軌跡 第10話 FOREVER
ただ、一緒にいたいだけだったのに。
それだけ、なのに。
叶わないのは、何故?
こんなに悲しむなら、私が行けば良かった。
そうしたら、あなたが悲しむかしら?
もう、取り戻せない過去。
もう、元には戻らない。
だから。
だから、私は強くなりたい。
笑って、歩けるように……。
▼神崎 航一郎
「先生、占ってあげましょうか?」
和田政彦はその手に何故かトランプを持っていた。
「占い?」
航一郎は眉を潜める。
「あら、占い出来るの? ……そうだ、遙ちゃん、先生の後で占って貰おうか?」
麗華・ハーティリーが隣に座っている遙に訊ねた。
「うん……」
遙は赤くなった目をそのままにして頷いた。
ここは、アカーシャの軍用ヘリの中。航一郎と政彦、そして、レイカと遙以外のメンバーは疲れたのだろう、皆、眠っていた。ちなみに、何故ここに政彦がいるかというと、研究所にいる皆の正確な位置を知らせるために一度ネットから戻り、その地図を見ながらヘリのナビゲータをしていたからである。その証拠に政彦の隣にはノートタイプのコンピュータが置かれていた。
「ほら、空谷村まで時間あるし、ね? これでも腕はいいほうなんだから」
そう言って政彦は無理矢理、占いを始めた。
カードをぱたぱたと並べ、次々に捲っていく。
「えっと……」
ふと、その手が止まった。
「……な、何だ?」
その政彦の様子に恐る恐る訊ねる航一郎。
「す、凄い……」
「はあ?」
「今日、かなりついてるよ! 先生。きっと良いことあるんじゃない?」
にこにこと、政彦が言う。どうやら、良い方向で凄いらしい。ほっと航一郎は胸をなで下ろした。
「どうも」
短く航一郎が感謝を述べると、ヘリはゆっくりと空谷村のヘリポートに着陸するところだった。
「さて、皆を起こすとするか」
航一郎はゆっくりと立ち上がった。
航一郎はキャンプに戻り、現状報告をしようとしていた。許可を貰っていたとはいえ、2、3日離れていたのだ。いろいろとしなければならないことが山積みだろう。
「神崎先生、電話です」
ふと、歩いていた航一郎を呼び止める声が掛けられる。
「電話?」
そう言って航一郎は女子職員から電話を受け取った。
『航一郎さん?』
それは、航一郎の妻の声。
「どうしたんだ? ……まさか」
『違うの。貴方のくれた情報のお陰で息子達の容態が快方に向かっているの。だから……その、お礼を言いたくて……』
妻の嬉しそうな、でも、切なさを帯びた声に航一郎は言葉を詰まらせた。
『……ありがとう、航一郎さん……』
と、そのとき。
「おじさん! 帰ってきてたんだね!」
マサキが駆けてくる。
「って、あれ? おじさん、泣いてるの?」
心配そうに下から覗き込むマサキ。
「いや、ただ、嬉しくてね……。ああ、分かった。また後で連絡する。電話、ありがとう」
航一郎は電話を切った。
「知ってる人? 嬉しいお知らせ?」
「ああ、嬉しい知らせだ」
それに、息子達の病気が治ったことで、別れている理由も無くなった。
「もう一度、やり直せそうだよ」
「?」
航一郎のその言葉は幼いマサキには理解できなかった。
「さて、まずは報告、だな」
ぽんとマサキの頭に手を乗せると。
「マサキも来るか? 後で何かおごってやろう」
航一郎は優しげな眼差しでマサキを見つめていた。
▼天川 瑠璃
ここは、ダイバー達のいるキャンプの中のコンピュータ室。そこで未だ目覚めないダイバーがいた。
「瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃんどうかしたの?」
由比藤彩波が瑠璃の寝ているベッドに駆け寄った。
「一体、どうなさったのでござろうか?」
心配そうに九条忠宗も駆け寄る。
「もう一度ダイブするわ……」
「彩波殿、それは危険でござる!」
これからすぐにもダイブしようとする彩波を忠宗は止めた。
「拙者達は長時間ダイブしていたでござる。体も疲れているでござるよ。そんな中でダイブしたら、LOSTしてしまうでござる!」
「でもっ!」
「もう少し、様子を見るでござるよ。大丈夫、瑠璃殿も一流のダイバー、そう滅多なことではLOSTしないでござるよ」
そういって、笑う忠宗。
「そうね……」
二人はもう暫く、瑠璃を待つことにした。
ばたん!
