軌跡 第6話 SUSPENSION
0
世界の果てまで広がってる?
青く澄んだ空を見上げて
今日は何処に行こうか?
街?
山?
それとも海?
ワクワクする気持ちが待ち遠しくて
森に耳を傾けて
緑が奏でる調べ
心がゆっくり解けてしまいそう
海に耳を傾けて
波が運んでくる旋律
心が洗われていくみたいで
街に出かけよう
皆の元気な呼び声が
耳に沢山飛び込むよ?
ちょっとうるさいかも知れない
ちょっと息苦しいかも知れない
けれど、そこにボクがいること
そして、皆がいることを
それが一番大切で
幸せだってことを
気付かない振りをしていたね
悲しいことがあったら言って
ボクが側にいてあげるよ
悩んでいることがあるなら言って
ボクが聞いてあげるから
頼りないかもしれないけれど
でも、ボクだって皆の役に立ちたいから
自然に寄り添うように
心を解かして洗えるように
そんな自分に会いたくて
今日は何処に行こうかな?
今日はどんな自分に会えるだろうね?
ワクワクする気持ちは止まらない
1
「ケイン博士っと」
城前寺晃はそう呟きながら、コンピュータを操作していた。
「何を調べてるんですか?」
コーヒーを晃の隣に置き、天羽春斗が訊ねた。
「ケイン博士のことを調べてみよう思いまして……あ、出ましたよ」
そう言って2人は一つの画面を見つめる。
『ケイン・ミスカトニック。ラーフ・ロータス社、第7開発研究室主任。妻のマリカと共同で多数のオートマータ製造に携わる。現在は家族と共に、自宅で研究に取り組んでいる』
そう、画面に映し出されていた。
「なるほど。マイスターの方だったんですね」
「ってことは、もしかして! ジオ君を作った人かも?」
「そうですね、調べてみましょう」
春斗の声に頷き、晃は素早くコンピュータのキーを打つ。
『製作オートマータ一覧。カリン(ELー2)。クイーカ・ハイ(HSー2)。ハイハット・クローズ(ELー4)。タム(HGー7)。コーラス(ELー6)。サキ(ELー8)。アルペジオ・コード(ELー10)』
「これはっ!」
「ジオ君って、ケイン博士の作ったオートマータなんだね! ボク、急いで皆を呼んでくるよ!」
そう言って、一目散に春斗は部屋を出ていった。
「ケイン博士が作ったオートマータ……ですか」
晃はそのまま暫くその画面を見つめていた。
2
松沢桂花は鏡に映る自分を見ていた。
鏡の自分。うり二つの自分。
そして、その自分の首には。
荊。
「あの時のことは本当だったんですよ……」
切なげにその瞳を伏せた。
もし、彼女にこのことが知られたら。
『もう、人が亡くなるの見たくないよ、見たくないっ!』
悲しませてしまうでしょう。
だから。
「今はまだ秘密です」
そう言ってタートルネックの服に腕を通した。
いずれ分かるその日まで。
「私は隠し通しますわ」
鏡の桂花は気丈な笑みを浮かべた。
3
そんな中、暗がりでその瞳を輝かせている人物がいた。
「ふふふふ。出来たわ……完成よっ!」
瞳の下にはクマがある。
「これで、あのハッカーに一泡ふかせるわよ! そ・し・て……無敵の彩波さんになるのよっ!」
瞳にクマを付けた女性、由比藤彩波。彼女は徹夜明けで飛び捲っている。
「おーっほっほっほっほっ!」
高笑いが部屋中に響き渡る。
「でも、その前に……寝させてね」
ぱたりと電池が切れたように、布団に潜っていく。
「おやすみなさーい☆」
その翌日。彩波は猛烈に遅刻をしたことを付け加えておく。
4
「分からないわ……やっぱり数式を解くようにすんなりとは行かないわよね」
麗華・ハーティリーはため息をついた。
「おや、レイカ殿?」
そこに現れたのは九条忠宗。
「何をしているのでござるか?」
忠宗はレイカのメモを覗き込んだ。そこには、あのメールの内容を書きだしたものが書かれていた。そして、その脇には鉛筆で黒く塗りつぶした文があった。
「ちょっとね、メールを解読してみようかと思ったんだけど……上手くいかないのよ」
そして苦笑するレイカ。
「拙者も同じでござるよ。あの後、メールの内容をコピーして貰ったのでござるが、なかなか上手くいかなくてにっちもさっちも行かないでござる」
そう言って忠宗は自分の解読途中のメモを見せた。彼も同じく塗りつぶした箇所がある。
「でも、忠宗君の方が進んでいるようね?」
「そうでござるか?」
と、ドアが開く。
「おはようございまーす! もう来てたんだね」
春斗の元気な声が響く。
「おはようでござる、春斗殿。ちょっとメールについて考えようと思っていたでござるよ」
「おはよう。私もそうなのよ」
忠宗とレイカが春斗に告げた。
「ああ、あのメールね。ボク、いろいろ調べてみたんだけど……やっぱり駄目。ボクには向いていないみたい」
春斗は苦笑いを浮かべた。
「とにかく、図書館にある本を片っ端から調べたんだけど、同じ内容の詩はなかったよ」
「それでも大したものよ。図書館の本、全部調べたんでしょう? ご苦労だったわね」
レイカは春斗に言う。
「そうそう、ボク、レイカさんに言いたいことがあったんだ」
「言いたいこと?」
レイカは春斗の声に首を傾げた。
「メロン狩りの襲撃の後、黙って抱きしめてくれたでしょう? ボク、あれで恐かったのが納まったんだ。本当にありがとう、レイカさん」
「そんな、大したことないわよ」
「そうでござるな~。あれは、良いムードだったでござるよ」
その状況を思い浮かべたのだろう、うんうんと頷きながら忠宗は言った。
「だから~違うって。私はただ……」
ふと、窓の外に視線を移すレイカ。
「昔の私を重ねていただけ」
『?』
忠宗と春斗が首を傾げた。
「昔と言っても、私がまだハイスクールに入って間もない時にね。メロン狩りの時とは違うけど……銃撃戦っていうのかしら。そう言うのにあったことが一度あるの」
そう言って話を始めるレイカ。
「その時は、犯人だけが死んでしまったわ。私の目の前で……そんな、震える私を両親が黙って抱きしめてくれたのよ。それでもまだ震えは納まらなかったけど、でも、嬉しかった」
そう言って笑う。
「だから、あの時両親が私にしてくれたことをしただけよ。気持ちが楽になるんじゃないかって」
「いい話でござるよ……」
