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銀映 第6話 闇に潜む獣が狙いを定めるかのように

 

 そこには、一人の少女……いや、正確に答えるならば、少女のような外見を持つ少年がいた。

 暗い、その部屋で一人、黙々と作業をし続ける。

「どう? 進み具合は」

 そこに光が差し込む。誰かの開けた扉から部屋を照らし始めた。扉から入る者は女性。金の流れるような艶やかな髪を光が照らし出す。

「もうすぐ終わるよ、ルナ。例のシステム以外はね」

 少年はその手をやっと止めた。

「ルナ、見て。今回の人形はとっても綺麗に出来たよ?」

「まあ、素晴らしいわ……。ありがとう、エレン」

 金髪の女性、ルナはエレンと呼ばれた少年にキスをした。

「喜んで貰えた? 僕も作った甲斐があったね。前に作ったティンヴァレスの発展型だから」

「そう」

 ルナはうっとりとエレンの前に眠っているオートマータを見つめた。

「でも、一つ問題があるんだ」

「何かしら?」

 ルナはエレンの言葉に振り返り、彼を見る。

「何度か試してはいるんだけど。この人形を起動させたら何故か、頭部の冷却水がすぐなくなっちゃうんだ。通常よりも倍の水を使っているのにね」

 起動させてみる?

 エレンは見上げて、ルナに訊ねた。

「待って。それって、冷たい水ならいいのよね?」

「そうだけど……」

「そして、額にあればいいのよね?」

「うん」

 エレンの頷きにルナは微笑んだ。

「それじゃ、私がそれをあげるわ」

 そういって、オートマータの前に立つ。

「水の結晶」

 短く、呟くように唱え。その白い手袋をはめた手のひらに水色の石の様な物を作り出した。

「あなたにあげる……私の力の一部を……」

 ルナはそのオートマータにキスをし、その額に水色の石をはめ込む。

「起動させてみて?」

 エレンはルナのその声に従い、起動させた。

 ゆっくりとオートマータは瞳を開ける。エメラルドの宝石のような美しい、瞳。

「おはよう、クォンタイズ」

 ルナはオートマータに微笑みを。

「ルナ! いいよ! 冷却水がなくならないよ!」

「そう。後は……」

 AAシステム。最新型の、感情を司るシステムがあれば完成する。

「期待してるわよ? エム……」

 

 

 どこにでもある、ラーメン屋。目の前では、じゅっと炒められる野菜の群が宙を舞っていた。

「分かんないわ……」

 ジュラ・ハリティはぽつりと声を出した。

「何が?」

 ずるずるとラーメンをすするヨージが隣の席にいるジュラに訊ねた。

「変な組織の話」

「何だよ、それ?」

 

 

 ジュラは思い出していた。先程のメイカイ湖で話したことを、少しずつ。

 その日のメイカイ湖の畔は、ほのかに暖かい日の光が樹木の緑から漏れていた。

 ちゃぷん。

 魚がはねる。

『こうして話すの……久しぶりだな』

 神出ヴィリアム。ジュラの友人の一人である。彼女は澄んだ湖を眩しそうに眺めながら、その口を開いた。

――そうね。お互い、忙しくて会えなかったもの。仕方ないわよ。で、話って何?

 ジュラはヴィリアムに訊ねる。

『ジュラ……臥竜(がりょう)って、知ってるか?』

 真剣な眼差しを、ジュラに向けるヴィリアム。

――が……りょう? 何、それ? 初めて聞いたわ。……もしかして、最近ビビアンが元気ないのってそれのせい?

 そのジュラの言葉に、ヴィリアムは僅かに苦笑した。

――だったら、許せないわ! よし、あたしで出来ることがあったら言って。協力するわ。

『でも、そうしたらジュラにも迷惑かけてしまう』

――いいのいいの。気にしないで。それにあたしも、もう巻き込まれてるのかも。こないだから、ウチの所で匿ってるマサキくんって子、何か訳ありなのよね。で、その子のお父さんが捕まってるそうなのよ。もしかして、その臥竜ってやつらに捕まってるのかも。

『うん……じゃあ……ジュラにも手を貸してもらおうかな。実はアタシの父さんが昔撮ったフィルムの内の一つにその組織の施設を撮影したものがあったみたいなんだ。ただ、アタシはこれをどう使えばいいのかさっぱりなんだけど……。ジュラ、大した鍵にはならないかもしれないが、このフィルムを預かってくれるか?』

 そう言って、ヴィリアムはフィルムケースを取り出した。

――いいわよ。あたし、今度そのマサキくんの父さんを助けにいくんだけど、その場所がビビアンのお父さんの撮った施設かもしれないし。

『うん。でもジュラ、気をつけて。シンディの話が本当なら、人の命を奪うことを何とも思わない組織の様だから……何かあったら、逆にアタシを使って欲しい……。悪いな本当。ありがとう』

 そう言ってヴィリアムは微笑んだ。

 さらさらと、木々がこすれる音が響く。ゆっくりと、優しく包み込むように……。

 

 

「ふうん。臥竜ねえ……。人の命がどうって話、それ本当だぜ?」

「え? 知ってるの?」

 ジュラの餃子を掴む箸が止まった。

「俺を誰だと思ってる? これでも情報屋の端くれだぜ。……で、その臥竜だけど……かなりヤバイ」

「そうみたいね。他には?」

「マフィアと組んでるって噂」

「……それだけ?」

「それで充分だろ? それに、俺の知り合いが臥竜について強請のネタになるからって調べていたら……」

 ヨージの言葉にごくりと、唾を飲むジュラ。

「行方不明」

 と、静かな空気の中、ラーメン屋の高いところに置かれたテレビからニュースが聞こえた。

『昨日、無人のマンションの地下駐車場で爆発がありました。それにより、アカーシャ調査員の天亜マヤさん17歳が爆風に巻き込まれ亡くなりました。その後の調査により、爆発は天亜さんの自殺によるものと……』

「ああああっ!!」

 テレビ画面を見て、ヨージは大声を出した。

「こいつ、俺を脅したやつだっ!」

「なんですって?」

 ジュラはヨージの指差すテレビ画面を見る。

 女性。長い黒髪の女性の写真が映し出されている。

「これ、見た目は女だけど、本当は男なんだぜ」

 茶化すようにヨージは言った。

「何かあるわね……」

 ジュラはその眉を潜めた。

 

 