ゲートが閉じる。
「どうして! どうして貴方まで来るのっ!」
クォンタイズは目の前の男、レンに向かって叫んだ。
「君だけの力では閉められなかっただろう?」
「そうじゃなくて……!」
レンはすかさず、自分の唇を彼女の唇と重ねた。
「もう二度と一人では逝かせない、美由紀」
レンはそっとクォンタイズの頬に触れた。
「貴方は助かったのに……」
呟くようにクォンタイズは俯いた。
「私と一緒では嫌か?」
「そうじゃなくて……」
「前に誓っただろう? 死ぬときは共に死のうと。一度は叶えられなかったがな」
そう言ってレンは苦笑した。
「勝手な人ね、相変わらず」
「誉め言葉として受け取るよ」
海水の水位が二人の胸まで来ていた。
「残念なことは遙のウエディング姿を見られないってことだな」
レンはそう言って天井を見上げた。
「そうね。あの世に言ったら特等席で見られるんじゃなくて?」
「それはいい」
二人は顔を見合わせて笑った。
「もうすぐ死ぬのに、こんなに幸せなんて、神もおつなことをしてくれるな」
「ホントね……」
いつの間にか寄り添うようにいる二人。
ふと、空を浮いていたsuzakuが止まった。
「故障?」
クォンタイズは眉を潜めた。
「かもしれないな」
それを見守るレン。
『やっと取り込めました』
suzakuから少女の声が。
「?」
レンとクォンタイズは突然のことに顔を見合わせた。
『体は無理ですが、ダイブすれば精神体として維持できると思います。お二人とも、まだダイブ出来ますね?』
その声は瑠璃だ。
「精神体を維持するだと?」
「無理だわ……」
二人はそれに頷こうとはしなかった。
『やってみなくては分かりません。それに私も生まれたときは精神体でした。それに、出来ないからと言って諦めるよりも……遙さんのためにまだ生きてみてはどうですか? やり残したことがあるのでは?』
その言葉に二人は口を閉じた。
「だが……精神として生き残っても体は戻らないだろう?」
そんなレンの言葉に。
『それならば心配ありません。ボディならオートマータがあります』
さらりと言いのける瑠璃。
『急いで下さい、時間はありません』
その言葉に。
「わかった。君の言う通りにしよう」
「どちらにしろ、死ぬつもりだったのだし。少しでも希望があるのなら、それに賭けるわ」
二人は頷いた。
『それでは、準備を始めます』
奇蹟は、また生まれた。
▼天羽 春斗
一通り事務処理を終えた後、彩波の提案で野外での宴会が行われていた。
「ちょっと、マサさん黒猫だったわけ? 内緒にしてるなんて……しばいたるぅぅぅ!」
ぎゅむっと政彦の首を羽交い締めする彩波。
「あ、彩波さん~ぐ、ぐるじい……」
「あらー? 今度はお口かしらぁ~?」
今度は。
「あらはひゃん~、いらいれすぅ~。やへれぇ~」
口を横に伸ばしている。どうやら、政彦は……。
『彩波さん~、痛いですぅ~。止めてぇ~』
と言いたいらしい。
「ふふふふ、まだ足りないわよっ! 次はねえ……」
彩波の目は不気味に据わっていた。彼女の側には何本もの酒の瓶が散乱している。
「うぐぅ……」
ほろりと涙を流す政彦。覚悟を決めたようだ。大人しくなされるがままとなっていた。
「ところで、これからどうするんだ?」
航一郎が政彦達を放って置いて話を切りだした。
「あら、決まっているじゃない! 今までの事件をドキュメンタリーにして出版するわっ!」
ジュラ・ハリティの目は、いつの間にか円マークに切り替わっている。
「ベストセラーになって、お金をゲットよっ!」
彩波の次に止められない人かも知れない。
「私は……」
そう言って話し始めるのは、馬川・M・藤丸。
「私はエ・ディットのダイブをサポートしようと思っています」
それなら、側にいられるし、役にも立つ。
エムはそっと隣にいるエ・ディットを見つめた。
「ん? 何か付いているか?」
目の前のバーベキューに夢中で話を聞いていなかったらしい、エ・ディットはエムに訊ねる。
「あ、エ・ディット様。頬にご飯が……」
エムが口を開く前に同じく隣にいたティンヴァが、エ・ディットの頬を見ながら言った。
「んあ? ここか?」
「違いますよ、もう少し右」
「あ、左ですわ……」
エムとティンヴァの言葉に。
「っだあ! 面倒くせぇ! 取ってくれよ」
苛ついたエ・ディット。
二人は顔を見合わせ、そして頷いた。
「いいですよ。では、ティンヴァさんは右を頼みます」
にこりと微笑みエムは言う。
「はい。分かりましたわ。では、エム様は左ですわね?」
ティンヴァも同じく微笑み。
キス。
「これは……両手に花でござるなぁ」
忠宗が羨ましそうに呟いた。
「そう? 一人は花ではないような気もするけど……」
レイカは汗をたらりと流しながら、それを訂正する。
「で、他の者はどうするんだ?」
航一郎は話を元に戻した。
「私はこのまま図書館のアルバイトを続けようと思います」
側にいた瑠璃が答える。
「拙者も同じく続けるでござるよ。レイカ殿はどうするでござるか?」
バーベキューの焼き加減を見ながら、忠宗はレイカに訊ねた。
「そうね、私は遙ちゃんの元で……いなくなった桂花ちゃんを探すわ」
その言葉に一同は静まり返る。
「そうね、あの子が見つかると良いんだけど……有名になったらテレビで呼びかけてあげるわ」
ジュラはそう言ってバーベキューを頬張った。
「そうしてくれると嬉しいわ」
落ち込んだ空気が柔らかくなる。
「ところで、春斗君は?」
今まで静かだった沙夜が口を開いた。
「そういえば……何処へ行ったでござるか?」
「晃さんと聖流さんの姿も見あたりません」
忠宗と瑠璃が口々に言う。
「何処行ったんだ? 連れションか?」
ジュラの隣で黙々と食べていたヨージがそんなことを言った。
「馬鹿っ! こんなとこで変なこと言わないで!」
ばしんとジュラがヨージをハリセンで叩いた。いつの間に持っていたのだろう?