忠宗はいつの間にか手にしたハンカチで目頭を押さえる。
「でもそれって、そう簡単には出来ないよ……やっぱりレイカさんはスゴイや!」
春斗は尊敬の眼差しをレイカに注いだ。
「そんなんじゃないってば……もう」
ぱたぱたと手を振るレイカ。
「そういえば、昨日、晃殿から聞いたでござるよ。なんでもジオ殿はケイン博士が作ったものだとか」
忠宗が思い出したように声を出した。
「そうそう、そうなんだよね! 昨日、晃先輩が見つけたんだよ! それにケイン博士って凄いんだよ! たくさんオートマータを作ってるんだ」
「えっ? ケイン博士って……もしかしてケイン・ミスカトニック博士のこと?」
春斗の声にレイカが問う。
「うん、そうだけど。それがどうかした?」
「確か、世界初の感情を持ったオートマータを作った方だわ。もっとも、ベースはケイン博士の師が作ったのだけど。でも、現在はその師にかわって、何体ものオートマータを生み出していると聞いたわ。……一度、会いたいと思っていた方よ」
「なるほどね……そんなに凄い人が作ったオートマータがジオ君なんだよね? やっぱり凄いや!」
「でも、だからこそ気になるでござる」
忠宗が緊張した雰囲気で言った。
「気になる?」
レイカが訊ねる。
「そうでござるよ。メロン狩りで銃撃があったことでござるし、ジオ殿に何か……その『壊してでも手に入れたい』ものがあるのかも知れないでござる。また襲われたら大変でござるよ。まだ、ジオ殿の本当の主人殿に会ってもいないのに壊されて欲しくないでござる。春斗殿も、レイカ殿も、充分気をつけて欲しいでござるよ」
忠宗はそう言って2人に頼んだ。
「拙者だけではどうにもならないでござるよ」
「そうだね、ボクも頑張るよ! でも……前のような銃撃戦は嫌だな」
そう言って春斗は苦笑した。
「そうね、今度そんな奴が現れたら『美乙女マイスターのミラクルボンバー☆ 星になっちゃえ(はーと)』をお見舞いしてあげるわ」
「……レイカさん、それって何?」
「もしかしてと思うのでござるが……それはメロン狩りの時に聖流殿の兄上殿にお見舞いした、あの技のことでござるか?」
「あ、あはははは。だ、駄目?」
乾いた笑いを浮かべてレイカは汗を流す。
「心強いよね……」
「ある意味可愛そうでござるが、それなら、安心でござるよ」
部屋に、笑い声が響いた。乾いた笑いだが。
5
その部屋では少女の歌が響いていた。
「洞窟、どーくつ☆ なーにがあるのかわからないー☆ 行ってみなくっちゃわからないー☆ なら行ってみましょう、そーれそれ♪」
そう言ってポニーテールを揺らしているのは沙夜だった。
「楽しそうだな、沙夜」
ジオがその歌を聞きつけてやってきた。
「ふふふ、きっと凄いものがあるわよ! ジオもきちんと準備してね!」
そう言って沙夜は荷造りをしていた。その荷物は……。
「沙夜……それ、持てるのか?」
冷や汗を浮かべながらジオが訊ねる。沙夜の荷物は山のような大きなリュックが溢れんばかりになっているもの。人は持てないだろう。
「えー? 持てるよー? えいやっ!」
そう言って担いで見せる、が。
「きゃう!」
つぶれた。
「だ、大丈夫か?」
そう言って沙夜を救出するジオ。
「何があったんだ?」
沙夜のつぶれた音を聞きつけて、沙夜の義父、光弘がやってきた。
「はにゃー。だいじょーぶー。これくらい平気らよー」
そう言う沙夜の目が回っている。けれど口が上手く回っていない。案の定、その後、沙夜は気を失った。
「そこのリュックを持ち上げようとしてつぶれたんです。暫く休ませれば大丈夫ですよ」
そう言ってジオは沙夜を抱えてベッドに寝かせた。
「ちょっと驚きましたが」
そう言って苦笑してみせるジオ。
「私も驚いたよ。でも大したことはなさそうだね。……たまに君がうらやましいと思うよ」
「?」
「私の前ではそんな無茶なことはしないからね」
「どうして?」
ジオは思わず訊ねた。その後でしまったと言うような表情を見せる。
「心配させたくないんだろう。沙夜は私が最愛の妻を亡くした時の私の悲しみようを見ていたから」
そう言って光弘は、ジオを沙夜の部屋から居間へと招いた。
「そう、今から8年前かな。私の妻の乗った飛行機が墜落してね。不慮の事故だった」
「……そうだったんですか。知りませんでした」
「そう、悲しそうな顔をしなくてもいいんだよ。もう、過ぎてしまったことだし」
そう言ってジオをまじまじと見つめる光弘。
「君は本当に人間のようなオートマータだね」
そう、光弘は笑顔で言った。
「一瞬君が人間のように思うよ。それに……」
「なんですか?」
「どことなく、私の知っている友と似ているよ」
「友?」
ジオはその言葉に眉を潜めた。
「沙夜の父親だよ……外見は全く違うがね。雰囲気が似ているよ」
そう言って苦笑する。そして、光弘は奥の部屋から一冊のアルバムをジオに見せた。
「ほら、この人だよ」
そこに映っているのは逞しい中年。沙夜ともう一人の沙夜とうり二つの女性も映っている。きっと、この女性が沙夜の母親なのだろう。
「沙夜の父親の名はブレイド。母親は詩穂さんだよ」
ジオはその名を刻み込むように記憶した。
まるで大切な宝物のように。
「教えてくれてありがとう、光弘……」
ジオは礼を述べた。
6
空は曇り、傘がいるのか、いらないのか迷いそうなそんな天気の日。
「あ、聖流さん」
晃は廊下で歩く少女を止めた。
「晃先輩、こんにちは」
笑顔で挨拶を交わす。
「あ、ええ。こんにちは」
「で、何かあったんですか?」
すかさず訊ねる聖流。
「え、ああ。その先日メロン狩りの時に、ハンカチを貸してくれたので、お返ししようと思いまして。ですが」
そう言って晃はポケットに入れていたハンカチを取り出して見せた。
「きちんと洗ったのですが、やはり、シミになってしまって……どうしましょうか? もし良ければ私から新しい物を贈りますが?」
「え、そ、そんな、いいですよ。それにこれって、格安セールで買った物ですし、気にしないで下さい。洗ってくれただけでも嬉しいですから!」
そう言って聖流は顔を真っ赤にして、晃からハンカチを奪うとさっさと走っていってしまった。
「あっ……」
