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銀映 第5話 花瓶に生けた花が散るかのように

 

「ああ、私だ」

 こぽんと側にある熱帯魚の入った水槽が音を出した。

「奴が動いたようだな?」

 とくとくと注がれたブランデーは琥珀色を輝かせていた。

「全ては君に任せる。好きなようにするんだな。但し、自らシッポを出すようなことは避けろ。私から言えるのはそれだけだ」

 かろんとコップの中にある氷が音を出す。

「期待しているぞ、ディレイ」

 電話が、切れた。

 

 

 ここは溟海学園の側に位置する広場。その日、ジュラ・ハリティは友人の恵印からの頼みでここを訪れていた。

「あっ、ジュラ」

「あら、恵印。みんなも来ていたのね」

 ジュラは振り向き、声に応える。振り向いた先には、四人の少年、二人の青年、そして、一人の少女。合計七人が並んでいた。そのうちの一人の竜の民の少年が、ジュラに駆け寄る。彼が恵印だった。さっそく彼がジュラに話し掛ける。

「ジュラは翼竜と友達なんだよね?」

「ええ、そうよ」

「先日も言ったけど、みんながその翼竜に会ってみたいっていうから、会わせてあげたいんだけどいいかな?」

 その恵印の声に微笑んで、ジュラはすぐ返事をした。

「そんなことぐらい、いいわよ。ちょっと待ってて」

 そう言って、ジュラは胸に下がっている呼び子を取り出し、それを吹いた。

 ピュルルルルー!

 呼び子の音が森に広がる。

 クルルルルー!

 呼び子の音に応えるかのように、声が響いた。皆の頭上から、その翼竜が姿を現す。

「この子があたしのゴールディよ」

 皆にその翼竜を連れて見せる。恵印の側にいた者達が一斉に、翼竜に近づいていった。なにやら、興奮しているらしく、歓声を上げている。それに満足そうにジュラは目を細めた。と、その瞳が、急に大きく開かれる。

「あっと、いけない! そろそろ行かないと。ごめん、後は恵印に任せるわ」

「うん。わかった。後は任せて」

「それじゃまたね、恵印」

 そう言い残し、ジュラは駆けだした。

 今日はあの作戦を実行する日なのだ。

 

 

 こぢんまりとした部屋で、和田政彦はコンピュータ相手にまだ悪戦苦闘していた。

「全く、どうやったら、パスワードが解けるのかい?」

 返事をしないコンピュータを相手に政彦は、思わず声を出した。

「とにかく、今まで集めたデータを纏めておこうかな」

 そう言って、再びキーを打ち始める政彦。

 と、突然電話のベルが鳴った。今時、かなり珍しい黒いダイヤル式の電話からだ。

「はい? もしもし?」

 すぐさまその受話器を耳に当てた。

『やっと出たわね、マサちゃん』

 相手は政彦の母。

「母さん? どうしたの?」

『もう、マサちゃんったら。いつも出てくれないんですもの、母さん心配してたのよ』

「ああ、ごめん。ちょっと今の仕事が忙しくって」

 と言って、目の前のコンピュータに目を向けた。

『丁度いいわ。マサちゃん、いい年なんだからそろそろ、いい人見つけないとね?』

「はい?」

『明後日なんかどうかしら? 先方の方も都合がいいって言ってるのよ』

「また、勝手に……」

『じゃあ、その日に家に帰ってきなさいよね?』

 次々と政彦の都合も聞かずにスケジュールが立てられる。

「母さん」

『何? マサちゃん』

「その日は会社の研修なんだよ。残念だけど帰れない」

『あら、だったら休めばいいじゃない?』

「そう言うわけにもいかないよ。入社して間もないんだから。用事はそれだけ?」

『ああ、ねえマサちゃん』

 いつになく優しげに響く声。

『いつでも帰って来ていいんだからね。新しい仕事が嫌になったら、帰ってらっしゃい』

「分かったよ、母さん。じゃあそろそろ切るよ。またこっちから電話するから」

 そう言って、受話器を元に戻す。

「一回、家に帰った方がいいのかな?」

 思わず政彦は苦笑した。

 

 

 かたりと、近成の前に暖かいミルクティがレンの手で置かれた。ここはレンの部屋。二人は向かい合って座っていた。レンの前にはコーヒーが置かれている。

「あ、あの……」

 近成が驚き、俯いた顔を上げた。

「おや。嫌いだったかな? それなら別なのを……」

「いえ、そうじゃなくって、その……」

「意外……かな?」

 笑みを浮かべながら、レンはその答えを言う。

「一人暮らしが長いものでね。客のもてなしくらいは出来ないと」

「そうなんですか? 俺、てっきりもう、結婚なさっていると」

 その近成の言葉にレンは苦笑した。

「それよりも、用事とは?」

 話を元に戻す。

「竜の民の伝承のことは聞きましたか?」

「ああ。先日、とあるお嬢さんから聞いたよ。どうやらエンゲージに関係しているらしいな」

「はい。ですから俺は、それについてもっと詳しく調査をしたいんです」

「体の方はいいのか?」

 レンの真剣な眼差しに、近成は力強く頷いた。それに応えるかのように、レンは口を開いた。

「私も伝承については調べておきたいと思っていた所だ」

「え?」

「行って調べて来るんだな。だが、無理はするなよ。君は病人なのだから」

「ありがとうございます!」

 近成はとびきりの笑顔で答えた。

 

 

 神崎航一郎は、とある雑誌を眺めていた。自分には関係のないものだとばかり思っていたが、その本にはマサキの父の名が載っていた。

「ケイン・ミスカトニック……ラーフ・ロータス社、第7開発研究室主任か」

 マサキの父、ケインのコメントの横に書かれていた肩書きを、呟くように航一郎は読んだ。肩書きの所には、家族構成も載っていた。妻と息子がいるらしい。名は伏せられていた。どうやら、ケインと言う者はオートマータの開発者であり、マサキはその息子で間違いないようだ。