「もう少ししたら、戻って来るんじゃないかな? 子供じゃないんだからさぁ」
赤くなった頬をさすりながら政彦は、ようやくバーベキューを手に入れることに成功した。彩波は酒の酔いが回ったらしい、ぐーすか寝ていた。
「そうね、もう少し待ちましょう」
レイカの言葉に皆は頷いた。
静かな林の中。春斗は木漏れ日の差し込む木々を見上げた。
「ああ……世界は救われたんだね」
春斗は右手にある龍のカードに話し掛けながら歩いていた。遠くで彩波の叫び声が聞こえる。
「本当にいろんな事があって……でも、頑張ったからここまで来られたんだ」
そして、立ち止まる。
「ねえ、ロウ……」
カードの中からシルバーブルーの龍が出てきた。
「ロウもお疲れ様だね……ロウ?」
ふとその様子が少し違うことに気づいた。
いつもならもう少し元気なはず。
いつもなら、もう少しはっきりと実体化していたはず。
今日のロウは元気が少し無く、そして色がいつもよりも薄いようだ。
「どうしたの、ロウ?」
心配そうに訊ねる春斗。ロウはその身を春斗にすり寄せた。淋しそうな瞳で。
「もしかして、ルナとの戦いで疲れちゃった?」
笑って春斗は言う。その言葉にロウはそっと首を横に振った。その口が聞こえない言葉を紡ぐ。
「……お別れ? ……もう消えてしまうってどうしてっ?」
春斗の頭の中で走馬燈のようにロウとの想い出が駆けめぐった。
モウ、必要ナイカラ……。
ロウがそう言ったような気がした。
「そんなことないよっ! 初めて会った時からずっと、友達だって言ってくれたじゃないかっ! ずっと、ボクがおじいちゃんになっても一緒だって言ったじゃない……。約束、したじゃないか……」
最後の方になると言葉に出来なかった。
涙。
春斗の瞳から零れる涙は止まることを知らない。
それをぺろりと舐めるロウ。ロウの瞳からも涙が貯まっていた。泣けばいいのに泣かない訳は……。
「ゴメンね……、ロウも嫌なんだよね。そうして我慢してくれてるのに……ごめん……」
ぐっと春斗は涙を拭き、そして空を見上げた。
「ねえ、ロウ……ボク、いいこと思いついちゃった」
春斗はロウの涙を拭ってやりながら、続ける。
「最後に想い出を作ろうよ、ロウ! ボクの……ボクら皆の心の中に残るような……大きくて綺麗な虹を作ろうよ!」
その言葉にロウは頷くことの代わりにもう一度、春斗にすり寄った。
「あの青い空に今まで見たことのないような、虹を<」
もう一度、ロウの頭を撫でてから。
「いくよ、ロウっ!」
クルルルー!
最後の声が消えるとき。
青空の中に大きな、そして見事な虹が架かった。
一瞬だけれども。
「あれ、遙ちゃん?」
ふと、政彦の隣にいた遙がぽとりと涙を落とした。
「どうしたの? 何処か痛くなった?」
「虹……」
空を見上げるとそこには、大きな虹が架かっていた。
「あ、あれ? 雨、降っていないのに?」
首を傾げながら、政彦は不思議に思う。
「キレイなのに、悲しいの。どうしてかな?」
その遙の言葉に答えられる者は、いなかった。
「さようなら……ロウ……」
春斗の手にしていたカードが、音もなく、消えた。
▼城前寺 晃
静かな事務室で、彼らは向かい合っていた。
「そうですか……やはりKOUMEIいや、レンは死にましたか……」
晃はティナの話を静かに聞いていた。
「ええ。瓦礫から彼等の亡骸が確認されたわ。遙ちゃんにこのことを伝えるのは辛いけどね……」
そういってティナは眼鏡を外した。
「で、晃君はこれからどうするのかしら?」
「私が図書館にこだわっていたのは彼女……シャディに対する償いの意味も半分ありましたから。しかし、それが無くなった今、ここに居続ける理由もありません。……ティナさん、急な話で済みませんが、今日一杯で図書職員を辞めさせていただきます」
晃は胸ポケットから辞表書を取り出し、ティナの前に置く。
「そう……。でも、辞めてどうするのかしら?」
組んだ手を顎に置きながら、ティナは訊ねた。
「あてはありませんが……地上に降りてみようと……」
「待って下さいっ!!」
ばたんと、大きな音を立てて入ってきたのは、聖流。
「聖流さんっ! 聞いて……いたんですか……。今言った通りです。ここを辞めることにしました」
「本気なんですか? 晃さん!」
晃の目の前に詰め寄る聖流。それに苦笑しながら、晃は話し始めた。
「大丈夫ですよ。今ここには本当に優秀なダイバーの方々が沢山います。心配する必要はありませんよ」
「でもっ!」
それでも聖流は続ける。
「晃先輩みたいな経験豊富な職員、そう滅多にいませんよっ! それに、それにまだ私……」
聖流の拳が震える。
「返して貰っていません……ハンカチ、返してくれるって言ってくれたじゃないですか……」
「それは……その……」
「私だけじゃ駄目ですか?」
「?」
呟くように、けれと確かに聞こえた聖流の声。
「私、先輩がいなかったら凄いことになるんですっ!」
顔を真っ赤にして言う聖流。
「す、凄いこと……ですか?」
「えっと……しょ、書類をぶちかましたり、図書カードスキャンの間違いが100近く出たりとか……そうそう、図書館に置いてある花瓶を割っちゃったりとか!」
大事な本に水がかかったら大変だわ。
そう言う聖流に。
「いつもそんなことをしていたのかしら?」
ぼそりと呟くティナ。彼女の額には大きな汗マークが浮かんでいる。
「今までそんなことはなかったのよ? ティナ姉。でもここで晃先輩がいなくなったら、こーんなことが起こるってだけで」
「って、聖流さん?」
「先輩、いっちゃ嫌です……残ってくれませんか?」
聖流は潤んだ瞳で晃に訴える。
「……」
「はい、決まりね」
無言な晃の代わりにティナが答えた。
