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『キモデブニートだった俺が、剣聖スキル持ちの銀髪美少年に転生したケース』  作者: ぷっぷくクリーナー


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第124章 決戦の序曲


 聖連邦首都。


 白亜の大神殿に、朝の鐘が鳴り響いていた。


 長い夜が明け、聖都はいつもと変わらぬ一日を迎えようとしている。


 祈りを捧げる神官たち。


 礼拝へ向かう信徒たち。


 聖なる都には、穏やかな朝の光が降り注いでいた。


 しかし、その中心に君臨する教皇オラトリアだけは、世界に生じつつある異変を感じ取っていた。


 純白の法衣に身を包んだ少女は、大神殿の最奥で静かに目を閉じている。


 少女から大人へと移り変わる頃の、可憐で神秘的な容姿。


 人間には到底到達できないほど精緻に整った美貌。


 その姿は、千年以上もの間、ほとんど変わっていない。


 だが、長い年月を生きてきた彼女だからこそ、気づくことがあった。


 世界を巡る魔力の流れ。


 その均衡が、少しずつ崩れ始めている。


オラトリア「……やはり、変化が始まっていますね」


 静かな呟きが漏れた。


 昨夜、ラプソディアが語った魔力循環網の異常。


 それは、彼女にとっても無視できない問題だった。


 北境の古代施設。


 魔境の魔力不足。


 そして、世界各地に点在する古代文明の遺産。


 それらは決して無関係ではない。


 教皇オラトリアは、そのことを以前から知っていた。


 そして、もう一つ。


 現在、聖連邦が管理する聖地にも、重要な施設が存在している。


 地下深くに眠る、古代の魔力循環網へ干渉するための操作ゲート。


 その存在を知る者は、聖連邦の中でも極めて限られていた。


 教皇自身が千年以上にわたり、その秘密を守ってきたのである。


オラトリア「……あの場所を、誰か一人の手に委ねるわけにはいきません」


 彼女は静かに目を開いた。


 その瞳には、神聖な慈愛と、統治者としての冷静さが同居している。


 聖連邦が王国に対する軍事行動を開始したとき、教皇はそれを容認した。


 表向きの理由は、新たな勇者の誕生に神の意志を見いだし、聖地を奪還すること。


 そして、魔界との和平へと向かう堕落したセレスティア王国に、神の名のもとに鉄槌を下すことだった。


 しかし、教皇オラトリアが軍事行動を容認した真の目的は、別にあった。


 王国と魔界。


 かつて敵対していた二つの勢力が、今や協力関係を築き始めている。


 それ自体は、決して悪いことではない。


 だが、もし両者が協力して古代の魔力循環網を掌握したならば。


 世界の魔力の流れを、特定の国家や種族の都合によって変更できるかもしれない。


 魔境を救うために、人間の土地が犠牲になる。


 あるいは、人間の繁栄を守るために、魔境が衰退していく。


 そんな選択を、誰か一人に委ねることはできなかった。


 だからこそ、聖連邦は聖地を確保し続けなければならない。


オラトリア「……争いを止めるために、争いを容認する」


 皮肉なことだった。


 教皇は、ほんの少しだけ悲しげに微笑んだ。