手ぶらになった手を誤魔化すようにグルグル回していた。
「ふふふ、結構良いムードだったじゃない?」
廊下の影からレイカが現れた。
「き、聞いていたんですか?」
心臓が飛び出るかのような勢いで後ずさりした。
「やあねえ。あなたに『美乙女マイスターのミラクルボンバー☆ 星になっちゃえ(はーと)』は仕掛けないわよ」
「……それはもしや」
晃は嫌な予感を感じ、それ以上は言わなかった。
「それよりも聖流ちゃんのこと、あれでいいのかしら?」
「どういうことです?」
「やっぱ、ここは素敵なアクセサリーと一緒に、新しいハンカチをプレゼントするのがいい男よね?」
「ボクもそう思う!」
そう言って突然、春斗が出てきた。
「はい?」
だんだん訳が分からなくなってきた晃。
「ええ? そうなんですか? レイカさん。あたしなら、そう! ディナーに招待しちゃう!」
次に出てきたのは彩波。
「でも、それは金銭的に辛いのでござらぬか?」
ついで忠宗。
「それは、愛の深さでなんとかすれば平気ですわ」
タートルネックの服を着た桂花も出てくる。
「きゃああああ! もしかして、カップル誕生? うっわーわくわくしちゃうよ☆」
沙夜も。
「あんまりはしゃぐと転ぶぞ?」
ジオ。
「み、皆聞いていたんですかっ!」
晃は声を張り上げた。
「……分かりました。せっかくメールのことが少し分かったので、お知らせしようかと思ったんですが……そういうことなら止めますか」
くるりと方向転換してさっさと歩いていってしまう晃。
「ああ、ごめんなさいっ! 晃さん! あたしが悪かったわ!」
「そ、それは困るでござるよぅ~」
「晃さん、ちょっと待ってっ」
進む晃を何とか止めようとする一行。
「これも愛、ですわね……うらやましいですわ」
それを微笑みながらその光景を見つめる桂花。
「そうなの?」
沙夜はぴこっと首を傾げた。
その後。何とか晃を引き留めることに成功した一行は図書館のスタッフルームに来ていた。テーブルには春斗が用意した人数分の暖かいココアが並べられる。
「で、晃殿の見解を教えて欲しいでござる」
忠宗の一声でメールについての話し合いが始まった。
「まず、メールの全文をもう一度確かめましょう」
そう言って晃はあのメールの本文を印刷した用紙をテーブルの上に広げた。
『あなたに警告を 暗闇の場所で
冷たい池の畔を見よ
一つのビーズは始まりを表し
その道は日の沈む方向に
落ちる缶に身を任せ
次 右を向いて進めば
その月夜は語る
道標だと
46 ケイン』
そう、書かれている。
「私の考えた内容はこうです。まず一行目。これは前半、ケイン博士からの警告と言う意味。後半は博士の置かれている状況を表していると思います。裏ネットで入手した情報によればここ数ヶ月の間、博士は行方不明となっています。これも何かあったことなのでしょう詳しいことは裏ネットでも分かりませんでした」
「裏ネットでも掴めないなんて……よほどのことがあったのね?」
レイカが考え込む。
「拙者も博士の置かれている状況というか、何処でメールを発信しているかと言うことを知らせているのではないかと考えるでござるよ。例えば地下室とか窓のない部屋とか」
忠宗の言葉に晃は頷く。
「おそらく、一行目はそれで間違いないようですね。次に2行目。冷たい池はメイカイ湖だと思います」
その声に一同賛成した。
「そうですわね。空谷村の池であるものと言ったらメイカイ湖以外にはありませんし」
「拙者もそう、思うござる!」
桂花と忠宗の言葉に頷き、続きを話し始める晃。
「3行目ですが。私はこれを原子力発電所のことだと考えます」
『ええええっ!』
「あそこは関係者以外は立ち入りが出来ないですし、それに、厳重なセキュリティーが働いておりますわ」
桂花が言う。
「物知りなんだね? 桂花ちゃん」
春斗が驚きながら言った。
「父がそこで働いてるんです。博士が仮にそこへ行ったらすぐ保護されると思いますわ」
「そしたら、メールを送らなくってもいいのよね?」
桂花の言葉に彩波が言う。
「あ、その『一つのビーズ』を元素の周期表の一番始めに出ている水素と結びつけて考えてしまったんですが……ちょっと違ったようですね」
そう言って苦笑する晃。
「その晃殿の考え方も、悪くはないと思うでござるが……拙者は別の、洞窟の入り口を示していると思うでござる」
「そうね、『始まりを表し』というのは洞窟の入り口のことを示しているのでしょうね」
「で、拙者はこう、考えたでござる。ビーズと言う言葉は名詞でござるが、もう一つ『~を数珠のようにつなぐ』と言う意味もあるでござるよ。家で改めて空谷村周辺の地図を見てみたのでござるが……あ、見た方が早いでござるね」
そう言って忠宗は自分のリュックから地図を取り出し、テーブルに広げた。
「これを見て欲しいでござる。ちょうど竜の民の集落を囲む森とメイカイ湖がビーズのように繋がっているように見えるでござろう? で、次の4行目。『日の沈む方向』と結びつけると……」
「メイカイ湖の西に当たる場所が入り口になるってことですね?」
晃は地図を見ながら答えた。
「うわあ! すごいや! この調子で全部解けちゃうんじゃない?」
春斗がその瞳を輝かせて言う。
「まだ分からないわよ? とにかく、次に行きましょう」
そう言ってレイカは話を戻す。
「そうですね、次は5行目」
晃はメールの用紙を指し示して言った。
「『落ちる缶』とは人の乗れる箱、すなわち、エレベータのことだと考えられます」
「拙者も。それか、あるいは水中や地下を行き来することの出来る乗り物に乗れと言うことだと思うでござるよ」
「そうなると……アクアラングとか必要じゃないかしら?」
レイカは晃と忠宗の声に苦笑した。
「いや、分からないわよ? もしかしたら、必要になるかも知れないから持っていた方がいいとあたしは思うな」
彩波が言う。
「いざとなったらジオに持って貰おうよ? ね☆」
沙夜が言った。
「そうね。……あら、ごめんなさい。次に行っていいわよ」
レイカが彼等を促す。
「では、6行目。これは分かりやすいと思います」
「そのエレベータとかに降りた先で右に行くってことだよね?」
春斗はドキドキしながら言ってみた。