「辞表は無効にします」
「へっ?」
その姉の言葉に間の抜けた声を上げた。
「貴方みたいな有能な職員をそう簡単には辞めさせないわ。それに……」
ティナはウインクしてみせる。
「聖流が無能になったら、大変だもの」
そう言ってティナは晃の辞表を破いた。
「貴女方には適いませんね」
晃はそれを見ながら苦笑する。
「ってことは……」
「もう少し働かせて貰いますよ。よろしく、聖流さん」
「はいっ!」
いつもよりも元気な声を上げる聖流。
「あ、あれ? 晃先輩、外を見て下さい! 虹ですよ!」
窓の外を見ながら、聖流は言う。
「あら、外は晴れているのに……」
珍しそうにティナも窓を覗く。
「きっと、今を祝福してくれてるんですよ」
ロマンティックな発言に晃は苦笑する。
「そうですか?」
「ええ。絶対そうです!」
二人は……いや、三人は暫く、その虹を眺めていた。
▼和田 政彦
彩波主催の宴会を終えた後。政彦は一人、キャンプで黙々と事務処理を行っていた。
「ふう、今日はここまでにしようかな?」
書類処理が一段落したのを機に、政彦はコンピュータの画面から視線を外した。
「肩こったなぁ……」
こきこきと鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がった。
「まあ、マサちゃん、ここにいたのねっ!」
ばたんと勢い良く部屋に入ってくるのは紛れもなく……。
「か、母さん?」
恐る恐る入ってきた女性を凝視してしまう。
「いやーもう、探しちゃったわよ? 母さん、マサちゃんがこんな立派なところで働いているなんて、ちっとも知らなかったわ」
そして、がさごそと母は何かを取り出した。
「でも、今なら大丈夫よね? 収入もしっかりしているようだし……さ、どの子にする?」
取り出したのはお見合い写真。それも一枚じゃない……10枚ほどある。
「あの、その……母さん?」
「あら、心配しなくてもいいのよ? どの子もしっかりしたいい子ばかりだから」
そういって微笑む。
そういえば、家を出てアパート暮らしを始めたのも、母さんに甘やかされないようにするためだったはず。しかも家には姉が二人いたはず。
「おれよりも姉さんの結婚相手でも探したらは?」
何とか話を変える政彦。
「あら、あの子たちなら大丈夫よ? 二人とも恋人といい感じなんですもの。問題は貴方だけよ?」
「母さん……」
政彦はいつになく真剣な眼差しでその口を開いた。
「なあに?」
「おれはもう、子供じゃないんだ。こうしてお見合いのことも考えてくれるのは嬉しいけど……まだその気にはなれないんだよ。まだしたいこともやらなきゃいけないこともあるんだ。……ごめん、母さん」
「……そう、私もちょっと張り切り過ぎちゃったわね」
淋しそうに写真をしまう母。
「ねえ母さん」
その様子に政彦は母に声を掛けていた。
「今日はこれで仕事終わりなんだ……その、良かったら久しぶりに二人で食べに行かない?」
あんまり高いトコは無理だけど。
そう、政彦は苦笑する。
「あら、本当? まあ、母さん嬉しいわ」
お見合いの話は何処へやら。二人は仲良く連れ立ってキャンプを後にした。
寒いはずの夜は、彼等にとって暖かい夜となった。
夜空に浮かぶ、ほのかに明るい月明かりのように……。
▼もう一度、逢いたい
空き地に置かれた土管、電線で休んでいる小鳥、時折横切る軽自動車。そして、住み慣れた住宅街。
「ケイ……どうしてるかな?」
その中をポニーテールの沙夜が歩いていた。
とぼとぼと淋しそうに。
心の何処かでもう、逢えないかも知れないと思っている。そんなことを思う自分が嫌だった。
「逢いたいな……」
涙が出そうになるのを、空を見上げることで誤魔化そうとしていた。
と、その時。
「沙夜さん」
逢うことも許されないはずなのに。
「ケ、ケイ?」
沙夜は振り向いた。
夢じゃない!
そこにいるのは紛れもなく松沢桂花、その人だった。
「ケイっ! 生きていてくれたのねっ!」
がばっと沙夜は桂花に抱きつく。
「よかった、ずっとずっと探したんだから、本当に探したんだから!」
沙夜のその手をゆっくりと降ろさせる桂花。
「そこまで思って下さるなんて、嬉しいですわ」
私も、嬉しいよ……。
その声は言葉に出来なくて。
「でも、これで最後なんです」
神様、これは夢ですか?
「ケイ?」
沙夜自身の声が、震えていた。
「私はずっと貴女を見ていたんですよ。沙夜さんの目的に向かう、そのひたむきさをずっと」
ふと、桂花は空を見上げた。
「一生懸命に向かっていく沙夜さんを見て、とても感心しました。私もそんな沙夜さんのようになりたいとも。そして、自分に出来る、やりたいことを見つけることが出来たんです」
そう言って沙夜を見つめる。
そうやって、私の大事な人をまた、奪うのですか?
「でも、やっぱり嫌だよ……会えなくなるの……」
でも、分かっていた。桂花も辛いことを。
熱く込み上げるそれを、必死に止めようと沙夜は堪えていた。
「私は後悔していませんわ。沙夜さんと会えなくなることは少し淋しいですが」
桂花はそう言って、自分の眼鏡を外す。
「永遠に会えなくなることはありません。だって、私、目をつむればすぐ、沙夜さんに会えるんですもの。心はずっと一緒です」
微笑んでたたんだ眼鏡を沙夜の手の中に置いた。そして、沙夜の頬にキスをする。
「それに、沙夜さんたちがいるこの世界を支えることが出来るんですもの。こんなにやり甲斐のあるお仕事はありませんわ。だから、今は」
後ろを向く桂花を沙夜は刻み込むように見つめていた。
ケイも、我慢しているから……。
「いってきますと言いますわ。いつか、貴女の所へ帰れるように」
本当だよね?
信じてもいい?
