第75話 大天使出現
ゴーン……ゴーン……
空から鐘の音が降ってきた。
ハッとして見上げると、いつの間にか巨大な扉が浮いていた。
なんだあれ……
扉が音もなくゆっくりと開き、奥から巨大な天使が姿を現した。
距離がありすぎて、はっきりした大きさまでわからないけど、まともに戦える大きさじゃない。
大天使がこっちに体を向けた。
その髪はピンク色でキラキラと光り、服装はギリシャ神話に出てきそうな、真っ白な布を体に巻き付けたもの。背中には巨大な翼が左右に三枚ずつ、合計六枚生えていた。まるで神話に出てくる大天使のようだ。
しかし異質なところが一点。真っ黒な布で目を隠しているところだ。そこだけやけに禍々しい。
「ありゃ、制御しきれてないな」
「師匠、どういうことですか?」
「強いモンスターを作る時、強い魂がいるって話だろ。アシリア達みたいにな。あの天使は魂が強すぎて、制御が不完全だ。あの目隠しは、無理やり操るためのものだな。俺の勘だけど」
「俺もそう思いますよ。あの目隠しは依代を操り、魂を封印するものだ」
真田さんが言うなら間違いない。
「……あれは……煌姫?」
ジャネットが、息を漏らすように呟いた。
「あ? おい、トカゲのねーちゃん」
「わああああ! な、なんだ!?」
「いちいち怯えんな。めんどくせぇ。お前それでも式神か!?」
「あ、主よ……」
ジャネットが助けを求めるように視線を向けてきた。
仕方ないやつだな……
「ジャネット。煌姫ってなんだ?」
「……時々思い出すんです。ここじゃない風景。秀乃介様と琴姫様の……うっ……」
「おい! やめとけ!」
真田さんが割って入った。
「前世の記憶は禁忌だ。無理やり思い出させるな。下手すれば人格がまざる。秀一。覚えておけ。いいな!」
「わ、わかりました」
「あああああっ!」
上空の大天使が頭を抱え、大きな声で叫び出した。それはまるで助けを呼ぶかのような、悲痛な叫びでもあった。
「秀乃介様ぁぁああああ! 近くにいるのですかあああああ!」
叫び声だけで空気が揺れ、衝撃波があたり一面に襲い掛かった。
「おい、秀一。あいつ、俺達の会話が聞こえてたんじゃねぇか? お前の知り合いか?」
「知りませんよ。それに俺は秀之介なんて名前じゃないですし」
「トカゲのねーちゃんもお前のことを秀之介って呼んでいただろ。前世の知り合いかもな」
「そんなこと言われても……」
「秀ちゃん! 秀之介様は……」
「琴音!?」
「秀之介様は……たぶん秀ちゃんの前世の名前……」
「えっ?」
「時々夢に見るの。私が秀ちゃんを秀之介様って言ってるのを。すぐに忘れちゃうけど、今思い出した……でもすぐに忘れちゃうの。彼女も……アシリア達も、秀之介様の式神だよ。私はきっと忘れちゃうけど、覚えておいてあげて……」
「琴音ちゃん! もうやめろ!」
真田さんが印を結び始めた。無理矢理にでも止めるつもりだ。
「琴音! もういい! 俺は覚えた! 琴音は忘れろ!」
「うん。ごめん。ちょっとだけ休ませて」
「はあああああっ! 秀乃介様ぁぁあああ! あぁ……体が意識がぁぁ! そこにいるのに! おのれぇぇええええ!」
大天使の叫びに呼応するかのように、上空に無数の扉が現れ、次々と人間サイズの天使が降りてきた。
大天使が呼び出したのか!?