「神崎のおじさん! 見て見て! 凄いよ!」

 マサキがはしゃぎながら、テレビを指差していた。そこにはアイスホッケーの試合が展開されている。今、マサキは車椅子に座っているが、怪我の具合は順調に良くなっていた。

「さっきね、こっちの青い服のチームが勝っていたんだけど、あっという間に白い服のチームが逆転しちゃったんだ! 凄いよね?」

 試合の内容を興奮気味にマサキは言った。

「……ああ、そうだな……」

 その白い服のチームはかつて、航一郎が所属していたチームだった。過去、試合中の怪我が原因で選手としての道が絶たれたのだ。

「ごめんね、おじさん……」

 マサキはその様子を見て、頭を下げた。

「僕、おじさんがアイスホッケー嫌いなこと、知らなかったから」

「いや、お前の所為じゃない……ただ、少し昔のことを思い出しただけだ。それよりも、そろそろベッドに戻ろうか?」

「うん!」

 マサキは元気良く、頷く。航一郎はゆっくりとマサキの乗る車椅子を押し始めた。

 

 

 馬川・M・藤丸は、エ・ディットのいない部屋で掃除をしていた。一人だけではない。

「すみません。この棚はこのままでよろしいですか?」

 ティンヴァもいた。

「え? あ、はい」

 エムの掃除機を動かす手が止まる。

 一体、この人は何を考えているんだ?

 ずっとそのことが離れない。

 と、その考えているエムを覗き込むティンヴァ。

「わっ?」

 驚くエム。

「どこか気分でも悪いのですか?」

 心配しているのだろうか?

 本当に?

 心から?

 そう考えてしまう自分に嫌気を感じながら、言った。

「いいえ、どこも……。考え事をしていただけです」

 そう言って笑って見せた。

 あなたの所為で。

 そう言えたらどんなにいいだろう。

「早く終わらせましょう、エ・ディットが戻ってきますから」

 エムのその言葉にティンヴァは頷き、作業に戻る。

「早く、戻りたい……」

 そのエムの言葉は、掃除機の騒音の中に消えた。

 

 

 一方、ジュラは打ち合わせ通り、例の作戦を実行に移していた。名付けて『マヤを混乱させてとっちめてあげるわ作戦』である。

「ヨージをくい物にしていいのは、あたしだけよっ!」

 小さく叫ぶと、気合いを入れて図書館のカウンターへと向かっていく。カウンターにいるのは今回の作戦のターゲット、天羽春斗だ。どうやら、この春めいた季節に酔っているらしく、遠くを見つめてはため息をつき、手にしている本を見ては考え込んでいる。

「なんだか、近寄りがたい雰囲気ね……」

 そんな春斗の雰囲気に少々、困惑しながらもジュラは自分を励ましながら、カウンターに近づいた。

「あの」

 緊張しながら声を掛けるジュラ。

「はあ、メロン……はい?」

「あのう、天羽……さんですよね?」

 もう一度、確認する。

「あ、はい。ちょっと待って下さい!」

 春斗は突然の訪問者、ジュラにやっと気づき、わたわたと手にしていた本を閉じるため、栞を探しているようだった。

 と、やっと栞が見つかったらしい。本を閉じて春斗は、目の前のジュラに目を向けた。

「お待たせしました。何か本をお探しですか?」

 笑顔で応える。

「あたし、銀髪のオートマータを探しているんです。知りませんか? 早く見つけないと大変なことに。エンゲージ研究用の特別仕様のオートマータなので、接触した人がエンゲージに罹る恐れがあるんです。もしかしたら、天上人にも罹るかも!」

「もしかして、それって!」

『銀髪のオートマータ?』

 二人は申し合わせたように綺麗にその言葉をハモった。

「大変だっ! すぐ知らせなきゃっ!」

 がたんと立ち上がり、先程見ていた本を掴むと一目散に駆けだした。

「大成功! 後は頼んだわよ、ヨージ」

 こっそりと春斗の後を追う、ヨージの後ろ姿を見送りながら、ジュラは笑みを浮かべた。

「さて、あたしも行きますか」

 ジュラも何処かへと走り出した。

 

 

 ジュラは奥にある図書館の階段の側で、とある人物を見張っていた。ジュラの視線の先にいるのは、前回会ったふくよかな青年。そして、今日の彼はひと味違った。

(とおる)君?」

 と、先程会った春斗が透に声を掛けた。

「何、付けているの? 透君。それってジオ君のアンテナみたいだよ?」

 ふふふと笑っている春斗。

「これはね、『愛の証』なんだよ」

 うっとりとした目つきで、透は遠くを眺めている。

 彼の台詞には理由がある。ジュラがあらかじめ、用意したティンヴァとよく似せたアンテナの飾りを、透に渡していた。『あなたのことを前から想っていました。図書館の一階、奥の階段下で待っています。同封したあたしからのプレゼントも付けてきて下さいね。あたしの愛の証を』という手紙を付けて。

「あっと、いけない! ボク、急いでいたんだ! ごめん、また後でね!」

 そう言い残して、また春斗は駆け始めた。

 ジュラはその様子を確認しながら、ほくそ笑んだ。

「これで、マヤは混乱するわね! ふふふ。してやったりだわ!」

 

 が、その遠くでその様子を眺めている者がいた。

「ふうん、なかなか良い作戦ね?」

 黒髪を風に靡かせながら当の本人であるマヤは言った。

「でも。私、口を読むことが出来るのよね。ホント、惜しいわ」

 双眼鏡を覗きながら、マヤは呟いた。

「さて、もう一人の方を見てみましょうか?」

 そう言って、マヤは視線を移した。

「地下……ね?」

 

 一方、ヨージとはいうと。

「何で俺がこんなことしなきゃあ、ならないんだよっ」

 愚痴を零していた。春斗を追って、ヨージはとある場所で立ち止まる。

 関係者以外立入禁止。

「ふん、そんなこったあ、分かっているよ」

 その禁止を示すプレートを睨みながら、ヨージはその扉に手をかけた。

「そこで何しているのかしら?」

 むんずとヨージの襟首を掴む者がいる。

「ここからは関係者以外は入っちゃ駄目なのよ? 分かってる?」

 げ、職員だ……。

 どうやら、ヨージは図書職員に見つかってしまった。

 俺って、ホント、ついていないな。

 ほろりと涙を浮かべながら、ヨージは胸で十字を切った。

 

 

