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第一話 不吉の象徴は、不運のいつ来たるかを教えない

 

 

 曇天の中、悠磨はある施設へと入っていく。

 とっくに許可はもらっていたため、ちょっとしたサイン程度を済ませると、すぐに中に入れた。


 ここは罪人を集める収容所。

 錆びた鉄格子の向こう側にいるのは、試験官を装っていたあのスパイだ。

 腕には悠磨が応急処置に使った包帯や木の板は無く、代わりにちゃんとしたギプスで固定されていた。



「何の用だ」

「聞きたいことがある」


 あしらうように放ったスパイの男に対し、とても落ち着いた悠磨の声。



「貴様に話すことなど何もない!」


 狭い空間の中、何度も反響するほど、スパイの男は強く反抗した。

 すると悠磨は穏やかな視線を向けながら、ゆっくりと口を開く。



「すまなかったな。腕へし折っちまって」

「…………!」


 放ったセリフは、謝罪だった。さすがのスパイも呆気に取られ、返答に迷いがあった。



「あ、謝っても、貴様に話すことなど何も――」

「おまえの仲間は生きてるよ」

「…………」


 禍々しさが無い。それどころか覇気すら感じない冷静な口調だ。まるで、全部が演技だったかのように。

 そう疑問に感じたその男は、気になって訊かずにはいられなかった。



「一つ訊きたい。なぜあんな喋り方をしてたんだ」

「俺に怒りの矛先を向けてもらうため」

「その意味が解らん」

「戦ってる時だけは、何の迷いも無かったろ?」

「……」


 何故、と問いたげな顔を浮かべていた。

 悠磨も表情から感じ取り、普段通りの口調で、落ち着いて話す。



「おまえから見りゃ、敵討ちっつー大義名分ができた。俺と戦ってる時だけは、罪悪感は消えてたろ?」

「……それはそうだが、ならなおさら意味不明だ!」


 当然そう思うはずだ。悠磨にとってのメリットが、一切明かされてないのだから。



「理由はいろいろあるが……ひっくるめりゃ、その方が都合がよかったってことだ。細けぇ事は俺の質問に答えたら教える」


 明言は避け、訊問を円滑に進めるためにそう言った。



「さて、次はそっちの話を聞かせてくれ」

「それでも、言うつもりは―――」

「大方、家族でも人質に取られて無理矢理やらされてんだろ?」

「…………!」


 その台詞に驚きながらも、返す言葉が何も出なかった。



 確証も証拠も何もない。なんとなく、直感で、そういった感覚任せのセリフだ。

 けれど核心を衝いたようだ。



「図星か。戦えるっつーこと以外、おまえを使う理由が見つかんなかったからな」


 褒め言葉なのかわからないが、驚きを隠せなかったスパイの男。



「計画通りに動き、計画通りに演じていても、どんな不運イレギュラーが起きんのか、そん時になんなきゃ分かんねぇだろ? 例えば俺とか」


 あのドラゴンが出現することは予定内。だから動揺している“ふり”を動揺することなく演じていた。

 けれど悠磨が打ち倒し、おまけに刃を向けられ、問い詰められ、何もできなくなった。



「そんで、そういう時のアドリブがなってなかったな。用意してた言い訳は不十分だったし。どうせあのドラゴンは誰にも倒せねぇとか思ってたんだろ?」



 確かに、伝説呼ばわりされてただけあって、並大抵の攻撃じゃ倒せない。再生だってするのだから。

 しかし無限ではない。無敵ではない。隙だってあった。

 それを先入観に囚われて見ようともしなければ、そりゃ気づけるはずない。

 だって飼いならしてんだろ? 手中に収めたんだろ? だったら一回弱らせるなりして捕まえる事に成功(・・・・・・・・)したんだろ――と。俺が絶対に倒せない保証なんてどこにもねぇだろ――と。

 悠磨はその台詞を心の中に押し留め、言葉を続けていく。

 