 静まり返った空谷村の斎場。そこで調査団による天亜マヤの告別式が行われていた。

「ねえ、聞いた?」

 急いできたのだろう、調査団のジャケットを着た女性が隣の正装している女性に聞いた。

「ええ、何でも第3班のリーダーのトコに最後のメールが届いたんでしょう?」

「『自分に自信が持てない。このまま足手まといになるなら死を選びます』だって。私だったらそんなことしないけどな」

「そうよね、私もしないわ」

「でも、一番ショックなのは、チーフよね」

「結構、かわいがっていたって話だしね」

 そう言って二人は遠くで来客を対応しているレンを見た。

 

 

「おい、少し休んだらどうだ?」

 黒のスーツを着たエ・ディットがレンに言う。

「大丈夫だよ」

 そう言って笑うレン。

「ありがとう」

「礼なんて、お前らしくないじゃないか?」

 エ・ディットはスーツのポケットから細いサングラスを取り出し、それを掛けた。

「エ・ディット様。案内が終わりました。次は何をしましょうか?」

 その側にティンヴァが駆け寄る。

「そうだな……」

 エ・ディットが次の仕事を頼むよりも先に。

 ふわり……。

 蝶が舞うように。

「わっ! レン?」

 倒れるレンをエ・ディットがすかさず支えた。

「おい、レン! しっかりしろっ! ティンヴァ、早く医者を!」

「はい、エ・ディット様っ!」

 その後。神崎航一郎の診断で『疲労』のため、倒れたレンをキャンプに運ぶ、エ・ディット達がいた。

 

 

 航一郎はレンを部屋に寝かせた後、その足で第六セクションのガーディアンズへ向かっていた。

 扉の前で軽くノックをする航一郎。

「どうぞー」

 部屋からやけに間の延びた声が聞こえた。一瞬ためらったが、勇気を出してその扉を開けた。

「あら、リカバーの方ですねー? どうかなさいましたかー?」

 そこにはのほほんとリーダー席に座る少女がいた。

 くらりと、航一郎はレンと同じような目眩が襲ってきたような気がした。

「それが……」

 頭を押さえつつ。気を取り直して航一郎は、その少女に事の説明をした。

 マサキという少年の父親捜索の協力を得るために。

 

 

「ねえ、マサキ君」

 和田政彦は先日送られてきたメールを解読しているマサキに声を掛けた。

「何? マサお兄ちゃん。今、僕忙しいんだけど」

「一つ、質問していいかな?」

 ぱちぱちとノートパソコンをもっとコンパクトにした端末で検索を掛けていた。その手並みは政彦よりも慣れているように思われる。マサキの眼鏡に端末の画面が映る。

「検索しながらでいいなら、してもいいよ」

 マサキの答えに政彦は頷き、さっそくと質問を始める。

「君の知ってるオートマータについて教えてくれないかな? ……そう、例えばELー10とか番号を持ってる」

「ジオのことだね」

「ジオ?」

「そう、ジオ。製品名称、アルペジオ・コード。認識番号が、ELー10。製品名称をそのまま名前にするのも可愛そうだからって僕のいたとこでは、それとは別にあだ名というか通称を付けてあげるんだ。ジオっていうのが、僕の付けてあげた通称なんだよ」

「へえ……ELー10なんだね。……えっ! ELー10っ!」

 政彦は大きな声を上げた。

「もしかして、それに何かチップとか付けていなかった?」

 マサキに食いつくように詰め寄る政彦。

「チップは沢山付いてるけど?」

 それは、政彦の欲しい情報ではなかった。

「ああ、やっぱ。わかんないか……」

 政彦はがっくりと、肩を落とす。

「それがどうかしたの?」

「えっ、あー、その……」

 ためらった後に、決心。

「実はさ……ずいぶん前にこんなチップを拾ったんだ」

 政彦はポケットからそのチップの入ったケースを見せた。ケースは後で政彦が保護のため買ったものだ。プラスチックで出来た透明ケースの中心に小さく輝くチップが見える。

「ううん。僕はこれがどこに取り付けられたチップだか知らないけど、お父さんなら知ってると思うよ」

「本当?」

「うん! だって、ジオを作ったのってお父さんとお母さんだしね!」

「じゃあ、お父さんに聞けばわかるのかな?」

 そう、政彦が呟いたとき。航一郎が部屋に入ってきた。

「ん? 政彦もいたのか」

「あ、おじさん!」

 にこにことマサキは航一郎に駆け寄る。

「どうだったの? ガーディアンズの方は」

「ああ、なんとかな。あちらも忙しいらしく、3名しか同行できないらしいが」

 そう言って苦笑した。

「でも、これでお父さんを助けられるね! 僕も頑張らなきゃ!」

 マサキはその手を握って振り上げた。

「えいえいおー!」

「……マサキ、それをどこで覚えたんだ?」

 ぽつりと航一郎は呟いた。

 

 

 胸の痛みは……病の所為?

 馬川・M・藤丸はきりりと痛む胸を押さえた。外ではしとしとと雨が降り始めたようだ。

 静かな部屋。レンに頼んで用意して貰ったエムの部屋だ。と、その扉から誰かが叩く音がする。ふと、エムは振り返る。

「いいですよ。入ってきても」

 エムはその来訪者を迎えた。来訪者はティンヴァ。

「ルナ様から聞きました。用件とは何でしょう?」

「AAシステムを取りに行きます」

「AAシステム?」

 首を傾げて見せるティンヴァ。

「そう。私に聞かれてもわからないですよ?」

「でも、それを取りに行かなくてはならないのですよね?」

「そのシステムを持っているオートマータなら分かっています。この方ですよ」

 そう言ってエムは一枚の写真を取り出した。これはルナから預かった物。そこに映るのは一人の青年。その耳に当たる所にティンヴァと同じアンテナが付けられている。それを見て、ティンヴァは軽く頷いた。

「彼の心臓に位置する場所にAAシステムがあるそうですよ。一緒に取りに行きましょう」

 エムはそう言ってティンヴァを見つめた。

 私には、時間がない。

「ですが、それは……エ・ディット様の命令を聞くことが出来なくなります」

 ティンヴァは言う。

 人を蹴落とすことは好きじゃないけど。

「いいこと、教えてあげましょうか?」

 彼女は『人間』じゃない。

「テインヴァさんには難しいかも知れないけど、人の心って不思議なもので、尽くされるとそれが嫌になってしまうんですよ」

 『心』を持っていないから傷つかない。

「だから時々、そっけない振りしたり無視したりすると、相手は今までと違った反応にドキドキするんです」

 だから、騙しても平気。

「どう? ティンヴァさんもそうしてみたら?」

 あなたには分からない、人の『心』だから。

「わかりました、エム様。とても勉強になりましたわ」

 そう言ってティンヴァはいつもの変わらない笑みを浮かべた。

「そう、なら一緒に取りに行きましょう」

 エムも同じく笑みを浮かべる。

「あら、仲がいいのね?」

 突然、声がかかる。

「ルナ?」

 エムは声のした方向に視線を移した。そこには、金髪のスーツ姿の女性。

「あなた達に教えたいことがあって」

 そう、微笑む。

「AAシステムは洞窟に行くそうよ」

「洞窟? もしかして、マサキ君のあのメールの?」

「あら、よく分かったわね。その通り」

 ルナは満足そうにその瞳を細めた。

「ジュラちゃんとあの先生が行くそうよ。あなたも同行したらどうかしら?」

「それはティンヴァさんも、ですね」

「もちろん」

 エムの言葉にルナは頷いた。

 