 サイバーネットで、ラインに乗って光が煌めいた。

「どうやら、そちらの景気は上々のようだな? 噂は私の所まで届いている」

 アメジストの輝く瞳が、簾の向こうの影を映す。KOUMEIこと、レンだ。

 レンは、ネットに浮かび上がった、プレートの様な画面に向かって話をしていた。画面の中の影が動く。

『僕だってお前の活躍を見たよ。何でも、ダカーポのTOPをやったそうじゃないか。そっちも景気がいいみたいだな』

「君も、理事としての仕事が様になってきたように見受けるが? ふっ。お互い、繁盛しているようだ」

『お前もね。それより、世間話をしにここに来たのではないんだろ? 僕は忙しいんだ』

「そうだな。先日のビジネスで立体ホログラムのプログラムが一部、破損してしまったんでね。是非とも君に修正の方を頼みたくてな。君でなくては明日のビジネスには間に合わない」

『全く、そう何回も壊さないで欲しいもんだね。しかも明日? まあ、いいけど。その分支払いはもう、済んだんだろうね?』

「ああ、希望の口座に振り込んだ。それと君の捜していた基盤も宅急便で送ったよ。これでいかがかな?」

『じゃあ、問題のプログラムは?』

「今、転送する所だ」

『わかった。じゃ、後一時間後に』

「了解した」

 二人は頷き、回線を切った。

 

 

「おはようございます、エ・ディット様」

 ティンヴァはいつものスマイルで、起きてきたエ・ディットを迎える。

「あ~、今何時だ?」

 まだ眠そうな頭を掻き上げながら、パジャマ姿のエ・ディットが部屋を見回す。

「あれ? エムは?」

「昨日、レン様に頼んで別室を頼んでいらっしゃいましたよ。今朝早く、そちらに移りました」

 ティンヴァは朝食をテーブルに乗せながら、そう答えた。

「あ、そうだっけ?」

 どっかとテーブルの前に座るエ・ディット。

 が、目の前にある朝食……いや、それは朝食とは呼べない、ゲテモノ。紫色に変色する謎の液体がぷくぷくとまだ沸騰している。その液体の中にはトカゲの尻尾やコウモリの頭などが浮かんでいた。変な草や木の実も浮かんでいる。はっきり言って、食べれる代物ではない。

「……ティンヴァ、お前何を作ったんだ?」

「これですわ。何やらとっても身体にいいそうですよ」

 そう言って黒魔術の本をエ・ディットに見せる。

「それはなあ、料理の本じゃないぜ? 怪しい魔法使いが使う本だ」

 痛み始める頭を抱えながら、エ・ディットは言った。

「まあ! 知りませんでした」

「だろうな」

 じっとその魔法使いの黒魔術に使う謎の料理を見つめた。

「ティンヴァ、もしかして……冷蔵庫の中、空か?」

「はい、エ・ディット様」

「しかも、この時間、食堂めっちゃ混んでるんだよな」

「ええ、そうです」

「……仕方ない、食うか」

 食器の横に置かれたスプーンを手にして、思い切って食べてみるエ・ディット。

「ん、悪くないな」

 そのまま、がつがつと食ってみせる。結局、エ・ディットはその謎の物体を平らげた。

「いかがでしたか? エ・ディット様」

「そうだな、今度はちゃんとした料理にしてくれよ」

 そういって苦笑する。

「はい。『ちゃんとした料理』ですね」

「……ちょっと待った!」

 エ・ディットはすっくと立ち上がり、棚の本棚から一冊の本を取りだした。本……いや、ノートだ。それをティンヴァに渡した。

「これに書いてある料理を完璧にマスターしてから料理しろよな?」

「これは、レン様の書いたもの?」

 ティンヴァはそのノートを開き、中を確認する。最後にレンの署名が書かれている。

「ああ。家事全般を叩き込まれたからな、アイツに」

 立ち上がり、食器を流しに置いた。

「自立に必要不可欠、だそうだ」

 そういってティンヴァに笑った。

「分かりましたわ、エ・ディット様」

 

 

 がちゃりと、扉が開く。ここはリカバーズの一室。航一郎の部屋だ。

「で、あたしに何の用?」

 制服姿のジュラが入ってきた。

「この子のことだ」

 航一郎は車椅子に座るマサキをジュラに見せる。

「ああ、この子のこと?」

「そうだ。話によれば追われているらしい。だからこの子のことは誰にも言うな、いいな?」

 航一郎は念を押すようにジュラに言った。

「じゃ、これ」

 そう言って手を出した。

「もしかして……」

 嫌な予感を感じながら、航一郎は汗を滑らせた。

「はい、これ」

 そう言って、マサキはポケットから取り出したキャンディーを三つ、ジュラの手に乗せた。

「おいしいよね! 僕も好きだよ、このキャンディー」

 マサキは笑顔で言う。

「ということだ。頼んだぞ。もし、誰かに言ったらタダじゃ済まさない」

 そう凄んで、ジュラに視線をぶつけた。

「はいはい、今回はあたしの負け。分かったわ、一枚上手なこの子に免じて、言わないでおいてあげる」

 肩を上げるかのように、両手を上げた。

「用はそれだけ? あたし、そろそろテレビ局に行くから」

「ああ」

 その航一郎の言葉を受けて、ジュラはすぐさま出ていった。

「よかったね、おじさん」

「あ、ああ」

 笑顔で言うマサキに、航一郎は苦笑した。

 

 

 政彦、エム、ジュラ。何故かヨージにレン、エ・ディット、ティンヴァが貸し切りバスに乗っていた。政彦・エム・ジュラ・ヨージの4人は、バスの一番後ろを陣取っており、その一つ前にエ・ディットとティンヴァが座っていた。レンは一番前の席に座っている。

「ねえ、マサ。何でサングラス付けているの?」

「私も……失礼ながら気になっていました」

 ジュラの言葉にエムも同意した。

「あ、これ? ちょっとね」

 そう言って政彦は微笑んだ。

「気になるわ! 外しなさーい!」

 ジュラが立ち上がり、政彦のサングラスを取ろうとする。

「ああ、お代官様!」

「変なこと言わないでよっ! ほら、ヨージも見てないでちょっとは手伝いなさい!」

「ん? 俺は何も聞こえなーい」

 ジュラの声を聞かない振りをしている。

「ほっと」

 ジュラが政彦とやり合っている間に、エムがそっとそのサングラスを取った。

「やったわ! エム!」

 サングラスのあった目元には、可愛らしい『クマ』が出来ていた。

「ああ、見られたぁ~」

 その光景を眺めている者が一人。

「凄いですわ、エ・ディット様。見ましたか?」

「あん? 何かあったのか?」

 MDウォークマンを付けたエ・ディットがティンヴァに視線を向ける。

 きききききぃぃぃー!!

