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第三話 基礎と一緒に不運を積み重ねた者ほど、底知れぬ厚みを帯びている

 



 朝。こっちに来てから何日目だろうか。

 もう「知らない天井だ」は使えないくらいにはここの朝を迎えている。夢オチでしたなんて希望的観測は、悠磨の中からとっくに消えていた。




 いつも通り起き、いつも通り日課をこなす。

 その後外へ出て、向かったのはいつもの公園、ではない。

 公園の少し先にある山。

 裏山、と言えば聞こえのいい、子どもであればワクワクするような響きだが、その実態は荒れに荒れまくった無法地帯だ。


 とはいっても、ホームレスが住んでいるとかではなく、雑草と枯れ果てた草や葉が散らかり、幹が腐った倒木が道を塞いでいる。虫もうじゃうじゃいる。

 もっとひどいのはゴミの不法投棄だ。

 錆びた自転車、パック式だがパックのない掃除機、ボタンの外れたラジオ。さらには色の褪せまくった冷蔵庫や洗濯機、中の配線がむき出しになったブラウン管のテレビ。大きな家電も様々だ。



「ひっでぇなこりゃ」


 こういうのはどこの世界でも一緒なのか、と呆れてしまう。



「直せば使えそうなモンばっかりだろ。金無ぇし、もったいねぇからもらっとくか」


 そう呟くと、一応周囲に人がいないか警戒しつつ、ゴミの山を漁っていく。


 今は全部持ち帰れないうえ、置き場所もないため、直せばそのまま使えそうなものとそうでないものに分類した。

 ダメなやつは中をこじ開けてねじやギアに導線、電子部品など使える部品だけ外して回収。

 それらを袋に詰めていきながら、ポツリと悠磨は呟いた。



「パソコン無ぇかなパソコン。ノーパソじゃなくていいから出てきてくんねぇかなぁ」


 悠磨が一番欲しているのはパソコンらしい。

 スマホで十分ではないのか、と思うかもしれないが、そういうことではない。

 いろいろ目的はあるのだが、その一つはスマホの予備だ。


 例えば電池が切れた時。例えば失くした時。例えば壊れてしまった時。不運な彼は、必要な時に限ってこういうことが起こる。



「うん、出てこねぇ。ここじゃ貴重なのかもなきっと」


 早々にパソコンは諦めた。

 最悪電卓でいいからとも思っていたが、やはり出てこなかった。




 ※  ※  ※




 悠磨は納得するまでゴミ漁り――彼視点だと宝漁り――を終えると、それらを持ったまま山を登り、木や草をかぎ分けて奥へと進んでいく。


 途中で足を払って木の葉を寄せたりしつつ、木の枝や石を拾い集める。



「お、いい感じのとこだな」


 やがで開けた場所へ出た。さっきまでの急斜面ではなく、比較的平坦な所で、木と木の間隔が少し大きいおかげで日差しが差し込んでくる。



「んじゃ、魔法の実験始めっか!」


 今の悠磨はウキウキ顔だ。収穫もあり、魔法の実験も不安よりワクワクの方が大きいから。



 あんな事件があった後なのに、いやあったからこそ即座に切り替え、行動しているのかもしれない。無駄にズルズル引きずったりしないのだ。言い換えると冷たい奴、冷酷だと捉えられなくもないが。



 準備は万端。とはいっても用意したのは拾い集めた木の枝や小石などだ。まあ、心の準備はしっかりしたに違いない。


 悠磨が今やろうとしているのは、単純に物体を押して飛ばす魔法だ。名称は「スプリング」と決めてある。ちなみに、「『弾』〇(バ〇ンド)」と「グラ〇ホッパー」のどちらにしようか本気で悩んでいたとかいなかったとか。



