第40話 常夏の島
「秀ちゃん! すごいよ! 観光地っぽい!」
アストラルゲートから抜けた瞬間、南国の湿った空気と熱気を感じた。視界には海と砂浜が広がっていた。
俺は強い日差しが眩しくて、手で影を作った。
振り返るとゲート越しに大きな丘が見えた。その頂上には大きなホテルが建っている。
「そうだな。なんか旅行に来たみたいだな」
「うんうん! テンション上がっちゃう!」
「でも暑いなぁ。セレナ。ここってずっと暑いのか?」
宙に舞う案内妖精に声をかけた。
「ここは常夏の島だからね。でも島の中央はそれほど暑くないわよ」
「へぇ。魔法のおかげ?」
「魔法じゃないわ。精霊に感謝しなさい」
そう言われてもよくわからない。きっと島の外周には火の精霊が多くて、中央には少ないとかそんな感じなんだろう。
まぁ中央はここより涼しいならそれでいいや。
「ねぇねぇ。ここってグランドクエストが進んだから解放されたの?」
「そうね。グランドクエストを進めたご褒美よ。それに加えてみんなの要望を叶えた場所でもあるの」
「リスナー用に説明してくれないか?」
「私がすることじゃないと思うけど、まぁいいわ。この常夏の島は、ギルドに実装された小型のゲートからしか行けない、配信者専用の島よ。文明も地球と同じレベル。そしてリアルの姿で配信できる特別な島でもあるわ」
そう。今俺達はアバターじゃなくて、リアル――本来の姿のまま配信に映っている。
「当初はリアルの姿で配信させる予定はなかったけど、要望が多くてこの島だけ限定でリアル配信を許可することになったの。ちなみにこの常夏の島は全部安全地帯よ。つまりギルドの内部と同じ、神の力で守られた殺傷不可の領域よ。現地の人もモンスターも侵入できないわ」
「リアル配信だから、より安全に配慮してくれたのか」
「配慮というより、視聴者が安心して見られる配慮よ。危険な配信はもちろん、エッチなのもダメだからね!」
セレナが釘を刺した。アカウントが削除になったら元も子もないからな。
「水着は?」
「常夏の島で販売されている水着のみ許可よ」
きっと露出が抑えられてる水着なんだろうな。安全を考慮してるんだろうけど、視聴者は楽しいのだろうか……
「売ってるんだ! ねぇ秀ちゃん。私の水着姿……見たい?」
琴音が顔を寄せて、冗談っぽく聞いてきたけど本気の目だ。
「見たいけど、配信中は嫌だ。誰にも見せたくない!」
「うへへ。じゃあ配信外で、海に遊びに行こ!」
その瞬間、視界の端でコメント欄が動いた。
「やばっ! コメント欄が荒れてる!」
「ええっ! 私の水着姿見たいって! なんか照れちゃうなぁ」
琴音が嬉しそうに照れているけど、全世界に配信されちゃうんだぞ! 危ないよ! それに水着姿の琴音を他人に見せたくない!
「再生回数を稼ぐには水着も必要か……。でも琴音の水着姿をネットに晒すのは……」
「私も恥ずかしいけど、承認欲求が私を刺激する!」
琴音と話していたら、アリサさんに真っ赤なウルチャで、『早くしろ!』って催促された。
「あっ! 忘れるところだった! 俺だけアバターに切り替えてみるよ」
アリサさんに実験を頼まれていたんだった。リアルの姿とアバターで同時に配信できるのかを。
俺はメニューを開き、配信上に映る自分の表示を、リアルからアバターに切り替える。
「オッケー!」
「はーい。リスナーのみんな。秀ちゃんだけアバターになってる?」
コメント欄の反応を見る限り、ちゃんと俺だけアバターになってるらしい。
コメント欄は、アリサさんがいることで、ちょっとお祭りになっていた。
「やっほー! お待たせ!」
しばらくすると、アリサさんがゲートから現れた。
白いワンピースに麦わら帽子と、夏っぽい姿だ。
「んふふ。どうよ!」
「似合ってます!」
「秀ちゃん! 鼻の下伸びてるんだけど!」
「そ、そんなことないぞ!」
「ぶうぅ! 私も白のワンピース買おうかな」
「俺が買うよ。琴音なら似合うと思うぞ」
「うへへへ。嬉しいなぁ」
「相変わらず、見てるとイラっとするわね。一応聞くけど、リスナーのみんな、私、ちゃんとアバターになってる?」
アリサさんが一応コメントで確認していた。Vtuberは素顔がバレたらまずいからな。
俺と琴音もVtuberになったけど、元々そのままの姿で配信していたから、バレるもなにもない。
「大丈夫そうね」
一安心したところで、琴音が俺の服をつまんだ。
「ねぇねぇ。後で服売ってるところに行こうよ。この島だけ文明レベルが、今の日本と同じなんだよね?」
「いいわね! 普通新衣装を実装するって結構大変なんだけど、ここなら着替えたい放題よね!」
「あっ! そっかっ! Vtuberだと色々作ってもらわないといけないのかぁ」
「そうよ。切り抜きの実況配信とか可愛い服でやりたいじゃない。こっちに来てから地味な服ばっかりだったし!」
「確かにな。配信の時全然気にしてなかったよ」
もしかしたらこの島の実装って、享楽之神によるPV数アップのための対策だったりするのか?