 しかし、感傷に浸っている時間はない。


 王国が聖地の重要性に気づけば、必ず奪還を試みるだろう。


 そのとき、聖連邦は全力で迎え撃たなければならない。


 やがて、教皇は側近を呼び寄せた。


大神官長「教皇聖下。お呼びでしょうか」


オラトリア「聖地方面の軍備について、報告をお願いします」


大神官長「はっ。先鋒軍九万は、すでに聖地周辺の主要地点を確保しております。防御陣地の構築も進めております」


オラトリア「王国軍の動きは?」


大神官長「西方戦線の停戦を受け、兵力の再配置が始まったとの報告がございます」


 教皇は静かに頷いた。


オラトリア「増援を準備してください」


大神官長「……増援、でございますか」


オラトリア「ええ。聖騎士団にも出動準備を命じます」


 大神官長の表情が引き締まった。


 聖騎士団。


 聖連邦の信仰と権威を守る精鋭戦力。


 その本格投入は、聖連邦が今回の戦争に並々ならぬ決意で臨んでいることを意味していた。


大神官長「承知いたしました。直ちに手配いたします」


オラトリア「ただし、一つだけ」


大神官長「何でございましょう」


オラトリア「聖地の遺跡を、決して破壊してはなりません」


 その声は穏やかだった。


 だが、有無を言わせぬ重みがあった。


オラトリア「どのような戦況になろうとも、遺跡そのものの保全を最優先としてください」


大神官長「……御意」


 大神官長は深々と頭を下げた。


 教皇の真意を知ることなく。


    


 一方。


 セレスティア王国、王都地下。


 古代の封印施設では、シオン・アルトゥスが無数の魔法陣を見つめていた。


 床から天井まで広がる複雑な術式。


 その一部が、これまでとは異なる反応を示している。


シオン「……やはり、聖地か」


 シオンは静かに呟いた。


 古代施設の異常は、北境だけに留まっていなかった。


 王都地下の封印を通じて観測される魔力の流れにも、わずかな変化が生じている。


 その反応を辿った先にあるのが、現在は聖連邦の管理下に置かれている聖地だった。


 長い間、宗教的な象徴として崇められてきた場所。


 しかし、そこには別の意味があった。


 世界の魔力循環網を構成する、重要な接続地点。


 シオンは、手元の記録をもう一度確認した。


シオン「……ただの遺跡ではない。あそこには、循環網へ干渉するための機構が存在するはずだ」


 それがどの程度の操作能力を持つのか。


 現在も正常に機能するのか。


 すべてが判明したわけではない。


 だが、放置できる危険ではなかった。


 シオンは王国上層部へ向けて、緊急の報告を送る。


 彼自身は、封印を離れられない。


 それでも、できることはある。


 いや。


 今度こそ、できることをしなければならない。


シオン「……レオン。お前たちが戦う場所は、どうやら決まったようだな」


 シオンの表情に、わずかな陰りが差した。


 これまで経験してきた幾つもの未来。


 その中には、二度と思い出したくない結末もあった。


 だが、今回は違う。


 少なくとも、そう信じたかった。


シオン「……同じ結末にはさせない」


 静かな決意が、地下施設に響いた。


    