「だから、沙夜さん。言ってくれませんか?」
もう一度、桂花は笑う。
信じて……いいんだね……。
「分かった、ケイ……でも、帰ってきたら言っても良い?」
「何を、ですか?」
「帰ってきたら、『おかえり』って」
沙夜の言葉に優しく頷く桂花。泣いちゃ駄目だって言っているのに沙夜の涙は止まることを知らない。
「いってらっしゃい」
その震えた、沙夜のか細い声に。
桂花は満足そうに頷いた。
と、制服が淡い光に包まれ、薄い水色のドレスへと姿を変える。
「いってきます」
励ましてくれた彼女。
そっと側で支えてくれた彼女。
その彼女のことを一生忘れないように。
心の中に淡い想い出と共にしまっておこう。
桂花は淡い光に包まれ、そして、沙夜の前に二度と姿を現すことはなかった。
▼麗華・ハーティリー
研究所でのミサイル発射事件から二年後。
レイカは空谷村の住宅街から、溟海学園へと歩いていた。一度、地上の友人の元に出かけて、先日、戻ってきたばかり。
「散歩も時にはいいものね……」
ぎゅっと伸びをしながら、レイカは相変わらずの町並みを眺めていた。
一度は空谷村を大都市にするという計画もあったのだが、この町並みを気に入ったお偉いさんがそれを却下したという、ちょっと変わった噂が今もちまたで囁かれているようだった。
レイカはそんな懐かしい匂いのする町が少し、気に入っていた。
「もの凄く激しく『生きている』……か」
ふと、友人の言葉を思い出した。
『だって、自分の全存在を賭けて何かを、それも大抵は誰かのために成そうとするわけでしょ? これ以上強く眩しい生命の使い方なんて、私には思いつかないわ』
自己犠牲の話したときに教えてくれた友人の言葉。そのお陰で、レイカの心は過去を吹っ切ることが出来た。
例え、桂花を見つけられなくても。
それでもかまわないと思う。
だから、それまでの時間を取り戻すかのように。
「後は素敵な男性とアバンチュールだわ!」
レイカはもう、何年も使われていないだろう古い言葉を口にした。と、同時にレイカは獲物を狩るような光った目で何かを狙っている……。
「れ、レイカ……さん?」
恐る恐るといった感じで声が後ろから掛けられる。
「あら。春斗君?」
ころりと先程の目つきを和らげ、誤魔化している。
「どうしたの? こんなところで」
「それはボクの台詞です……」
苦笑しながら、春斗は言う。
そういえば、目の前の春斗はまだ幼さが残っているが、凛々しさが出てきたように見える。それに顔の作りは申し分なし。
「まずは一人……」
こっそり影でレイカの目が光った。
「あ、あの……レイカさんはどうしてここに?」
もう一度、春斗は声を掛けた。
「ああ、私? これから溟海学園に行こうとしていたのよ。ティナさんからの依頼でね。コンピュータ関連のサポートですって。それにジオのメンテナンスもやって欲しいみたい」
そう言ってレイカは言う。
「そういえば、春斗君は?」
「これから図書館行って晃先輩にコンピュータのこと教えて貰おうと思って。スキャンとかしか知らないから、それ以外のことを詳しくお願いしようと思ってたんですよ。……そういえば、言いましたっけ?」
二人は学園に足を向けて歩き出した。
「何を?」
「ボク、先日、正式に図書職員になったんです! やっと試験に受かって……それまでが本当に大変でした」
そう言って春斗は苦笑した。
「へえ、凄いじゃない! おめでとう、春斗君」
心の中では。
収入も良し。
ランク付けをしていた。何の……というのは愚問だ。
「ありがとうございます、レイカさん」
二人は微笑みながら、歩く。
「実はまんざら悪い人生じゃないみたいね……」
「えっ?」
レイカの呟きに春斗は驚く。
「何でもないのよ……でも」
私はもう、大丈夫。
前を歩いていける。
一度はつまずいたけれど。
「私は元気です」
レイカのその言葉に。
「そうですね」
春斗は頷いた。
暖かい日差しの中、二人はまた、歩き出す。
「あ、レイカさんにもお願いしても良いですか?」
「何?」
「後でコンピュータのこと、教えて下さいね」
穏やかな日常が、また始まる。
▼由比藤 彩波
図書館のアルバイトを辞めて3年。あの宴会を終えた後、彩波はアルバイトを辞めた。
そして、始めたのがフリーの『データ・ガーディアン』。
今日もまた、バグやハッカーを相手に奮闘していた。
「ブレイズ・フロッドっ!」
トドメの必殺技。これは変わっていないようだ。右手に携える『デス・ブリンガー』も健在。
変わったのはネット内の擬態だけ。
彩波の姿は天使そのものだった。
白いミニのワンピース。
背中にある白い鳥のような翼。
そして冗談のように浮かぶ頭のわっか。
特に言わなくてはいけないのは、両手の手枷と鎖が無くなっていること。
それは、もう縛られるものがなくなったことを意味していた。
「今日の仕事も無事終わりっと……」
そうして、汗を拭う彩波の姿は何故か、農婦を思わせた。刈り取りの時期を終えた、満足した笑みのような。
「あっ! そうだっ! 今日は新しいプログラムが来るんだっけ?」
確か新しいプログラムはダイバーの誰かが運んでくるはず。
「早く待ち合わせポイントに行かなきゃ!」
『死神・女王』彩波……いや『死の天使』彩波は移動を開始した。
「えっと……確かこの辺なのにな……」
きょろきょろと彩波は周りを見回す。
彩波以外にもネットランニングに来た者達が集っていた。ここは現実世界で言う、広場や公園といったような場所であった。
「お久しぶりです、彩波さん」
ふと懐かしい声があがる。
「瑠璃ちゃん?」
振り向く先には三年前から全く変わらない、瑠璃の姿があった。その手にはプログラムディスクが握られている。
「え? もしかして……」
「依頼されたものです。薔薇の刺繍の入った、白のワンピースです」
もちろん、それは現実のものではない。
「ありがとう。擬態用、衣装プログラムをね」
そう言って瑠璃からプログラムを預かる。早速それを着てみる彩波。
「どうかな?」
「とってもお似合いです」
そう言って笑う。
「私も、薔薇は好きです」
その言葉にふと何かを感じた。
そういえば、母さんも薔薇が好きだった。
「ねえ、瑠璃ちゃん」
「何ですか?」
きょとんと訊ねる瑠璃。
「もしかして、前に会ってる?」
「三年前に会ったきり、今日まで会っていませんでしたが?」
どうやら、それは気のせいのようだ。
「ん。そうよね。気のせいみたい。……そういえば、こうして逢うのは久しぶりね! 皆、頑張っている?」
「ええ、忠宗さんのバイト時間が短縮されましたが、それ以外は特に。その分晃さんがダイブしてくれるようになりましたから」
「そう。皆、変わりないみたいね……」
ふと淋しげな瞳を浮かべる彩波。
「でも、彩波さんがいなくて静かになりましたよ。少し寂しいです」
そう言って瑠璃はふと、空を見上げた。
相変わらずの光のライン。
それだけが浮かぶ空を。
「忘れるところでした」
「何?」
瑠璃は思い出したように言う。
「これも彩波さんに渡すように頼まれました」
そういって取り出したのは一通の手紙。いわゆるメールである。
「メール?」
すぐさま封を開ける彩波。
『人手が少なくて困っています。戻ってきませんか? 皆が待っています。戻って来れなくても、一度顔を見せに来て下さい。皆寂しがっていますし、大歓迎しますよ。翡咲ティナ』
「あの人もまめな人よね」
そういって苦笑する彩波。その目尻にはうっすらと涙が滲んでいるように見えた。
「ええ」
瑠璃もその意見に頷いた。
「でも……ちょっと時間くれる? すぐには返事が出そうにないから」
「はい、分かりました。伝えておきます。……それに急がなくてもいいですよ。皆、気長に待っていますから」
そう言って微笑む瑠璃。
「それと、今日、こんなに成長した彩波に逢えて良かったわ」
「えっ?」
何か瑠璃の声とは違う、懐かしい声が響いたような気がした。
「どうかしましたか?」
「いいえ、ちょっとね。懐かしい声を聞いたような気がしただけ」
もう一度瑠璃に感謝を述べて。
ゆっくりとその場を後にする。
「私も、母さんに逢えて嬉しいよ」
たぶん聞こえないだろう。
けれど、願うのは何故だろう?