「その通りでいいと思いますよ」
微笑む晃。
「えへへ!」
答えが当たったのが嬉しくてたまらないといった表情で喜ぶ春斗。
「で、最後の『月夜』の部分ですが、これはちょっと分かりませんでした」
「レイカさんは?」
「聞かないで、彩波さん。数式を解くなら出来るけど、こういう暗号を解くのは専門外よ」
レイカは苦笑した。
「きっと『月夜』でしか分からない、目的地への道標があるのでござろう。拙者もよく分からないでござるよ」
「後もうちょっとなのに、悔しいね」
沙夜が呟く。
「でも、現地で思いつくかもしれませんわ。とにかく行ってみてから、ですわ」
「そうだね」
沙夜は桂花の声にこくりと頷いた。
「おっと、忘れていたでござる!」
突然、声を上げる忠宗。
「このメールはもう一つ、言葉が隠されているでござるよ」
「もう一つの言葉?」
沙夜が忠宗に訊ねた。
「そうでござる。この最後の名前の部分を見て欲しいでござるよ」
そう言ってメールの最後の行に注目する一行。
「『ケイン』という名前の前に二つの数字があるでござる。その数字は4と6でござるな?」
「そうですわね……」
桂花の言葉と共に一同は頷いた。
「気付かぬでござるか? 4と6の間には順番を考えると5が入るはずでござる。なのにその数字がないでござるよ」
「そういえば、そうだね」
春斗が同意した。
「もしかするとこれは、4と6の間の数字、すなわち5に何か関係があると思っていろいろ試した結果……」
忠宗の台詞に固唾を飲んで、彼等は次の言葉を待った。
「メールの本文を全てカタカナにしてみた物があるでござる」
そう言ってポケットから取り出したメモを出した。
「よく見て欲しいのは5行目でござる。それを右から読んでみて欲しいでござるよ」
「『ケイビハンヲヨベ』?」
沙夜が読んでみた。
「それは……メールの書かれた場所に警備班を呼べってことかしら?」
レイカが言う。
「警備班って言ったら、調査団の第6セクション、ガーディアンズだね!」
「もしかしたら、ヤバイかも知れないわね……」
春斗の言葉に眉を潜めるレイカ。
「でもさ、行ってみなくっちゃわかんないよ、そんなこと。もしかしたら脅かしてるだけなのかも知れないし」
「ですが、充分気を付けなくてはいけませんね。後で連絡してみましょう」
晃の声に一同は頷いた。
「それでは、準備にかかりましょうか?」
『賛成っ!』
皆は準備を開始した。
7
光と闇が移住する世界……サイバーネット。
「ちょっと、今回は忠宗君いないの?」
彩波はふてくされながら、天川瑠璃に言う。
「あっちの方が数が多くなっちゃうじゃない!」
「仕方ありません。忠宗さんは沙夜さん達と洞窟探検に行くことになりましたから」
あっさりと答える瑠璃。
「でも、やっぱり不利じゃない」
むっとした表情で彩波はじっと遠くを見つめていた。
「せっかく、彩波さんの新技を見せてあげようと思っていたのに」
「彩波さん……」
ぽつりと瑠璃が言う。
「何?」
「来ましたよ」
そう言って瑠璃は札を取り出す。
「えええっ! もう!」
瑠璃の見つめる先を見る彩波。
「あ、でも向こうも2人みたいね」
にやりと笑う彩波。
「見せてあげるわ、うふふふ」
その瞳がきらりと光った。
「と、言うわけで瑠璃ちゃん、あの黒猫の相手お願いね!」
「分かりました。敵は強いです。充分気を付けて下さいね」
「分かっているわよ」
その強さは自分の身をもって体感している。
今度は勝ちたい!
その想いだけが彩波を支配していた。
瑠璃の方では、早くもバトルが始まろうとしていた。と、瑠璃の目の前に黒猫が華麗に降り立つ。
「君の相手はおれだよ。お手柔らかに」
そう言って黒猫は瑠璃に言い放った。
「手加減はしません」
負けじと瑠璃も言う。
「じゃあ、こっちも手加減しないよ?」
そう言って、いち早く行動を開始する黒猫ハッカー。
「ニードル・フラッシュ!」
「!」
ハッカーの針のような毛が数十本放たれた! 瑠璃は流石にこの大量の針の毛を全て躱すことが出来ずにその数本を受けてしまう。
「かかったっ!」
黒猫はその瑠璃の様子に笑みを浮かべた。
「これはっ……」
急に瑠璃の針を受けた場所からエラーを警告するメッセージが流れてくる。
「身体の動きを抑制する技だよ。暫くあっちのバトルを観戦しない?」
「……屈辱です……」
その黒猫の台詞に、瑠璃はぽつりと言葉を発した。
そして、彩波達の方でも。
「やっと、俺とお茶する気になったのかい?」
黒スーツのハッカーはそう言って茶化す。
「冗談言わないでっ! 今日という今日はあんたをギッタギタにしてあげるわ!」
彩波はびしっとその指をスーツハッカーに向けた。
「へえ。それは楽しみだな」
余裕の笑みを投げ掛け、スーツのハッカーは黒の鞭を取り出した。
「そんな余裕も今の内なんだからっ!」
この技を受けても笑っていられる?
彩波はこの時の為だけに作った、攻撃プログラムの入ったディスクを腕の端末に差し込んだ。
「?」
どうやら、ハッカーは驚いているようだ。彩波は今、勝つための変貌を遂げる!
光が彩波をを包み込み。
その光が膨らみ、弾けた!
そこにいるのは。
「ヒュー。悪魔が天使にね」
彩波の先程付けていたコウモリのような翼は、純白の鳥のような翼に変わっていた。左腕に取り付けられた端末も幾分、大きい物へと変わっている。
白い羽がサイバーネットに舞う。
彩波はハッカーを睨み付け、その白い翼で高く舞い上がった。全ては揃った。
「ブレイズ・フロッドっ!」
左腕の端末から溢れる、眩しい光を纏い。
「しまったっ!」
もう遅い!
「どこだっ?」
「ここよっ!」
ハッカーの声に応えるかのように。
ギュイイイン!
彩波の光を帯びた鎌が振り下ろされた!
「ぐはあっ!」
ハッカーは思いも寄らない攻撃を避けられずにダメージの全てを受けたようだ。その反動で、勢い良く後ろの建物の壁に叩き付けられる。
「くそっ……」
ばちばちと、ハッカーの身体から大量のノイズが走っている。肩口の大きな傷から、赤い血が流れて行くのが見えた。
「や、やったあっ! ちょっと見てよ、見て! あたしやったのよっ!」
もう、有頂天だった。何も見えていない。考えてもいないだろう?