 

 政彦は一人、自宅のコンピュータと相変わらず格闘していた。今回は秘密兵器を使用している。

「このインカムを付けてっと……よし、出来た!」

 キーボードを打つのが大変なので音声認識を使っての検索である。

「検索……ELー10」

 インカムを通して政彦の声がコンピュータに入っていく。

『検索、ELー10。上記の検索の結果、該当するものは30件あります』

 画面にそう、映し出される。

「じゃあ、順番に見せて」

『コマンド、承認』

 コンピュータは一つ一つ、内蔵された情報を映し出していく。

「ふうん。なるほどね。アルペジオ君は子供の世話をするために作られたのか……ん?」

 ふと、政彦の目が止まる。

『追加された新機能により、音感を制限。ここに音痴のオートマータが誕生』

「ぷくくく。何で制限されてるんだろ? とにかく音痴なんだね。これは是非、アルペジオ君の歌を聴きたいね」

 思わず笑みが零れる。

「一応、いろいろな単語をメモしておこうかな」

 コンピュータを一時止めて、画面の単語を紙に写す。

「まずはこれで試してみよう」

 政彦はその検索画面を消して、新たな画面を呼び出した。

『パスコードを入力して下さい』

「えっと……アルペジオ・コード」

 と、その政彦の声に反応してコンピュータが読み込みを始めた。

「うまくいくといいんだけど」

 それを見守る政彦。

 と、画面が変わる。

『声紋不一致。パスコード承認不可。再度、パスコードを入力し直して下さい』

「えっ!」

 政彦は食い入るように画面を見た。

「声紋が不一致って、ことは……別の人の声なら上手くいく?」

 政彦の瞳が光る。

「楽しいことになってきたねえ」

 次は誰の声で行こうか?

 政彦は誰を巻き込もうかと考え始めた。

 

 

 ジュラは現在手に入れた情報を報告するため、レンの部屋へと向かっていた。

「只の報告なら先生に頼めばいいんだけどね……」

 ジュラの報告することは、必要経費のこと。

「流石にこれは直接会って話さないと」

 うんうんと自分で一人納得するジュラがいた。

「それに……」

 ふと、腰に付けていたシマウマ柄のポーチを見つめた。今、そこには親友から預かった大切なフィルムが収まっている。

「とにかく! レンに言わなきゃね」

 そう意気込み、目的地の前に辿り着いた。

「レン、いるかしら?」

 ひょこっと顔を覗かせるジュラ。部屋はがらんと静まり返っている。

「あれ? 誰もいない?」

 ゆっくりとその扉を開けて中に入る。

「……で、次の取引だが。そう、D24の件だ」

 奥でレンが誰かと話をしている。

「レン……いるの?」

 どうやら寝室からのようだ。寝室への扉が僅かに開いている。そこから覗くとレンはノートタイプのコンピュータを巧みに操作しながら、電話で話していた。

「コカインとヘロインは、充分にストックがあるから、そうだな……チェリー・リップとガーネット・オレンジを買って置いてくれ」

 それは全て。

「ドラッグっ?」

 人を狂わせる薬、麻薬の名前。

「次の件、G7だが。誰がデザートイーグルを使うんだ?化け物を相手にするわけではない。我々のターゲットは人だ。コルトで充分。コルトを買い占めてくれ」

 何を言っているの?

 その言葉を声にすることは出来なかった。

 先程の会話で話されていたのは銃の種類。

 人? ターゲット?

「そういえば、あのメイカイ湖のM2研究所は上手くやったんだろうな?」

 研究所? メイカイ湖?

「もし、人体実験が外部に漏れたらことだからな……」

 じ、人体実験っ?

 ジュラは思わず後ろに下がる。

 がたん。

 机に身体がぶつかった。

「!」

 一目散にジュラはその部屋を出ていった。そこに来た目的も忘れて。

 

 

『どうかなさいましたか? KOUMEI様』

「いや」

 レンはコンピュータにコマンドを打ち込んだ。

 そのノートタイプのコンピュータから二つの球体が出てくる。二つの球体は宙を舞い、そして扉にぶつかるように、そのドアを閉めた。

「ちょっと悪戯な子猫がいたようだ」

 苦笑。

『大丈夫ですか?』

「ああ、餌を与えておけば悪さをしないだろう? それに」

 その瞳は冷たく細められる。

「何か妙なことをする前に、私のこの手で」

 始末する。

 静まり返った部屋で笑い声が響いた。

 

 

 かたんと、物音を聞きつけて、エ・ディットは立ち上がった。

「おう、遅かったじゃないか。どこに行っていたんだ?」

「少し……エ……いえ、夜風に当たっておりました」

 もう少しでエムの名を出すところだったが、何とかそれを誤魔化す。エムと会っていたことは秘密となっていたから。

「そうそう、明日、ダイブするから準備しておけよ」

 エ・ディットはそう言ってテレビを付けた。いつもなら即座にエ・ディットの言葉に返事を返すのだが……。

「ティンヴァ?」

「申し訳ありません。……その命令には従えません」

 少しの躊躇が見えた。

「何かあったのか?」

 エ・ディットはそれを見逃さなかった。

 必ず、裏がある。

「いえ、ありません」

 なのに、何故言わない?

「じゃあ、何でだ」

 何故、答えない?

「……お答えしかねます」

 何で、俺に言わないっ!

「それじゃあ、分からないだろっ!」

 エ・ディットは急に大きな声を張り上げた。

「お前の主人は誰だ?」

「エ・ディット様です」

 いつもの微笑みを見せるティンヴァ。

 何で、笑える?

「なのに何故、俺の言うことに従わない?」

「どうしても、言えません……」

 どうしても言えないのか?

 俺には言えないことなのか?