 手順は簡単。魔法を発動し、魔法陣に石をあてて飛ばす。以上。

 これは魔法陣そのものを『発射台』と捉え、魔法陣に触れた物体に、イメージした方向と力を加える。



「銃弾は無ぇし、炎は飛ばせねぇし、かめ〇め波は使えねぇし。仕方ねぇけど、どシンプルにやるっきゃねぇな」



 着想を得たのは、銃弾から。魔法では遠距離攻撃できない。かと言って銃弾は簡単には手に入らない。

 作るのも、いまの手持ちではほぼ無理。

 だからその辺の石ころを吹っ飛ばして攻撃する発射台を魔法で作る。



 火や水とは違い、これは魔法っぽさがない。これはファンタジー的な魔法とは言い難いかもしれない。

 そのためか魔法としてイメージするのは難しい。言い方を変えてしまえば、これは決まったベクトルに力を与えてるだけ。

 だが悠磨は、同時に地球の物理法則が成り立つかも検証している。普通の、物理的なものとして使えるなら、十分頼る(・・)に値するから。



 早速頭の中で力を与える平面円盤の魔法陣を描き、唱える。


「スプリング!」


 すると悠磨の目の高さほどの位置に、上向きに現れる魔法陣。すぐさま集めた石っころを一つ投げ入れる。


 けれど、50センチほどしか飛ばなかった。もしくは浮いた、という表現の方が正しいのかもしれない。おまけに一度飛ばすとフッと魔法陣が消えてしまった。



(つーか、これどういう理論で飛ぶんだ? F=maでいいのか? もしくは運動量? じゃあ与えるのは加速度か速度か……)


 どうしてこうなったのか、どうすれば解決できるか考察する悠磨。しかし、



「速度や加速度を与えるってどういうことだよ!? どうイメージすりゃいいんだよ! 秒速何メートルをジャストイメージとか無理あり過ぎだろ!」 


 まったくもってその通りだ。

 ここはゲームさながら、数値通りに働くプログラムの世界ではない。イメージした数値がそのまま誤差ゼロで反映されるわけないのだ。



(じゃあやっぱ力与える方がやりやすいな。つっても、何Nって設定出来ねぇけど)


 コンピューターの設計やシミュレーションソフトのように、荷重の値を決めてどれくらい動いたり跳んだりするかなんてわかるわけない。ましてや魔法というものを、現代科学で法則の証明できるかさえ怪しいのだ。



「パターン変えまくったりして、試しまくるしかねぇな」



 今度は、手で押すイメージで発動。

 すると魔法陣ごと前へ進んでしまった。


 次は魔法陣を動かさないようにイメージし、石を当てる。

 結果は、魔法陣は空中で動かなかったものの、飛ばす機能も消え、ただの円盤と化してしまっていた。



 どうしてこうなるのか。理屈理論的な問題か、もしくはイメージ力といった感覚的な問題か。今の彼に知ることはできない。


 そこで、封印されし悪魔の脳(マンガ脳モード)を今こそと解き放った。端的に言うと中二病モードだ。ひどい言い草だ。



「名前被ってるけど、まあいっか」


 何を考えてそう言ったのかは分からないが、どうやらその思い出したマンガの、ある技のイメージを掘り起こしたようで、



「バウン……ヤベッ、マチガエタ」


 何を間違えたのかは分からないが、気を取り直してもう一度。



「スプリング!」


 上向きの魔法陣が出る。石をポイッと投げて、触れた瞬間。

 ビュ――――ンと、見えなくなるくらいものすごく高く飛んでいった。



「わーたかいたかーい……」


 呆然と空を見上げながら、悠磨は棒読みで言っていた。


 今までは、魔法陣から何かしらの魔法を飛ばして――というイメージが無意識にあった。力を加える、速度や加速度を与える、と考えていたからだ。

 しかし今回のは、魔法陣そのものに触れて跳ぶ、というイメージをした。そしたら結果はこれだ。



「次の課題は力加減だな、うん。つーことは、技のイメージをしつつ計算、か。いやどーやって計算するんだってばよ」



 厳密な違いが分からない。けれども、



「アレだな。こりゃひたすら繰り返して、慣れていくしかねぇな」


 この魔法、いやこの技を使えるようにする方法はある。感覚を掴む、身体で覚えるということだ。

 理論をきちっと把握したい気持ちも彼にはあるが、実験を繰り返し、失敗を積み重ねて気づくことだってあるかもしれない。


 だがやはり、ちゃんと飛ばすことは成功したわけで、



(でもなんか、ちょっとワクワクしてきたぞ……!)