全身を重装甲の鎧で固め、手には剣と盾を持っている。北欧神話のヴァルキリーを連想させる。すごくかっこいい! ってそれどころじゃなかった。天使達は隊列を組み、空中で戦いの準備を開始した。まるで大天使の号令を待っているかのようだ。
「あああぁぁああっ!」
それだけでは終わらなかった。再び大天使が叫ぶと、遠くの方でズドンッズドンッと大気が爆発するような音が鳴り響き、そしてズン……ズン……と、胸の奥まで響く重低音が迫ってきた。
地面が揺れ、都市の建物が悲鳴を上げる。
音の先を見ると、地平線に何か巨大な人影が見えた。
冗談じゃない。まるで巨人のようなゴーレムだ。都市の城壁をはるかに超える巨体が、列を成して進んでくる。
一歩ごとに大地が鈍く唸り、空気まで震えた。
天使と同様に、こいつも召喚されたのか?
だとしたら、大天使のポテンシャルってどんだけすごいんだよ……
「ふむ。あの巨体、倒すに時間がかかろう。それでは視聴者も飽きるであろうな?」
狐鈴が俺を見て、不敵な笑みを浮かべた。
「それに琴音が心配じゃ。短期決戦がよかろう」
「あぁ。狐鈴。本気でいこう」
「あいわかった」
狐鈴の目が上下左右に動く。メニューを操作してる? そう思ったら、パッと狐鈴の服が初期装備の簡素なものになった。
「マジカルフォックス! いっくよー! 変・身っ!」
狐鈴がきゃるんとポーズを取ると、目が眩むほどの光が溢れた。
光が収まると、そこには大型トラックほどある、巨大な狐がその場にいた。
変身と言うより、変身を解いて本来の姿に戻ったのでは……
まだ本来の大きさじゃないから、狐鈴を顕現できているけど、維持する負荷が大きい。
長くは持たないぞ。
ふと狐鈴の足元を見ると、ビリビリに破れた初期装備が散らばっていた。
あの巫女服、結構気に入ってるんだな。
「コォオオオンン!」
狐鈴は空をかけ、都市にあった大きな塔の頂上まで駆け上がった。
そして口を開け、巨大ゴーレム達に向かって狙いを定め……ふと何かを思ったのか、真上に向かって吠えた。
「コォォオオン!」
「おいおい。勘弁しろよ! 真田ぁあっ! 御影ぇえっ!」
師匠達が飛行魔法を唱えて、城壁の外まで飛んで行った。
そして三人で防御結界を張ったのだろう。虹色に輝く透明な結界が一面を覆った。
大きい……師匠達が全力を出したのって、ほとんど見たことがないけど、やっぱりすごいな。俺や琴音だとここまでできない。
狐鈴が大きく息を吸い込んだ。
「コォォォオオオン!」
まるで鈴の音のような高音。
口の先に光が収束し、次の瞬間、図太いレーザーが放たれた。
レーザーは右端にいたゴーレムを貫き、そのまま横へと薙ぎ払われた。
まずは光だ。目がくらむほどの光が弾け、俺は腕で目を覆った。
そして耳をつんざくような爆音が襲い掛かってきた。
腕をどけると、紅蓮の炎が空に向かって吹き上がっていた。
まるで悪夢のような光景だ。
空気が爆心地に向かって吸い込まれたかと思うと、次の瞬間、黒煙をまとった衝撃波と熱波が都市に襲い掛かった。
師匠達が広範囲の結界を張らなかったら、都市が消えていたかもしれない。
粉塵がおさまると、前方に熱でガラス化した谷ができていた。
更に狐鈴はもう一度、空に向かってレーザーを放ち、横に薙ぎ払った。
しかし天使達はダメージを受けているが無事だ。特にピンク髪の大天使は無傷だった。
「天使には効かぬか。ならば……」
狐鈴は神に近づいた妖狐。相手は大天使。聖属性の攻撃は効果がないのだろう。火に火で攻撃するようなものだ。
狐鈴が再び光った。
次の瞬間……え?
ピンク色の光が乱舞し、続いてハートやら星の光が舞った。
そしていつもの人型の狐鈴が、きゃるるんとポーズを決めて現れた。
……魔法少女の変身的な演出をしてたのか?
ピンクのフリフリドレスに後頭部には大きなピンクのリボン。背中には小さな可愛い翼のアクセサリー。白いタイツにピンクの羽付きブーツ。
九百九十七歳の魔法少女がそこにいた。見た目は十六歳だけど……なんか複雑な気分だ。