「主人の言葉に従わないやつは、どうなるか知っているか?」

 分からない。お前が何をしたいのか。

「いいえ」

 心配なだけなのに。

「必要ないんだよ」

「!」

「お前はオートマータ失格だな。……どこでも好きなトコに行けよ……さっさと行けっ!」

 声にした言葉は心とは違う。

「分かりました……エ・ディット様」

 聞きたい言葉はそれじゃない。

「ごきげんよう」

 別れの言葉じゃない。

 ティンヴァの最後の笑みを残して。

 かたん。

 何処かへと行ってしまった。

「くそっ」

 近くにあったクッションを投げる。かちゃんと、テーブルに置かれた花瓶が割れた。

 ティンヴァが用意した、花瓶が。

 

 

「で、追い出されちゃったの?」

 エムはいつもよりも優しく声を掛けた。

「はい……」

「可愛そうに。でも、タイミングが悪かったね」

「どういうことですか?」

 ティンヴァはその顔を上げた。

「もう、ダメかも知れないよ」

「?」

「だって、いらないって言われちゃったんでしょう?」

「ですが、これも相手をドキドキさせるのに効果的だと」

 その言葉に、エムは笑う。

「時と場合を考えなきゃダメですよ。ああ、取り返しのつかない失敗したね」

 笑いが止まらない。何でこうも上手く騙されやすい。

「エ・ディットは諦めたら?」

「そ……そんな……」

「大丈夫。後は私に任せて」

 そっとティンヴァの頬に触れるエム。

「あなたはAAシステムを取りに行くことだけ、考えて」

「……はい、分かりました。エム様……」

 その微笑みは誰に対して?

やっぱり、嫌い。この人形。

 

 

「これで全員?」

 ジュラは辺りを見回して確認を取る。

 ジュラの隣に荷物を無理矢理持たされているヨージ。

 マサキと共にいる航一郎。

 航一郎と話をした少女のガーディアンズ。それにお供(?)の青年が二人。

 そして、エムと。

「はい、これで全員のようですわ」

 ティンヴァ。

「で、何でこの子がいるの? エ・ディットも行くの?」

 ジュラは眉を潜めて、エムに訊ねる。

「エ・ディットがテインヴァを貸してくれたんです。その方が捜査しやすいだろうと」

 ティンヴァが口を開く前にエムが答えた。

「ふうん。まあ、いいわ。とにかく早く行きましょうか?」

 ジュラの言葉に皆は頷いた。

 

 

「そういえば、こいつらの名前を聞いていないんだけど」

 ヨージが移動中のマイクロバスで口を開いた。

「私達のことですかー?」

 のほほんとした雰囲気を持つガーディアンズの少女が言う。

「私はガーディアンズの、リーダー代理のマリン・フレイチャーと申しますー。マリリンと呼んで下さいねー」

「何だって? リーダー代理っ?」

 航一郎が声を出した。

「はいー。今、リーダーのパパがー、出張でいないので私がー代理をしてますー」

 のんびりと言うマリリン。

「なにい?」

「だが、心配には及ばない。これでもリーダーのご令嬢。指揮力はずば抜けている」

 マリリンの隣にいた寡黙な青年が言った。

「そうそう、その子を舐めてると後で痛い目を見るでごわす」

 運転しているお供その2も言った。

「えっとー、こちらの静かな方がヤード・ブレスリーさんですー。ヤっくんと呼んで下さいねー。で、運転している方は徹次(てつじ)・ウィル・藤森(とうもり)さんで、徹くんですー」

 間延びした口調で紹介を始めるマリリン。

「皆さん、宜しくお願いしますねー」

「はあ、ガーディアンズを呼んだのは間違いだったか?」

 航一郎はマリリン達に分からないように、こっそりとため息をついた。

「おじさん、なんとかなるよ? ね? 元気出して」

 航一郎の隣に座るマサキが励ますように言った。

「あ、ああ。そうだな」

 また、航一郎のため息が零れた。

 

10

 

 光と闇が交錯する世界。サイバーネット。

「あれ? 今日はティンヴァさん、いないんですか?」

 黒猫の擬態をする政彦がエ・ディットに訊ねた。

「ああ、ちょっとな」

 不機嫌そうにエ・ディットは答える。

「ふうん。今日は雨が降りそうだね……」

 政彦は今日の珍しさに、天気の心配をした。

「それよりも、早く行くぞ」

「はいはい」

 エ・ディットの後を追うように政彦も走り出した。

 

 

「どうやら、向こうも二人みたいだな」

 ゴーグルの奥に潜む瞳が妖しく光る。

「そうらしいね」

 エ・ディットの台詞に政彦は頷く。

「どうやら、あのお嬢さんは俺に興味があるらしい。お前はあの嬢ちゃんを頼む」

「OK」

 軽く頷くと政彦は二つに髪を纏めた少女に向かう。

「君の相手はおれだよ。お手柔らかに」

「手加減はしません」

 少女は言う。

「じゃあ、こっちも手加減しないよ?」

 そう言って、いち早く行動を開始する政彦。

「ニードル・フラッシュ!」

「!」

 政彦の針のような毛が数十本放たれる。少女は流石にこの大量の針の毛を全て躱すことが出来なかった。

「かかったっ!」

 政彦は笑みを浮かべる。

「これはっ……」

 少女の身体の動きが鈍る。

「身体の動きを抑制する技だよ。暫くあっちのバトルを観戦しない?」

「……屈辱です……」

 ぽつりと少女は言葉を発した。

 

 

「やっと、俺とお茶する気になったのかい?」

 エ・ディットは茶化す。

「冗談言わないでっ! 今日という今日はあんたをギッタギタにしてあげるわ!」

「へえ。それは楽しみだな」

 余裕の笑みを投げ掛け、エ・ディットは黒の鞭を取り出した。

「そんな余裕も今の内なんだからっ!」

 そう言ってその女性はとあるディスクを腕の端末に差し込んだ。

「?」

 光が女性を包み込む。弾けたその光の中に、彼女はいた。

「ヒュー。悪魔が天使にね」

 目の前の女性のコウモリのような羽は、純白の鳥のような翼に変わっていた。腕に取り付けられた端末も大きい物へと変わっている。

「純な心は、時には残酷なんだぜ?」

 鞭を握るその手にエ・ディットは力を込めた。

 そんなエ・ディットを女性は睨み付け、その白い翼で高く舞い上がる。

「ブレイズ・フロッドっ!」

 眩しい光を纏い。

「しまったっ!」

 エ・ディットはその瞳を細め、その姿を探す。

「どこだっ?」

「ここよっ!」

 エ・ディットの声に応えるかのように。

 ギュイイイン!

 女性の光を帯びた鎌が振り下ろされる!