 と気分が高まってきた次の瞬間――――



あぶっ!?」


 何かがものすごいスピードで落ちてくる気配を察知し、反射的に後ろへ下がったと同時。

 先程飛ばした石が勢いよく落ちてきたのだ。目の前スレスレを。


 地面に落ちた石の減り込み具合は、もし直撃したら脳天ぶち抜いてたな――と想像させられるほどで、悠磨の額から冷や汗がぶわっと噴き出てくる。



「……今いい気分だったのにもうなんなんだァァァ! 俺は運が悪いなあ!」


 いや今回は自分のせいだろと、不運のせいじゃないだろと自分に言い聞かせるが、気持ちを切り替えて実験再開するには少し時間がかかったのだった。




 ※  ※  ※



 そんなこんなで、実験開始から三時間。時間を忘れるほどに没頭していたらしく、



「げ。もう昼過ぎ取るやん。ま、いっか」


 実はこの後もやるべきことがあるのだが、実験に夢中で気にしてない様子だ。 



 腕時計から視線を外し、再び唱えて発動しては石当てを繰り返す。


 上だけでなく、横や斜めにも向きを変えてとにかく試行錯誤。それでも概ねイメージ通りの威力で発射できるようになっていた。



「おし、良い感じになってきたぜ」


 横から見ると一枚の円盤。だが実は二重構造なのだ。


 下の小さな円盤で人や物に触れると同時に、瞬間的に超大きな加速度を与える。

 力と運動量、さらに運動エネルギーを同時に考えるようだ。


 計算は複雑そうだが、悠磨の頭の中ではかなり簡略化してある。彼曰く、高校物理程度らしい。

 要はその程度の簡単なものにして、使いやすさと応用や派生しやすい形に持っていったのだ。


 一個につき発動は一回きり。けれど十分。逆にその方が、余計に触れたり敵に利用されるリスクが減るというメリットがある。



 とにかく、一番成功と言える形がこれだった。

 この技『スプリング』をもっと根本から変えてみようと考え、魔法を魔法としてイメージしないという結論に至ったらしい。

 じゃあ魔法陣は何なんだと訊けば、ただの踏み台なんだと。




 だが実験はここで終わりではない。むしろこれからが本番だ。「さて」と気を引き締めて悠磨は次のステップに移る。


 足首を入念にストレッチして柔らかくし、先程までと同じ手順で、横向きに発動する。




 そして飛ばすのは、石でも木の枝でもない。

 次は人体実験、つまり人を飛ばせるかどうかだ。


 早速、胸ほどの高さに設定した魔法陣、もとい踏み台へ両足ジャンプで勢いよく蹴り――――




「おわぁぁ!?」



 ちょこっとだけ前に飛び、そのまま地面へ落っこちた。

 どうやら魔法陣を空中に固定できず、踏んだ瞬間に反作用で吹っ飛んでいったのだ。



「え、何で!?」


 自分の中では、成功したパターンと同じようにやった、つもりだった。



(いや、無意識に抑えるようイメージしちゃってたとかか?)