 と、突然、バスが軋みを上げた。

 

 

 耳から離れない、車のタイヤの軋み音。

『駄目だ。ブレーキが、ブレーキが利かないっ!』

 隣で叫ぶ男性の声。

『あなた、サイドブレーキは?』

 そして、女性の自分。

『それもさっき、試した。駄目だったっ!』

 男性は巧みにハンドルを切りながら、なおも叫ぶ。

『あ、あなた! 目の前っ!』

 自分は目の前を見た。

 絶壁。

 いつの間にか、そこで。

 

 

「来ないでえええええっっっっ!!」

 ティンヴァが急に叫ぶ。

「ティンヴァ、どうした?」

 頭を抱え出すティンヴァに、エ・ディットは揺さぶりで起こす。と、その声が止んだ。

「あ……」

 やっと気が付いたようだ。

「どうしたんだ、急に?」

「あなたっ!」

 そう言って、ティンヴァはエ・ディットに抱きついた。

「ティンヴァ……?」

 エ・ディットは困惑しながらもそのティンヴァを受け止める。

「あ、私……。一体何を?」

 どうやら、やっと正気を取り戻したらしい。

「お前が急に叫んだんだよ。覚えてないのか?」

「そう、でしたか?」

 まだよく理解していないようだ。

「気分の方は?」

「特に異常はありません」

「なら、いい。それよりも、そろそろ離れろよ。皆が見てるしな」

 そう言ってエ・ディットは苦笑した。

「申し訳ありません」

 さっとエ・ディットの腕から離れるティンヴァ。

「どうしちゃったのかしら?」

「さあ?」

 ジュラの言葉に頷きながら、外されたサングラスをまたかけ直す政彦。

「気に入らない……」

 エムが呟いた。その呟きは誰の耳にも届かなかったようだ。相変わらず、バスの中は賑やかだった。


 

 目の前にそびえる、学園の体育館ほどの建物が、KTVである。

「ローカル局だといいながら、思ったよりも大きな建物じゃない?」

「そうだね。それに初めてだよ、中にはいるのは」

「私も中がどうなっているのか、とっても気になりますね」

 ジュラ、政彦、エムの3人はそれぞれ感想を述べた。誰もが興奮しているのが、手に取るように分かる。

「皆、こっちだ」

 レンが皆を呼んだ。研修参加者がそれに集まる。今回の参加者は3人とレン、エ・ディット、ティンヴァを含めて15名ほどである。

「皆さん、ようこそ! KTVへ」

 中から赤茶けた髪の青年が現れた。

「私はこのKTVでカメラマンをやっています、翡咲流輝(ひざき りき)と言います。今回、皆さんの案内役を務めることになりました。分からないことがあったら、私に言って下さい」

 そう言って流輝は軽く会釈をする。

「こちらこそ、急な申し出にも関わらず、研修の場を提供して下さり、本当にありがとうございます。今日は宜しくお願いします」

 笑顔を浮かべながら、レンは流輝と握手を交わす。

「では、どうぞ中へ」

 流輝の案内で皆は中に入った。

 

 

「こちらは、『空谷ワイド』の番組で使うスタジオです」

 流輝は明るい雰囲気のこぢんまりとしたスタジオを指し示しながら、説明を始めていた。

「マサさん」

 エムはこっそりと政彦の側へと近づいてきた。

「何? もう、サングラスは取らないよ」

「違いますっ!」

 政彦の腕を引っ張りながらエムは、彼をスタジオの影に連れていく。

「あの、先日のこと、秘密にして欲しいんです」

 真剣な眼差しで、エムは訴える。

「先日? なんかあったっけ?」

「……私の父の言っていたことです」

 そのエムの台詞を聞いて、政彦はぽんと手を打つ。

「すっかり忘れていたよ」

「……」

「で、あのことを秘密にしておけばいいんでしょう?」

 あのこと。それはエムが女性ではなく、男性だということ。

「おれ、てっきりエムさん女の方だと思っていたよ」

 ごめんねと苦笑してみせる政彦。

「わかってくれればいいんです。もし誰かに……特にエ・ディットに言ったら、タダじゃすみませんからっ!」

 そう言って睨み付けるエム。

「う、うん」

 そのエムの様子にたじろぎながら、政彦は頷いた。

「おーい! 先に行くぞっ!」

 遠くでエ・ディットが呼んでいる。

 エムと政彦はお互い頷くと、彼等の元へ駆け足で戻った。

「あれ? そう言えば、ジュラさん達、何処に行ったんだろう?」

 政彦は、ジュラとヨージが消えているのに気付いた。

 

 

 一方、噂のジュラ達というと。いつの間にか二人は竜の民ルックで、とあるスタジオに向かって歩いていた。

「なあ、こんな格好で何をするんだ?」

 かなり嫌そうにヨージは尋ねた。その手には作り物の槍が握られていた。

「ふふふ。これもお金の為よ! 今度は山分けしましょうね」

「マジ?」

「あら、あたしが嘘ついたことあったかしら?」

「ああ。あった」

 ヨージの台詞を無視して、ジュラはスタジオを見つけた。

「……あ、ここよ! ここで今、テレビショッピングをやっているのよ」

「それ、何処から仕入れてきたんだ?」

 じとーとした視線をジュラに向けた。

「さっき、玄関のとこで、今日のスケジュールってのあったじゃないのよ」

「そう言えば、そんなのあったなあ」

 そう言って、収録中のスタジオに彼等は侵入した。

 そこは、大勢の観客と女性アナウンサー。そして、裏方スタッフによって番組が作られていた。

「それでは、次の商品です」

 女性アナウンサーが言うのをジュラは見逃さなかった。すかさず、ヨージを引き連れてステージに上がる。女性アナウンサーはシナリオにない登場人物に驚いているようである。観客はそれを知らずに拍手をしていた。

 やるわよ、お金ちゃん!

