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GREY  作者: 柿谷巡
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4話「思惑を運ぶ列車」



 グレイシアとエリオットが子供達の列に続いて歩いていると、やがて赤い石造りの駅に到着しました。



 そして子供達は駅舎内から、ホームへと向かいました。


 

 そこは微かな鉄と油のにおいがして、まだ整備されて間もない綺麗な歩廊に、どこか遠い場所へと続く線路が目の前に伸びていました。



 子供達は皆、目を爛々と輝かせながら、蒸気機関車がやってくるのを今か今かと待ち望んでいました。



 またホームには大げさなほど豪華な待合室がありました。



 そこには椅子が並べられ、絵画や花が飾られており、駅構内には軽食を購入できるような店も併設されていました。



 その待合室には貴族とみられる者達の姿が見えました。



 その一方で、グレイシアは周りのはしゃいでいる子供達とは違い、目の前の長く続く線路をただ茫然と見つめていました。



 エリオットはそんな彼女の様子に少し違和感を覚えました。



 するとどこからか威張り腐ったような声が聞こえてきました。



 「あれがヒューバートン男爵だ」



 エリオットは待合室から、ずんずんとこちらにやって来る一人の紳士を見にして、思わずうんざりした表情を浮かべました。



 ヒューバートン男爵は、ブロンドの髪を後ろで束ね、宝石の散りばめられた黒色のコートにシルクハットを被り、整えられた顎髭に恰幅の良い体つきをしていました。



 さらに彼の威厳のある堀の深い顔と悠々とした佇まいから、貴族としての気品も感じられました。



 「うわああああ!!来たぞ!!」



 グレイシアとエリオットの周りの子供達は皆、歓声を上げました。



 それというのも、蒸気機関車が「ポォーーッ」と大きな汽笛を鳴らしながら、こちらにガタゴトと音を立てながらやって来たのです。



 子供達は初めて目にする蒸気機関車に思わず歓声を上げました。



 男爵は自慢の蒸気機関車が無事到着したのを見計らい、男爵直々に待合室から続々と出てきた、自分の家族や、その場に居合わせた良家の娘息子、商人、歌手や専門家に対し、大きな声で話し始めました。



 長ったらしい彼の話の内容はこんなものでした。



 この駅も列車も元は飾り気がなく、何しろ線路を作る作業に手一杯で出来た当初は事故が相次ぎ、頻繁に修理の為、運航を休止していました。



 ですがジルフォード侯爵の協力のお陰で、列車や駅を改装し、線路も補修することが出来ました。



 そのおかげで今では、ヒューバートンの素晴らしい土地にこの列車に乗って、各地から様々な来客が訪れるようになったのだと、彼が鼻高々に言っているのがグレイシアの耳にも入りました。



 黒塗りの大きな蒸気機関車は煙突から白い煙を吐き出し、堂々と乗客の前で止まっていました。



 男爵が遠方からの来客に見栄を張るために、お金を存分にかけ改装したそれは、他の地域課題に当てられるはずの資金をつぎ込まれ挙句借金までした為、市民の反感を大きく買いました。



 ですが、その列車は一度目にしたら忘れられない程の立派なものでした。



 グレイシア達は先頭車両に乗りましたが、そこから離れた後部車両には、多くの使用人が辛そうに荷物の入った鞄を持って乗車していきました。



 その後に貴族達が続いて乗車し、全員が乗り終えた頃、ようやく列車は動き出しました。



* * *



 この列車は寝台付きの列車で、波止場には翌朝に就く予定となっている為、夜通しで長距離を走行することになっていました。



 そしてジルフォード侯爵の計らいなのか、グレイシア達は一時的に侯爵の使用人として扱われ、この列車の運賃だけでなく、車内で食事や寝台を利用する料金、また仕事場である蒸気船の中での食事や寝床にかかる費用は全て侯爵が負担してくれるそうでした。