 もしかしたら頭のどこかで微かに、制御不能のスピードで吹っ飛ばされてどっかに衝突してしまう、なんてことを想像してしまっていたのかもしれない。

 不運な彼だ。ネガティブ思考なんていつものこと。最悪から逆算して行動を決定することが多いためだろう。もはや癖と言ってもいいくらいに。



(だったら少し趣向を変えてみるか)


「スプリング!」


 今回は膝くらいの位置で発動した。そして腰を落とし、右脚を地に付けたまま左脚を上げ、魔法陣を踏む。

 そう、真っ直ぐ一直線に飛ぶのではなく、回転トルクを上げるつもりで試しているのだ。



 グルン――――と勢いよく一回転。だが勢いを抑えきれず、右に若干浮きながら地面にぶつかった。


 その次はスケート選手さながらの見事なスピンを披露し、軸足の右足が疲労した。


 その後も、何度も何度も回転で試す。そしてしばらくした後――――








「うぷ……気持ち悪ぃ…………」



 つい集中してやり過ぎたのだろう。

 脳と内臓は散々ぐるんぐるん揺さぶられ、眩暈めまいと吐き気を起こしていた。

 


「うっ……ホント、俺は運が悪いなうっぷ……」




 ※  ※  ※




 やがて日はてっぺんからさらに傾き、時刻が正午を過ぎる頃。

 キリのいいところで魔法実験を終えた悠磨は、急ぎ足で山を下り、昼飯を取り終えた後に公園でみずなと合流した。


 今回の修行は先程の山だ。

 そこへと向かう途中、悠磨は歩きながらみずなへ話しかける、



「さて、そろそろ本格的に修行始めるか」

「え、あれで?」


 今までのは違うのか、と言いたげな表情を浮かべるみずな。

 すると悠磨は少し呆れたような口調で話す。



「あんなの付け焼き刃にすぎねぇよ。みずなに合わせて一週間で使えるモン身につけるだけの」

「そうなんだ……」


 ふむふむ、と頷くみずな。



「まずは基礎からだ。体力鍛えるために何をすればいいと思う?」

「……マラソンとか?」

「まあ、普通はそう考えるよな。サッカーとかバスケとか、スポーツだったらそれでいいかもしんねぇが」


 段々とでこぼこした道に変わっていく。それでも二人はペースを変えずに山の中を奥へと進んでいく。



(その眼は非常に良い持ち味だ。上手い人を見て真似るっつーのは、どんな分野でも効率の良い成長ができる。けどそれに頼ってばかりじゃダメなんだ。俺の二の舞(・・・・・)になっちまう)