「でも、逃げられましたけど?」
瑠璃の言葉がなかったら。
「えっ? う、嘘っ?」
もっと浮かれていただろう。
彩波のその白い翼が、へにゃりと地面に降りた。
8
彩波がネットに入っていたとき、図書館のコンピューター室では。
「どうして、晃さんも行かないんですか?」
不思議そうに聖流が訊ねた。
「その前に……調べたいことがあるんですよ」
そう言って先日送られてきたメールを確かめる晃。
「でも、ダイブできるのなら、彩波さん達のお手伝いとか出来ると思うんです」
「これを調べてからでは、駄目ですか?」
「……分かりました。それじゃ、終わるのを待ってます」
「えっ?」
晃の顔に汗マークが浮かぶ。
「何か不都合でもあるんですか?」
きょとんと晃の顔を見つめる聖流。
「い、いいえ。何でもないですよ」
気を取り直して晃はコンピュータのキーを弾いた。
画面にはメールの詳細なデータが現れ始める。
「このアドレスは見たことがないですね……garyou?」
その単語を何処かで聞いたことがあるような。晃は何とか思い出そうとするのだが、思い出せない。
「あ、これ」
聖流が見つけた宛先のアドレス。
「マサキ・ミスカトニック? 確かそれは……ケイン博士の息子さんの名前ですね」
それはすぐに思い出された。
「じゃあ、これはその息子さんに宛てたメールなの?」
「そうですね。それに……宛先のアドレスですが、瑠璃さんのアドレスと良く似ていますね。それで間違って送られてしまったのでしょう」
「なるほどね……。あ、っていうことはもう、これでお終い?」
「えっと、そのgaryouのことも調べてみようと……」
「じゃあ、それを調べたら終わりですね! 彩波さん達が待っていますから急ぎましょう!」
「あ、はあ……そ、そうですね……」
まいったなあ……。
晃は心の中で呟いた。
「じゃあ、まずホームページを検索してみましょう」
そう言って検索を開始した。
出来れば沢山出てきて欲しい。それなら、時間を稼げる。
その晃の願いも空しく、コンピューターから告げられた言葉は。
『該当するページがありません』
「困りましたね……」
いくつか項目が出ればそれを頼りに進められるのだが。
そう晃は残念そうに思う。
「どうするんですか?」
不安そうに訊ねる聖流。
「では、裏ネットに行ってみましょう」
晃はそう言って新たにディスクをコンピュータに挿入する。
「そう言えば……裏ネットって何ですか? 先程もメールを解読するのにも使っていたみたいですが」
「裏ネット……マフィアとかが使っているネットのことですよ。もっとも、話す相手によっては命の危険も伴います」
「えっ……」
晃の言葉に聖流は驚きの声を上げた。
「大丈夫ですよ。その中でも比較的友好で危険の少ない場所に行きますから」
安心して下さいね?
そう、微笑む晃。
「は、はあ……」
それでも不安なようだ。
「それに、ネットをしている者なら一度は訪れる場所ですよ」
そう言ってキーを打ち始める。
と、画面にドアが映し出され、それが開いた。
『おや、兄さんかい? 何か用かね?』
画面には酒場のカウンターが映し出される。体格のいい中年男性がそう、話し掛けた。
「ちょっと聞きたいことがありまして」
インカムを付けた晃が答える。
『例のものはあるのかい?』
「これでいかがですか? 先日作った物の発展バージョンです」
そう言って何かを転送した。
「あ、あの……何をしてるんですか?」
「えっと……」
そう言ってインカムを一回外し首に掛ける晃。
「彼等は情報を提供する見返りに様々なプログラムを請求するんですよ。さっき送ったのは過去に作った攻撃用プログラムです。と言っても私のは別ですが」
「へえ、そうなってるんですね……」
と、画面から呼び出し音が流れる。その音に晃は急いでインカムを再び付けた。
『ほう、これは面白い。では、兄さんの聞きたいことを言ってみな』
酒場のマスターが晃に聞く。
「garyouについて教えて下さい」
『何だって? 臥竜か? ……兄さん、それは言えねえなあ』
「先程のプログラムじゃ、不足ですか?」
マスターの言動に不信を抱きながらも晃は訊ねた。
『俺のとこでも情報はないんだ。いや、あることにはあるんだが……知ろうとする皆全てロストされたよ』
「!」
『噂によればマフィアが背後にいるらしい。が、俺は違うと思うぜ?』
これは俺の推測なんだが……。
そう、前置きしてマスターは続ける。
『凄腕のダイバーが目撃されている件があるだろう?』
「KOUMEIですね?」
『知ってるんだな? なら話が早い。そいつが先陣を切って臥竜に関わろうとする者全てを消している。しかも消すだけじゃない』
「どういうことですか?」
『脳からのデータ複製をさせないように身体もロストさせるんだと』
「それは……」
『これは普通じゃねえ。マフィア以上の「何か」だ』
「そうですか……」
『いいや。お得意さまだからな。サービスだよ。兄さんも気ーつけなよ?』
「ありがとうございます、マスター。では、また後ほどゆっくり」
『待ってるぜ』
そう言って晃は回線を閉じる。
「何でしょうね? 臥竜って……」
「マフィア以上の組織……ですか。一度前に聞いたことがあります」
「えっ?」
「ブレイドさんからですよ」
「ああ、沙夜の亡くなったお父さんの方ですね?」
「ええ、そうです。何やら胡散臭いから関わるなと言っていましたよ。いやあ、やっと思い出しましたよ」
そう言って晃は笑う。胸に詰まったものが抜けたようなそんなすがすがしさを感じていた。
「それじゃ、次は彩波さんのところに行きましょう! 晃先輩」
そう言って晃をポッドの方へと引っ張っていこうとする。
「ああ、まだ調べることが……」
「これで終わったんじゃないんですか?」
「え、ああ、そのもう一回メールを確かめようと……」
そう言ってはぐらかそうとする晃。そして晃はまたコンピューターのキーを打ち始めた。
「何か、隠していませんか?」
その言葉に一瞬、晃の手が止まる。
「絶対変です。何か避けてるみたいです、ダイブするのを」
「……」
「避けてても、どうしても避けられない場合だってあるんじゃないですか? それに、前にダイブ出来たじゃないですかっ!」
「……聖流さん」
いつにも増して真剣眼差しを向ける晃。
「人を亡くしたことをありますか?」
「?」
「私は……一度だけあるんですよ。いえ、まだ彼女は生きていますが」
「ど、どういうこと、ですか?」
