第46話 琴音視点 妖怪と式神
川が真っ赤に染まっていた。
河原にはおもちゃのように乱暴にされた死体が、いくつも散乱していた。
「ぐげげ……」
その傍らには、異形がしゃがみ込んで、死体をまさぐっていた。
背は子供ほどの高さ、皮膚の色は緑色。頭頂部は皿の様な物が張り付いている。河童だ。
死体を弄ぶなんて許せない。
「オン・アグニ・ラウドラ・ソワカ! 荒ぶる火の気よ、鬼を焼き、魔を滅せよ! 火殿焔招! 急急如律令!」
私は炎の術を河童に向かって放った。
河童は不意打ちを食らったけど、構わず向かってきた。
私を札を宙に投げて呪文を唱えた。
「オン・アグニ・ムーシャ・ソワカ! 焔の胎より生まれし火鼠よ、焼きて、喰らひて、離れるな! 火鼠招来! 急急如律令!」
河童はその身が焦げているのにも構わず、私に向って飛びついてきた。
私は身をかわしつつ、火鼠を召喚して、河童に食らいつかせた。
火鼠は一匹だけじゃない。札から次々を飛び出し、河童に飛びついて噛みつき、全身を火で包んでいった。
「ぐぎゃああ!」
河童は転がって火を消そうとしたけど、そんなことで消える火じゃない。河童はそのまま焼かれて息絶えた。
河童を倒してホッとしたのもつかぬ間。
雑木林が騒めき、赤い目が幾つも光った。
現れたのは猿の妖怪。しかも群れだ。最悪だ。
河童は猿の妖怪のおこぼれを漁っていただけだ。
猿の妖怪は強い。それに数が多い。逃げるしかない。
「ギギッ!」
「ギィイ!」
猿の真っ赤な目が、私を捉えて嫌らしく歪み、涎をばら撒きながら向かってきた。
「ひっ!」
私は踵を返して逃げ出した。
河原の砂利に足を取られる。このままじゃ追い付かれる。嫌だ! 猿の妖怪に捕まるなんて、絶対に嫌だ!
そう思った時、空に人影が現れた。天狗の装いをした銀髪の美少女。秀之介様の式神だ。
山伏の服装に白い翼。手には羽団扇を持っている。まるで天狗のようだけど、天狗の翼は黒いはず。
「痴れ者が」
天狗が羽団扇を振るった。
それだけで風の刃がばら撒かれ、猿の妖怪達は断末魔を上げ、バラバラになって血の海に沈んだ。
「大丈夫?」
天狗の美少女が降り立った瞬間。川辺の石につまづいて、頭から倒れた。
「いだいっ!」
額を打ったのか、頭を抱えてゴロゴロと転がった。
……え?
「……」
「……では、ご主人様に報告があるので……」
彼女は何事もなかったかのように立ち上がり、ふわっと飛んで襖の向こうに消えた。
秀之介様が、私にこっそり護衛をつけてくれていたの?
胸が熱くなった。でも少しモヤモヤする。
式神のことはもう目をつむるわ。彼女達は秀之介様にとって、ただの式神でしかなかった。そして私のことを一番大切に思ってくれている。それを知ってしまったから。
ただ一つ気になるのは、式神達の想いだ。ある式神は好意を持っているが、それを表に出さない。ある式神は恋い焦れる乙女そのもの。ある式神は私も含めて温かく見守ってくれている。
式神によって様々だけど、今のところ式神としての一線を越えていない気がする。ただそれを信じたい。
◇◆◇◆◇◆◇◆
屋敷に戻ると、秀之介様が待っていた。
「琴姫。明日から一緒に行動しないか? ひと時も離れたくない」
「……はい」
秀之介様が凄く心配してくれているのがわかる。それでいて、一人で行動するなとか言わないのが優しい。
「ありがとう。えっと……式神にもお礼言いたいの」
「そうか。白夜」
「はーい」
秀之介様が名を呼ぶだけで、背後に金の襖が現れ、天狗の美少女がひょいと顔を出した。
「えっ!? 呪文もなしに!?」
「彼女らは言霊だけで来てくれるよ」
「そ、そう。凄いわね」
凄いどころじゃない! 動揺を隠すだけで精一杯よ!
「さっきは危なかったわね。最近すっごく物騒だから。一人で行動しない方が良いわよ」
「はい。先程は助けていただき、ありがとうございました」
「いいのいいの。ご褒美に、頭をなでてもらったから」
「……は?」
たぶん。私、凄く怖い顔してると思う。こんなに怒りを覚えたのは初めてかもしれない。
「秀之介様。どういうことですか?」
「えっと……対価は必要で……」
「対価とか言っていやらしい。何でも言うことを聞いてしまうのね!」
「何でもじゃないぞ! 線引きはしている!」
「その線引きが甘いのよ!」
「……ねぇ」
白夜の声色がかわった。
「感謝してるなら、それくらい許してよ」
白夜の顔が急に怖くなった。さっきまでのひょうきんな面影がどこにもない。
「え?」
「私がどんな気持ちであなたを助けたのか……わかる?」
言葉がでない。
「そもそも感謝とかいらないの。私は秀之介様のお願いを聞いただけにすぎない」
白夜は私に背を向けて、秀之介様の後ろに回り込んだ。
そして秀之介様を後ろからそっと抱きしめ、顔だけ出して、こっちを見た。その表情は無だ。
「悔しいけど、今は目をつむってあげる。でも秀之介様を譲るのは今だけ。私は式神。未来永劫、来世も、その先も、ずっと秀之介様に憑りついて……いつか私の物にしてみせるわ」
白夜はそう言って金の襖の向こうに消えていった。
白夜はアシリアだった。未来永劫憑りつくとか言ってたけど、私は白夜を見たこともないし、秀ちゃんも式神として使役していなかった。
輪廻転生すると、記憶がリセットされるらしい。白夜はどこかの時代で式神としての縛りから解放されて、輪廻転生したのかな? だから記憶がないのかな?
それとも愉悦之神に捕まって、吸血鬼に転生させられた? でもこの世界が作られたのって、三年前からだよね? その前はどうしてたの?
色々と考えたけど、どうせ夢から覚めたら全部忘れちゃう……