「俺が予想外の行動しまくったせいで、おまえは何をすべきかずっと見失ってた。そうだろ? 戦う時以外行動がちぐはぐだったぞ」


 戦闘中は、迷うことなく悠磨へと攻撃を繰り出していた。

 相当の手練れで、戦う事“だけ”に関しては熟練者だ。



「それに人質取った時。女子が一人、抑えに突っかかった時だ。おまえほどの腕があればそんな至近距離すぐに当てて殺せたはずだ。なのに明らかに振る速度が遅かった」

「いや、あれは腕を痛めて――」

「殺すのを躊躇っただけだろ。違うか?」

「…………」


 再び無言。図星だったのだろう。

 何も言い返せないままでいるスパイの男へ、立て続けに悠磨は言い放つ。



「そんでおまえ、人質とった時、自分に対しての嫌悪感がめちゃくちゃ出てたぜ。顔に」

「そんなはずは……」

「俺以外にも一人、気づいてたぞ。そいつが誰だか……まあ、言わなくても分かるか」

「…………」


 コイツもコイツで演じていたのだ。ただただ自分の意思を殺すために。

 機械のように、ただ仕事をこなすだけのつもりでいたのだ。



「ホントはこんな事したくない、けどどうしようもなかった、って顔してたぜ?」

「……全部、掌の上だったんだな」


 見事に言い当てられたからなのか、スパイは諦め口調で呟いた。



「そうでもねぇさ」


 対して悠磨は肩をすくめながら、フッと笑った。


 少しばかりの沈黙が流れた後、悠磨は「それと」と前置きし、言葉を続けていく。

 


「何で、人質を取るような真似したんだ。それさえしなきゃ、憎悪や畏怖の念は全部俺に集まってくれる(・・・・・・・)のにな」

「……!? い、意味が分からん。何故、そんな事を……、貴様、私を庇ったつもりか!」


 驚き慌てるスパイに対し、悠磨はとても落ち着き払った様子で答える。



「庇う理由は、特に無いが?」

「なら、何故……?」


 答えるつもりは無かった。

 なのに悠磨の口は開いていく。いや、開いてしまった。



「それが、俺の信念、いや流儀、生き様……何だろうな。……まあそんなとこだ」


 思わず漏らした本音らしき言葉に、スパイも悠磨自身も驚く。

 最後の方は曖昧に濁したけれども。


 後から自分に、少し本心を漏らせば情報を出してくれる、と言い訳していた。

 だが、それらは全部、後付けの理由でしかない。



 切り替えるためにふう、と一呼吸置き、



「さて、次の質問だ」


 続けて何か言おうと口は開くも、声が出せなかった。躊躇うような素振りを見せると、スパイの男は怪訝そうにこちらを眺める。

 すると悠磨はポケットからスマホを取り出し、録音アプリを開く。

 聞きたいと聞きたくない、両方の気持ちが彼自身の中で交錯する中、とある音声を、途中から再生した。



 ――――ジジッ……



『……久藤みずなの処分、だ』


 この一フレーズだけ流し、すぐに一時停止ボタンを押す。

 これは別のスパイを訊問――もとい拷問してた時に吐いた一言だ。コイツからはこれ以上の情報が何も出て来なかったので、必然的に訊く奴を変えた。



「この理由と目的は何だ?」


 悠磨の声にも目にも、色はない。

 興味がない素振りか本当に興味がないのか、スパイの男からは読み取れなかった。


 だからなのか、素っ気ない態度で応答する。



「知らない」


 静かにこだまする声。

 しかし悠磨は気付いた。顔色と額に浮かぶ汗、目の開き具合。ほんの微かに震え始めた指。


 そしてやはり、と確信に変わった。

 理事長の追放も目的ではあった。けれど本気で追放するにしては回りくどく、確実性に欠けるのではないかと。まるで運が良かったら達成する、みたいな。

 悠磨はそう直感していた。



「そうか。なら質問を変える」


 突然、悠磨の眼光が鋭くなる。

 次に発する言葉も、威圧の意を含んでいた。


「依頼主は誰だ」

「それは……知らない」

「シラを切るつもりか」

「ホ、ホントだ! ホントに知らない!」

「……そうか。じゃあ理由は?」

「それも知らない! 上からの命令だ!」

「上って誰だ。そんで何故従っている。そんな危険なことに」

「危険なのは……あいつらなんだ! そう言ってたんだよ!」


 嘘は言っていない。

 だが必死に答えているようで、若干話を逸らされている。

 だったら別のアプローチからいくか、と悠磨は別の話に変える。


 