その聖流の声が震えた。
「私は、一人の人間をロストさせました。彼女はハッカーでした」
「なら、いいじゃないですか?」
「ロストの意味をご存知で?」
「相手を消してしまうのでしょう?」
聖流はロストの本当の意味を知らない。
「ロストとは、相手の精神を壊すことです。そして、その精神は二度と戻らない。それは学術的に言うと脳死になるそうですよ」
「!」
「分かりますよね? 脳死になった人はどうなるのか。生きる意志のない魂の抜けた抜け殻。それは植物人間なのですよ……そこに眠っている人形のように」
「……」
「そして、私は二度と繰り返したくないんです。もう、失いたくないんです」
「……」
「すみません、私は役には立たない、タダの職員です」
そう、淋しげに。切なげに言う。
そこにはただ、静かさだけが支配していた。
9
一方、ここはメイカイ湖。さやさやと風が緑の音を運んでいく。
「いつ見ても綺麗よね!」
沙夜の言葉に。
「そうだな……綺麗だ。それに水も澄んでいる」
そっと湖の底を覗くジオ。
「あっ、落ちないように気をつけてなさいよ?」
レイカが2人に呼びかけた。
「大丈夫ですわ。そこまで行きません」
そう言って桂花が沙夜の腕を持って森の中へと向かう。
「ちょっとケイ、痛いよう」
るるるーと泣きマネをする沙夜。
「ここはいつ来ても気持ちいいよね!」
そう言って春斗は伸びをした。
「そうでござるな。心が洗われるようでござるよ。ところで……この辺りには洞窟のような所はないでござるな?」
忠宗はきょろきょろと周りを見渡す。
「そうね……やっぱり、湖の中なのかしら? アクアラングで行ってみる?」
レイカが提案する。
と、その時。
「……んっ? 何でござるか?」
何かが湖の中で光る物を忠宗は見つけた。
「どうしたの? 何かあるの?」
沙夜が訊ねる。
「これ、何でござろう?」
そう言って忠宗が指し示す場所にはグレーの、ボタンのような物体があった。
「何かしら?」
皆、それに注目する。
「ぽちっとなっ☆」
すかさず沙夜が押す。
『あっ!!』
声を揃えて、皆は叫んだ。
「ちょっと、調べないで押すなんてっ! 何かあったらどうするの?」
レイカがぽこりと沙夜の頭を叩いた。
「だって、調べるよりも押す方が早いと思ってぇ~」
頭を押さえつつ、沙夜は言う。
と。
ごごごごごごご。
何かが地下から響いた。
「何? この音っ?」
春斗は周りを見渡しながら訊ねた。
「あ、あれを見て下さい!」
桂花が指差すところにあるのは。
せり上がって出来た洞窟の入り口。
「す、すごい……」
誰が言ったのか分からないが。
とにかく、彼等は探検を開始した。
「きゃっ!」
「大丈夫か?」
沙夜が滑りそうになったのをジオが支える。
ここは洞窟の中。自然に出来た洞窟に明らかに人の手が加わっているらしく、ところどころ手すりが付けられていた。洞窟の大きさは大人が2人並んでも余裕があるほど。高さは一番背の高い188㎝の忠宗よりも少し高い程度であった。
「思ったよりも奥が深いようね……」
そう、レイカは洞窟の奥を見つめた。
「あのっ! これ見て下さいっ!」
急に桂花が声を上げた。
「こ、これって血?」
そこには、赤い液体が数滴落ちたような、そんな跡があった。
「急ごうよっ! もしかしたら、誰かが怪我をしているのかも知れないよっ!」
春斗がせかす。
「そうでござるな。ちょっと急ぐでござるよ」
一行は忠宗の言葉に頷き、早足で進んでいった。
その先にあったのは。
「エレベータね」
レイカが言う。
「何処にいくのでござろうな?」
忠宗は外付けされたコントロールパネルを見つめた。何処まで行くのか表示されていない。
「中にあるのかも知れない」
ジオが呟く。
「そうだね、入ってみようよ☆」
ジオの言葉に沙夜が頷いた。
「賛成ですわ」
「じゃあ、このボタンを押すね。ぽちっと」
そう言って春斗がボタンを押した。
ちん。
いい音と共にその扉が開く。彼等は中に入り、細かく調べる。
「どうやら、地下に続いているようね。行ってみる?」
戯けるように皆に尋ねるレイカ。
『もちろんっ!』
彼等はそのエレベータに揺られて奥を目指した。
降りたところは思った通りの分かれ道。
「右と左だね」
春斗の声に。
「そうみたいね。じゃ、右の道に行きましょうか?」
レイカが皆に確認する。
彼等は頷き、右の道へと進んでいった。
長い通路を抜けた先にあったのは、ホールのような窓も扉もない場所だった。
「あるのは、白い球体が置かれた台座と」
レイカは中心に位置する台座を見つめた。
「天井から降り注ぐ……光でござる」
忠宗は天井から差し込む一筋の光を見ている。
「光……白い球体……そして、月……」
呟くように春斗は考え込んでいた。
月。
確か、月は……。
「太陽の光に照らされて夜空に浮かぶから……」
そう言ってもう一度ホールを見る。
周りは暗がり。
天井から光。
中心に白い球体。
それはそれぞれ……。
夜。太陽。月を表しているのでは?
「ということは! ねえ、誰か光を反射させる物とかない?」
春斗は大声で叫んだ。
「懐中電灯なら持っているのでござるが」
それではたぶん駄目だろう。
「あの……反射させる物って何ですか?」
桂花が春斗に訊ねた。
「えっと、硝子とか……いや、そうじゃなくって……鏡!鏡だよっ! 鏡持っていない?」
「あいにく私は持っていないわ」
不必要な物は置いて来ちゃったの。
レイカはそう言って苦笑した。
「あ、それなら私、持っていますわ」
そう言って桂花はポーチからコンパクトを取り出した。それを開いて春斗に鏡を見せる。
「もしかして、この光をこの球体に当てるのでござるか?」
「そう。そしたら、何か出てくるかも知れない」
そう言って春斗は鏡で光を当てる。
ごごごごごごご。
地響きと同時に目の前の壁がなくなった。その先は部屋になっているらしい。
「さっそく、行ってみましょうっ!」
沙夜の言葉に一同は頷いた。
そうして、皆が部屋に入った後。
ごごごごごご。
「えっ! 閉まったっ?」
ゆっくりと扉が閉まった。
「ど、どうしようっ! 出られなくなちゃったよ!」
春斗が叫ぶ。
「だ、大丈夫よ、きっと。先に出口があると思うわ。行ってみましょう」
レイカが落ち着いた素振りで先に進むよう、提案する。
「そうでござるな。ここに入って出られなくなっては、ここにいた人達は困るでござるよ。きっと行った先に出口があるでござるよ」
忠宗も言う。