「ぐはあっ!」

 エ・ディットは避けられず、その攻撃をもろに受けて、後ろの建物の壁に叩き付けられた。

「くそっ……」

 ばちばちと、エ・ディットの身体から大量のノイズが走っている。肩口の大きな傷から、赤い血が流れて行く。 遠くでガッツポーズをする女性の姿が見えた。

 と、その脇に政彦が駆け寄る。

「エ・ディット! 大丈夫かい?」

「ああ、大したことはない。……このままでは不利だな。一回戻るぞ……」

 エ・ディットの言葉に頷き、政彦はライズを開始した。

「ふっ、こんな大怪我をさせるなんてな。アイツ以来だ。なあ? 月影のブレイドさんよ……」

 エ・ディットは思わず呟く。どこか切なさを感じさせる、そんな笑みを。


11

 

 一方、メイカイ湖畔に来た一行は。

「絶対、洞窟の中に泉があるのよ! メイカイ湖は関係ないわ!」

「違うよ! メイカイ湖の西に洞窟があるの!」

 ジュラとマサキが口論をしていた。かれこれ1時間ほどかかっている。

「あのー、お茶飲みますー?」

 マリリンが水筒のコップを航一郎に渡した。

「ああ、すまない」

 礼と共に受け取る航一郎。

「で、いつまでやらせるんですか?」

 うんざりした表情でエムは航一郎に言う。

「これで、1時間15分35秒です」

 ティンヴァは正確に現在口論に使われた時間を割り出した。

「そうだな。そろそろ止めてもらうか」

 どっこいしょと航一郎は立ち上がる。

「んっ?」

 と、航一郎の視線がある一点に止まる。

「あそこにあるのは、噂の洞窟じゃないか?」

「おっ! おっさん、よく見つけたでごわすな」

 航一郎の視線の先を徹次が見た。

『へっ?』

 ジュラとマサキが同時に間の抜けた声を出す。

「皆さーん、洞窟が発見されましたー。いきましょうー」

 さらに間の抜けた声がメイカイ湖に響いた。

 

 

「足下が滑る。気を付けろ、マサキ」

 洞窟を進む航一郎達。航一郎は全快していないマサキを気遣い、声を掛けた。

「うん。分かった、おじさん」

 素直に頷くマサキ。

 この洞窟は隠れたところにあった。まるで人目を避けるかのように。そして、その中は明らかに人の手が加わった、だけど自然の洞穴を一部残した作りになっていた。洞窟の大きさは大人が2人並んでも余裕があるほど。高さは一番背の高い192㎝の航一郎よりもやや高い程度。

「思ったよりも狭いのね」

 ジュラは言う。

「メールにはいろいろ書いてあったじゃない? もっと広いところだと思っていたのに。これじゃあ、財宝とかないわね」

「ジュラの目的は……それか」

 重い荷物を背負いながらヨージは呟いた。

「やけに馴れ馴れしく誘うと思ったら……これか」

 ぶつぶつとヨージは文句をいいながら進む。

「そういえば……新しい足跡があるわね」

 ジュラはふと、その足を止めた。

「そうですね。入り口が開いていたと言うことは、先に誰かが入っているということです」

 エムは前にある足跡を見つめながら答えた。

「それに少し古い血も落ちている」

「えっ……」

 航一郎の言葉に、マサキが思わず声を出した。

「これは早く進んだ方が良さそうだ」

「そうね。財宝を取られちゃうかも知れないし」

「では、急ぎましょう」

 一行は歩くペースを早めた。

 

 

 一行が辿り着いた先は……行き止まりだった。が、タダの行き止まりではない。

「エレベータ?」

 航一郎は眉を潜める。

「徹くん、ヤっくん、中に入ってみましょうー」

 微笑みながらマリリンは2人の部下を呼ぶ。

「私もお供します」

 ティンヴァも同行する。

 扉の側に付いているスイッチを押す。

 ちん。

 いい音と共にそれは開いた。

「2人とも、戸が閉まらないよう、押さえて下さいねー」

 そう言って2人の部下に頼み、マリリンとティンヴァは中に入る。中はいくつかスイッチがあり、どうやらこれはエレベータで間違いないようだ。

「地下に通じているようです。しかも直通のようですね」

 ティンヴァがスイッチパネルを確認しながら答える。

「どうしますー? 皆さん。行ってみますかー?」

 マリリンの声に。

「もちろんだ」

「お父さんを早く見つけなきゃ!」

「そうそう、何か見つかるかも知れないでしょう?」

 航一郎、マサキ、ジュラは行くようだ。

「エム様、どうしますか?」

「たまには自分で考えてみたらは?」

 冷たく言い放つエム。

「ですが、残念ながらそのようには、出来ておりません」

 その言葉にうんざりしながらも、答える。

「ここに残っていても仕方ないでしょう? 行きますよ」

「はい、エム様」

 一行はエレベータに乗り込み、地下へ向けて移動を始めた。

 

 

 エレベータが止まった先はやはり、洞窟のような場所だった。

「あたし、この風景飽きたんだけど」

「そう言う問題じゃないだろ?」

 すかさずヨージがジュラの言葉に突っ込みを入れる。

「右と左。二手に道が分かれているな……」

 航一郎は道の真ん中で立ち止まった。

「そうですね。先程までは一方通行でしたから」

 航一郎の言葉にエムは頷く。

「ねえねえ! 左の道に扉があるよ?」

 マサキの言葉にジュラは眉を潜めた。

「確か……メールでは右に行けとあったわよね?」

「そうだ」

 ジュラの言葉に航一郎は同意する。

「でも、扉も気になるわね。思ったよりも近くにあるみたいだし、ちょっと調べてみない?」

「そうですねー。何か凄い設備ですしー。何かあるかも知れませんねー」

 相変わらずの口調でマリリンもジュラの言葉に頷いた。

「じゃあ、決まりね」

「いいか? マサキ」

 航一郎の声に少し考えてから。

「あのお姉ちゃん、こうと決めたらトコトン追求するタイプだよね。ちょっと遠回りだけど……急がば回れって言葉もあるし。いいよ。行ってみようよ。もしかしたら、お父さんがいるかも知れないし」

 マサキの言葉に航一郎は頷くと一行は左の道に入っていった。

 

 

「二つの扉、ですね」

 エムは目の前に現れた二つの扉を見つめながら呟いた。

「大きい扉と小さな扉か……何だかどっかのおとぎ話みたいだな」

 ヨージは茶化すように言う。

「どうしますか? お嬢さん」

 ヤっくんがマリリンに訊ねた。きらりとマリリンの瞳が光る。

「そうねー。ここはー二手に分かれて調査するのが早いですわー」

 どことなくマリリンの目つきが変わっているように見える?

