娘の返事を、父が決めることはできません
「父親の私が認めた。それでも不足か」
翌朝、審理の卓に着いた父は、私を見ずにそう言った。
王太子が父の出席を求めた理由が、ようやく分かった。
「何を認めたのですか」
法務卿が尋ねた。
「娘が、府の確認作業を引き受けることだ。殿下から相談を受け、家として協力すると申し上げた」
私は膝の上で手を重ねた。
また、私の知らないところで、私の返事が済んでいた。
◇
父は王都の屋敷から呼び出され、今朝、出頭したという。昨夜のうちに法務卿が出頭の理由を記した書面を送り、返書に私の名を用いた経緯について証言を求めていた。
「私が戻ると、お父様がお答えになったのですね」
「お前にはできる仕事だ。府で働いていたのだから」
「できるかどうかは尋ねていません」
父がようやく私を見た。
「私へ、その依頼を伝えましたか」
「殿下のお役に立つ話だ。断るとは思わなかった」
法務卿の筆が止まった。
「本人には伝えなかった、という答えでよいか」
父は不快そうに眉を寄せたが、やがて頷いた。
王太子が口を挟む。
「だから、私だけが勝手に名を出したのではない。父親の了承があった」
「その了承の範囲を確認しております」
法務卿は父へ向き直った。
「娘の名で返書を発行してよいと、殿下に述べたのか」
「家として力を貸すとは申し上げた。だが、商会への返書までは聞いていない」
「私が確認すると記してよい、とも?」
私の問いに、父は答えなかった。
殿下が卓を叩いた。
「今になって逃げるのか。そなたは娘を説得すると言ったではないか」
「説得するつもりはございました。しかし、まだ娘には会えておらず……」
言葉が途切れた。
まだ説得していない。
それなのに、商会へは私が引き受けたかのような返答が届いていた。
「では、返書を送った時点では、私の承諾を確認していなかったのですね」
私は殿下に尋ねた。
「父親が引き受けさせると言ったのだ」
「私が引き受けた、とは違います」
今度は、広間の誰も口を挟まなかった。
◇
法務卿は、父と殿下の説明をそれぞれ読み返させた。
相談の日時。父が答えた言葉。私への連絡の有無。
互いの記憶が食い違う部分は、食い違ったまま記された。
「お父上の証言だけで、返書の内容すべてを決めることはできません」
私は卓上の発送控えを見た。
「ですが、少なくとも、私に依頼して承諾を得たという説明にはなっていません」
父は低い声で言った。
「私に恥をかかせたいのか」
胸が痛んだ。
昔なら、この一言で謝っていた。
父が困らないよう、私が引き受けたことにして、夜通し帳面を直しただろう。
「お父様が何と答えたのかは、お父様のお言葉で残してください」
私は息を整えた。
「私が何と答えたのかは、私に尋ねてください」
陛下が法務卿へ頷いた。
「本人から確認した承諾と、親族による協力の申し出を、混同するな。昨日の判断は変えぬ」
私を復職させることも、確認作業を押しつけることも、調査を進める条件にはならない。
その決定が、もう一度読み上げられた。
父は椅子へ沈んだ。
私は父を言い負かしたかったのだろうか。
少し考えたが、違った。
私の知らない約束を、私の約束として残してほしくなかった。
それだけのことを言うのに、随分かかった。
◇
休廷後、シリウス様は私に水を渡した。
「手が冷えている」
杯を受け取ろうとして、指先が震えていることに気づいた。
「平気だと思っていました」
「平気でなくても、言えた」
彼は私の杯を取り上げず、落ち着くまで待ってくれた。
誰かが代わりに決めてくれることと、そばにいてくれることは違う。
私は両手で杯を包んだ。
「村への送金は、どうなっていますか」
「法務卿へ確認を求めている。調査中でも止めてはならない支払いがあるはずだ、と」
その返答は、午後に届いた。
商会で保留されている金について、正当な受取人を確かめ、未払い分への充当が可能か調べる。府の帳簿を閉じ直すためではなく、実際に代金を受け取っていない者へ払うための確認だった。
法務卿は、商会から届いた請求の控えを広げた。
「全額を盗まれたと決まったわけではない。保留中の金も含め、所在と支払先を確定する。そこから始める」
私は頷いた。
罪を明らかにすることと、冬を越す食べ物を届けること。
片方が終わるまで、もう片方を待たせる必要はない。
控えの末尾で、私は指を止めた。
名義欄にあるのは、例の亡くなった会計担当官の名だった。
だが、その下に、別の文字が添えられている。
『代理受領の申出あり。資格確認未了につき支払不可』
「代理受領を申し出たのは、誰ですか」
法務卿が控えを引き寄せた。
金はまだ動いていない。けれど、それを受け取ろうとした者がいる。
今度こそ、その人に返事をさせなければならなかった。