「そうですわ。とにかくこの部屋を調べてみましょう。出口が見つかるかも知れません」
皆は桂花の言葉に頷いた。
皆は改めて部屋を見渡す。そこは、何かコンピュータでの研究をするための部屋のようだった。
「これは……すごいわ」
レイカが思わず呟く。
「これだけの施設を集めるだけで、野球ドームが出来るわよ」
「ここで何を調べていたのでござろう?」
周りを見ながら忠宗は首を傾げた。
「そうですわね……。私には全く分かりませんわ」
桂花が言う。
「誰だ?」
「うわあっ!」
その声に春斗は驚く。
「君たちは……警備班の人かい?」
そこに座っているのは、金髪の中年男性。男性は眼鏡を掛け、無精ひげを生やしていた。
「あなたがケイン博士ですね? 多くのオートマータを生み出しているという……」
レイカが訊ねた。
「そうだが? 君は?」
「申し遅れましたわ。私は麗華・ハーティリー。マイスターをしております。今回、あなたの送られたメールを偶然見つけ、ここまで来ました」
「ボクは天羽春斗です」
「図書館でダイバーをしている九条忠宗というでござるよ」
「私は松沢桂花ですわ」
「私もダイバー! 沙夜って呼んでね☆」
「俺は……」
そう言ってジオが口を開こうとした。
「ジオ? ジオなのかい?」
「あ、はい。……そうです」
ケインは立ち上がり、彼を抱きしめた。
「良かった、無事で……。助けに行けずにすまなかった……ジオ……」
「……ケイン……博士?」
「ああ、すまない。苦しかったかい?」
その優しい言葉にジオは横に首を振り、笑い掛ける。
「見ない内に、変わったようだね。ジオ」
そう言って目を細めるケイン。
「ジオ……、よかったね。知ってる人に会えて」
「いや、……分からない」
沙夜の言葉に悲しそうに目を伏せるジオ。
「ジオ? どういうことなんだい?」
「ジオは記憶を失っています。いえ、記憶媒体を一つ失ってしまったのでその影響かと」
レイカが言いづらそうにしているジオに代わって話した。
「一つを? 一つだけでも無事なら問題なく記憶が甦るはず……。もしや……ヴォイスシステムいや、チップは全てありましたか?」
ケインが訊ねる。
「一つだけありませんでした。それがないと甦らないのですね?」
そう言ってレイカは答えた。
「きっとその所為でしょう。おそらく、それで一部の回路が止まって……」
そう言って、しゃがみ込むケイン。
『博士っ?』
皆が駆け寄る。
「大丈夫だよ……ちょっと撃たれてね……」
そう言ってケインは苦笑して。
気を失った。
「どうしようっ! 倒れちゃったようっ?」
沙夜が今にも泣きそうな声を上げる。
「急いで、医者を呼ぶでござるよ!」
そう言って立ち上がる忠宗。
「待って、このコンピュータ。外部に繋がっているみたいだから、これで連絡しましょう」
レイカがそのコンピュータを起動させていく。
『外部連絡出来ません』
非情にもその表示が出る。
「プロテクトが掛かっているみたい……。ちょっと待って」
そう言って次々とパスワードらしき物を入力していくレイカ。
「これで大丈夫なはず」
そう言って実行させた。
『5月30日。とうとう、リチャードは見つからなかった』
「何? これ?」
春斗がレイカに訊ねる。
「日記……みたいね?」
『敷地内を虱潰しに調べてみたが駄目だった。他のメンバーの様子もおかしい。俺が外に出て調べているのにも関わらず、彼等は探しに行こうとしない。むしろそれを止める。何故だ?』
「まだあるでござるよ?」
『6月15日。何故、あの時リチャードがいなくなった理由が分かった。リチャードはこの施設で手に入れた情報を手に脱走して、殺されたんだ。今日、他の脱走者が出て真相を知った。初めて、俺は臥竜に入ったことを後悔した』
「これは……いったい? この研究所の人の日記でしょうか?」
『7月7日。もう駄目だ。俺も殺される。この施設は破棄されるらしい。破棄。それは我々の死を意味する。出来ればその前に……妻に一目会いたかった』
それで日記は終わっていた。
『自動消去します』
そう、画面に現れる。
「えっ! それは駄目よっ!」
レイカはそれを止めようとしたが。
『消去終了』
駄目だった。
「臥竜……何なの、それ?」
春斗が言う。
「もしかして、あのKOUMEIっていう人とか、メロン狩りで撃ってきた女の人とか関係あるわけ?」
嫌な顔をしながら、春斗は続けて言った。
「それは分からないわ。……あっと、いけない。早く外部と連絡しなきゃ。早く出口に行きましょう!」
そう言ってレイカは皆を急かすように出口に行こうとした。
その時、入ってきた扉が開いた。
「誰?」
沙夜は入ってきた者達に向かって叫んだ。
背の高い中年。その側に寄り添うようにいる少年。竜の民の女子学生。その後ろに大きな荷物を背負った男子学生。黒い服を着た少女。赤い髪の女性オートマータ。2人の青年を連れた少女。
そんな彼等が入ってきた。
「お父さん!」
中年の隣にいた少年は横になっているケインに急いで駆け寄ってきた。
「へっ? お父さん?」
沙夜が驚きながら振り返る。
「私達はー怪しい者ではありませんわー。調査団第6セクション所属、ガーディアンズですー」
そう言って青年を連れた少女はガーディアンズの証である身分証明書を彼等に見せた。
少年と共にいた中年はケインの容体を素早く診る。
「あなたは?」
レイカが中年に訊ねた。
「俺はリカバーの医師だ。……左腕を撃たれているが、止血しているようだ。大丈夫。マサキ、助かるぞ」
レイカに答えてから、中年の医師は少年に言った。
「本当! よかった!」
少年は笑みを浮かべて喜んだ。
「では、運びましょうー。徹くん、ヤっくん手伝って下さいー」
少女が2人の青年に頼み、ケインを運ぶ。それと同時に仲間の増えた一行は出口を目指すことになった。
「それじゃあ、先に行くぞ」
医師と少年いや、その少年はケインの息子のマサキだったとケイン、そしてガーディアンズの3人が先にキャンプに戻ることになった。一行は遠くに見えるマイクロバスを見送る。彼等をキャンプに連れていった後、また迎えに来てくれることになった。それまでの時間、彼等は待つことになる。
「今日の探検、楽しかったね! ジオ」
沙夜がジオに言った。
「ああ。楽しかったな、沙夜」
「また楽しいことあったらいいよね」
そういって沙夜は空を仰ぐ。
「残念だけど。それはないですよ」
黒い服を着た少女がいつの間にか沙夜の側にいた。
「どうして? 何か……用?」
