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『キモデブニートだった俺が、剣聖スキル持ちの銀髪美少年に転生したケース』  作者: ぷっぷくクリーナー


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第113章 魔界見学


 魔王城の朝は、不思議な色をしていた。


 淡い紫色の空の下、黒曜石のような山々が幾重にも連なっている。


 山肌には青白い鉱脈が走り、朝日に照らされるたび、巨大な宝石のように輝いていた。


 眼下には魔界の街並み。


 尖塔の立つ石造りの家々から、朝食の煙が細く立ち上っている。


 レオンは客室の窓を開けた。


レオン「……本当に異世界って感じだな」


 いや、実際に異世界なのだが。


 それでも、前世で想像していた魔界とは随分違う。


 もっと暗く、荒れ果て、恐ろしい魔物ばかりが徘徊している場所だと思っていた。


 ところが実際には、街があり、市場があり、人々の暮らしがある。


 しかも、風景は驚くほど美しかった。


ルミナ「レオン様。起床時刻です」


レオン「おはよう、ルミナ」


ルミナ「おはようございます。本日は魔境の歴史と文化について見学する予定です」


レオン「そうだったな。楽しみだよ」


ルミナ「はい。私も興味があります」


 ルミナは窓の外へ視線を向けた。


ルミナ「……美しい土地です」


レオン「うん。でも、魔力が足りなくなっているんだよな」


ルミナ「はい。場所によって流れが弱まっています」


 レオンは遠くの山並みを見つめた。


 昨夜、魔王と交わした言葉が思い出される。


 あの穏やかな笑顔の奥には、この土地を守らなければならないという重い責任があるのだろう。


     


 朝食後、王国から訪れた十五名は、魔王軍の案内役とともに城外へ向かった。


 最初に案内されたのは、街を見下ろす高台だった。


 そこからの景色は、まさに絶景と呼ぶにふさわしかった。


 黒紫色の断崖から流れ落ちる、青白く輝く滝。


 谷底に広がる光る森林。


 巨大な樹木の枝には、小さな翼を持つ生き物たちが群れ、その下を荷運び用の獣がゆっくり歩いていた。


クラリッサ「うわあっ! すっごーい!」


ヴィクトリア「クラリッサ! もう少し静かに感動なさい!」


クラリッサ「だって見てよ! あの滝、光ってるよ!」


エリシア「本当に綺麗ですね。王国では見られない景色です」


カグラ「……見事」


 セシリアも目を細めた。


セシリア「魔界という言葉から、これほど美しい風景は想像していませんでした」


マリアベル「岩肌に浮かぶ光は、魔力を含んだ鉱脈かしら。興味深いわね!」


リリアーナ「場所によって魔力濃度が異なります。測定したいです」


セレフィア「採取や調査は、現地の許可をいただいてからにしましょうね」


マリアベル「もちろんよ!」


 返事だけは実に立派だった。


 しかし、レオンは遠くの景色に目を奪われていた。


 輝く森のさらに向こう側。


 そこには、まったく異なる大地が広がっていた。


 葉を落とした木々。


 干上がりかけた川。


 光を失った岩肌。


フィオナ「……あちらは様子が違うな」


ルミナ「魔力の流れが弱まっています」


 案内役によれば、その一帯では近年、作物の生育や水の確保が難しくなっているという。


ソフィア「……あんなに綺麗な土地なのに」


 レオンは頷いた。


 魔王が語っていた魔力不足。


 それは単なる政治や軍事の問題ではなかった。


 この大地で生きる人々の、明日の暮らしに関わる問題なのだ。


    