「どちらを調べるかは皆さんにお任せしますわー」

「それじゃあ、大きな扉!」

 マリリンの声にすかさずジュラが叫ぶ。

「それでは、皆さんには大きな扉の部屋を捜索してもらいますー。私達3人はー、この小さな扉の捜索をしますねー」

 と。いうわけでマリリン達3人を覗いたメンバーは、大きな扉の奥へと入ることになった。

 

 

 そこは……何かの研究室だった。大小様々なホルマリン漬け。何かの薬品が置いてあったのだろう、ショーケース。そして、手術台。

「何これ?」

 ジュラはその部屋を見ながら、疑問符を投げ掛ける。

「これは、手術台……ですよね?」

 エムが確かめるように航一郎に訊ねた。

「……ああ。間違いない」

 その台を見つめながら、航一郎は答えた。

「つまりこれって……」

 ジュラは自分の鼓動が早くなるのを感じた。

「何かの実験?」

 ヨージがジュラの代わりに答えた。

「しかもタチの悪いことに、人体実験のようだ。これは人の臓器だからな」

 航一郎はホルマリン漬けにされている瓶を子細に観察しながら、そう、言った。

『えええっ!』

「それに……見てみろ。このホルマリン漬けを。臓器の全てにエンゲージで出来た荊がある」

 そう言って航一郎が見せたホルマリン漬けの肺には、間違いなく荊に浸食されていた。

「どういうことなのよ!」

「俺が聞きたいところだ」

 ジュラの言葉に航一郎はさっぱり分からないと言った様子で答えた。

「ねえねえっ! このコンピュータ、まだ生きてるよ!」

 マサキが旧型のコンピュータを立ち上げていた。

 彼等は一目散にその周りに集まる。

「あっ……。でも何も入っていないみたい……」

「なんだー。何かすげえモンでも入っているのかと思ったよ」

 マサキの残念そうな声に、ヨージは文句を言う。

「ちょっと待って下さい」

 エムはマサキに代わり、コンピュータを操作してみせた。と。

「garyou?」

 一面にその言葉が埋め尽くされる。

「マジ? あの臥竜か?」

 ヨージの顔が青ざめる。

「何だ? そのガ……何とかと言うのは」

「臥竜。何でもマフィアに通じている組織らしいわよ」

 航一郎に答えたのは、ヨージと同じく青ざめたジュラ。

 まさか……ね?

 ふと、あの時レンの話していた内容が鮮明によみがえる。麻薬と銃の取引。そして……人体実験。

「皆さーん! 何か見つかりましたかー?」

 マリリンの声でこの部屋の探索は終了を迎えた。

 

 

 右の道。一行は少し長い道をひたすら歩いていた。

「長い道でごわす……」

 徹次がつい言葉を零した。

「そうねー。長い道ですわー」

 マリリンも同意した。

「でも、あそこに光が見えます」

 ティンヴァが前方を指し示す。

「やっと出口のようですね」

「やっと休めるー」

 ヨージはエムの言葉に嬉しがった。

 

 

 一行が辿り着いたのは、奇妙な一室。いや、ホールと言うべきか? そこには扉も窓もない場所。

 あるのは……。

「球体と……天井からの光か」

 航一郎は部屋の中心に置いてある白い球体と、それを躱すような天井からの光を見つめた。

「これって何?」

 ジュラはそれを見比べながら言う。

「確か、メールの後半は『月夜は語る』だったよね?」

 思い出しながらマサキは訊ねた。

「何か仕掛けがあるのかも知れませんー。徹くん。ヤっくん、やっておしまい!」

 明らかに目つきが違うマリリン。

「や、やるって……もしかして壊すとか? それは駄目よ!」

 ジュラが2人を止めようとする。

「ああ、間違えないで欲しい。お嬢さんの『やっておしまい』は対象を調べろと言うことだ」

 ヤードがジュラに告げる。

「そんなややこしいこと言わないでよね」

 ジュラは何だか疲れがどっと襲ってきたように感じた。

「白い球体……それからずれた場所に注がれる光……」

 ぶつぶつと呟くように航一郎は考え込んでいる。

「ああん、もう! マサキのお父さん、もっと簡単なメールにして欲しいわ」

「確か、月は太陽の光で夜に輝くんですよね」

 叫ぶジュラを放ってエムは言う。

「そういえば、この球体は白い月のようです」

 ティンヴァも言う。

「そうそう、それにここってちょっと暗いよね」

 マサキも言う。

「もしや……この光を何とかこの球体に当てることが出来たら、何かが起きるのかもしれん」

 航一郎は一つの答えに辿り着く。

「でもどうやってだよ? 懐中電灯か?」

 ヨージの言葉に一行は静まり返る。

「試してみる価値はあるな」

 頷くと航一郎はヨージの持っていた袋から懐中電灯を借りてさっそく実行してみる。が。

「駄目みたいだね……」

 残念そうにマサキは言った。

「やっぱりこの光でないと駄目のようですね」

 エムはそう、確信した。

「じゃあ、光を曲げるのか? どうやって?」

 ヨージは疑問をぶつける。

「何かいい方法があるはず……ん?」

 ふと、航一郎の目に光りを感じた。いや、光ではなく反射光。その光を感じた場所に駆け寄る航一郎。

「これだ……」

 航一郎が見つけたのは、古ぼけた鏡。

「これを光に持っていき……」

 鏡を光の中に差し込む。光は、いとも容易く曲がった。

「当てるっ!」

 そして、その光を球体に当てた。

 ごごごごごごごごご。

 大きな音を立てながら、新たな扉が現れた。

「やったね! おじさん!」

 マサキがはしゃぎながら航一郎の側に来る。

「さあ、行ってみよう。お前の父親がいるかもしれん」

 一行はその扉を押した。

 

 

 一行が入った先には、一面コンピュータに囲まれた研究室のような部屋だった。

「ここも何かを研究していたのかしら?」

 ジュラが周りを注意深く見ながら声にした。

「いいえ、違うかも知れません。あそこに置かれているのは旧型のポッド。すなわち……」

「ダイバーがいた?」

 エムがティンヴァの声に反応した。

「臥竜にもダイバーがいるのか?」

 ヨージはぶるるっと身体を振るわせた。

「誰?」

 目の前に現れたのは栗色の髪を高く結い上げた一人の少女。その側には数人の者がいる。少女の仲間だろう。

 そして、その後ろには横になっている……。

「お父さん!」

 マサキは横になっている男性に急いで駆け寄る。

「へっ? お父さん?」

 栗色の髪の少女が驚きながら振り返る。

「私達はー怪しい者ではありませんわー。調査団第6セクション所属、ガーディアンズですー」

 そう言ってマリリンはガーディアンズの証である身分証明書を彼等に見せた。

 マサキと共にいた航一郎はマサキの父、ケインの容体を素早く診る。

「あなたは?」

 ケインの側にいた女性が航一郎に訊ねる。

「俺はリカバーの医師だ。……左腕を撃たれているが、止血しているようだ。大丈夫。マサキ、助かるぞ」

 女性に答えてから、マサキに言った。

「本当! よかった!」

 マサキは笑みを浮かべて喜んだ。

「では、運びましょうー。徹くん、ヤっくん手伝って下さいー」

 マリリンが部下に頼み、ケインを運ぶ。それを同時に仲間の増えた一行は出口を目指すことになった。

 