 気合いを入れて、ジュラは前に進む。勿論、ヨージも引っ張って。

「ハーイ。この方は、我々竜の民の偉大な賢者デース。鼻輪を付けているのがその証拠デース」

 ヨージを紹介しながら、ジュラは続ける。少々、変な訛りが入っているようだ。

「今回、賢者様が特別に幸運を分けてくれる言ってマース! 幸運を呼ぶネックレス、ネ! お洒落デース! 賢者様偉大! 太っ腹! これを一つ4000円で分ける言ってマース!」

 そう言うジュラに観客は不振な眼差しで口を開く。

「本当かしら?」

「ねえ、これって台本には無かったわよ?」

 ざわめく観客にヨージは、何か切れたらしい。

「かあああああっっつ!」

 叫ぶヨージ。

「これを付けて幸せなった人、一杯見たアル! 子供の出来ない夫婦はすぐ子供が出来たアル。不治の病を治したことアル。お金持ち、沢山見たアル。いらない、それでもイイ。私帰るネ。幸福いらない人達アル」

 ヨージも変な訛りでまくし立てる。

 素晴らしいわ! ヨージ!

 本当にそう思ったかは知らないが、とにかくうっとりとジュラはヨージを見ていた。はっと気付いて、ジュラも言う。

「それじゃ、賢者様行きましょうデース。『不幸』来ても知らないデース」

 不幸という言葉を強調して立ち去ろうとするジュラ達。

「あ、ちょっと待って! 私、買うわ!」

 観客の一人が立ち上がる。

「私もっ!」

「あら、私も一つ欲しいですわ!」

 その言葉に、二人はこっそり笑みを零した。

 本日の報酬。8万円也。

 

 

 さて、観光……いや、研修組は、休憩時間だった。先程廻ったスタジオをまた見に行く者、側にあったベンチに座る者、タバコを吸っている者。皆、バラバラになっていた。

「レン、コーヒーですよ。ブラックでいいんですよね?」

 政彦のその声にレンは微笑みながら頷いた。

「ああ、ありがとう」

 政彦は心なしか、その表情に何だか冴えないような気がした。レンはまだ仕事が残ってるらしく、suzakuを起動させている。

「エ・ディットさん達、スタジオの方、見て回るって言っていましたよ」

「そうか」

 コーヒーを飲み干した紙コップを、くしゃりと握りつぶすと側にあったゴミ箱に捨てた。

「あっと、おれもちょっと行ってきます。最近のニュースとか調べたいんで」

「ああ、行っておいで。私はしばらく、ここにいるから」

 suzakuに目を向けながら、レンは言った。

 

 

「最近のニュース?」

 流輝は確認するように尋ねた。

「はい、今、調査団で調べているんです。……駄目、ですか?」

 その政彦の台詞に苦笑してみせる流輝。

「そうですね、昨日、放送されたものでもいいですか? 今日のはちょっと教えられませんが」

「はい、それでいいです」

 そして、流輝は近くにあった旧型のコンピュータを操り、フロッピーにそのデータを入れてくれた。

「私が渡したって事、内緒でお願いしますね。本当は昨日のニュースとかも他人には簡単に渡せませんから」

 そう言ってウインクし、フロッピーを渡してくれた。

「ありがとうございます!」

 政彦はそれを大切にノートパソコンが入った鞄に入れた。

 

 

 何処に行っていたのか? エムと政彦は疑問だったが、ジュラは揃って戻ってきた。なにやら、ホクホクとご満悦の様子。

「何をしてきたんでしょう?」

 エムは不思議がった。

「さあ、よく分からないよ」

 政彦も不思議がる。

「さて、そろそろ戻るぞ」

 レンの号令によって皆はバスに乗り込む。

 彼等は流輝を含むスタッフ達に見送られながら、KTVを後にした。

 

 

 航一郎はマサキの包帯を替えていた。

「おじさん、まだ治らないの?」

 マサキはじれったいように言った。

「お父さんを助けに行かなきゃならないのに」

「怪我が完全に治ってからだ。ほら、終わったぞ」

「ありがとう、おじさん」

 その航一郎の声にマサキは笑顔で応える。その顔が航一郎の息子の顔とだぶって見えた。

「そういえば、お母さんは何処にいるんだ?」

 航一郎が尋ねる。

「病院。エンゲージかも知れないからって入院してる。でも知ってるんだ。本当はお父さんが無理矢理、入れたんだって。だって、お母さん病気なんて全然ないし。その病院、警察病院なんだよ」

「ってことは、マサキのお父さんは、追われることを分かっていたんだな?」

「うん。だから、僕、内緒でお父さんの後を追っていたの。力になりたかったから」

 そこで、マサキは急に頭を傾けた。

「でも、逆に足を引っ張っちゃった。だから、僕、早くお父さんを助けたいんだ……」

「そうか。だったら、お母さんや友達が心配しているな。一度、連絡しようか?」

「いいよ。あいつらにここを知られちゃうかもしれないし。それに……僕の友達、たぶん心配していないと思う」

 そう言って笑ってみせるマサキは、切なげに。

「マサキ……。わかった、早く怪我を治して、お父さんを助けに行こうな」

 その優しい声にマサキは思わず、泣きそうな顔になる。それを堪えるように、彼は言った。

「うん! それにね、僕、オートマータの友達もいるんだよ! ……えっと、カリンでしょ、クイーカでしょ、ハイハットにタム、コーラスにサキに……ジオ!」

「ジオ?」

 最後の名前に航一郎は思わず声を漏らす。

「うん、ジオだよ」

「ジオって、てっきり兄弟のことかと思っていたぞ」

「あれ? 知ってるの?」

「いや、偶然マサキの寝言を聞いてな……」

 ばつの悪そうに苦笑する、航一郎。

「あれ、僕、寝言言ってた? 知らなかった。……で、ジオだけど、兄弟って言ってもいいかも」

「どういうことだ?」

「お父さんが僕のために作ったオートマータだから。お兄さんみたいな、友達みたいなそんなオートマータをね。あ、ジオって僕が付けたあだ名。本当はアルペジオ・コードっていうんだよ」

「なるほど。で、そのジオは今、どうしているんだ?」

「わかんない。お父さんと一緒に連れていかれちゃった。なんだか逃げたみたいだけど。良く分かんない」

「そうか」

 航一郎はくしゃりとマサキの頭を撫でた。

 

 

 研修を終えた御一行は、一部KTV近くのゲームセンターで降りることになった。エ・ディット達以外はまっすぐ帰るとのことで、彼等だけゲームセンターを楽しむことになった。

