってきた。
「これで全員だな。行くか」
そのエ・ディットの言葉に。
「ねえ、レンは? レンを待たないと駄目だよ」
遙が言う。
「遙ちゃん……」
レイカがそっと抱きしめた。
「レンは……」
「レン様は別の入り口から脱出したそうですわ」
レイカの言葉をティンヴァが訂正した。
「何だ、だったら大丈夫だね!」
「じゃあ、確認! ジオに、ニク団子に……」
「まだいってやがる!」
「そして、ケイ! へ? そういえば、ケイは?」
そうこう言っている間にも爆発音が響いてきた。
ヘリコプターはゆっくりと離陸する。
「えっ! ちょっと待ってよ、ケイは? ケイは何処?」
「ま、まさか……ねぇ?」
レイカが下のヘリポートを覗き込む。そこには人影が全く見えない。
「そういえば……桂花ちゃんは? 何処だろう?」
春斗の言葉に沙夜は心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫だ。きっと聖流と一緒にいるはずだ」
ジオの言葉で、やっと安心したらしい。それを聞いて沙夜は眠りに落ちた。遙も静かに寝ている。
そして、彼等はやっと、自宅に戻ることになる。
レンが死んだことを遙は、なかなか理解できなかったこと。
桂花がいなくなったこと。
それ以外は平和な日常に戻りつつあった。
●次回GP
軌跡K1 その後の未来
軌跡K2 数年後の未来