 高台から街へ戻る途中、一行は大きな市場を訪れた。


 色とりどりの屋根が並び、露店からは香ばしい匂いが漂っている。


 焼いた肉の香り。


 煮込んだ野菜と香辛料の香り。


 甘く焼き上げた菓子の香り。


 しかも、料理の種類が驚くほど豊富だった。


クラリッサ「うわっ! 何ここ! おいしそうなものばっかりじゃん!」


ヴィクトリア「あなたは食べ物になると、本当に元気ですわね」


クラリッサ「だって旅行の楽しみでしょ!」


レオン「……まあ、それは分かる」


 市場には、薄い生地で肉と野菜を包んだ料理や、香辛料をふんだんに使った煮込み料理が並んでいた。


 さらに、魚介を使った白いスープや、豆と穀物を混ぜて焼いた料理まである。


エリシア「……不思議ですね。いろいろな地方の料理が混ざっているみたいです」


ヴィクトリア「あちらは王国南部の料理に似ていますわ」


 カグラは一軒の屋台を見つめた。


 そこには薄く切った魚を香草とともに盛り付けた料理があった。


カグラ「……魚の扱い方は、少し懐かしい」


レオン「カグラの故郷にもあるのか?」


カグラ「似た料理はある。でも、味付けは違う」


 カグラの故郷は、セレスティア王国よりも遥か東方にある島国だ。


 大陸東部の国々とも異なる文化を持つという。


カグラ「……遠い土地でも、似た工夫は生まれる」


 その言葉に、レオンは感心した。


 すると案内役が口を開いた。


魔界案内役「この市場には、魔境の外から移り住んできた方々の料理も多いのです」


レオン「……移り住んできた?」


魔界案内役「はい。人間諸国で迫害を受け、故郷を追われた亜人や人間たちです」


レオン「……人間も?」


 思わず聞き返してしまった。


魔界案内役「ええ。魔境には人間の住民もおります。とくに東方聖連邦から逃れてきた方々が多いのです」


アーヴェル「東方聖連邦か……。王国よりもさらに東に位置する国家だな」


魔界案内役「はい。厳しい迫害を逃れ、長い旅の末にここへ辿り着いた者も少なくありません」


 レオンは市場を見渡した。


 角のある商人。


 獣耳の女性。


 人間の料理人。


 翼をたたんで歩く若者。


 様々な種族が同じ市場で働き、同じ食卓を囲んでいた。


 そのとき、一軒の食堂から年配の人間の女性が声をかけてきた。


料理店の女性「よかったら、一口食べていくかい?」


 彼女が差し出したのは、香辛料を使った温かな煮込み料理だった。


クラリッサ「いいの!? いただきまーす!」


ヴィクトリア「まずはお礼を言いなさい!」


クラリッサ「ありがとう!」


 料理を口にしたクラリッサの顔が、ぱっと明るくなる。


クラリッサ「おいしーっ!」


 周囲から笑いが起こった。


 女性も嬉しそうに目を細める。


料理店の女性「昔、故郷で母が作ってくれた料理なんだよ」


レオン「……故郷の?」


料理店の女性「ああ。東方聖連邦から逃げてきたんだ。もう長いこと帰っていないけどね」


 その声には、かすかな寂しさがあった。


料理店の女性「それでも、料理の味くらいは子供たちに残してやりたいからね」


 レオンは、改めて市場を見渡した。


 珍しいと思っていた料理の一つ一つに、故郷を離れた人々の歴史があったのだ。


ルミナ「……故郷を失っても、故郷の味は残るのですね」


レオン「……そうだな」


 魔界。


 それは魔族だけの国ではなかった。


 行き場を失った人々にとって、新たな暮らしを築く場所でもあったのだ。


    


 次に一行が訪れたのは、魔境の歴史を伝える古い石造りの建物だった。


 巨大な壁には、歴代の支配者や戦争の様子が刻まれている。


 その中の一枚に、レオンは目を留めた。


 剣を掲げた人間らしい人物。


 その前に立ちはだかる巨大な影。


クラリッサ「ねえ、あれって勇者じゃない?」


アーヴェル「王国にも似た伝承があるな」


レオン「……勇者か」


 レオンは壁画を見上げた。


レオン「そういえば、魔王って勇者に倒されるものじゃないのか?」


ヴィクトリア「伝承では、勇者が魔王を討伐したという話もありますわね」


セシリア「ですが、それがどこまで史実なのかは別問題でしょう」


 案内役によれば、壁画は古い時代の伝承を記したものだという。


 勇者と魔王の戦い。


 幾度も語り継がれてきた物語。


 しかし記録には食い違いがあり、何が事実だったのか判然としない部分も多いらしい。


クラリッサ「えーっ! 勇者が魔王を倒して、めでたしめでたしじゃないの!?」


ヴィクトリア「歴史はそんなに単純なものではありませんわ!」


 レオンは、ふと昨日の茶会を思い出した。


 あの魔王もまた、かつて異世界で生きていたという。


 だが、彼女がどうやって魔王になったのかは聞いていない。


(……そういえば、あの人は何代目の魔王なんだろう?)


 そして、勇者という存在は、実際に何者だったのだろう。


 疑問は増えるばかりだった。


    


