第150話 石板のクエスト
「狐鈴。あれ、大丈夫そうか?」
「うむ。魂はもうそこにない。動かぬと思うぞ。お主でもわかると思うのじゃが?」
「なんか引っかかるな」
「浄土世界で修行した成果はどうしたのじゃ?」
「狐鈴、勘違いしてないか? 多少神気が出てるみたいだけど、神格化なんてしてないし、妙光如来様の眷属になったわけでもないぞ」
「む。そうか……」
狐鈴がホッとした顔になった。
必要なくなったとでも思っているのだろうか?
「狐鈴の方がよっぽどすごいよ。だからこうやって頼ってるし」
「そうか、そうか」
あからさまに狐鈴の機嫌が良くなったな。
まったく何を考えて、拗ねていたんだか。
「少し借りますよ」
俺はそう言って、白骨死体から石版を取り上げた。
石版は大型のタブレットくらいの大きさで、文字がびっしり彫られていた。
言語理解のスキルで文字が読めるな。
「この森は呪われている。聖水を作って浄化しなければ、森から出られない。私はこの森に入ったことを後悔した……」
「えっ! 森から出られないの!?」
琴音は石版を覗き込みながら、眉をひそめた。
「この森ジメジメしてるから、サクッと終わらせたいなぁ」
確かにジメジメして不快なんだよな。
「森で泊まりなんて絶対にいやよ! いかにも出そうな感じだし……」
アリサさんが腕で身を抱いた。
俺も森で泊まりはいやだな。
それよりも、アリサさんは幽霊が苦手だ。こんな場所で泊まりとか最悪過ぎるだろう。
「ふむ。他になんて書いてあるのじゃ?」
「聖水の作り方が書いてある。聖なる湖の水と聖なる薬草。これを聖杯に入れて混ぜるらしい」
「幽霊が出そうな森で聖水を作るのかぁ。材料集めるの面倒だねぇ」
琴音の何気ない『幽霊』にアリサさんが過剰に反応した。
気遣い!
「幽霊とかやめてよ!」
一方アリサさんは、幽霊と聞いてソワソワし始め、スッと狐鈴の袖を掴んだ。
「ねぇ。秀ちゃん。とりあえず湖からいく? ヒントとか書いてある? というか私にも見せて!」
「ごめん。ほら」
「……前半は日記みたい? この死体の人が彫ったのかな?」
「うーん……享楽之神がクエスト用に作った《《NPC》》だったりしてね」
こんなところでいつまでも原形をとどめているなんて不自然だ。
アリサさんを安心させるために、ちょっとだけ声を大きくした。
「石版もクエスト用にあらかじめ……」
都合の悪いことを口にしたせいなのか、白骨死体がカタカタと動き出した。
「ちょっとっ! 狐鈴さん!? 秀一君!?」
「我にもミスはあると思うのじゃ!」
琴音は石版をアイテムボックスにしまって間合いを取り、辺りの警戒を始めた。
そして俺は祝詞を……
「秀ちゃん離れて!」
琴音の忠告と同時に俺は後ろに飛び退いた。
木の根だ! 木の根が髑髏の目から飛び出してきた。
白骨死体が動いたんじゃなくて、木の根が動いていたんだ。
アリサさんは白骨死体から離れていたけど、耳が痛くなるほど悲鳴を上げた。
「いやぁぁああっ! って根?」
そして木の根が触手のように襲ってきた。
「オン・アグニ・カジャラヤ・ソワカ!」
俺はマントラだけで天焔業刀を召喚し、襲いかかってきた根を切り裂き、叩き返した。
そして後ろから膨れ上がった魔力を感じると、横にステップを踏んで射線を空けた。
「デルタ・ファイア!」
アリサさんがラストスペルだけで、炎の球を三発放った。
「あーびっくりした! びっくりした! びっくりしたああ!」
びっくりしたのは俺の方だ! 炎の魔法かよ!
わりと至近距離で爆発したので、バックファイアが襲ってきた。
「うおおっ!」
俺はさらに下がってなんとか避けた。
「ふふん。幽霊じゃないならこっちのものよ!」
それはフラグだったのか、木々の間から豹の顔をした幽霊っぽいのが現れた。
それも複数。パッと見て八体。木々の陰に隠れていたら、もっといるだろう。
こいつら実体を持った幽霊なのか?
足はあるけど、ふよふよと漂っている。
その手に曲剣を持っているが、どう見ても霊体じゃない。本物の剣だ。
「ふん。あれなら怖くないわ! ファイアーボール!」
幽霊っぽくないからか、アリサさんが悲鳴を上げずに炎の魔法で先制攻撃しかけると、なぜかコメント欄に悲しい顔マークが流れていく。
おっと、俺の方にも木の触手の合間を縫って、邪悪な笑みを浮かべた獣人幽霊が襲いかかってきた。
凝視すると『ジャガー・ブート・レベル245』。相変わらずレベルがバグってるな。
「オン・プラヴィトラ・リシ・ソワカ」
俺は刀を正眼に構え、聖なる気を刀に纏わせた。
「神月斬」
俺は刀を振り上げながら一歩踏み込み、袈裟斬りに刀を振り下ろすと、黄金の光が弧を描き、ジャガー・ブートを縦に斬り裂いた。
「ぐぎゃっ」
しかしジャガー・ブートは斬り裂かれながらも邪悪な笑みを絶やさず、曲剣を叩きつけてきた。
俺は後退しつつ曲剣を避け、左手を刀から離してジャガー・ブートに向ける。
「ヴァン・レイ!」
左手から放たれた光線がジャガー・ブートの頭を吹っ飛ばした。
しばらく応戦していると、やがて根の攻撃が止み、ジャガー・ブート達が去っていった。
「終わったか?」
「いや、アレがきたので逃げたのじゃろう」
狐鈴の視線の先に、フード付きのローブを被った幽霊がいた。
「ぶおぉぉお!」
フードの下から巨大な牙と鼻が見えた。目の部分は青白い炎が燃えている。
ローブがモゾモゾと気持ち悪く動いたと思ったら、四本の腕が生地を突き破って現れた。
その手には、曲剣や槍、棍棒、鞭と様々な武器が握られていた。
凝視すると、『スワール・ブート。レベル320』
フードの奥で燃える青白い炎を見ると、かつてないほど危険な敵に思えた。




