表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時渡りの翼  作者: 羽紗子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/3

1.フクロウ

 昔々あるところに、背中に翼の生えた人々が暮らしていました。彼らは『鳥人族』と呼ばれ、暮らす土地は羽の無い人々が到底辿り着けないような山岳地帯の深い谷を越えた山の上でした。そこには大きな精霊樹が一本生えており、鳥人族たちは代々、その樹を精霊と共に守り続けてきたのでした。


   ○………○………○


「ねえ、フクロウおじいさん。どうして、鳥人族の人たちはそんな辺鄙なところにずっと暮らしているの? 羽が生えていて、どこへでも飛んで行けるなら、僕なら世界中を飛び回って、色々なものを見に行きたいと思うけれど」


 岩に腰掛け、パイプをふかしながら伝承を語っていたおじいさんは、隣に腰掛けている少年の純粋な問いかけに一旦煙を深く吸い、そして吐いた。モクモクと白い煙が風に乗り、目の前の崖を渡って行く。その先には、険しく深い谷と、年中霧に包まれて全貌の見えない山がある。


「それはな、アゲート。彼らも同じように考えたんだ。伝統に縛られることなく、山を超えてその向こうの世界へ行きたいと。そして、実行した者たちがいた。その者たちは、殆どが二度と戻らなかった。僅かに何人かが帰って来たが、満身創痍だった」


「な、なにがあったの?」


「さあな。ただ、帰って来た者たちは口を揃えてこう言った。『羽を失う覚悟がないのなら、外へ行くべきではない』と」


「……じゃあ、帰って来なかった人たちは、羽を失ってしまったんだね……可哀想に」


「そうかな」


「え?」


「俺たちには、羽はない。けれども、大地に足をつけて生きている。羽がなくとも、生きていくことは出来るのだ。

 故郷に戻れなくなったのは可哀想だが、選んだのは彼ら自身だ。その翼はあの険しい場所で暮らすために必要だったもので、外の世界では、その羽は不要の長物に過ぎなかった。

 これは予想に過ぎないが、外の羽の無い人々にとって、鳥人族の姿は美しくも脅威に思えたのかもしれない。攻撃されたり、捕まったり、余計な思惑の中で翻弄されたりもしたことだろう。更には、精霊樹から遠く離れ過ぎて、魔法が解けてしまったのかもしれないな。だから、帰って来られなかったのだろう」


「そうか……」


「まあ、案外元気にやっているかもしれんて。こうして話が伝わっていることがその証拠だ。俺たちの村の祖先は、かつて羽を失った者たちが、故郷を懐かしみ、遥か遠くの地から歩いてここまで戻って来たと言われている」


「ええ?! 初耳なんだけど。じ、じゃあ、僕たちは昔、羽が生えていて、あの谷を越えた先の『霧巻き山』に暮らしていたってこと?」


「俺は、俺のお祖父さんからそう聞いた。嘘でなければ、そうなんだろう」


 アゲートは、言葉にもならない感嘆の息を吐きながら、彼方に聳える山脈を見つめた。霧の先を見晴かそうとするように、じっと。


「だから、俺たちは無意識にあの山を焦がれ、慕うのかもしれない。そうでなければ、わざわざこんなに険しい土地に暮らそうだなんて思わないだろう」


 霧巻き山ほどではなくとも、確かにここは平地からは遠く離れ、険しい山々が連なる山岳地帯だ。村人たちは山に適した牛や山羊や羊たちとともに質素な暮らしを営み、山を下りて他の村や町に行くことはめったにない。


 フクロウは、アゲートの魅入られたように彼方を見つめる横顔が、いつもよりも大人びて見えて、はっとした。言葉を紡ごうと開いた口を閉じ、代わりにパイプを吹かす。煙が漂い、同時に風に弄ばれる髪がその横顔を一瞬隠した。ひらりと、一枚透明な羽が舞い落ちるのが見えたような。


「……!」


 咄嗟にアゲートの腕を掴んだ。

 細い子供の腕の感触が確かにある。そのことに、フクロウは安堵した。


「どうしたの?」


「いや、すまない。なんだか、飛んで行ってしまうように思えたのでな。気のせいだ」


 ふと、力を抜いて手を離した。

 アゲートは突然のことに驚いていたが、フクロウの言葉を聞くとさも愉快だという風に笑いだした。


「あははは……! おじいさんたら、僕に羽が生えているように見えたのかい? でも、そうならいいな。空が飛べたら楽しそうだもの」


「馬鹿を言うなよ。お前、あの山へ行きたいのか?」


「どうだろう、あの霧の向こうがどうなっているのか知りたい気もするし、知らない方が良い気もする。やっぱり、行かない方が良いんだろうね、たとえ翼が生えたとしても」


 フクロウは大きく頷いた。


「ああ、ああ。それが良いとも。さあ、そろそろ羊たちを連れて村へ戻ろう。日が暮れる前に」


「うん」


 アゲートは懐から笛を取り出して吹き、犬のキトに指示をして羊を集めさせた。フクロウははぐれた羊がいないか確認をしながら、長い杖をついて群れの殿を歩き、崖の中腹に刻まれた道を辿った。


 暫く慣れた道を歩いた時、不意に強風が吹き付け、思わず目を瞑った。その前に一瞬、大きな黒い影を落としながら何かが頭上を通りすぎたようだった。


「いかん、大鷹だ! 伏せろ!」


 フクロウのいつになく焦った声に、アゲートは慌ててその場にしゃがみこむ。羊たちは恐怖で固まっているようだ。キトが近くに来たので、抱き締めた。

 大鷹は、飛びすぎて遠くに行ってしまったように見えた。しかし、空に小さくなった点は、だんだんと大きさを増していく。輪を描いて再び舞い戻って来たのだ。

 両翼を広げたそのシルエットは空を切り裂き、近づくに連れてその本当の大きさがわかってくる。人よりも、羊よりも何倍も大きいので、鳥というよりも、もはや怪獣と呼びたい。


「いかん、魔法の力を持つ鳥だ。魔法で巨大化して獲物を捉えようとしているんだ」


「どうすればいい? おじいさん」


 青ざめた顔でキトをギュッと抱き締めながらフクロウに指示を仰ぐ。こんな鳥はこれまで遭遇したことはない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