「そもそも久藤みずなを処分するんだったら、あん時格好のチャンスだったじゃねぇか」

「それはそうだが…………」


 そこでスパイの言葉が途切れる。戸惑いと躊躇いが顔に色濃く映っていた。



 人間、時に理屈に合わぬ動きをする。

 感情が、心理が、そうすることを拒んだのかもしれない。


 だとしたら、ますます分からない。

 なぜ、コイツがこの仕事を引き受けたのか。


 身内が人質に取られたとしたら合点がいく。

 とはいえ、いきなり知らない奴に家族を質に取られ、いきなり知らない奴を殺せと命令され、おまけにソイツが至って普通の女子ときた。

 心は極限状態だろう。

 

 例え関係無い人を生け贄にしても家族を守りたかった。

 でも、自分の手で殺すのは気が引ける。


 

 自分だったらどうするか。少し考え、すぐに無駄だと悟った。

 持っているものがあまりにも違い過ぎるから。


 

 目の前のスパイは俯き、悠磨から目を逸らした。明らかに冷静さを欠いた状態だ。

 



「今日はここまでにする」


 これ以上は訊けそうにないと判断し、その場を後にした。




(何かしらヤバい情報でも持ってんのかみずな(アイツ)は。そういや、鍛冶屋の追放がどうのこうのあったな。アレか? 今度詳しく訊いとくか)


 ゆっくりと歩きながら腕を組み、脳をフル回転させる。

 そして一つ一つ、みずなの発言や行動を思い出していく。



 ――――みずなの強くなりたい理由は、本当に『助けたい』だけなのか?


 かつて言った。この街から追い出された幼なじみを助けたいと。

 具体的なことは言ってない。聞いてないというのもあるが。

 


 ――――家の問題か? だとすると、追ってるのは久藤家を恨んでる奴等か、それとも久藤家自体、か?


 自分のことは「みずなって呼んで」と言った。逆に言えば、そんな家がらみで苗字を忌避しているのかもしれない。

 悠磨の隣の部屋にみずなは住んでいる。一人暮らしだ。

 理事長は話していた。この学校に寮があると。今はもう満員だが。

 寮の方が安全だ。おまけに女子ならなおさら。

 定員オーバーであぶれただけかどうかまだ知らない。でも、そうでなかったら? 自分の意思で決めてたら? 

 謎が謎を呼ぶ。本当に知らない事だらけだ。



「しっかし、こんなワケも分からん厄介ごとに巻き込まれるなんて。毎度のことだが、俺は運が悪いなあ」


 小声で嘆き、ため息をつく。



(つーか何で女子一人にあそこまで怯えるんだ? 巨大なバケモンに変身しちゃうとか、体内にヤベぇモン飼ってるとかか? ……バカか俺は。マンガの見過ぎだっつーの)


 ブルブルと首を振り、余計な雑念を振り払う。



(まあとにかく、知っちまった以上、無視すんのも気分悪ぃし。さてどうすっかな)




 ※  ※  ※




 スパイとの会話が終わり、悠磨がどこかへ行って五分が過ぎようとした頃。

 牢屋の前に、突如として現れた男が一人。暗い緑のコートを羽織り、髪の上部分の毛先は白みがかっている。

 鉄格子を挟んで向き合った謎の男は、嘲笑いながら喋り出した。



「がっかりだ。君ほど強い男が、こうもあっさり捕まっちゃうなんて」

「…………」


 スパイの男は、無言で睨み付けていた。

 次の瞬間、ガチャリと音が立つ。牢屋の扉が開いたのだ。

 何の躊躇いも無く男は中へ入ると突然、



「あがッ……!?」


 スパイの顎を片手で掴み、口を無理矢理開けさせた。



「さてと。もう一回チャンスをあげようか考えてたんだけど、予定が変わっちゃった」


 そう嗤いながら告げ、はぁ~とため息をいた。

 呆れた様子で、ゆっくりと口を開く。



「君はもう用済みだ――」


 シュッ――。風を切る心地いい音が、投擲されたナイフによって生まれる。

 刃物の通り道は謎の男の頭だったのだが、見事な反応で躱した。


 男が誰だ、と振り向いた。柱の影から一人、黒髪で目つきの鋭い少年が姿を現す。

 黒の下地に二本のグレーの縦ラインが入ったパーカーでフードを被り、しわしわな黒のチノパンに大小様々なポーチが付けられている。

 その少年――天倉悠磨は、不敵に微笑みながら言った。



「釣れた魚は、デッケぇかな?」




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