つかの間の小さな奇蹟が、幸せを呼ぶ。
▼九条 忠宗
事件があって、4年が経った。長いようで短い時間。それでもあの事件のことは忘れなかったし、別れた仲間のことも、ずっと胸の中にあった。
けれどそろそろ決めなくてはいけない。
これからの自分を、どうするかを。
忠宗は父の留守の間、店を手伝っていた。その時間は徐々に長くなっているように思う。
「よいしょでござるよ」
留守の間に来た商品を店に運ぶ。
「忠宗さん、私も手伝います」
そういって出てきたのは。
「ここは一人でも平気でござるよ、アリス殿。それにアリス殿にはいささか重いものでござるよ?」
アリスという名の女性。名は外国人のようだが、その外見は日本撫子を絵に描いたような。
「大丈夫。これでも筋力はあるんだから!」
そういって、忠宗と同じ荷物を持とうとしたが……。
「ぬぬぬぬぬううううう……」
なかなか持ち上がらない。
「とりゃっ!」
気合いを入れて、やっと持ち上がる。そんなアリスの足下はふらふらと危なっかしい。
「アリス……殿?」
それは忠宗をハラハラさせるのに充分な状況だった。
「ほ、本当に大丈夫でござるか?」
急いで荷物を運ぶと、すぐさまアリスに駆け寄ろうとする。
「きゃっ!」
アリスがバランスを崩した。
「アリス殿っ<」
忠宗の手が間に合わない。
だが。
「大丈夫か?」
誰かかそれを支えていた。
「……航一郎殿?」
それは紛れもなく航一郎その人だった。
確か、調査員の役目を終え、日本で医師をしていたはず?
「久しぶりだな。でも、こんなか弱い女性にこんな荷物を持たせるのも問題だと思うが?」
航一郎の言葉に忠宗は苦笑するしかなかった。
「ところで、航一郎殿。確か、日本に戻ったと聞いていたでござるが……?」
「ああ、それが。空谷村の病院から依頼があってな。どうやらこの村の医師が不足しているらしい。家族と共に昨日、引っ越してきたんだ」
「なるほどでござる!」
ぽんと手を打ち、納得する忠宗。
「どうも、ありがとうございます……」
話が一段落したところで、ぺこりとアリスは頭を下げた。
結局アリスの持っていた荷物はそのまま、航一郎が持っていたから。
「ああ、かまわんよ。タダのお節介だからな。……お前にこんな奥さんがいるとは正直思わなかったよ」
笑いながら航一郎は言う。
「こ、航一郎殿っ! せ、拙者達はまだ、その、結婚はまだでござるよ!」
「そうなのか? 俺はてっきり……」
「酷いわ……忠宗さん」
航一郎の言葉を遮るようにアリスは言う。
「そこまで必死に否定しなくてもいいんじゃなくて?」
悲しそうにアリスは俯いた。
「アリス殿っ! 拙者は誤解のないように説明しただけでござるよぅ」
あたふたとアリスを慰めようとする。
「それに、アリス殿のことは好きでござるから」
その言葉に偽りはない。
「本当?」
「本当でござる」
「じゃあ……さっきの言葉、もう一度言ってくれます?」
「えっと、『アリス殿のことは好きでござるから』?」
「あははははっ!」
そのやり取りを見ていた航一郎が急に笑い出した。
「こ、航一郎殿……」
「いや、よく分かったよ。お前達のことがね……」
そう言って手にあった荷物を店に置く。
「おっと、こうしている時間がなかったな」
「あ、急ぎの用でござるか? 引き止めて悪かったでござるよ」
「いやいや、他にも回らなくてはいけないだけだ。図書館にいけば皆、いるはずだよな?」
「皆に逢いにきたでござるか? そうでござる。でも、何人かは、いないでござるよ」
「そうなのか?」
残念だなと航一郎は呟いた。
「あら、だったら案内してあげてはどうかしら? 忠宗さん、知っていらっしゃるんでしょう?」
「しかしでござるな……」
「この店なら大丈夫。私一人でも平気よ? でも、荷物運びはちょっと無理だけど」
そう言ってアリスは笑う。
「店番なら任せて!」
その言葉に忠宗は航一郎と顔を見合わせた。
「仕方ないな。では、これを運んだら案内を頼むか」
「分かったでござるよ。それと……アリス殿も一緒に行こうでござる」
「え? いいの?」
「今日は特別に店をお休みするでござるよ」
だから、一緒に。
「分かったわ! これからおじさまに連絡して支度を始めるわね」
嬉しそうにアリスは店の奥に入っていく。
「ほう。いい娘さんだ」
航一郎が感心している。
「あ、アリス殿は拙者のフィアンセでござるよ」
それをすかさず言う忠宗。
「別に取りはしない」
忠宗の言葉に航一郎は苦笑しながら。
「さて、始めないか? 早く終わらせないとデートも出来ないぞ?」
「こ、航一郎殿!」
熱い日差しが、ゆっくりと柔らかくなり始めた、初秋のことだった。秋なのに、春のような陽気さを感じるのは気のせいだろうか?