「ちょっと、ヨージ! 右よ、右!」

 ジュラははしゃぎながら、ヨージに指図する。

「だったら、自分でやれよ。全く」

「だって、あたしだと上手くいかないんですもの」

 ぷんとそっぽを向くジュラ。

「ほれ、これ取れたから」

 そう言って、ピンクのクマのぬいぐるみを目の前に突きつける。

「わあ! かわいい!」

 ジュラはそれで機嫌を良くした。

 一方、エ・ディット達。

「エ・ディット……」

 恐る恐るエムは彼の名を呼んだ。

「あん? 何だ?」

 いつものような調子で振り返る。隣には相変わらず、ティンヴァがいた。

「その……あの……対戦しませんか!」

 最後には、力みながらその言葉を吐き出した。

「いいぜ。何で対戦する?」

 笑ってエ・ディットが話に乗った。

「じゃあ、これで」

 目の前にあるのは『ビルディング・ファイターEX』。様々な有名な建物の上で戦闘を行う、人気ゲームだ。

「OK!」

 そう言って向かいの台に座った。エムも続いて、エ・ディットの前の台に座る。

 チャリーン。

 心地いいコインの音が響く。

「キャラは何でもいいんだな? エム」

「ええ。私も得意なキャラにしますから」

 キャラ選択がなされ、いよいよファイトが始まる。

 エ・ディットが選んだのは、グレイト。その名の通り力の強い外国男性キャラである。その分、隙が出やすくなってしまう。

 エムが選んだのは、凛々(りんりん)。エ・ディットの選んだキャラとは正反対に、力があまりない中国女性のキャラだ。力がない替わりにスピードが速く、技が豊富なのが特徴である。

「頑張って下さい、エ・ディット様」

 ティンヴァのその声に、かちんとエムは頭に来た。

『ファイ!』

 画面でファイト開始を告げる声がする。

 エ・ディットが早速、大技をかけた。

『超・昇竜波!』

 光の波動が凛々を襲う!

『秘技・胡蝶幻影!』

 それを本体の替わりに、幻影へと浴びせることで技を回避した。

「へえ、やるじゃん?」

 にやりと笑いながら、エ・ディットが言った。

「伊達にやってはいませんよ」

 同じくにやりと笑うエム。

「じゃあ、手加減なしでやっていいんだな?」

 そう言う間にも様々な技が披露されていく。

「そちらこそ、やられないように気を付けることです」

 エムもそれを躱してみせながら、技を繰り出す。

 そうして、結果は……

「はぁっはっはっはっはっはっ! まだまだ修行が足りないようですねぇ!」

「く、こんなに強いとは……く、悔しいっ!」

 エムの勝ちだった。

「では、次は私がお相手しましょう」

 ティンヴァだ。

「やったことは?」

「初めてです。ですが、エ・ディット様の動きを良く見ておりましたから、大丈夫です」

 願ってもない申し出。エムは冷笑を浮かべた。

「手加減はしませんよ? それでもいいですか?」

「はい。構いませんわ」

 第2回戦目。エムは先程と同じキャラで、ティンヴァはエ・ディットが使っていたキャラ、グレイトで行われた。

「おいおい。大丈夫なのか?」

「ご安心下さい、エ・ディット様」

 そう言って、操作を始めるティンヴァ。その手さばきは。

「何? どういうこと?」

 先程の『秘技・胡蝶幻影』で躱すのだが、何故か僅かずつ体力が減ってきていた。

「ははーん。なるほどね」

 エ・ディットはその手さばきを見ながら、言った。

 エムはエ・ディット相手には使わなかった技を繰り出した!

『胡蝶の舞い!』

 凛々の繰り出す連続技を。

『昇天龍波!』

 技で返し。

『稲妻キック!』

 で、トドメをする。

『YOU WIN!』

 その勝利を告げる声はティンヴァの台から聞こえた。

「ま、負けた……」

「エ・ディット様の反応が少し遅かったので、早めに反応してみました。技を返すことが出来るとは思いませんでしたわ。相打ちを狙ったのですが」

 流石はオートマータ、か?

「もう一回……」

 そう、エムが再戦を申し込もうとした。が。

 ズキンッ!!

 エムの胸に痛みが走る。

「すみません、ちょっとトイレに……」

 そう言って、エムは駆けだした。

「ん? そんなに我慢していたのか?」

 エ・ディットはティンヴァに言った。

「そうらしいですね」

 その声にティンヴァは頷いた。

 

 

 さあぁぁぁと水の流れる音が響き渡る。

「ごほ、ごほっ!」

 その咳と共に吐き出されるのは。

 赤い、血。鮮血。

 とたんにその顔が青くなるのが分かる。

「はあ、はあ」

 やっと咳が止まったらしい。エムは少し安堵した。同時に先程出した水を止めて。

「血、ということは……」

 エンゲージが進んでいる。

 その言葉をエムは言うことが出来なかった。ただ、その言葉を飲み込むだけだった。

「そう、あなたに時間は残されていない」

 急に後ろから声を掛けられた。

「誰?」

 そこにいたのはあの、金の髪の女性。

「ルナっ?」

 エムは驚き声を上げた。

「あら、もう名前を覚えてくれたの? 嬉しいわ」

 そう言って笑顔で近づくルナ。

「ルナは偽名ですね? あなたは一体、誰なんですか?」

「あら、偽名じゃないわ。でも、本当の名前でもないことは当たり」

「どういうことです?」

「それよりも他のことを訊いて?」

 そう言って、ルナの白い指がエムの唇に触れた。

「訊きたいことが沢山、あるんじゃなくって?」

 それに頷くと、エムは尋ねたいことを頭の中で纏めながら話し始めた。

「私の……私の何を知っているのですか? 父を知っているのですか?」

「見える範囲……いえ、あなたのことは知っているわ。本当は男性で、そして、年をごまかしている」

「!」

「それにあなたのお父さんは、マッドサイエンティストで有名よね? あの薬、是非私にも作って貰いたいわ」

 そう言ってルナは微笑んだ。

「分かりました。私のことは全て知っているのですね?」

「そうなるわね」

 エムの言葉に頷くルナ。

「何故、私に力を貸そうと言うのですか? 私の何に力を貸そうと言うんですか? 目的は?」

 そう、弾丸のように次々と尋ねるエム。

「あなたが気に入ったからよ。あなたのような可愛い子、そう滅多にいないもの」

 そう言って、ルナはエムの頬に触れる。

「あなたの何に力を貸すのか。私はあのティンヴァというオートマータを邪魔してあげるわ。いえ、違うわね。あの子に良くない印象を与えるという感じかしら?」

 そう言って、また笑う。

「目的は、面白そうだから。それに私の目的とも繋がるの」

「え?」

「私はエ・ディットにティンヴァの悪印象を与える。その代わりにあなたにやってもらいたいことがあるの」

「やってもらいたいこと?」

「そう」

 ルナは頷くと、ぱちりと指を鳴らした。とたんに、何も触れていないのに、蛇口の口から水が吹き出る!