 この船の仕事に応募した子供達は、皆低い賃金で働き、大変貧しい生活をしており、このような仕事にありつけることをとても光栄に思っておりました。



 子供達はこれから始まる新しい仕事に期待を膨らませながら、窓の外から流れる壮大な景色を、夢中になって眺めました。



 彼らにとっては、こんなに立派な蒸気機関車に乗れること自体が、夢のようでしたから仕事のことなどすっかり忘れてはしゃいでいる者さえいました。



 その一方でグレイシアとエリオットは隣同士で座席に座り、エリオットはグレイシアに仕事の説明を軽くしていました。



 「俺達の仕事は、ボイラー室を見張りつつ石炭を運んでくべるっていう作業だ。



 結構きついけど報酬はたんまりと貰えるらしいぜ」



 彼がそう言うと、グレイシアはいくつか彼に質問してきました。



 エリオットは炭鉱でのこのような仕事は慣れっこでしたが、彼女にとってはこれが外の世界へ出てから行う、初めての仕事だと思いましたから念入りに説明しました。



 彼女は仕事に向けて張り切っている様子で、熱心に彼の言葉を理解しようと耳を傾けていました。


 

 ただ、エリオットは列車に乗る前に彼女が見せたあの茫然とした表情が忘れられず、今の前向きな態度との違いに違和感だけが募っていきました。



 その時ふとエリオットは、先程公園で見かけた、案内をしていた”手の甲に傷のあるジルフォード侯爵の手下”のことが脳裏によぎりました。



 彼は居ても立っても居られず彼女にこう言いました。



 「悪い、人を探してくる。すぐ戻るからな」



 彼は勢いよく席から立ち上がると、列車の連結部分まで行き、扉を開けてすぐに別の車両へ行ってしまいました。



 グレイシアは彼の慌ただしい様子が気になり、追いかけたいと思いました。



 しかしそれと同時に、彼ならいずれ戻って来るだろうとも思いました。



 なんだか彼女は一人になりたい気分だったのです。



 言葉に出来ないほど理不尽な、あんな出来事さえ起きなければ、彼女は今頃ベンに買った薬を飲ませ、看病をしながら静かに過ごしていたことでしょう。



 しかし彼女はまだ自分の目の前に広がっているこの現実を受け止めきれず、心だけただ置き去りにされたように、移りゆく美しい窓の外の景色を茫然と眺めることしか出来ませんでした。



