第152話 神のご加護を(ブレスユー)
邪悪な気配が満ちている森の中、俺達は導かれるように、清らかな気配がする場所に向かった。
その場所に近づくにつれ、遠巻きに様子をうかがっていた獣人の幽霊達が、いつの間にか減っていった。
「ここは……」
森が開けた場所に、小さな湖があった。その中央に象の頭を持った仏像っぽい石像が半分沈みかけていた。
元は小さな島でもあったのだろうか。今では腰の上までしか見えない。そして少し傾いていて、苔で覆われていた。
湖の水が黄色、緑、青、赤と、ゆっくりと規則正しく切り替わっていた。
「んーと。石版によるとね。黄色は聖、緑は毒、赤は穢れ、青は普通の水みたいだよ」
「黄色の時に水を汲み取ればいいのか」
「そうみたいだね。水筒はアレが入ってるし、ペットボトルでいいよね?」
そう言って琴音は石版をしまい、コーラのペットボトルを取り出して、ごきゅごきゅと一気飲みを始めた。
しかし半分飲んだあたりで、俺に渡してきた。
「ゲップ出そう」
「なんでコーラなんだよ」
「コーラ好きだし……」
琴音はコーラ好きだもんなぁ。というかアイテムボックスにコーラ以外なかったのかよ!
「……そうか」
俺は半分になったコーラのペットボトルを受け取って、残った半分を飲み切った。
「うぷっ!」
ゲップが出そうになる。
「秀ちゃん! 私は我慢したよ!」
「秀一よ」
狐鈴が目を細めて見つめてきた。
「我はお主に、公衆の面前で不快なことをするような、教育をした覚えはないぞ」
「流石に私もゲップは勘弁」
アリサさんもジト目を向けてきた。
「いるのよねぇ。おならとかゲップが面白いって思ってる勘違いしてる人が。蛙化しちゃうわよ?」
罠なのか! これは琴音による罠なのか!
いや、何の罠なのかと言われたらわからないけど……
琴音のちょっと天然なところも可愛いんだけど、たまにこういったおバカな展開になるのはな……
俺は口をいったん閉じ、端の方をちょこっとだけ開けて、空気を逃がしていく。
配信上はアバターだから、バレないだろうって思っていたら、チャット欄に『よく頑張った』とか応援をもらっていた。
式神達が『ブレスユー』とか書いてるけど、それはくしゃみだから!
ブレスユーって英語圏で、誰かがくしゃみをしたときに、『お大事に』とか『神の加護を』という感じで使うらしい。
月華と翡翠は『助かる』て書き込みしてるけど、そっちもくしゃみだから!
くしゃみの助かるはネットスラングだからな! っていうかくしゃみじゃないし!
正直ちょっと引いた。
配信上でゲップは気をつけよう。くしゃみも……
「ごめんなさい」
俺は謝ってから、水面が黄金色に変わった瞬間に水を汲み取り、共洗いするため、一度水を入れて濯いでから捨て、もう一度黄金に光った時に水をペットボトルに入れた。
「これでよし」
これ……まるでおしっこみたいなんだけど……
狐鈴は腕を組んで、コーラのペットボトルをじっと見つめていた。
「……今日の秀一は下品じゃな。近寄るでない」
おおい! 言葉に出さなかったのに! こいつ言いやがった!
しかもなんでだよ! 俺は被害者だ!
「水筒はないのか? ないなら我の……いや、もうその水は入れとうない……」
「水筒には奥の手が入ってるから」
「奥の手じゃと?」
「浄土世界で汲んできた浄土水だよ。あ、もちろん妙光如来様に許可を取ってあるよ」
「な、なんじゃと!?」
狐鈴の目が見開いた。
尻尾もピンと立ってちょっと面白い。
「持ってる水筒に全部入れてきたんだ」
ちなみに俺と琴音とで合わせて六本ある。
「えっ! 浄土世界でアイテムボックスが使えたってこと!? ってことは地球に戻っても、アイテムボックスが使えるってことよね!」
アリサさんが興奮気味に詰め寄ってきた。
「あ、あぁ。そうだと思うぞ」
「しゅ、秀一よ! 一本分けてくれぬか?」
「あぁ。いいよ」
「私のもいる?」
そう言って琴音は、アイテムボックスから水筒を取り出して、狐鈴に手渡した。
「おぉ。これは本物の聖水では……神酒ではないか? いや酒ではないから違うか。それに近しいなにかじゃな」
「そうかも? でもクエストで使う聖水とは別物だよ? 浄土水って言ってたし」
「むぅ。そもそも次元が違うと思うのじゃが……。いや、宗派によって違うか。いずれにしても、このような穢れた場所で飲むのはいかん。もっと清らかな、神聖な場所で飲まねば。いやむしろこの世界ではない方が良いのでは……」
「どこで飲んでも同じじゃないか?」
「たわけが! これが一体どれくらい貴重なものか……」
「あ、書き込み。白夜が少量でいいなら、今度持ってきてくれるって。妙光如来様の許可が下りたらだけど。後、蓮の花とかもいるかって?」
狐鈴は顎が外れそうになるほど、口をあんぐりと開けた。
「よ、よろしく頼む。ならば必要になったら水筒の水はこの森でも使わせてもらおう」
狐鈴はそう言って、水筒を丁寧にアイテムボックスに入れた。
「思ったのじゃが、秀一よ。浄土世界へ行った術を使えば補充し放題じゃな?」
「あの術。もう頭から抜けちゃって使えないよ。アーカイブを見てもなぜか音声だけ残ってなかったし」
「むう。そう上手くいかぬか」
「今は式神を呼べないし、この水はここを出るまで、本当に奥の手だよ」
「わかったのじゃ。大切に使わせてもらおう」
「アリサさんも持ってて」
「いいの?」
「もちろん。というか、渡しておかないと。それは自分のためでもあるけど、誰かがピンチの時に使って欲しいんだ」
「あーなるほどね。で、効果は?」
「わかんない」
「へ?」
「浄土世界の水だから、きっと何かに汚染されたり、呪われたときに使えると思う」
「なんだ。復活薬とかじゃないんだ」
「それこそ煌姫の桃饅頭だな。水だからそこまですごくはないと思うぞ」
「ふぅん。あまりアテにするなってことね」
「アリサよ。不用意に飲んではならぬぞ」
「うん。これは人の手に余るものだって、なんとなくわかるわ。飲んだらきっとややこしいことになる。そういう意味で奥の手なのね」
「うむ。賢明じゃ」
「地球に戻れたら、全部狐鈴さんに押し付けるわ」
「そうだな。陰陽庁に必要なら月華がもっていくだろうしね」
一応保険として、配信用に言っておく。