俺達の衣装が地味過ぎたから……
「秀ちゃん。私も可愛い服欲しい!」
「あぁ! 楽しみだな! 俺も琴音が可愛い服着てるところ見たいし!」
「それは私もだよ! 秀ちゃんもかっこいい服買おうね!」
「あーはいはい。ただでさえ暑いのに、いい加減にして欲しいわね!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
砂浜を散策していると、野太い声がした。
「さぁ! 筋肉体操! 始めるわよぉおお!」
ビキニパンツ姿のキャサリンさんが、汗臭そうな体操を始めていた。
水着姿はちゃんと男用なんだな。ちょっとホッとした。
「まずは上腕二頭筋から! フッフッハァー!」
キャサリンさんって確か筋トレとかダイエットの配信をしてたよな。アバターのままだと、本来の肉体美を見せることが出来ないって嘆いていた。
邪魔しちゃ悪いから近寄らないでおこう。
島の中央にあるホテルに入ると、ロビーの涼しい空気が出迎えてくれた。
床も壁も綺麗でリゾートの匂いがする。
ロビーから入れるカフェを見ると、レンさんが配信をしていた。
紅茶やコーヒーのレビューだろうか……
遠目から見ても、優雅さを感じる。よく見るとレンさんの周りだけキラキラ輝いてる。光の魔法を使って演出しているな。
俺達もそうだけど、キャサリンさんやレンさんもアバターを使用しない普通の配信者なんだよね。
こっちに来てから、みんなずっとアバターで配信しているから、リアル系の配信者は不利だって声が上がっていた。
それがやっと届いての実装なのだろう。まるでゲームのように実装していくけど、これが享楽之神の創造力なのか。次元が違いすぎてまったく理解が追いつかない。
常夏の島を一通り見て回ってわかったことが一つ。
「ここって物価がめちゃくちゃ高いな!」
レストランに入り、メニューを見て声を上げてしまった。
「このサンドイッチだけでも、夕飯一食分だよ……」
琴音も値段を見て、眉を寄せていた。
ホテルのカフェだけあって、内装もすごく綺麗だった。これが一流って奴なのだろうか。高校生にはちょっと敷居が高い。
そのせいか、琴音が頼んだサンドイッチはすごく高かった。衛星都市フェルミアで食べるハンバーグセットとほぼ同じ値段だ。
「一泊の料金も高いし……」
「普通の値段だったら、ずっとここに引きこもってそうだな」
俺が苦笑いすると――
「そうね。でも稼ぎが良くなったら、それもありじゃない?」
アリサさんは余裕ある言い方で返してきた。
ウルチャで稼いでそうだからな……
「いっぱい稼いでこいってことか?」
「一攫千金狙いでダンジョン行くのもありかもね!」
琴音が目を輝かせた。それも悪くないな!
「ああっ! 秀一君みーつけた!」
「え? 誰!」
「まどか!」
アリサさんが腰を浮かせて驚いた。
「アリサ! リアルで会うのは久しぶりだね!」
カフェの入り口に栗色ポニーテールのお姉さんが立っていた。