 セレスティア王国、王宮。


 緊急軍議には、王国軍の主要指揮官たちが集められていた。


 卓上には聖地周辺の詳細な地図が広げられている。


 その中央には、現在聖連邦軍が確保している地域が示されていた。


 報告を受けた将軍の一人が、険しい表情で口を開いた。


王国将軍「……つまり、聖地の遺跡には、世界の魔力循環網を操作する機構が存在する可能性があると?」


軍務官「はい。王都地下の古代施設を調査しているシオン・アルトゥスからの報告です」


王国将軍「……厄介なことになったな」


 軍議に重苦しい空気が流れた。


 聖地は現在、聖連邦の管理下にある。


 王国軍は先の戦略的撤退によって、その地域を放棄せざるを得なかった。


 だが、単なる宗教的な聖地であれば、和平交渉による解決の余地もあった。


 しかし、世界の魔力循環網を左右する場所となれば話は別だ。


王国将軍「聖連邦が、その機構を掌握した場合は?」


軍務官「詳細は不明です。ただ、魔力循環への大規模な干渉が可能となれば、王国全土にも影響が及ぶ恐れがあります」


 沈黙。


 やがて、アルセリア辺境伯が口を開いた。


アルセリア辺境伯「……聖地を奪還する」


 短い言葉だった。


 だが、その決意は揺るがなかった。


王国将軍「辺境伯閣下。しかし、敵の先鋒だけでも九万と報告されております」


アルセリア辺境伯「承知している」


王国将軍「さらに本国からの増援も予想されます。容易な戦いにはなりません」


アルセリア辺境伯「だからこそ、戦力を集中する」


 辺境伯は地図へ視線を落とした。


アルセリア辺境伯「西方諸侯連合との停戦によって、転用可能となった兵力がある」


 西方戦線では、長い戦いの末に停戦協議が進んでいた。


 王国軍は、これまで西方に拘束されていた戦力の一部を、新たな戦線へ投入できる状況になりつつある。


アルセリア辺境伯「それらを再編し、聖地方面へ集結させる」


王国将軍「近衛騎士団は?」


 その問いに、王国側の軍務責任者が頷いた。


軍務官「国王陛下は、近衛騎士団の投入も認めておられます」


 ざわめきが広がった。


 王国近衛騎士団。


 王国が誇る精鋭部隊。


 その投入まで決定したということは、王国が今回の戦いを国家の命運を左右する決戦と位置づけた証だった。


 近衛騎士団には、アルセリア辺境伯の二人の息子も所属している。


 長兄ルーカス・アルセリア。


 そして、魔導騎兵隊所属の次兄ディートリヒ・アルセリア。


 彼らにも、再び大きな戦いが待ち受けていた。


王国将軍「……王国の総力を挙げることになりますな」


アルセリア辺境伯「……必要な戦力を揃えよ」


 辺境伯は地図の中央、聖地を指さした。


アルセリア辺境伯「目的は聖地の確保。そして、古代施設を敵の一方的な支配から守ることだ」


 その言葉に、誰も異論を唱えなかった。


 王国軍は、聖地奪還に向けて本格的な動員を開始した。


   


 そして、その知らせはセレスティア学園にも届いた。


 王国軍からの正式な要請。


 学園騎士団の再派遣について、学園上層部は緊急会議を開いた。


 北境戦役では、学園の生徒たちも戦場へ赴いた。


 多くの危険を経験し、実戦の厳しさを知った。


 だからこそ、再派遣を軽々しく決めることはできなかった。


 しかし、今回は王国の存亡すら左右しかねない戦いである。


 軍の要請を受け、十分な準備と指揮系統の整備を条件として、学園はついに決断した。


 学園騎士団の再派遣を正式に決定する。


 その発表は、瞬く間に学園中へ広がった。


    


 ……そして、放課後。


 俺は教室の自分の席で、盛大にため息をついていた。


レオン「……また戦争かあ」


 ついこの間、西方戦線から帰ってきたばかりだ。


 オスティナートとの再戦も終わり、ようやく学園での生活に戻れたと思っていた。


 なのに。


 今度は聖連邦との大規模な決戦だという。


 しかも、学園騎士団まで再派遣されるらしい。


 ……いや、もう少し休ませてくれませんかね?