▼ジュラ・ハリティ
5年後。
ジュラは机の椅子で伸びをした。
「くうっ! 忙しいったらありゃしないわ」
その机にはプレートが置かれている。
『社長』と。
「おい、ジュラ。また依頼が来てるぞ」
そこへ入ってくるのはヨージ。昔、茶髪だったそれは、いつの間にか黒く戻っていた。ピアスの数も減っている。
そして胸に付けられたプレートには『専務』の刻印が。
「何処から?」
姿勢を正すジュラ。
「出版社から、だよ。また何か書いてくれないかって」
「そうね……じゃあ、一億円を貯める方法でも書いてみる?」
戯けたようにジュラは言った。
「一億円? そんな嘘を書くのか?」
冗談だろ?
ヨージは苦笑した。
「あら、そう? そういえば、ヨージってば何故か一生懸命よね?」
あたしが頼んでないのにね?
ジュラも笑う。
「女のお前に負けるのが嫌なだけだ」
「ふうん」
そう言ってジュラは立ち上がり、ヨージを奥の応接室へ連れ込んだ。
「まあ、いいわ。これを見て」
応接室にある大きな額に入った絵を取り外し、そこにあった金庫を開けた。
「今日、めでたく一億円貯めることが出来たのよ」
その中には溢れんばかりに置かれてある札束が。
ちゅ!
「うわ、なんだよっ!」
突然ジュラがヨージに熱いキスをした。ヨージの顔がいつの間にか赤くなっている。
「今日からあんたは『副社長』よ」
「へ?」
唐突な台詞にヨージは唖然としていた。
「それと、あのキスは契約金代わりよ。あんたがこの先、一生あたしの下僕になる身売り金のね。あたしが一億貯められたのも5年前、助けに来てくれたあんたのお陰よ。あんたはあたしのよきパートナーで漫才の相方よ」
そう言ってジュラは金庫から取り出した札束の一つで、ヨージの頬をなでなでしていた。
「もう、一生放さないわ」
一ヶ月後。
空谷村の一流ホテルにて。
「ビックリしましたね。晃さん」
聖流は隣にいる晃に話し掛ける。
「そうですね、私も驚きましたよ、聖流」
式もクライマックス。
会場の外には大きく。
『ゴールディ運輸。社長、ジュラ・ハリティ様と副社長、志村ヨージ様の結婚披露宴会場』
と、大きな看板が置かれていた。それも達筆である。
「それにしても、凄い披露宴ですよね。あ、あそこにいるのって、大スターのMAIさんじゃない?」
私、大ファンなんですよ、とはしゃぐ聖流を愛おしく思う晃。
「それじゃあ、式が終わったらサインでも頼んでみましょうか?」
「本当ですか? 嬉しいです!」
皆はもう、ホテルの前にいた。そこには立派なリムジンが待機している。
「皆さーん、今日は本当に来てくれてありがとう!」
お姫様だっこして貰っているジュラが元気良く、声を上げる。
「皆さんも、あたしのような素敵な式を挙げてねー!」
そう言って手に持っていたブーケを空高く投げた。
すとん。
「わあ、見て下さい、晃さん!」
顔を赤らめさせながら、聖流は興奮する。
ジュラの投げたブーケは上手く聖流の手の中に落ちた。
「晃さん、知ってます?」
にこにこと聖流は続ける。
「花嫁のブーケを手にした者は、近いうちに結婚するんですって」
その後、大スターのサインを手に入れたかは知らないが。
新しい家庭が築かれることは誰が見ても分かった。
空き缶を吊したリムジンが遠くに見えた。
それは幸せな6月のこと。
▼馬川・M・藤丸
あれから、もう6年が経った。
「エ・ディット! 仕事終わりましたよね?」
突然部屋に入ってくるのはエム。その姿は6年前とさほど変わっていない。どうやら、ルナから貰った薬も成長を止める効果があったようだ。
「あん? まだあるぜ?」
エ・ディットは机に積まれた書類を叩きながら答えた。
ここはアカーシャ総帥のいる、執務室。
そう、エ・ディットは今やアカーシャ総帥となっていた。現在のアカーシャは機能していない警察機関や、政府機関等を受け持つ巨大組織となっていた。
そのうち、警察機関は民間の会社が受け持つことが先日決まった。これで少しはアカーシャの権限が押さえられるだろう。
「全く、総帥も楽じゃねえな」
エムに構わずエ・ディットは仕事を続ける。
「でも、今日終わらせなきゃいけない仕事は終わったんでしょ?」
「まあな。だが、さっさと終わらせた方が面倒臭くないだろ?」
エ・ディットはやるべきことは早めに終わらせる主義らしい。
「エ・ディット様。コーヒーが入りましたわ」
今はエ・ディットの専属秘書となっているティンヴァが入ってきた。衣装もスーツ姿になっている。
「ティンヴァさんも言って下さいよー。このままだったら、エ・ディットが過労で死んでしまいます!」
「それは駄目ですわ!」
エムの言葉を真に受けたティンヴァ。
「エ・ディット様、お仕事は止めましょう」
そう言ってエ・ディットの手を止める。
「ティンヴァ……お前なあ……」
エ・ディットの眉間にしわが寄る。
「私も心配しているんですよ。というわけで……ティンヴァさん、実力行使です」
エムはがっちりとエ・ディットを掴むと。
「って、何をするんだっ!」
「疲れた体には休みが必要です! ね、ティンヴァさん」
「はい、そうですわ」
「だからって、何でソファに寝かされるんだっ!」
「場所がここしか空いていないんです」
「ええ」
「お、おいっ! そこでズボンを降ろすなっ!」
「疲れた体にはマッサージが必要ですよ?」
「なるほど、マッサージですね?」
「マッサージって、それは違うっ!!」
「そうですか? これでもサンピーといって体の活力を呼び戻す効果があるんですよ?」
「初めて聞きましたわ! ファイル225に記録を開始します」
「しなくていいっ!」
と、三人でごちゃごちゃやっていると。
「ダディ! お仕事終わった?」
