魔王陛下のセクハラツアーご招待
勇者は生霊にかけられていた呪いを解析してため息をつきました。
「駄目だ。こりゃあ解くのは無理だな。力ずくで押し流すしかない」
呪いの解き方には二種類あります。
呪いの種類や内容を解析して、パズルを解くように解呪する方法。
解析を諦めて圧倒的な拒絶魔力を流し込んで蝕んでいる呪いそのものを身体から追い出す方法。
後者の方がおおざっぱではありますが、呪いそのものを解析するよりは手っ取り早いと言えるでしょう。
呪いをかけたのは魔族の誰かであることは間違いありません。
勇者は魔法は専門ではありませんから、解析そのものはあまり得意ではありません。
しかし後者の方法を用いるにはひとつ問題がありました。
「うーん。俺、魔力はあんまり高くないんだよなぁ」
勇者は剣技メインで戦いの世界を生き延びています。
魔法も一応使えますが、あくまで補助的なものです。
力ずくで解呪するには出力不足なのです。
「余の魔力が使えればいいのだが、起動するのが法術である以上、魔族の力は拒絶されるだろうしなぁ」
魔王も困ったように頭を掻きます。
法術はあくまで人間の魔法です。
人間の魔力でしか発動しません。
魔王も黒鍵騎士も魔力だけならかなりの大出力を誇っているのですが、肝心な時に役立たずです。
「……これなら使えるかな?」
魔女はルナソールを掲げました。
そこに込められている蓄積魔力は、小さな街なら丸ごと吹き飛ばせるほどの量です。
「それだ!」
魔王が表情を輝かせて手を叩きます。
「ナイスだ魔女! 性格は悪いが準備は最高にいいなっ!」
勇者が余計なひと言を付け足します。
「さあにゃんこ。帰ろうか」
「かえるの?」
「わーっ! 冗談冗談! 俺が悪かったってば!」
冗談が通じない魔女はにゃんこを連れてこの場から立ち去ろうとしました。
勇者は慌てて魔女を引き留めます。
「この状況でそういう凶悪な冗談はやめてくれ勇者! 次世代魔王の誕生がかかっているのだぞ!」
「……あのさぁ、魔王が勇者にそれを言うか?」
本気で焦っている魔王に対して、勇者は呆れたように肩を竦めます。
「言うとも。この際余の立場などクソ食らえだ」
「魔王としては立派な態度と言ってやりたいところだけど、色々微妙だなぁ」
「ルナソールの蓄積魔力を使うのは構わないけど。もちろんただじゃないからね」
開き直る魔王、呆れる勇者、空気を読まない魔女と、実に協調性のない三人です。
「……き、金銭以外で支払いたいのだが、構わないか?」
ボンビー魔王が眉をハの字にして魔女に問いかけます。
本気で財政が苦しいようです。
「……ねえ、アレが魔王っていうのも魔族の未来が不安にならない?」
魔女が小声で黒鍵騎士に問いかけます。
「……ノーコメントです」
色々と思うところはあるようですが、賢明にもそう答える黒鍵騎士でした。
「じゃあ黒鍵騎士の耳尻尾もふもふセクハラツアー一日の権利を要求していいかな?」
「っ!?」
魔女が提示した報酬条件に黒鍵騎士が再び顔を引きつらせます。
「ちょっと待て。黒鍵騎士は俺が先約だ」
「っ!!??」
「………………」
「………………」
魔女と勇者の間で火花が飛び散ります。
どちらが黒鍵騎士の耳尻尾をもふもふさせるか。
どちらも譲る気はないようです。
魔女は今更ですが、勇者も心が狭すぎます。
「まあ、待て」
今にも爆発しそうな二人に魔王が恐る恐る声をかけます。
「要するにお前ら、黒鍵騎士が目的なのではなく、耳尻尾が目的なのだろう? もふもふしてなでなでしてぎゅーぎゅーしたいのだろう?」
「そうよ」
「その通りだ」
同時に返事をします。
こんなときだけハモりました。
「だったら話は簡単だ。黒鍵騎士の故郷に招待しよう。獣魔族の里は住人全員が黒鍵騎士と同じ耳尻尾の持ち主だ。猫・犬・狸・狐とバリエーションも豊富だぞ。里には二人をもてなすように通達しておく。これでどうだ?」
「………………!」
「………………!」
この時見せた魔女と勇者の表情を、魔王と黒鍵騎士は一生忘れないでしょう。
この世の幸せを独り占め(二人占め)したような、輝くような笑顔でした。
こうして魔王と魔女と勇者の取引は成立したのです。
『……頼る人、間違えたかなぁ』
やはり置いてけぼりの生霊が魔女と勇者を眺めながら頭を抱えてしまいました。
次世代魔王のピンチだというのに、あまりに緊張感に欠ける光景です。