クラリッサ「レオン!」


レオン「……何?」


クラリッサ「聞いた!? また出動するんだって!」


レオン「……うん。聞いたよ」


クラリッサ「今度は聖連邦が相手なんだよね?」


レオン「そうみたいだね」


 クラリッサは、いつものように元気な声を出していた。


 だが、その表情は真剣だった。


 以前のように、強い相手と戦えることだけを喜んでいるわけではない。


 彼女もまた、戦争の現実を知っているのだ。


ジェイド「……敵の先鋒だけで九万だってよ」


 ジェイドが椅子を引き寄せながら言った。


ジェイド「九万って、おい。いったい何人を相手にするんだ?」


アーヴェル「当然、学園騎士団だけで戦うわけではない。王国軍の指揮下で、与えられた任務を果たすことになるだろう」


ジェイド「そりゃそうだけどさ……」


アーヴェル「敵も増援を準備しているらしい。決して楽観できる状況ではないな」


ヴィクトリア「聖連邦の聖騎士団まで投入されるそうですわ」


 ヴィクトリアの言葉に、教室が静かになった。


 聖騎士団。


 聖連邦が誇る精鋭戦力。


 信仰の名のもとに鍛え上げられた、強力な騎士たちだ。


カグラ「……強敵が多い」


クラリッサ「……そうだね」


 いつもなら、ここでクラリッサが威勢よく言い返すところだろう。


 だが、今日は違った。


エリシア「王国軍も、かなり大規模な動員を進めているそうです」


 エリシアが静かに言った。


エリシア「それほど重要な場所なのでしょうね。今回の聖地は」


アーヴェル「……ああ。王国が近衛騎士団まで投入する以上、何か重大な理由があるはずだ」


 俺は頷いた。


 聖地。


 古代遺跡。


 そして、魔力循環網。


 どこまでが公表されている情報なのかはわからない。


 けれど、魔界で聞いた話や、北境で経験した出来事を思い返せば、ただの領土争いではないことくらいは想像できた。


 魔境の魔力不足。


 古代施設の異常。


 これまで別々に見えていた問題が、少しずつ一つにつながり始めている。


 ……嫌な予感しかしない。


ソフィア「……あの、レオン様」


レオン「ん?」


ソフィア「今回も、たくさんの方がお怪我をされるのでしょうか……」


 ソフィアは不安そうに俺を見つめた。


 その気持ちは、よくわかる。


 戦場では、剣で斬られた傷だけではなく、飢えや病気に苦しむ人々もいた。


 負傷した兵士。


 家族を失った住民。


 戦争の被害を受けるのは、戦う者だけではない。


レオン「……そうならないように、できることをしたいね」


ソフィア「……はい。私も、救護の準備を進めておきます」


 ソフィアは小さく頷いた。


 その瞳には、不安と同時に強い決意が宿っていた。


リリアーナ「……古代遺跡」


 唐突に、リリアーナが口を開いた。


レオン「……ん?」


リリアーナ「……今回の聖地。魔術研究会にも調査依頼が来るかもしれません」


クラリッサ「えっ!? じゃあ、アーマードクラリッサも出番!?」


 その言葉を聞いた瞬間、リリアーナの目がわずかに輝いた。


リリアーナ「……整備、必要です」


レオン「……ああ、そうだね」


クラリッサ「よーし! 今度こそ、もっと上手く動かしてみせるんだから!」


 クラリッサが拳を握る。


 ……うん。


 頼もしい。


 頼もしいんだけど。


 どうか、安全第一でお願いします。


     