 午後、一行は魔界の医療施設を訪れた。


 明るい石造りの建物には、薬草の香りが漂っていた。


 患者のための寝台が並び、医師や薬師たちが忙しく働いている。


ソフィア「……珍しい薬草がたくさんあります」


ミレイユ「王国とは治療薬の作り方も違いそうだねぇ」


 案内役の医療担当者は、施設の歴史について説明した。


魔界医療担当者「今の魔王陛下も、以前は医師として多くの患者を診ておられたのですよ」


レオン「……えっ!?」


 思わず声が出た。


レオン「魔王陛下って、お医者さんだったんですか!?」


魔界医療担当者「はい。魔王になられる前から、病人や怪我人を助けておられました」


ソフィア「……初めて知りました」


 医療担当者は懐かしそうに微笑んだ。


魔界医療担当者「私自身、陛下に命を救っていただいたことがあります」


 その言葉に、一同が静まり返った。


 医療担当者は、かつて魔境には医師も薬も足りず、救えない命が多かったことを語った。


 魔王は遠い集落まで足を運び、夜遅くまで治療を続けていたという。


 相手がどの種族であっても、分け隔てなく。


エリシア「……素晴らしい方なのですね」


ソフィア「魔王になられる前から、ずっと人々を助けていたんですね」


 レオンは昨日の庭園を思い出した。


 仮面を外した魔王。


 穏やかな笑顔。


 どこか包み込まれるような優しさ。


(……あの人、医者だったんだ)


 同時に、新たな疑問が湧いてきた。


(……だったら、どうして魔王になったんだろう?)


 レオンは、その答えをまだ知らなかった。


     


 次に訪れたのは、魔界の通信施設だった。


 建物の内部には、魔石を利用した装置が整然と並んでいる。


 壁面には魔境全土の地図が掲げられ、各地の集落や補給拠点が示されていた。


マリアベル「……これは面白いわ!」


リリアーナ「王国の魔導通信とは、回路構造が異なります」


 技術者は、魔力を使って遠方へ情報を伝える仕組みを説明した。


 かつて魔境では、遠く離れた部族との連絡に何日もかかっていた。


 しかし通信網が整備されてからは、病気の流行や災害の知らせを素早く伝えられるようになったという。


アーヴェル「……北境での魔王軍の統率力にも納得がいくな」


セルジュ「軍隊を動かすには、連絡と補給が不可欠だからな」


 そこで、技術者が意外な名前を口にした。


魔界技術者「これらの技術改革には、ラプソディア様の知識が大きく関わっているのです」


レオン「……ラ、ラプソディア!?」


 驚きのあまり、思わず声が裏返ってしまった。


 忘れるはずがない。


 北境への道中で激しく戦った真紅の魔導人形。


 そして、その後、セレスティア学園でも再び顔を合わせた少女だ。


レオン「……あいつが、この通信網を?」


魔界技術者「はい。古代文明の知識を提供し、魔境の発展に大きく貢献されたお方です」


 そのときだった。


クラリッサ「ああっ! あのラプソディアさんか!」


レオン「……何だよ、クラリッサ」


クラリッサ「ほら! レオンと熱い夜を過ごしたっていう!」


レオン「ぶっ!?」


 盛大にむせた。


レオン「待て待て待て! その言い方はおかしいだろ!」


 ヴィクトリアが呆れたようにため息をつく。


ヴィクトリア「まったく……。レオン、あなたという人は、随分とお盛んなのですわね」


レオン「ヴィクトリアまで!? 誤解だって!」


エリシア「ふふ。そういえば、そんなお話もありましたね」


ソフィア「……れ、レオン様が、熱い夜を……」


 ソフィアの頬が真っ赤になった。


アーヴェル「お前、あのとき随分と話題になっていたな」


レオン「アーヴェル! お前まで面白がるな!」


 リリアーナは無表情のまま首を傾げた。


リリアーナ「『熱い夜』という表現は、誤解を招きます」


レオン「そう! それだよ!」


リリアーナ「ただし、誤解される状況だったことは事実です」


レオン「何で最後に追い打ちをかけるんだ!?」


クラリッサ「あははは! レオン、顔真っ赤じゃん!」


レオン「誰のせいだと思ってるんだよ!」


 周囲に笑い声が広がった。


 だが、魔界の技術者だけは困惑した様子だった。


魔界技術者「……あの、皆様はラプソディア様とお知り合いなのですか?」


レオン「……ええ、まあ。ちょっと複雑な事情がありまして」


クラリッサ「そりゃもう、忘れられない夜だったんでしょ!」


レオン「お前は一回黙れ!」


 再び笑いが起こる。


 だが、レオンは内心で考えていた。


(……笑い話にされてるけど、あいつは本当に恐ろしい相手なんだよな)


 古代文明の魔導人形。


 自分と剣を交えた存在。


 そんな少女が、魔界の通信網や軍事技術革命を支えていた。


(……ラプソディア。お前、一体何を考えているんだ?)