 するとそんな彼女に二人の少年達が話しかけてきました。



 彼らは煤けた服を着て、二人揃って目つきが悪く、意地悪そうな笑みを浮かべていました。



 グレイシアはそんな彼らを見た瞬間、急にぼやけていた意識が鮮明になり、思わず緊張で体がこわばるのを感じました。



 彼ら二人はずかずかとグレイシアの向かいの席に座りました。



 「よお、お前ルビークロスじゃ見ない顔だな。どこから来た?」



 二人のうち背の高い方が声を掛けてきました。



 「ゴードン山から来たの」



 彼女は短くそう答えました。



 彼女はあまり相手にしたくありませんでしたが、二人は薄ら笑い混じりの声で、しつこく話しかけてきました。



 「お前、さっきエリオットと話していたよな。アイツと話すのは止めたほうが良いぜ?」



 背の低い方が忠告してきました。



 「アイツの父親は街で悪さばかりしている有名人だぜ?」



 背の高い方は意地悪く、せせら笑いながら言いました。



 「犯罪者の間違いだろ?男爵のせいで人生滅茶苦茶だとか言って暴れてよ。本当に迷惑さ」



 背の低い方が陰険な表情でそう言うと、グレイシアの顔をしっかりと見て目を細めました。



 「とにかく、あんな父親の息子とつるめばお前も嫌われ者になるぜ」



 背の高い方がそう言い終わると、二人はグレイシアの方を見て、悪意に満ちたようにニタニタと笑いました。



 グレイシアは心底嫌な気分になり、冷たい口調でこう返しました。



 「父親とエリオット自身は関係がないでしょ、言いがかりはよして」



 彼女の返事を聞くと、二人は馬鹿にしたように、揃ってわざとらしい悪意のこもった笑い声を上げました。



 彼女は彼らの態度にとても不快な気分になりましたが、顔には出しませんでした。



 「なんだよ、親切に忠告してやったのに」



 背の低い方が吐き捨てるように言いました。



 「気に入らねえ、お前ひょっとして実は裕福な家の生まれで、急に親に捨てられてここに来たのか?」



 背の高い方が矢継ぎ早に言いました。



 「世間知らずでこんな仕事は初めてですってか?」



 背の低い方がわざとらしく指を指して笑って言いました。



 グレイシアはこの二人の相手をするのが馬鹿らしくなり窓の外に目を移しました。



 「こいつに迷惑かけんな。失せろよ」



 するとすぐに威圧するような低い声が聞こえて、グレイシアは思わず振り返りました。



 いつの間にかエリオットが彼女が座っている座席の前まで戻って来ていたのです。



 彼の言葉を聞くなり、嫌みな二人はそそくさと捨て台詞を吐いて他の車両へと去っていきました。



 「ごめんな、大丈夫だったか?」



 エリオットは心配そうに彼女を見つめて言いました。



 グレイシアは彼に気を遣わせないように微笑むとこう言いました。



 「平気よ。それより探していた人は見つかったの?」



 彼はグレイシアの隣に座りながら、少し顔をしかめてこう言いました。



 「いや、見つからなかった」



 彼も何やら考えを巡らせているようでした。



 そうして二人は黙って列車に揺られていると、ジルフォード侯爵の手下の一人がこの車両にやって来てこう言いました。



 「食事の準備が出来たから、食べに来い」



 彼は踵を返して隣の車両に移動しました。



 周囲に座っていた子供達は皆嬉しそうな声を上げて、続々と席から立ち上がると、隣の車両に移っていきました。



 グレイシアとエリオットも立ち上がると、気を取り直して隣の車両へと移りました。



* * *



 その車両に入ると、二人は思わず目を丸くしました。



 なんと目の前にテーブルクロスの惹かれた大きなテーブルが用意され、いい匂いのする熱々のシチューに、バターの焦げる匂いのするパイ、鶏の丸焼きや豆のスープ、果物にチーズ、パンやケーキなどが乗った器が沢山置かれていたのです。