 放課後の剣術訓練場。


 すでに多くの生徒たちが、学園騎士団の再派遣に向けた準備を始めていた。


 木剣の打ち合う音。


 魔術の詠唱。


 装備を点検する生徒たちの声。


 つい先日まで、ようやく日常の賑わいを取り戻しつつあった場所だ。


 しかし、今日はどこか張り詰めた空気が漂っていた。


 俺も仲間たちと、今後の訓練について話し合っていた。


エリシア「レオン様。少しよろしいでしょうか?」


レオン「うん。どうしたの?」


 エリシアは、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。


 だが、その表情には確かな決意があった。


エリシア「今回の派遣では、私もできる限り皆さんのお役に立ちたいと思っています」


レオン「エリシアは、今までも十分助けてくれてるよ」


エリシア「ありがとうございます。でも、今回はもっと大きな戦いになるのでしょう?」


 彼女は訓練場の向こうへ目を向けた。


エリシア「私の風と水の魔術なら、敵の攻撃を防いだり、負傷者を安全な場所へ運ぶための援護ができると思うんです」


レオン「……うん。エリシアの魔術は、すごく頼りになる」


エリシア「ふふ。では、レオン様にも安心して戦っていただけるよう、頑張りますね」


 その言葉が、なんだか嬉しかった。


 北境でも西方でも、戦場では自分の剣だけでは守れないものが多すぎると痛感した。


 だからこそ、彼女のような仲間がいてくれるのは本当にありがたい。


 そこへ、ヴィクトリアが歩み寄ってきた。


ヴィクトリア「お二人とも、ずいぶんと熱心ですのね」


レオン「あ、ヴィクトリア」


ヴィクトリア「今回の派遣について、わたくしも少々考えておりましたの」


 ヴィクトリアは凛とした表情で続けた。


ヴィクトリア「聖連邦軍の先鋒だけで九万。さらに聖騎士団まで投入されるのでしょう?」


レオン「そう聞いてるよ」


ヴィクトリア「であれば、個々の強さだけではどうにもなりませんわ。部隊としての連携を、今まで以上に徹底する必要があります」


 なるほど。


 確かに、そのとおりだ。


ヴィクトリア「光と炎の魔術による援護も、味方の位置や指揮系統を正確に把握してこそ意味がありますもの」


エリシア「はい。私も同じことを考えていました」


ヴィクトリア「でしたら、出発までに連携訓練を行いましょう。前衛と後衛の位置関係だけでも、確認しておく価値はありますわ」


レオン「……二人とも、頼もしいね」


ヴィクトリア「あら。当然ですわ」


 ヴィクトリアは優雅に微笑んだ。


ヴィクトリア「レオンばかりに活躍させるわけにはいきませんもの」


 ……いや。


 むしろ、ぜひそうしてほしい。


 俺としては、できるだけ目立たずに済むのが一番だからね!


セシリア「……良い心構えですね」


 背後から、落ち着いた声が響いた。


 振り返ると、そこには一人の上級生が立っていた。


 セシリア・ヴァルシュタイン先輩だった。


レオン「セシリア先輩!」


セシリア「久しぶりですね、レオン君」


 先輩は静かに微笑んだ。


セシリア「西方戦線から無事に戻ったと聞いています。何よりです」


レオン「ありがとうございます」


セシリア「しかし、休む間もなく次の戦いとは……」


 先輩は訓練場に集まった生徒たちへ視線を向けた。


セシリア「今回の聖地方面への派遣は、北境以上に難しい任務になるかもしれません」


ヴィクトリア「セシリア先輩も、そうお考えですの?」


セシリア「ええ。敵は統率された国家の正規軍です。しかも、精鋭の聖騎士団まで加わる」


 その声は静かだった。


 だが、言葉の一つ一つに重みがある。


セシリア「兵力差を埋めようと、一部の者が無理をすれば、かえって部隊全体を危険にさらします」


レオン「……確かに」


セシリア「学園騎士団の役割は、ただ敵を倒すことではありません。与えられた任務を果たし、仲間を生きて帰すことです」


 俺は思わず頷いた。


 その言葉は、戦場を経験した今だからこそ、よく理解できる。


エリシア「……はい。私も、そのために力を尽くします」


ヴィクトリア「わたくしもですわ」


 セシリア先輩は二人を見つめ、満足そうに頷いた。


セシリア「頼もしいですね」


 そして、視線を俺へ戻す。


セシリア「……ところで、レオン」


レオン「はい?」


セシリア「あなたの剣について、少し気になることがあります」


 ……えっ。


 何だろう。


セシリア「以前より、さらに腕を上げたそうですね」


レオン「……まあ、多少は」


セシリア「魔界で修行を積んだと聞きました。私も、一度その成果を見てみたいものです」


 ……嫌な予感がする。


レオン「あの、先輩?」


セシリア「出発までに、手合わせをお願いできますか?」


 来た。


 やっぱり来た!


 俺が平穏な学園生活を望むたびに、どうしてこうなるんだろう。


ヴィクトリア「まあ! セシリア先輩とレオンの模擬戦ですの?」


エリシア「それは、ぜひ拝見したいです」


レオン「エリシアまで!?」


 セシリア先輩が、ほんの少し楽しそうに微笑んだ。


セシリア「無理にとは言いませんよ。ただ、私も剣士ですから」


 その言葉には、剣に生きる者らしい純粋な興味があった。


レオン「……わかりました。でも、軽めでお願いします」


セシリア「ええ。もちろんです」


 ……本当かな?