 レオンは、目の前の魔導通信装置を見つめた。


 その疑問に答えられる者は、ここにはいなかった。


     


 その後、一行はヴァルガスから魔王軍成立の歴史を聞いた。


ヴァルガス「昔の魔境には、強い戦士なら大勢いた。だが、それだけじゃ軍にはならん」


アーヴェル「部族ごとに戦い方が違っていたのですか?」


ヴァルガス「ああ。装備も連絡方法もばらばらだった。まとまって動くには苦労したよ」


 ラプソディアが提供した通信技術。


 魔境の技術者たちによる設備の整備。


 そして、ヴァルガスたち武人による部隊編制と訓練。


 その積み重ねによって、現在の魔王軍が生まれたという。


ヴァルガス「……もっとも、陛下は最初から軍隊を欲しがっていたわけじゃない」


レオン「……そうなんですか?」


ヴァルガス「ああ。病人を助け、飢えた者へ食わせることを、いつも先に考える方だった」


 ヴァルガスは懐かしそうに目を細めた。


ヴァルガス「俺自身も、陛下に娘の命を救っていただいた身でな」


レオン「……娘さんを?」


ヴァルガス「ああ。あの方がいなければ、今頃どうなっていたか分からん」


 その声には、深い感謝が込められていた。


ヴァルガス「だからこそ、俺はあの方の理想を守りたいと思ったんだ」


 レオンは静かに頷いた。


 北境で戦った魔王軍の将兵たちにも、それぞれ守りたいものがあったのだ。


    


 夕方。


 一行はヴェルセリアとともに城へ戻っていた。


 道中、セシリアが静かに尋ねた。


セシリア「ヴェルセリア将軍。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


ヴェルセリア「何だ?」


セシリア「竜族は中立を保っていたと伺いました。将軍は、なぜ魔王軍へ?」


 ヴェルセリアは少し考えた。


ヴェルセリア「……陛下の生き方に、心を動かされたからだ」


 彼女は初めて魔境を訪れた頃のことを語った。


 魔力不足に苦しむ人々。


 食料を求めて移動する部族。


 そして、病人を治療するために働く魔王。


ヴェルセリア「私は、あの方が人間と魔族の命を区別しない姿を見た」


 その声には深い敬意があった。


ヴェルセリア「強大な力を持ちながら、弱き者を見捨てない。あのような王は、そう多くない」


 竜族は中立を保っている。


 だからこそ、ヴェルセリアは個人の意思で魔王軍に加わり、竜の姿へ変じず、同族も戦場へ呼ばないと誓っていた。


フィオナ「……重い決断だったんだな」


ヴェルセリア「ああ。だが、後悔はしていない」


 彼女は少しだけ目を伏せた。


ヴェルセリア「……もっとも、戦争のすべてが正しかったとは思っていないがな」


 レオンは、昨夜の魔王の寂しげな表情を思い出していた。


     


 その夜。


 訪問団は食卓を囲み、今日一日の感想を語り合っていた。


クラリッサ「いやあ、魔界って面白いね! 食べ物もおいしいし!」


ヴィクトリア「食べ物の感想ばかりですのね……」


クラリッサ「歴史だってすっごく面白かったじゃん!」


マリアベル「古代文明の通信技術が、医療にも軍事にも役立っているなんて興味深いわ!」


リリアーナ「技術そのものに善悪はありません。使い方が重要です」


アーヴェル「魔王軍の統率力の背景も、ようやく理解できた気がする」


ソフィア「私は、魔王陛下が医者だったことに驚きました」


ミレイユ「救える命を一つでも増やそうとしてきたんだろうねぇ」


エリシア「市場で出会った方のお話も、忘れられません」


フィオナ「故郷を追われて、この地へ辿り着いた者たちか……」


カグラ「……国が違えば、暮らしも違う。でも、故郷を思う気持ちは同じ」


セシリア「魔界という言葉だけで、すべてを理解したつもりになってはいけませんね」


 ルミナも静かに頷いた。


ルミナ「……魔界にも、守るべき日常があります」


レオン「……そうだな」


 レオンは窓の外へ目を向けた。


 紫色の夜空。


 青白く輝く街灯。


 家路を急ぐ人々。


 そして、遠くに広がる魔力の衰えた大地。


 魔王が守ろうとしているもの。


 ヴェルセリアやヴァルガスが戦ってきた理由。


 そして、ラプソディアがもたらした技術革命。


 今日知ったことは、どれも驚きの連続だった。


(……でも、まだ分からないことだらけだな)


 勇者と魔王の伝説。


 元医者だった魔王が、なぜ魔王になったのか。


 そして、ラプソディアの本当の目的。


 魔界には、まだ知らない歴史が数多く眠っている。


    


 夜更け。


 レオンは客室へ戻り、明日の予定を確認していた。


 ヴェルセリアとの剣術修行。


 そして、魔王から学ぶことになる魔力循環の理論。


レオン「……明日も忙しくなりそうだな」


 窓の外には、青白い星々が輝いていた。


 魔界での滞在は、まだ続く。


 レオンは新たな疑問を胸に、静かに眠りについた。


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