 綺麗に磨かれた銀食器に、テーブルには花が飾られておりました。



 まるで後部車両に乗っている貴族達が口に運ぶものと同じような、豪華な食事が用意されていたものですから、



 子供達は歓声を上げると、掴みかかるようにして我先にと料理をぱくぱくと口に運びました。



 「美味しい!」「久しぶりの食事だ!!」



 と言いながら、さっき絡んできた嫌みな二人の少年もこの場に居て、笑顔で料理を頬張っていました。



 恐らく先程公園で招集された全ての子供達が、この車両に集まっているようで、テーブルの周りはかなり窮屈でしたが、皆押し合いへし合い、夢中になって食べていました。



 「旨そうだな、早く食べようぜ」



 エリオットも明るい声でグレイシアにそう言うと、深皿を手に取りゴロゴロと肉の入ったシチューをよそおうとしました。



 グレイシアも皿を手に取り、パイを取ろうと手を伸ばしました。



 しかしその瞬間、あるケーキが視界に入りました。



 グレイシアはそのケーキに見覚えがありました。



 それは赤いジャムの挟んであるスポンジケーキで、彼女が幼い頃父が誕生日によく焼いてくれたものと見た目が似ていたのです。



 その時彼女は、自分が今日誕生日であることを思い出しました。



 それと同時に一緒に祝ってくれたベンが何者かに殺され、この世にもう居ないことが生々しく彼女に現実として襲い掛かって来ました。



 彼女は思わず手に持っていた皿を落とし、それは大きな音を立てて割れました。



 周りに居た子供達は気にも留めずにひたすら食べており、近くに居た侯爵の手下が割れた皿を拾い上げ掃除してくれました。



 彼女は手下に謝罪すると、俯いたままテーブルから離れました。



 エリオットはそんな彼女の姿を目にして違和感を覚え、たっぷりとシチューの盛られた深皿を他の少年に渡すと、真っ先に彼女の元に向かいました。



 彼女は一人で壁に寄りかかり、力もなく座り込みました。



 彼女の座り込んだ位置には丁度、頭上に窓があり、そこからは沢山の星々が輝いていました。



 「なあ、本当は何か事情があってここまで来たんだろ?」



 エリオットは真剣な顔で、彼女を見つめながら言いました。



 しかし、彼女は顔を伏せてうずくまり、一向に口を開こうとしませんでした。



 エリオットは段々視線を彼女から窓に移しました。



 窓には、静かに月と星々が輝く美しい紺色の夜空が映り込んでいました。



 「お父さんが殺されたの」



 彼女はやっと重い口を開き、小さくそう呟きました。



 エリオットは彼女の言葉に衝撃を受け、思わず何か言いたくなりましたが、あえて黙って彼女の次の言葉を待ちました。



 「貴方と街で別れた後、家に帰ったらお父さんが胸を撃たれていたの。



 私に狙われているから早く逃げろと言い残して、亡くなったわ」



 彼女は震える声で言いました。



 「お父さんの遺書には、真実を知りたければルーヴァント岬まで向かえと書かれていたの。



 そこは貴方が仕事をする豪華客船と向かう先が一緒でしょう。だから、私もここに来たのよ」



 彼女はそう言い終わると、おずおずと顔を上げてエリオットの方を見ました。



 彼女の顔は青白く精神的に参っている様子でした。



 エリオットは彼女がここに来た本当の理由を聞いて、しばらく黙っていましたが、やがて口を開きました。



 「誰かに狙われているなら、俺が守ってやるよ。



 それでルーヴァント岬まで行けばいい。とりあえずはな」



 彼はいつになく真剣な表情で彼女にそう言いました。



 グレイシアは彼の言葉を耳にしましたが、複雑そうな顔をしました。



 なぜなら、彼女は彼ならそう言ってくれると分かっていたからです。



 だからこそ、彼女は今に至るまで何も言えなかったのです。



 「ありがとう、その言葉だけでも嬉しいわ」



 彼女は憂いを帯びた表情でそう言うと、立ち上がり再び何処かへ行こうとしました。



 彼女が数歩進んだその瞬間、エリオットは彼女の細い左手首を掴みました。



 それでもグレイシアは俯いたまま、彼の方を振り返ろうとはしませんでした。



 「俺が口先だけの奴だって言いたいのか?」



 彼はそう言って刺すような鋭い視線を彼女に向けました。



 グレイシアは色んな感情がこみ上げてきましたが目を強く瞑ると、狼狽えるようにこう言いました。



 「そうじゃないわ。ただ貴方を余計なことに巻き込みたくないだけ。それよりエリオットも話してよ」



 エリオットが彼女の手首からゆっくりと手を離したので、グレイシアは彼の方を振り向きました。



 「なんだよ」



 エリオットは少し不服そうな顔でグレイシアを見つめました。



 「私、さっき男の子二人組に絡まれていたでしょう?