 

「あの少女の側にいるオートマータ……もしや……」

 ティンヴァが気付いた。

「まだだよ。もう少し待って。出口を出たところを狙おう」

 エムは緊張しながらも答えた。

「出口で安心しきったところを狙えば、すぐ持っていけるよ?」

 不敵な笑みを浮かべながら、エムはターゲットのオートマータを見つめた。

 それまでは、待っていてあげる……。

 

 

「それじゃあ、先に行くぞ」

 航一郎とマサキ、ケイン、そして例の3人が先にキャンプに戻ることになった。一行は遠くに見えるマイクロバスを見送る。彼等をキャンプに連れていった後、また迎えに来てくれることになった。それまでの時間、彼等は待つことになる。

「でも、よかったわね。あのこのお父さんが見つかって」

「そうだなあ。俺達っていいことしたよなあ」

 何もしなかった事は棚に置いて、ヨージはジュラの言葉に頷いた。

「今日の探検、楽しかったね! ジオ」

 栗色の少女がオートマータの青年に言う。青年はジオと言うらしい。

「ああ。楽しかったな、沙夜」

 少女は沙夜と言うらしい。

「また楽しいことあったらいいよね」

 そういって沙夜は空を仰ぐ。

「残念だけど。それはないですよ」

 エムは沙夜に言い放つ。

「どうして? 何か……用?」

 不安そうにエムを見つめる沙夜。

「だって、あなたのオートマータは」

 これから壊れるから。

「駄目っ!」

 沙夜が庇う。

「沙夜!」

 ジオは思わず叫ぶ。

「大人しくしなさい。あなたは邪魔!」

 エムはジオを捕まえようとする。

「駄目駄目! ジオは壊させない!」

 その声に周りの者が動き始める。

「ジオ殿! 後ろでござるっ!」

 金髪の青年の叫び。

「この時をお待ちしておりました……」

 貫かれる、ジオの胸。ジオの前にはもう一人。

「ご苦労様、ティンヴァ」

 エムはそれを微笑みながら労う。

 ティンヴァの腕が抜き出される。その手にはこぶし大の機械。彼等の目的、AAシステム。

「!!」

 ゆっくりと後ろに倒れるように沙夜に寄り掛かる。

 その顔に笑みを浮かべ。

「沙夜、ぶ で ヨか タ」

 発音されない言葉。ジオの出したその右手は沙夜に触れることなく。

「ジオっ! ジオジオジオジオっ! 起きて、目を覚ましてっ! 私を……一人にしないでっ!!」

 停止。

「いやああああああああああ!」

 

 

「さて、さっさと行かなきゃ」

「ちょっとっ! エム、あんた何をしたのっ?」

 信じられないものを見るようなジュラの視線がエムを襲う。

「私も、時間がないんです」

 切ない笑みを浮かべ。

「こっちよ、エム……」

 囁くようにだけどはっきりと聞こえる女性の声。

「ルナ」

 エムは彼女の元に走る。ティンヴァも同じく。

「私の側に来て……では」

 ごきげんよう。

 ルナと呼ばれた女性はエム達を連れて。

「き、消えたっ?」

 ジュラの言葉を最後に。

 森は静寂に包まれた。

 

 

「2人とも、ありがとう。これで完成するわ」

 ルナはとある一室に招き入れる。

 そこは白いレースと白い壁に囲まれた清潔な部屋。

「レースと白……ねえ」

 エムは思わず声に出した。

「あら、お嫌い?」

 白のソファーに座り、ルナがエムに訊ねた。ルナの側には美しい女性が扇子を仰ぐ。

「いいえ。ただ……昔を思い出して」

「そう」

 そっけなく答えるルナ。

「ああ、あなたのご褒美を用意したの。大変だったのだから」

 そう言って懐から小さな瓶を取り出した。

「これは?」

「あなたの欲しがっていた薬よ。あなたの姿を元の姿に戻す薬。私は……そのままでいて欲しかったのだけれど」

「本当ですかっ!」

「私、嘘は嫌いなの」

「ありがとうございます!」

 エムはそれを大切に瓶を受け取るとその場を去っていった。

「後はティンヴァちゃんね?」

 残されたティンヴァをルナは見つめた。

「はい」

「『心』が欲しいんですってね? あなたを作ったエレン博士に頼んでおきました。後で付けてくれるそうよ」

 あなたに『心』を。

「ありがとうございます。ルナ様」

 ティンヴァは微笑みを浮かべる。

「さて、そろそろ出来ている所ね。エレン博士のところに行きましょう」

 ルナは立ち上がり、ティンヴァを連れて部屋を出た。

 

12

 

 ここは調査団のキャンプ。航一郎達と沙夜達は航一郎の部屋で集まっていた。

「話は聞きました」

 洞窟には来ていなかったが、異常事態を聞きつけて来た青年、城前寺晃が口を開いた。他にはティンヴァと同じオートマータの天川瑠璃。ダイバーの女性、由比藤彩波。それに洞窟で一緒だった金髪の天上人、九条忠宗。金髪でマイスターの女性、麗華・ハーティリー。晃と同じく図書職員見習いの天羽春斗。沙夜の親友の一人、松沢桂花。そして、沙夜。