 そこで、より強くなるため、さらにその先。自分で考える力を身につけるべし。

 そうした目的も含めた、悠磨自身の強化とみずなの成長のために考案した長期プラン型トレーニングメニュー、記念すべき一回目は――




「さて、まずはこれかな」


 たどり着いたのは、ある程度の傾きがある斜面に、枯れ葉と雑草で土が覆われ、ゴツい木が並んだ場所だ。


 すると悠磨は二十メートルほど先の木に、持っていた包帯を巻く。

 何に使うのか、とみずなは疑問を顔に浮かべていると、彼女のいる位置へ戻った悠磨が口を開く。



「そんじゃそっから印代わりの包帯まで往復ダッシュな」

「…………?」


 意図をちゃんと理解してない様子だったので、軽く悠磨は説明した。



「まず基礎的な運動能力とか見てぇから。あと時間も計る」

「あ、うん」


 一応の納得はしてくれたようだ。

 悠磨は足で、土を掘るように線を引く。



「そんじゃ始め」

「え、え……?」


 悠磨が口を開いたと思えば、いきなりスタート。みずなは焦った様子のまま走り出す。



 坂道をダッシュし、指定した木にタッチし、再びダッシュ。

 傾きもある上に、下は枯れ葉が溜まっていて滑りやすくなっているようで、みずなは苦戦していた。



「はいゴール。21秒か」


 最後に駆け下りた時は余計な障害物が無く、猛スピードを出した。そのせいで、



「おっとっとと!」


 急に止まれず、結構下まで滑っていった。

 やがて勢いは止まり、そこから歩いてスタートラインまで戻ってくる。肩を上下させているみずなは、息が整うと不満気に呟いた。



「うぅ、いきなりスタートしないでよ……」

「世の中甘くねぇぞ。何でもかんでもみんな揃ってよーいドンじゃねぇ」

「そ、そうだよね……」


 とはいえ、不意打ちでこれは意地が悪い。

 誰だって文句を言いたくなるのは自明の理だ。



「まぁいい。次は俺がやる。これで計ってくれ」


 言うと悠磨は腕時計を外し、みずなへ手渡した。



「えっと、よいスタート!」


 みずなも仕返しと言わんばかりに、早口で開始させた。

 しかしこれを読んでいたのだろう、悠磨は冷静に地面を蹴り、木を蹴って枝に足を着けた。



 瞬間、勢いよく蹴って次の木へ。そしてら今度は手で掴んでさらに次の木へ。


 まるで猿かのように器用に木を伝って往復し、いやそれ以上に鮮やかな動きだった。

 あっという間にゴール。



「え、うそ…………。8秒……」

「げ。思ったよりっせぇ」


 みずなは目を見開いて驚くが、悠磨は納得してない様子だ。



「ていうか、今のってアリなの!?」

「別に、往復しろとは言ったが走っていけ、なんて言った覚えはねぇぞ」

「えぇ~。そんなのずるいよ……」

「おまえが真面目過ぎるだけだ。もうちょいずる賢く、言葉の裏を読むっつーの? そんな感じの事をしてほしい。ま、いきなり行動に移すのは無理だと思うから、せめて考えるくらいはしてくれ」



 こんなのはまだ序の口だ、という台詞は心の中に留めておいた。



「それにしてもユーくんって、忍者みたい」

「忍者、か…………」

「……?」


 何か含みのある言い方に、みずなも首を傾げる。

 するとすぐに、悠磨は次の指示を出す。



「じゃ、これをあと三本」

「え、うん……」


 話題を逸らされたのではないか、とみずなは少し感じたが、このことは一旦頭の片隅にしまって切り替える。

 そこでふと何かに気づいたように、みずなが訊いた。



「ねぇ、さっきのユーくんみたいに木の上ぴょんぴょんしていいの?」


(ピョンピョンて……)


 言い方が少しアレだなと心の中で悠磨は思いつつ、



「まあ、出来るんだったらやってもいいぞ」

「よし……!」

「はいスタート」

「ってまた!?」


 気の抜けた口調で、不意打ちの掛け声が放たれた。


 けれど二度も同じ失敗はしない。みずなは一瞬驚くも身体はほとんど硬直せずに走り出し、悠磨と同じように木を蹴った。だが――――





「ほべッ……!」


 ジャンプ力が全然足りず、顔から地面に落ちてしまった。

 幸い、というよりこういった事態を予測して悠磨はこの場所を選んだが、下は落ち葉たっぷりふかふか。おまけに午前の魔法実験で石や小枝を拾い集めまくっていた場所なので、ゲガする要素がかなり排除されているのだ。