 あの時、貴方のお父さんが酷い人だという話を聞いたの。



 私は昔エリオットのお父さんと会ったことがあるけど、凄く優しい人だったのを覚えている」



 彼女はそう言うと、緊張しているのか一呼吸おいてから言葉を続けました。



 「お父さんのことを話したくない理由があるのなら、無理には聞きたくない。



 だけど何か原因があってそれでエリオットが傷ついているのなら、私にも本当のことを話して欲しい」



 グレイシアはしっかりと彼の瞳を見つめて、真剣な表情でそう言いました。



 今度はエリオットが黙り込みましたが、しばらくして口を開きました。



 「俺の親父は、俺が10歳の頃にどこかへ消えた。



 ゴードン山の森が減ったのもあるけど、あそこで狩りをするのを制限されたのが一番の理由だろうな」



 エリオットはそう言うと、やり場のない感情を吐き出すように小さくため息をつきました。



 「親父は恐らくそれが嫌になって、俺を捨てて街で悪さをするようになった。



 アイツらが親父の悪口を言うのも分かる」



 彼はさらにこう続けて言いました。



 「おかげさまで俺まで街で嫌われているんだ。



 それでも胸を張って生きていきたいと思って、どんなに真面目に働いたとしても邪険に思われちまう。



 仲良くしてくれる奴も中にはいるけどな」



 グレイシアは躊躇いがちに話す彼の言葉に最後まで耳を傾け、しっかりと彼を見つめてこう言いました。



 「話してくれてありがとう。でももっと早く知りたかったわ。



 貴方が辛いときに少しでも支えになれたかもしれないのに」



 彼女がそう言うと、彼は少し皮肉っぽくこう返しました。



 「なら素直に俺の親父は急に家を出て、街で悪さをしている、嫌われ者になりましたって言えってか?」



 グレイシアは首を横に振りました。



 「言えるわけない。お前にもお前の父親にも、俺はまともな奴だって思われたかったんだ。



 そうじゃないと、お前ともう会えない気がしたから」



 彼は自分がずっと隠してきた心の内を、ようやくグレイシアに打ち明けました。



 「そんなわけないわ」



 彼女は真剣な表情で彼にそう言いました。



 「今までちゃんと話さなくて悪かった」



 彼が謝ると、グレイシアは「いいのよ」と言い優しく微笑みました。



 エリオットは自分の心が温かくなるのを感じました。



 するとグレイシアは辺りを見回してから、思い出したようにこう言いました。



 「ところで、さっきからエリオットが探している人って、まさかとは思うけど」



 彼女の問いかけにエリオットはしっかりとした口調で答えました。



 「ああ、俺の親父だ。



 気のせいかもしれないけど、公園の招集で案内をしていた、侯爵の手下の手の甲に俺の父親とよく似た、えぐれた様な傷跡があったんだ。



 あいつもこの列車に乗り込んでいるはずなんだけどな」



 彼はそう言うと、辺りを見回しました。



 「私も一緒に探すわ。大切な存在だと思うし」



 グレイシアは真剣な表情を浮かべながらそう言いました。



 「いっそ他人になれたら楽なんだけどな。



 街で見かけても毎回姿をくらましやがる。



 巡回している筈の兵士たちは口を開かないし、最近じゃ俺も働き詰めで探すどころじゃなかった」



 エリオットは苦い顔をして、そう言いました。

 


 さっきまで騒がしく食事をしていた子供達は、お腹が膨れて眠くなったのでしょう。



 皆、すやすやと寝息を立ててテーブルの側で寝ている様でした。



 グレイシアの落とした皿を片付けた手下の男も、いつの間にかこの車両から居なくなっていました。



 「丁度いい、もう一度アイツを探してくる。お前も来るか?」



 エリオットはグレイシアの方をちらりと見ました。



 彼女はしっかりと頷きました。



 グレイシアとエリオットが最初に乗っていた先頭車両に戻るとそこには、二人の道化師姿の侯爵の手下達がランプを持って歩いていました。

 


 すっかり夜も更けて列車は窓からほとんど光が差し込まず、薄暗い車内を壁に掛けられたランプの明かりだけが照らしていました。



 彼らは座席を隈なく調べている様子でした。



 その様子はどこか奇妙で、グレイシアとエリオットは彼らに見つからないように、体をかがめて様子を伺いました。



 「流石にここに戻って来ている子供は居ないだろう。



 あのご馳走を食べさせて一人残らず眠らせたはずだ」



 二人の手下のうち小太りな方が、付近の座席を調べているもう一人の男に、はっきりとそう言いました。



 その車両には実際にグレイシアとエリオット以外の子供は、誰一人居なかったものですから、その声は遮られることなく響き渡りました。



 グレイシアとエリオットは強い衝撃を受けましたが、冷静に息を殺して物音を立てないように来た道を引き返しました。



 そうして二人は先ほどまで居た車両に戻りました。



 大きなテーブルの上の料理や食べ物は全て食べ尽くされており、食べこぼした料理の汁が付いたクロスや汚れた皿があるだけでした。



 グレイシアはテーブルの周りで倒れるように眠っている子供達に目をやると、近くに居た女の子の肩をゆすりました。



 やはり彼女は全く起きる気配がなく、非常に顔色が悪かったものですから、グレイシアは恐る恐る彼女の手首に触れるとそのあまりの冷たさに驚きました。



 そして彼女がもう息をしていないことにも気づきました。



 「あいつの言っていた通りだ。死んでいるぞ。ここで寝ている奴ら全員」



 エリオットが静かにそう言いました。



 彼もグレイシアと同じように寝ている少年の体に触れて異変に気付いたようです。



 「そんな…」



 グレイシアは思わず目を見開き、愕然としながらそう呟きました。



 先程、料理を食べて寝てしまったと思っていたはずの子供達が実は死んでいたのです。



 エリオットは目の前に広がる子供達の死体の山を見ても、特に驚きませんでした。



 彼は街で餓死して亡くなる子供や、過労や病気で亡くなる子供を何人も目にしていたからです。



 彼はその時と同じように、目の前に広がるこの理不尽をただ事実として受け止めていました。



 グレイシアはバージュウェイで目にした新聞記事と、薬屋の店主からの警告を思い出しました。



 ”最近、子供達が行方不明になる事件が増えている”



 そして今まさに、自分たちもその事件の被害者になる寸前だったのだと、グレイシアはまざまざと思い知りました。



 「豪華客船で働かせると嘘をつき、本当は豪勢な食事に毒を盛って殺すことが目的だったのね。許せないわ」



 彼女はそう言うと、唇を噛み締めました。



 「子供達が行方不明になる事件が相次いでいたでしょう?