「あなた方の仲間が私達のオートマータであるジオさんの大切なAAシステムを奪ったと」

「でも、あたし達も知らなかったのよ」

「じゃあ、何で壊して取ったの?」

 ジュラの声に春斗が抗議する。

「せっかく直ったのにっ!」

「彼女の言うとおり、我々には知らなかったことだ。今回このような事態を引き起こしてすまないと思っている」

 航一郎はジュラをフォローする。

「また……ふりだしに戻っちゃったね……」

 ぽつり、沙夜は呟いた。側にいた桂花がその沙夜の肩をそっと抱いた。

「大丈夫ですわ。必ず、また直りますわ」

 そう、励ましていた。

「これからどうするんだ?」

 ティンヴァの行方を知りに来ていたエ・ディットが皆に問う。

「これからって……いわれても、ねえ?」

 ジュラは隣にいたヨージを見た。

「私は……」

 ふと、ふさぎ込んでいた沙夜が顔を上げる。

「私はジオの奪われたシステム……だっけ? それを取り返しに行くっ!」

「でも、彼等がどこへ行ったのか分からないよ?」

 政彦が沙夜に言う。

「そ、それは……」

 と、沙夜が困っていたとき。

「あら。皆さんお揃いのようですわねえ?」

 そう言って突然目の前に現れたのは。

『ルナ?』

「こんにちは」

 優雅に礼をしてみせるルナ。

「ロウっ!」

 春斗がいち早く反応した。春斗の御霊、東洋の龍のロウがルナを襲う。が。

「通り抜けたっ?」

 するりと通り抜ける。これは実体ではなく、幻。

 びくりと春斗の身体が強張る。

「大丈夫よ……あなた方に危害を加えるために来た訳じゃないわ」

「じゃあ、何しに来たんだ?」

 航一郎が訊ねる。

「沙夜ちゃんに伝えたいことがあるの」

「私、に?」

「そう、沙夜ちゃん、これが欲しいんでしょう?」

 そう言ってルナはジオのAAシステムを取り出した。

「それは! それはジオのだよっ! ジオに返してっ!」

 そう言ってルナを掴もうとする。

「あなたが私の所に来てくれたら、あげるわ」

「それって何処でござるか?」

 忠宗の声にルナは眉を潜めた。

「私は沙夜ちゃんと話してるんだけど……まあ、大目に見てあげる。場所は……そうね、彼女が知っているわ」

 そう言ってルナはジュラを見つめた。

「えっ? あたし?」

「これで私の所に行けるわね? 出来れば貴女だけ来て欲しいけど」

「そんなこと出来ませんわ!」

 今度は桂花が叫んだ。

「いいわよ、来ても。でも、命の保証は」

 しないわよ?

 最後の言葉は全ての者の脳に直接伝わった。ぞっとする悪寒と共に。

 それを言うとルナは微笑んで、消えた。

「私、行く!」

 沙夜は力強くそう、決心した。

「だけど、皆は危険だから……」

「ばーか」

 エ・ディットが言い放つ。

「俺のティンヴァがルナといるかもしれないんだ。お前がいやでも俺は行かせて貰う。それに保証しないってだけだろ? なら、こっちもそれ相当の準備してなぐり込みに行ってやる。それなら文句ないだろ? それと……あのルナって奴、気にいらねえ」

「あんたって……血気盛んなのね?」

 そう、沙夜が言う。

「あん? 何か言ったか?」

「なんにも行っていないわよー☆」

 くるりと振り返り、沙夜はその場にいた者達に訊ねた。

「それじゃ、他の皆はどうするの? 私と行く?」

 

13

 

 暗闇の中、一人コンピュータに向かっている者がいた。

「なるほど……あの研究所に誘うのか」

 画面には沙夜達が映し出されている。

「何を企んでいるのか……」

 銀髪の男性は……いや、レンはその眉を潜めている。

「企んでなんかいないわ……」

「!」

 そこに現れたのは、ルナ。

「あなたも招待してあげる……KOUMEIさん」

「何故それを?」

「私に見えないものは、人の心だけ」

 そう言ってレンの頬に触れる。

「話がずれたわね。あなたに確かめたいことがあるの。教えてくれるかしら?」

「嫌だと言ったら?」

 不敵な笑みを浮かべるレン。

「無理にでも言わせるわ」

「……化け物が」

「!」

 がつ!

 ルナはレンを殴る。

「言っておきますけど、この力はユコヴァック様から頂いたのよ! 化け物なんて言わないでっ! それなら、お前だって化け物よ。顔色一つ変えずに人を殺せるんだから」

「じゃあ、泣いて殺せと?」

「うるさい。黙れ」

 ルナはその手を翳して。

 レンは静かに倒れる。笑みを浮かべながら。

「全く、嫌だわ。だから男って嫌」

 ルナはそう言ってレンに触れ。

 2人は、消えた。

 

14

 

「どう? 『心』を持った感想は」

 エレンはティンヴァに訊ねる。

「て、言っても大部分が暴走するんだよね? 一応、今は通常通りだけど」

「はい。各機能、正常に動いています」

「ならいいよ。じゃ、僕はルナのとこに行くね。何かあったら、一応知らせて」

「はい、分かりました。エレン博士」

 そう言ってエレンを見送る。

 一人、残されるティンヴァ。

「これが……『心』エ・ディット様の言われたものを理解する事が出来ると良いのですが……」

 ふと、窓の外を見る。はらりと舞う木の葉。

 舞うのではない。

 落ちる。

「!」

 何かがフラッシュとともに流れてくる。

「いや……」

 それは止められない。

「いやっ、止めて!」

 それでも。

     な

      が

       れ

        る。

「いやあああああああああああああ!」

 その叫びと一緒に。

「私は……」

 零れるのは。

「私は愛してはいけない人を、愛してしまったのですね」

 涙。

 それが、ティンヴァの初めて流す涙。

 『心』を、得てからの。

 

15

 

 最後のディスク。それがゆっくりと再生される。

『やあ、こんばんは。ぼくはラーフ・ロータス研究員のオルキスだ。今回は君たちに伝えたいことがある。例のオートマータ捜索の件だが、その後の調べで次のことが分かった。一つ、オートマータの名はアルペジオ・コード。認識コード、ELー10。男性型のオートマータだ。二つ目。名前を聞いて分かると思うがこれはケイン夫妻の制作したものだ。ケイン夫妻にとっては家族同然ということを忘れないで欲しい。三つ目。安定したAAシステムを持っていること。安定していると言っても、まだ研究段階であり、何が起こるかまだ予測不可能だ。彼と接触するときは充分、気を使って欲しい。そして、最後に。現在は封印されているが、彼には』

 ヴォイス・システムも搭載されている。

 そう言って、急にブツリとそれは止まった。

『自動消去します』

 

 果たして、ラーフ・ロータスの研究員の言葉は何を意味するのか?

 今は、まだ、分からない。

 

 

 ●次回GP

貴蹟K1 ルナの所になぐり込み

貴蹟K2 残ってフォロー

貴蹟K3 ダイブしてフォロー(政彦専用)

貴蹟K4 ジオを直す

貴蹟K5 ルナと共に(エム専用)

貴蹟K6 薬を使う(エム専用)

貴蹟K7 フィルムを渡す(ジュラ専用)

貴蹟K8 チップを渡す(政彦専用)

貴蹟K9 黙って俺についてこい!

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