 剣士の言う「軽めの手合わせ」ほど、信用できない言葉もない気がする。


 そんな話をしていると、いつの間にか俺の隣に銀髪の少女が立っていた。


レオン「……ルミナ?」


ルミナ「はい」


レオン「いつからいたの?」


ルミナ「少し前から、です」


 ……全然気づかなかった。


 相変わらず、気配が薄い。


ルミナ「……私も、行きます」


レオン「聖地に?」


ルミナ「はい。レオン様と、一緒に」


 ルミナは小さく頷いた。


 その表情はいつもどおり、ほとんど変わらない。


 けれど、言葉には確かな意思が込められていた。


エリシア「ルミナさんも参加されるのですね」


ルミナ「はい。お役に立てると思います」


ヴィクトリア「あなたの魔術なら、確かに心強いですわね」


 ルミナはヴィクトリアを見上げた。


ルミナ「ありがとうございます」


 短い返答。


 だが、本人なりに嬉しいらしい。


 ほんの少しだけ、表情が柔らかくなった。


セシリア「ルミナさん。今回の作戦では、あなたの転移魔法も重要になるかもしれませんね」


ルミナ「……はい。でも、人は運べません」


セシリア「そうでしたね」


ルミナ「大きな物も、難しいです」


 ルミナは真面目な顔で続けた。


ルミナ「でも、偵察や調査なら、できます。危険な場所も、先に調べられます」


 なるほど。


 確かに、それは助かる。


 大勢を転移させたり、大きな装備を運んだりはできなくても、ルミナ自身が移動できるだけで、偵察の幅は大きく広がる。


エリシア「では、ルミナさんが集めた情報を、私たちの部隊へ伝える形も考えられますね」


ルミナ「はい。それが良いと思います」


ヴィクトリア「ただし、単独で深入りするのは禁物ですわよ。今回は敵の規模が違いますもの」


ルミナ「……気をつけます」


 ……本当に?


 北境のとき、俺に何も言わずに来た人が言うと、ちょっと不安なんだけど。


レオン「ルミナ。今回は一人で無茶しないでね」


ルミナ「……はい」


 素直に頷くルミナ。


 そして、少しだけ間を置いた。


ルミナ「レオン様も、です」


レオン「……え?」


ルミナ「レオン様も、無茶をします」


 ぐっ。


 反論できない。


ヴィクトリア「まったく、そのとおりですわ!」


エリシア「ふふ。私もルミナさんに賛成です」


セシリア「レオンには、少し自覚していただきたいですね」


 ……あれ?


 何でいつの間にか、俺への説教になってるの?


レオン「……善処します」


ルミナ「……お願いします」


 ルミナは真剣な顔で頷いた。


 その様子が妙におかしくて、俺は思わず笑ってしまった。


 すると、ルミナもほんの少しだけ微笑んだ。


 戦争が近づいている。


 それは、誰もが理解していることだった。


 けれど、こうして仲間たちと話していると、不思議と気持ちが落ち着いた。


 北境でも、西方でも、一人ではどうにもならない場面があった。


 今回も、きっとそうだろう。


 だが、今の俺には頼もしい仲間たちがいる。


 そして、その仲間たちもまた、それぞれの意思で戦いに向かおうとしていた。


ルミナ「……レオン様」


レオン「ん?」


ルミナ「今度も、一緒に帰りましょう」


 静かな声だった。


 けれど、その言葉は胸に残った。


レオン「……うん。もちろん」


 俺が答えると、ルミナは小さく頷いた。


ルミナ「……約束です」


 その言葉に、エリシアとヴィクトリアも微笑む。


セシリア「ええ。皆で無事に帰ってきましょう」


 俺たちは、静かに頷き合った。


 世界の行く末を左右する戦いが、すぐそこまで迫っている。


 それでも。


 俺たちが願っているのは、決して大それたことではない。


 ただ、みんなで生きて帰ること。


 そして、もう一度、この学園で笑い合うことだった。


     