 まあ、湿ってぬかるみがあるのはどうしようもないのだが。



「うぅ、泥だらけ……」

「おい、時間(はか)ってんぞ」

「あ、しまった!」


 すぐに身体を起こし、走りだした。

 みずなの顔や髪、ジャージなどあちこちに泥がついているが、これは修行。汚れる程度の甘えを悠磨が許すはずない。


 もう一度木を蹴って跳ぶも失敗し、折り返し地点の手前で滑って、結構下まで落ちていってしまう。

 なんとか態勢を立て直し、無理と判断したのだろう、今度は走って往復した。



「はい、32秒。さっきより遅い」

「ハァ……ハッ……し、失敗しちゃ――」

「はい次スタート」

「また!?」


 休憩ほぼなしだった。態度が完全に鬼コーチと化してる。


 それでもみずなは気力を振り絞り、全力ダッシュ。

 感覚は少し掴んだようで、無駄な動きが若干減るも、体力の消耗が激しいらしく、



「23秒」

「……ハァ、ハッ…………」


 タイムは最初より落ちていて、彼女の呼吸がかなり荒れていた。

 最初だし、仕方ないか――と思った悠磨はみずなへ近寄り、言い放つ。



「んじゃ少し休憩。その間俺がやる。三往復してくるから、そのタイム計ってくれ」

「ハァ……う、うん……」


 膝に手を付けていたみずなは呼吸を整えながら、手渡された腕時計を受け取り、



「……スタト!」


 仕返しと言わんばかりの不意打ちに、まだ息が整ってないのも相まって、雑過ぎる言い方になっていた。

 けれども悠磨は一切慌てる様子無く、木を蹴って颯爽と跳び渡る。


 一往復目は 最初と同じく木の上だけ。


 二往復目は往復地点の木にタッチすると、地面に落ちて回転受け身を取る。

 ミスしてしまったのか、とみずなが一瞬思うも、違った。 

 なんと回転の勢いをのせたまま地面をスライディングで滑っていき、ゴールを過ぎた木の手前でジャンプ。そして木を蹴ってバク宙返りからのきれいな着地だ。


 三往復目はスライディングで滑った跡を低姿勢で勢いよく駆け上っていく。すると帰りは再び木に足を着けて跳び上がり、手で木の枝を掴むと、まるで猿かのように遠心力を利用して足を着けずに木を伝っていった。

 最後は体操選手の如く上に身体を放って回転、からの木の枝に着地。ただし着地は、普通に膝を曲げて勢いを殺してだが。



 みずなが驚き固まり、口を小さくポカンと開けていた。



「んで、何秒だ?」


 涼しい顔で戻って来た悠磨がそう訊くと



「えと……19秒」 

「あれ? ちゃんと計ってたんだ。固まってるからてっきり俺は、計り忘れたって言うんじゃねぇかと」

「…………」


 もう何と反応すればいいか分からず、黙り込んでしまうみずな。



「こんだけやり方はあるぞ。それにただ俺のマネすりゃいいってモンじゃねぇ。おまえはまず、おまえが出来る範囲でやれ。ムズイこといきなりやったらケガするから」

「え、うん……」

「まあとにかく、言いたいことは色々あるんだが……ひっくるめりゃ、基礎は超大事」



 呼吸を整え、立ち上がったみずなに真っすぐ向きながら、悠磨は語る。


「さっき俺がやった動きも、実は全部基礎的なものの組み合わせ。だから高度でかっこいいモン見て、下手な猿真似したら大体痛い目見るんだよ。俺もそうだったし」


 うんうんと頷くみずな。ついさっき身をもって知った事だから理解しているようだ。



「勉強とかスポーツだってそうだ。多分どっかの先生とか親とかにも言われただろうし、つーかこれからも言われるだろうな。でも出来る奴ほど基礎を重んじる。おろそかにはすんなよ」


 勉強やスポーツに限った話ではない。というか、ほぼ全ての物事に言えることではないのか。

 そんな風に考えつつ、ちゃんと伝わったのかとみずなを見てみると、彼女は口を開き、



「ユーくんって、おじいちゃんみたい」

「……確かに。言われてみりゃ、なんかじじ臭ぇな」

「いや、わたしのおじいちゃんも言ってたし……」


(こいつ、おじいちゃんっ子?)


 わりとどうでもよさげな疑問がつい頭に浮かんでしまった。

 話も思考も逸れてしまったので、ゴホンと軽く咳ばらいをし、落ち着いた口調で語る。



「繰り返すが、基礎は大事だ。これからはまず、どんな動きなどに応用できる基礎を死ぬほどやる。基礎体力は特にな」



 悠磨自身も日頃から意識している事だ。例えば日課の筋トレとか。

 そして偉そうに言った以上、ブーメランにならないよう自分も気を付けなければと気を引き締め、ふと頭に浮かぶ。



(あんな偉そうな事言っといてアレだが、魔法の基礎トレって何すりゃあいいんだ?)


 早速のブーメランだった。



(あとハンターの基礎って、何だろうな……)


 からのブーメラン、二発目。



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