入ってきたのは遙。遙は高校生として溟海学園に通っている。彼女の今着ているのも、その制服だ。そして、エ・ディットをダディと呼ぶこと。つまり現在、遙の父親はエ・ディットとなっていた。名前はそのまま残しているが。
「……不潔……」
三人の有様を見て、遙は苦い顔をした。
「こ、これはだな。こいつらがいきなり……」
「ダディがそんな人だなんて思わなかったわ……もう少し真面目な人だと思ったのに……最低」
まるでそれは夫の不倫を目撃した妻のように。
「だから、こいつらが……」
「言い訳しないで! みっともないじゃない」
ぷいっと背を向ける遙。
「だああああ! どうしてくれるんだよ、誤解されちまっただろ!」
ズボンを直しながらエ・ディットは立ち上がる。
「えっと……それは、その……困りましたわ」
ティンヴァは焦った顔でぱたぱたと乱れたスーツを正していた。
「これは、ぱーっと食べに行こうという、神のお導きです」
額に汗を浮かべながら、エムは提案する。
「賛成☆」
その提案にすぐさま遙が賛成した。
「その分、沢山おごってね? ダ・デ・イ☆」
どうやら、ここで一番強いのは総帥のエ・ディットではなく、その娘、遙のようだ。
彼等は賑やかにその場を後にした。
▼もう一度、逢えるなら
政彦はその後、家族の反対を押し切って、自分の趣味である占いを本業としていた。とある、占いブースを一つ受け持ち、そこで働いていた。
もっとも、閑古鳥が鳴くのは仕方のないこと。
まだ初めて数日しか経っていないのだから。
「はあ、今日も駄目かな?」
仕方なく、道具をしまおうとする。
「ねえ、ここで占って貰いましょ?」
カーテンの外で声がする。
「何を占うんだ?」
「あら、決まっているじゃない。私と貴方のこれからのことよ」
どうやら、カップルらしい。道具をしまう手を止め、もう一度、それを開く。
「仕方ないな……」
そう言ってカップルが入ってきた。
「いらっしゃいませ。何を占いましょうか?」
そう言って政彦はカードを手にする。
「まあ、綺麗な中国の方ね?」
政彦の今の姿はチャイナ服だった。
「そう、言っていただけて光栄です」
そう言って政彦はもう一度。
「どうぞおかけになって下さい。占いにきたんでしょ?」
何処か、見たことのあるような二人を、不思議に思いながら席を勧める。二人とも、高価なスーツにコートを着ているようだ。
「ありがとう。……そうね、私と彼のこれからの未来を占って下さる?」
「はい、少々お待ち下さい。……おや?」
「どうかして?」
「とってもいい結果ですよ。このまま永遠にいられると出ました」
「まあ、やっぱり!」
喜ぶ女性。
「そうはしゃぐことないだろう? 美由紀」
「あら、いいじゃない、レン。たまにはね」
「えっ?」
「さて、お代はいくらかな?」
そういってレンと呼ばれた男性が財布を取り出す。
「あ、その、5000円になります」
「お釣りはいらないよ」
そう言って福沢諭吉が印刷された紙幣をレンは渡す。
「あ、でも……」
呼び止めるよりも早く、彼等は去る。
「ちょっと違うようだったけど……レン? 美由紀? まさか……ねえ?」
だが、その手に握られた紙幣は心なしか暖かく感じた。
どたたたたー!
子供が駆けていく。
「ちょっと、杞沙。それほど急がなくてもいいんじゃない?」
それは遙。制服のまま、元気な金髪の少年に引っ張られている。少年は杞沙と言うらしい。
「だって、僕の兄弟が出来るんだよ? 急がなくっちゃ!」
「でも、そんなに急いだら転ぶわよ?」
「お父さんじゃないんだから、大丈夫!」
病院の中を駆けていき、そして目的の部屋へと入る。
ばたん。
そこは白い、清潔な病室。そこには一人の女性がいた。長い茶髪を下の方で淡い色のリボンでまとめている。
「お母さん!」
「し、静かにね? 杞沙」
口元に人差し指を重ねる。
「赤ちゃんがやっと寝たところだから」
そう言って杞沙の母親は微笑んだ。
「そうなんですか。沙夜さん」
杞沙の母親は、沙夜その人だった。
「ええ、大変だったのよ?」
もう一度微笑む。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「男の子? それとも女の子?」
眉を潜めながらそっと訊ねる杞沙。
「女の子よ」
「わあい! 妹だ!」
その声に驚き、赤ちゃんが泣き出した。
「もう、杞沙ったら」
苦笑しながら、そっとその赤ちゃんを抱き上げる沙夜。
「済まない、遅くなってしまったよ」
入ってきたのは眼鏡の金髪男性。その隣にはジオもいる。
「渋滞に巻き込まれたんだ」
金髪男性のフォローするため、ジオが付け加える。
「そんなに急がなくても良かったのに、マサキ」
そう言って生まれたばかりの赤ちゃんを見せる沙夜。
「聞いたよ、女の子だって? 名前考えなきゃな?」
やっと泣きやんだ赤ちゃんの頬を優しく撫でながら、マサキは言う。
「名前は前から決めてるのよ」
「え?」
「女の子だったら、この名前だって」
にこりと笑う沙夜。
「どんな名前なんですか?」
遙が訊ねた。
「桂花よ。桂の木の『桂』に、庭に咲く花の『花』で桂花」
それを聞いて遙は何かを言おうとしたが。
「すっごくいい名前だね! 今日から桂花だよ!」
杞沙は喜んで赤ちゃんの手を握った。
「あーう」
どうやら、赤ちゃん……いや、桂花もそれに喜んでいるようだ。
それを見つめながら。
「お帰りなさい、桂花……」
沙夜は小さく呟いた。
本当に嬉しそうな、幸せな笑みを浮かべながら。
ねえ、知ってる?
きせきって、ね。
願うんじゃなくって。
起こして貰うことじゃなくって。
自分で叶えることなんだって。
あなたの『キセキ』は叶えられましたか?
FOREVER……