 もしかすると、こんな風に連れ去られて毒を盛られて殺されたのかもしれないわ」



 彼女はそう口にすると、妙に実感が湧いて、恐怖で全身に鳥肌が立ちました。



 こんな状況を目の当たりにしたら、彼女と同い年の子供なら恐怖で足がすくみ、泣き叫ぶところですが彼女は至って冷静なままでした。



 ですが彼女はエリオットとは違い、目の前に広がるこの光景を全て現実として受け止めることまでは出来ていませんでした。



 ただ彼女は賢く、冷静に振舞うことが得意なだけでした。



 エリオットは少し心配そうに、悲痛な表情を浮かべるグレイシアを横目見ました。



 彼女は心の中で動揺していましたが、目を固く閉じると徐々に、冷静さを取り戻しました。



 自分達が最悪な状況に立たされているということを、受け止めなければならないからです。


 

 するとエリオットは何やら人が来る気配に気づき、すぐに彼女に知らせました。



 二人はすぐさまテーブルの下で眠っている子供達と同じように横になりました。



 そのわずか数分後に、先ほどの車両で見周りしていたジルフォード侯爵の手下の男二人がやってきました。



 彼らはテーブルの下の子供達の死体を見て満足そうに頷くと、こう言いました。



 「予定通り明日の早朝に波止場まで着く。



 船に乗せるのは昨日捕らえたショーに使う子供二人だけだ。そいつらは俺が連れていく」



 背の高い手下の男はそう言いながら、鞄から名簿のようなものを取り出しました。



 そしてライトで辺りを照らしながら、慣れたように子供達の死体の数を数えていました。



 彼は途中から面倒になったのか、ざっと数えてすぐに名簿を鞄にしまいました。



 そして隣に居た小太りな手下の男にこう言いました。



 「お前は、ここに居る子供達を他の奴と協力して荷台に積み、馬車を走らせて倉庫まで行き儀式を行え。



 ただその倉庫は豪華客船からそこまで距離が離れていないから、船の付近に止まる貨物船の船員に怪しまれないように気を付けろ」



 背の高い手下は、小太りな手下の方をさり気なく横目見ました。



 彼は仮面をつけていましたが、その裏では苦悶の表情を浮かべていました。



 「はい。でっ‥でも僕に儀式の代役が務まるのでしょうか。初めてやるんですよ?」



 その男はびくびくと体を震わせて、震えた声でそう言いました。



 背の高い手下は呆れたように、ため息をつきました。



 「この期に及んで心配するな、自分を信じろ。



 まあここに居る子供達は美味しいご馳走を食べて二度と目を覚ますことはないからそこは安心していい」



 彼は、すっかり怖気づいた様子の小太りな手下を安心させるように、そう言いました。



 そして二人は別の車両に移動していきました。



 彼らがその場に居なくなってから数分の間、二人は気配を消すことに努めていましたが、手下の男たちの気配が完全に消えたのを見計らって、静かに起き上がりました。



 「なるほどね。



 ジルフォード侯爵は自分の手下達を使って子供達を殺していて、下手すると俺の親父もアイツらの仲間ってことになるのか。



 しばらく見ないうちに随分とクソ野郎になっているものだな」



 エリオットは心底胸糞悪くなり、吐き捨てるように言いました。



 「ジルフォード侯爵は本当に最低だわ」



 グレイシアも顔をしかめて言いました。



 二人はやけに静かになった殺伐とした辺りを一瞥すると、これから先のことを考えていました。



 しばらくしてグレイシアが口を開きました。



 「明日波止場に着くわ。ここに居る子供達に紛れ込んで荷台に乗り、隙を見て逃げましょう」



 彼女はエリオットに決意のこもった眼差しを向けながら、そう言いました。



 「ああ。了解だ」



 彼はしっかりと頷き、短くそう答えました。



 二人は再び辺りの子供達の中に紛れ、横になりました。



 エリオットはもう寝ているようでしたが、グレイシアは起きていました。



 「エリオット…」



 彼女は心の中で彼の名前を呟きました。



 彼女は窓から月明りの差し込む薄暗い車両の中で、静かに目を閉じ神に祈りました。



 「どうか彼だけはお救いください」



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