 その頃。


 王国近衛騎士団では、聖地方面への出動準備が進められていた。


 武具の点検。


 軍馬の整備。


 魔導騎兵隊の装備確認。


 兵士たちは、それぞれの任務に追われていた。


 長兄ルーカスも、部隊の準備状況を確認していた。


 そこへ、次兄ディートリヒが現れる。


ディートリヒ「兄上。魔導騎兵隊の出動準備が進んでいます」


ルーカス「……そうか」


ディートリヒ「今度は父上の軍も主力になるそうですね」


ルーカス「ああ」


 ルーカスは静かに頷いた。


 アルセリア辺境伯家。


 王国北境を守り続けてきた武門。


 その三人の息子が、再び同じ戦争に関わることになる。


ディートリヒ「……レオンも、学園騎士団とともに来るのでしょうか」


ルーカス「可能性は高いな」


 ディートリヒは小さく笑った。


ディートリヒ「……あいつも、すっかり立派になりましたね」


ルーカス「……ああ」


 短い返答。


 だが、そこには弟への確かな信頼があった。


 そして同時に、兄としての心配も。


 どれほど強くなろうとも、戦場に絶対の安全など存在しない。


 それを、二人ともよく知っていた。


    


 聖地。


 広大な平原の向こうに、古くから信仰の対象となってきた遺跡が広がっている。


 その周囲では、聖連邦軍による大規模な陣地構築が進んでいた。


 先鋒九万。


 数え切れないほどの軍旗が風にはためく。


 歩兵。


 騎兵。


 魔術兵。


 補給部隊。


 聖連邦の軍勢は、すでに一つの巨大な軍事拠点を形成しつつあった。


 さらに、本国からの増援が続々と動員されている。


 聖騎士団の出動準備も進み、聖地方面の戦力は今後さらに増強される見込みだった。


 一方、セレスティア王国も動き始めていた。


 主力となるアルセリア辺境伯軍。


 西方戦線から再編される諸部隊。


 王国近衛騎士団。


 そして、学園騎士団。


 それぞれが聖地へ向けて準備を進めている。


 両国が動員する兵力は、今回の戦争でも最大級の規模となろうとしていた。


 しかし、王国も聖連邦も、古代遺跡の機能を完全には理解していない。


 もし戦闘によって遺跡が破壊されたら。


 もし、何者かが魔力循環網へ不用意に干渉したら。


 その結果、世界に何が起こるのか。


 確かな答えを持つ者はいなかった。


     


 王都地下。


 シオンは、再び古代施設の記録を見つめていた。


 聖地方面から伝わる魔力の反応は、以前よりも明瞭になっている。


 まるで、遠く離れた何かが、静かに目覚めようとしているかのように。


シオン「……聖地を巡って、王国と聖連邦が動き出したか」


 彼は目を細めた。


 王国は、遺跡を奪還しようとしている。


 聖連邦は、遺跡を守ろうとしている。


 どちらも、自分たちの未来を守るために。


 だが、その戦いによって循環機構の均衡が崩れれば、勝者も敗者も関係なく世界が危機に陥るかもしれない。


 シオンは、静かに拳を握った。


シオン「……必要なのは、勝利だけではない」


 誰かを犠牲にすることでしか世界を救えない未来。


 その結末を、彼は何度も見てきた。


 だからこそ、今度は違う道を探さなければならない。


シオン「……まだ、間に合うはずだ」


 静かな声が、古代施設に響いた。


 遠く離れた聖地では、二つの国家が決戦の準備を進めている。


 王国の剣。


 聖連邦の信仰。


 そして、古代文明の遺産。


 それぞれの思惑が、一つの場所へと収束しようとしていた。


 世界の魔力循環網を巡る、王国と聖連邦の総力決戦。


 その幕が、今まさに上がろうとしていた。


    


 その頃。


 誰もいない薄暗い一室で、ラプソディアは静かに微笑んでいた。


 王国と聖連邦。


 聖地を巡って、両国が総力を挙げて動き始めた。


 その知らせを聞いても、彼女の表情に驚きはなかった。


 むしろ、どこか楽しげだった。


ラプソディア「……ふふっ。オラトリアもその気なら、この際、予定を早めようかしら」


 真紅の瞳が、妖しく輝いた。


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