「何っ?」

 エムはがたりと後ろに下がった。

「大丈夫よ。あなたを襲ったりしないわ。ちょっとこの水の中を見て」

 吹き出る水はいつの間にか緩やかな流れになる。それと同時にゆっくりと水の中で、とある人物が浮かび上がった。

 銀の髪を短く揃えた、青年。耳に当たるところには、ティンヴァと同じ様なアンテナが付けられていた。

「オートマータ? もしかして、レンさんが探している?」

「あら、察しがいいじゃない。そう、名前はジオ。彼に取り付けられたAA(ダブルエー)システムを、取ってきて欲しいの」

「AAシステム?」

 何処かで聞いたような気がする単語。でも、今のエムには分からなかった。

「私の大切な人に必要なものよ。あなたは分からなくてもいいわ。とにかく、私達で言う心臓のある場所、そこにAAシステムは埋め込まれているの」

「でも、どうやって?」

「それにはティンヴァを使えばいいわ」

「えっ?」

「だから、エ・ディットの命令を無視させるのよ。そうしたら、悪印象を与えられるでしょう? 大丈夫、その辺はもう、やっておいたから」

「やっておいたって?」

 ふふふと意地悪そうに微笑むルナ。

「あの子、『心』が欲しいんですって。健気よね? そのために協力して貰うことになったから。あなたのこともきちんと伝えておくわね」

「あなたの……あなたの大切な人とは?」

 エムの言葉にルナは満足そうな笑みを浮かべた。

「私の新しい『娘』よ」

 と、ルナはそう言って時計に目をやった。

「あら、もう、こんな時間? ごめんなさい、そろそろ帰らないとあの人に怒られてしまうわ」

「ルナ?」

「ふふふ。安心して、また、会えるわ。すぐに」

 そう言い残し、彼女は……消えた。いつの間にか、あの水も止まっている。

「ルナ……。わからない人……」

 エムは呆然と立ちつくしていた。

 

 

 一方、マヤは昨日のハプニングにより、右腕を怪我していた。今は包帯で手当が成されている。それほど酷いものではないようだ。

「全く、こんなトコに呼び出しなんて、イギスは何を考えてるのかしら?」

 マヤは人気のない、立体駐車場に来ていた。もう、使われていないらしく、一台も車がない。いや、一台、そこにあった。

「あれって、私の車じゃない!」

 駆け寄り、ドアを開ける。それは難なく開いた。

「どういうこと?」

 乗り込んで、キーを確認する。きちんとそれは所定の位置に刺さっていた。

『ようこそ、マヤ』

 隣から、突然女性の声が響いた。

「アンタ、誰っ! 分かった、イギスの人ね? 私を呼びだした……」

『私はイギスの者ではない』

「じゃあ、誰なのっ!」

『でも、君を呼んだのは私だ。イギスの名を語ってね』

「はい?」

『私はKOUMEI』

 そう言って微笑んでいるのは、アメジストの髪と瞳を持つ女性。そして、黒いチャイナ服を身に纏っている。唇のルージュが燃えるように赤い。

「で、そのKOUMEIさんが、私に何か用かしら?」

 マヤは強気でそう言った。

『君のことは調べさせて貰ったよ。何故、この調査団に入ったかをね』

 冷笑を浮かべ、KOUMEIは続ける。

『イギスの調査員だったとはね。道理で無能なのに、ここにいるのかよく分かったよ。いくらで入ったのかな?』

「な、何でっ? 何で知ってるっ?」

 マヤの声は男のものとなる。

『それくらい、簡単なことだよ。ただ、その調べる時間が今まで無かっただけのこと』

「?」

 そう言ってKOUMEIは笑っていたが、急にその顔が苦痛に歪む。

『くっ、思ったよりも早いな……。まあいい。早く終わらせよう』

「何? 何なの?」

『昨日のことをまた繰り返させたくないんでね。君には……』

「??」

『消えて貰うよ』

 突き刺すような、震え上がるような視線。

「き、消えるって、どういうこと?」

『死ぬって事だ』

「い、いやあああああああああああ!」

 がちゃがちゃ閉じられたドアを必死に開けようとするが、出来ない。

『カウントダウン、10秒前』

「お願い、助けて。助けてよ……。何でもするから……」

 必死にKOUMEIを掴もうとするが、掴めない。立体映像のようだ。KOUMEIは淡々と告げる。

『5秒前』

「お願いいいいいいいっ!」

『0(ゼロ)』

 無人の駐車場で、閃光が煌めいた。

 その空で、KOUMEIは浮かんでいた。

『ビジネス、終了(オーバー)

 そして、KOUMEIを映し出す球体の機械は、何処かに飛んでいった。

 

 

 遠くでエ・ディットの声が響いた。

「よっしゃあっ! 10個目っ!」

 ここはゲームセンター。エムがいない間、エ・ディットはUFOキャッチャーに夢中だった。

「凄いです! エ・ディット様」

 獲得したのは5個のぬいぐるみ、一つのコーヒーカップのセット、二つのスリッパ。二つのポスター。合計10個の景品を手に入れていた。その全ては、ティンヴァが持っている。どうやら、エ・ディットの真の目的はこのことだったのだろう。

「いやあ、大量、大量」

 エ・ディットはご満悦のようだ。ティンヴァに渡した景品を受け取り、自分が持っていた。

「ねえ、レン。あれ、やっぱ自分の部屋に飾るのかな?」

「……」

 あきれているのか? 政彦の台詞にレンは無言だ。

「あきれるのも分かるけど……レン?」

 ふと、隣に座っているレンを見る政彦。その顔は青ざめているように見える。

「レンっ!!」

「……あ、すまない。ちょっと疲れてね……」

 そう、苦笑するレン。

「大丈夫なんですか? 休んだ方がいいんじゃないですか?」

「いや、まだ仕事が残っているからね」

「無理はいけないですよ」

「そうもいかない」

 もう一度苦笑して、レンはsuzakuの電源を落とした。

「さて、そろそろキャンプに戻ろうか」

 その足取りは思ったよりもしっかりしている。政彦はいらぬことをしたかと思い、その後に続いた。

 エムとジュラも合流し、彼等は外に止まっていたバスに乗り込んだ。

 

