Chapter2【夜の帳:ノクスプルクラ編】
光の奔流に身を投じた瞬間、感覚は消失し、意識は激しい混沌の渦に飲み込まれた。
全身を圧迫するような強烈な浮遊感と、網膜を焼き切らんばかりの色彩の洪水。上下左右の概念すら失われた無垢な白の世界で、彼らは己の存在が霧散していくような錯覚に陥った。
それが数秒だったのか、あるいは数年だったのか。
唐突に「重力」が彼らを繋ぎ止めた。
「……っ!?」
肺から空気が押し出される衝撃とともに、四人は硬い土の感触を肌に感じた。視界を覆っていた白光が引き潮のように退いていく。代わりに目に飛び込んできたのは、深い藍色に染まった静寂の世界だった。
「……小さな、道……? ここは一体、どこなんだ」
最初に声を上げたのは、東雲星也だった。彼はふらつく足取りで立ち上がり、汚れを払うのも忘れて周囲を見渡した。
その隣で、膝をついたまま肩で息をしていた誰時司が、弾かれたように顔を上げる。
「みんな、大丈夫!? ……って、あれ? みんなは……みんなはどこに行ったの?...」
司の声が震えていた。先ほどまで共に光の中にいたはずの仲間たちの姿が、半分以上消えてしまったからだ。
その問いに答えたのは、冷静に周囲の地形を観察していた夜縹八蓮だった。
「……あの光の扉を抜ける際、時空の歪みに干渉されたんだろうな。どうやら、俺たちはバラバラに散らばっちまったらしい」
八蓮の声には苦渋が混じっていたが、その視線は鋭く現状を分析していた。
宵闇七華が、不安を押し殺すように自分の腕を抱きしめ、生存者を確認するように名前を呟く。
「……ここにいるのは、【星也に八蓮、司ちゃん。それに私】の四人だけ……。あとの皆は、別の場所に飛ばされたっていうの?」
「恐らくな。他のみんなは無事なのかな...」
そこは、なだらかな丘を縫うように続く一本の細道だった。周囲には背の低い草花が揺れる草原がどこまでも広がり、遮るもののない視界の先には、漆黒のシルエットを晒す巨大な原生林が鎮座している。
星也がふと空を仰ぎ、言葉を失った。
「ここは、どこなんだろうな。風が、驚くほど涼しい」
「見て……星空が、あんなに」
司が指差した先。そこには、現実の世界では決して拝むことのできない絶景が広がっていた。
頭上に広がるのは、深淵のような紺色の宇宙。そこに、大小無数の宝石を撒き散らしたような星々が瞬いている。だが、それだけではない。
天の川をなぞるように、幻想的な極光、オーロラが、緑と紫のカーテンを揺らしながら夜空を舞っていた。その光は地上を仄かに照らし、草原の草先を銀色に縁取っている。
「本当に、綺麗……。まるで世界そのものが眠りについているみたい」
司の瞳に、揺らめくオーロラの光が反射する。
しかし、七華の表情は晴れなかった。彼女はこの美しすぎる夜の風景に、拭いきれない違和感と使命の重さを感じ取っていた。
「……私たちは、ここでどうすればいいんだろう。この世界を救うとか、光を取り戻すとか言われても、正直、実感がわかないわ」
彼女の言葉は、四人の共通した本音だった。導かれるままに異世界へ足を踏み入れたものの、地図もなければ明確な指標もない。
そんな沈滞した空気を破ったのは、八蓮の提案だった。
「なぁ、とりあえず、あの先にある森に行ってみないか? 何か手がかりがあるかもしれない」
八蓮が指し示したのは、細道の先で口を開けている暗い森だった。星空の輝きを拒絶するかのように、その樹海は深い闇を湛えている。
「えっ!? あの暗い森の中に行くの!?」
司が、あからさまに身を引いた。
「ちょっと……というか、かなり怖いよ。何が潜んでいるかわからないし……」
星也が、明るい声を出し、司の肩を叩いた。
「ちょっとした肝試しだと思えばいいさ。誰もいない草原で震えてるより、未知の場所へ踏み出すほうがマシだろ? 俺はなんだか、ワクワクしてきたぜ!」
星也の少年のような純粋な好奇心に、七華は小さく吹き出した。彼の無鉄砲さは、時としてこれ以上ない救いになる。
「大丈夫よ、司ちゃん。一人じゃないわ、私たちがついているもの。一緒に行きましょう?」
七華が優しく手を取ると、司はまだ不安げながらも、ゆっくりと頷いた。
「……そうね。みんなと一緒なら、きっと大丈夫。行きましょう!」
四人は意を決し、草原の細道を歩み始めた。
背後には、美しくもどこか冷たい星空の草原。
前方には、未知の運命が待ち受ける濃紺の森林。
一歩、森の境界線に足を踏み入れると、空気が変わった。
草のさざめきは消え、代わりに古樹たちが囁き合うような、低く重いざわめきが耳を打つ。
ここは、光が忘れ去られた場所。あるいは、夜という概念が最も純粋な形で保存された場所。
八蓮が、どこからか聞こえた予言のような言葉を反芻した。
失われた光を取り戻すための旅。
四人の若者たちは、互いの存在を確かめるように肩を寄せ合いながら、夜の深淵へとその身を投じていった。
彼らが知る由もない物語【夜の帳:ノクスプルクラ編】が今、始まろうとしていた...