不安そうに少女を見つめる沙夜。
「だって、あなたのオートマータは」
これから壊れるから。
「駄目っ!」
沙夜が庇う。
「沙夜!」
ジオは思わず叫ぶ。
「大人しくしなさい。あなたは邪魔!」
少女はジオを捕まえようとする。
「駄目駄目! ジオは壊させない!」
その声に周りの者が動き始める。
「ジオ殿! 後ろでござるっ!」
忠宗の叫びは間に合わなかった。
「この時をお待ちしておりました……」
貫かれる、ジオの胸。ジオの前にはもう一人。赤い髪のオートマータ。
「ご苦労様、ティンヴァ」
少女はそれを微笑みながら労う。
ティンヴァと呼ばれたオートマータの腕が抜き出される。その手にはこぶし大の機械。それは感情システムこと、AAシステム。
「!!」
ゆっくりと後ろに倒れるように沙夜に寄り掛かる。
その顔に笑みを浮かべ。
「沙夜、ぶ で ヨか タ」
発音されない言葉。ジオの出したその右手は沙夜に触れることなく。
「ジオっ! ジオジオジオジオっ! 起きて、目を覚ましてっ! 私を……一人にしないでっ!!」
停止。
「いやああああああああああ!」
その沙夜の叫びの隣で。
その少女とティンヴァは、消えた。
ルナと呼ばれる女性の力で。
そして、森は静寂に包まれた。
10
ここは調査団のキャンプ。沙夜達はマサキと共にいた医師、神崎航一郎の部屋で集まっていた。
航一郎の他にマサキ。洞窟で会った竜の民の学生、ジュラ・ハリティ。その隣には、同じく学生の志村ヨージ。洞窟探検の時にはいなかったが、天上人のダイバー青年、和田政彦。同じくダイバーでティンヴァの主、エ・ディット・オッドバイトらがここにいた。
「話は聞きました」
洞窟には来ていなかったが、異常事態を聞きつけて来た晃が口を開いた。異常事態を聞いて来たのは晃だけではない、彩波も瑠璃も一緒に来ていた。
「あなた方の仲間が私達のオートマータであるジオさんの大切なAAシステムを奪ったと」
「でも、あたし達も知らなかったのよ」
「じゃあ、何で壊して取ったの?」
ジュラの声に春斗が抗議する。
「せっかく直ったのにっ!」
「彼女の言うとおり、我々には知らなかったことだ。今回このような事態を引き起こしてすまないと思っている」
航一郎はジュラをフォローする。
「また……ふりだしに戻っちゃったね……」
ぽつり、沙夜は呟いた。側にいた桂花がその沙夜の肩をそっと抱いた。
「大丈夫ですわ。必ず、また直りますわ」
そう、励ましていた。
「これからどうするんだ?」
ティンヴァの行方を知りに来ていたエ・ディットが皆に問う。
「これからって……いわれても、ねえ?」
ジュラは隣にいたヨージを見た。
「私は……」
ふと、ふさぎ込んでいた沙夜が顔を上げる。
「私はジオの奪われたシステム……だっけ? それを取り返しに行くっ!」
「でも、彼等がどこへ行ったのか分からないよ?」
政彦が沙夜に言う。
「そ、それは……」
と、沙夜が困っていたとき。
「あら。皆さんお揃いのようですわねえ?」
そう言って突然目の前に現れたのは。
『ルナ?』
「こんにちは」
優雅に礼をしてみせるルナ。
「ロウっ!」
春斗がいち早く反応した。春斗の御霊、東洋の龍のロウがルナを襲う。が。
「通り抜けたっ?」
するりと通り抜ける。これは実体ではなく、幻。
びくりと春斗の身体が強張る。
「大丈夫よ……あなた方に危害を加えるために来た訳じゃないわ」
「じゃあ、何しに来たんだ?」
航一郎が訊ねる。
「沙夜ちゃんに伝えたいことがあるの」
「私、に?」
「そう、沙夜ちゃん、これが欲しいんでしょう?」
そう言ってルナはジオのAAシステムを取り出した。
「それは! それはジオのだよっ! ジオに返してっ!」
そう言ってルナを掴もうとする。
「あなたが私の所に来てくれたら、あげるわ」
「それって何処でござるか?」
忠宗の声にルナは眉を潜めた。
「私は沙夜ちゃんと話してるんだけど……まあ、大目に見てあげる。場所は……そうね、彼女が知っているわ」
そう言ってルナはジュラを見つめた。
「えっ? あたし?」
「これで私の所に行けるわね? 出来れば貴女だけ来て欲しいけど」
「そんなこと出来ませんわ!」
今度は桂花が叫んだ。
「いいわよ、来ても。でも、命の保証は」
しないわよ?
最後の言葉は全ての者の脳に直接伝わった。ぞっとする悪寒と共に。
それを言うとルナは微笑んで、消えた。
「私、行く!」
沙夜は力強くそう、決心した。
「だけど、皆は危険だから……」
「ばーか」
エ・ディットが言い放つ。
「俺のティンヴァがルナといるかもしれないんだ。お前がいやでも俺は行かせて貰う。それに保証しないってだけだろ? なら、こっちもそれ相当の準備してなぐり込みに行ってやる。それなら文句ないだろ? それと……あのルナって奴、気にいらねえ」
「あんたって……血気盛んなのね?」
そう、沙夜が言う。
「あん? 何か言ったか?」
「なんにも行っていないわよー☆」
くるりと振り返り、沙夜はその場にいた者達に訊ねた。
「それじゃ、他の皆はどうするの? 私と行く?」
11
白い部屋で、女性がいた。金髪と青い瞳を持つ女性……ルナ。
「全ては順調ですわ……」
ルナはそっとそのカーテンを開く。
そこには白と黒の翼を持つ像があった。
「ゲートの鍵もすぐにあなた様の元へ持っていきますわ、ユコヴァック様」
微笑むルナ。そして、ルナはその像の足の甲に口づけをした。
「全ては、永遠の為に」
ルナの笑いが、部屋中に響いた。
そこには、ルナ以外誰もいなかった。
その像を除いては。
12
もう春だというのに
この寒さは何故でござろう?
一人旅行くおじいさまを
目頭押さえ、無事を祈る
ここに電車のホームがあれば
過ぎゆく汽車を見送るでござろうに
雪が舞い散り
悲しさが一段と増すでござろうに
そんな風景でない光景に
ほっとする拙者がいるでござるよ
目の前にあるヘリコプター
揺れる機内で手を振るおじいさま
その笑顔がうらやましくて
ああ、おみやげは日光の木刀
できれば、絵はがきも欲しい年頃
ああ、舞妓さんにも会いたい
できれば、隣で記念撮影
学校がなければ拙者もお供するのに
ああ、出来ない
自分の非力をあらためて
噛みしめるでござるよ
あ~あ、祖父は
日光へ旅行中~
●次回GP
貴蹟K1 ルナの所になぐり込み
貴蹟K2 残ってフォロー
貴蹟K3 ダイブしてフォロー(ダイバー専用)
貴蹟K4 ジオを直す
貴蹟K9 黙って俺についてこい!