 

 キャンプに戻った彼等を待っていたのは、1機のヘリコプター。しかもいつものものではなく、軍用のだ。

「何だあれ?」

 それにいち早く気付いたのはエ・ディット。もう、あの景品はティンヴァに頼んで、部屋に運ばせていた。ジュラの側にいたヨージはもう、帰っていた。

「さあ? なんだろう?」

 政彦は首を傾げた。

 と、そのヘリから降りてくる人物が2人。

「お疲れさまです。ミスター、ヴィ・ジョン。クリスタ女史」

 レンはその2人を歓迎する。レンの他にも各班のリーダーが何人が来ていた。

「ありがとう、諸君。調査の様子はいかがかな?」

 ミスター、ヴィ・ジョン。淡い金髪で体格のいい中年男性。それが、ヴィ・ジョンその人だった。

「あら、ガーデンとプロトルードのリーダーがいないようね? どうかしたのかしら?」

 クリスタ女史。それは金髪の青い瞳の女性。

「ルナ?」

 エムは呟いた。エムに向かってクリスタは微笑む。エムの呟きは聞こえなかったらしい、レンはクリスタの質問に答えた。

「2人は仕事が多忙のため、ここに来られないそうです」

「そうなの」

「ここの調査員は忙しいのだよ、クリスタ」

 そう言って笑みを浮かべるヴィ・ジョン。

「何で、親父がここにいるっ!」

 エ・ディットが前に出てきた。

「おや、そこにいたのか? エディ」

 それをさも楽しそうに見つめるヴィ・ジョン。

「俺の質問に答えろっ!」

「調査団の様子見だよ。たまには見ておかなくてはならない」

「そうじゃなくってっ! 何でタダの三流の車メーカーの会長がここに来てるんだってことだっ!」

「ああ、お前に言っていなかったか。それは嘘だ」

「嘘、だと?」

「本当は、世界政府アカーシャの総帥だ。不精の我が息子よ」

 その言葉に。

『えええええええっ!』

 後ろの3人は驚愕した。

 

 

「驚いたぁ。まさかあのエ・ディットがアカーシャの総帥の息子だったとはね」

 ジュラはまだ興奮していた。ここは、レンの部屋。レンは今、エ・ディットと共にヴィ・ジョン達と話をしているらしい、ここにはいない。

「いやはや、おれも驚いたよ」

 サングラスのまま、政彦も同意する。

「ルナは……クリスタ?」

 呟くようにエムは言った。

「何か言ったかい? エム」

 政彦が尋ねた。

「いいえ、何も……。ただ考えごとをしていただけです」

「ならいいけど」

 と、その時、扉が開いた。

「おや? レンはいないのか?」

 航一郎だ。

「出かけてるわよ。それよりも、大ニュース! あのね、エ・ディットって、アカーシャの総帥の息子なんだって!」

「ああ、なるほどな。だから聞いたことがあるのか」

 ジュラの言葉に頷く航一郎。

「へ? 先生、知っていたの?」

「エ・ディットを診察したとき、聞いたことのある名と顔だと思った」

「それだけ?」

「ああ」

 面白くないという顔でジュラは眉をひそめた。

「なんだ、つまんないの」

 そう、ジュラが呟いた時だった。

 がたんっ!

 また、扉が開かれる。そこにいたのは……。

「マサキっ?」

 車椅子のマサキだ。

「駄目じゃないか、マサキっ!」

 わたわたと慌てて航一郎がマサキに駆け寄る。

「おじさん、これ! お父さんのメールが届いたんだ!」

「何だって?」

 そう言って見せたのは以下のメール。

 

 

 あなたに警告を 暗闇の場所で

 冷たい池の畔を見よ

 一つのビーズは始まりを表し

 その道は日の沈む方向に

 落ちる缶に身を任せ

 次 右を向いて進めば

 その月夜は語る

 道標だと


46  ケイン

 

 

「『警備班を呼べ』って」

 マサキは言った。

「そんなこと、ここにはないですよ?」

 政彦が言う。

「マサキ、どうやってそれを読んだ?」

 優しく、航一郎が尋ねた。

「ここ、名前の上に数字があるでしょ? これがヒント」

 周りにいた者は、それに注目する。

「いつもお父さんと暗号ごっこしてたんだ。名前の上に46とあるでしょ? 5が抜けているよね? これはね5行目を横に読むんだ。あ、後ろから3行目の間は入れないで。それ、フェイントだから」

 マサキは暗号の解き方を教えた。

「なるほど。ケイビハンヲヨベ。警備班を呼んでくれってことですね?」

 エムはマサキの言葉通りに読んで見せた。

「でも、何だか変なんだよね」

 マサキは続ける。

「いつもなら、もっとへんてこな意味不明な文章でやるんだけど、今回は、なんだか詩みたいだから」

「どういうことだ?」

「もっと他のことも知らせようとしているんだと思う」

 航一郎の言葉にマサキは答えた。

「なによそれ。謎だらけってこと?」

 ジュラは不服そうに言う。

「もしかして」

 サングラスの政彦が声を上げた。

「警備班をどこに連れていけばいいかを示していたりして」

『それだっ!』

 マサキと航一郎は息ぴったりに叫んだ。

「警備班と言えば、第六セクションのガーディアンズだな?」

 航一郎は確かめるように言った。

「後は、これを解読して、その場所に連れていけばいいのね?」

 ジュラの目は何やら企んでいるようだ。

 果たして、彼等の行く先には、何があるのだろうか?

 

 

「エム、私の申し出、忘れてはいないわよね?」

 ルナはそっと微笑んだ。

 

 

 ●次回GP

銀映K1 警備班と共に

銀映K2 メールを解読

銀映K3 ダイバーと対決(政彦専用)

銀映K4 ルナの言う通りにする(エム専用)

銀映K5 あなたのことが気になるの

銀映K6 これが気になるっ!

銀映K7 そして、星になる

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