「Glacier」
グレイシアは目を閉じ静かに手を組み祈りました。
辺りは一瞬が一瞬にして厳粛な空気に包まれました。
「偉大なる海の精霊メネシアよ、どうか私の願いを叶えてください。
全ての民の幸福のため、この世界から悪しき黒魔術を全て消しされ、そのために私の未来を捧げよう」
グレイシアが祈りを捧げると、彼女の思いが伝わったかのように、やがて辺り一面がまばゆい青色の光に包まれました。
そしてその光は一つの束となり、窓の割れた色彩豊かなステンドグラスの隙間から外へと放たれました。その光景は現実とは思えない程に神秘的でエリオットと公爵は思わず呆気に取られてその様子を眺めていました。
グレイシアもその光が無事に放たれたのを見届け、しばらく黙ってその場に佇んでいましたが、急に体の力が抜けたようにその場に倒れ込みました。
エリオットはすぐに彼女の側に駆け寄り、彼女を抱きかかえました。
グレイシアは心配そうに見つめるエリオットを見上げ、憔悴しきった顔に僅かに笑みを浮かべました。「エリオット…やったわ。これで、私も貴方も皆、もう苦しまなくて済む。とっ‥ても、嬉しい‥‥」グレイシアがゆっくりと力なくそう言うと、エリオットは慈しむようにグレイシアを見つめ、こう言いました。
「ああ‥凄いな‥グレイシアは。本当にありがとう。おかしいよな、涙が出て来ちまう」彼は堪えきれなくなったように紺色の瞳から一筋の涙を流し、噛み締めるように彼女に言いました。彼女も瞳に涙を浮かべて、二人はしばらくの間静かに抱擁していました。
ヴァンチェスター公爵はステンドグラスから差し込む幻想的な光を茫然と眺めていました。割れた窓ガラスからは澄み渡った空が顔を出していました。
彼は今まで生きてきて感じたことのない程に、とても心が身軽で、その中に何か特別な温かい光が注がれ満たされていくのをしみじみと感じました。
「正しいと思える選択をした先に見える世界か」彼は小さくそう呟くと、眩い神秘的な光に包まれながら、幸せの訪れを分かち合い、泣きながら抱きしめ合う二人の少女と少年の姿を見てこう言いました。
「確かに、美しいな」
それから数日が経過し、ヴァンチェスターの中央都市であるダズルセントにあるウォートン社の一部の新聞記者達は、糾弾されることを恐れつつも隠れてアンドレア女王の命日になると彼女に関する記事を発行しておりました。
そんな彼らに、言葉を失うような前代未聞の事件と心が震える程喜ばしいニュースが同時に舞い込んできて、記者たちは頭がついて行かない気持ちでしたが、徹夜も厭わず物凄い速さで記事を作成しました。
そしてそれをルーヴァント公国全土に発行しました。国民達は皆腰を抜かしたように驚き、その記事に釘付けになりました。
そこには、先日政治をつかさどる早々たる顔ぶれの貴族達や、他国の貴族も乗船していた偉大なるジルフォード侯爵の豪華客船が、ボイラー室の火事によって全焼し転覆しかけましたが、幸運なことに全員無事にヴァンチェスター公爵によって救助されたことが大きな見出しで書かれていました。
しかし、その船の持ち主であり、ルーヴァント公国中でも大きな権力を持ち、貿易において世界的にも非常に名の知れたあのジルフォード侯爵と息子のダニエルが、なんと船内で命を落としていたことも書かれていたのです。
この不可解な事件は、当事者である乗船した貴族達へのインタビュー記事で詳細が明らかになりました。貴族達はこぞってカジノでのジルフォード侯爵の悪事について口にするとともに、侯爵の手下達は、ジルフォード侯爵はそのカジノで黒魔術を使って乗客を操り、金銭を奪おうとしたのだと涙ながらに証言していたことが赤裸々に書かれていました。
ヴァンチェスター公爵が新聞出版社につけていた規約を改変したことにより、ウォートン社以外の全てのメディアがこぞってこのニュースに関する様々な記事をこぞって書き発行しました。
記事は飛ぶように売れ、これにより、今のルーヴァント公国の貴族間における壊滅的な団結力の無さと、その無秩序さを指摘する声が相次ぎました。
しかも、それだけにとどまらずある衝撃的なビッグニュースが、ヴァンチェスター公爵が行った会見により明らかになりました。
それというのも、ジルフォード侯爵の例のクルーズ船に乗り合わせた客の中に、なんとあのアンドレア女王の娘であるグレイシアが、ヒューバートン男爵家の娘のリリィのふりをして紛れていたことが明かされたのです。
公爵によると、彼女が水没寸前の船の中で王族の力を発揮し、彼女の力によって、乗員たちは皆無事に岬までたどり着いたのだと伝え、グレイシアこそがアンドレア女王の娘であり、王族の血筋を引く彼女がこれからは女王となりこの国の最高権力者として君臨することを宣言しました。
記事を目にした人々は、衝撃の余り失神してしまいそうになりました。何せ、アンドレア女王の娘の存在も知りませんでしたし、この国が再び王国に戻るということがまるで夢の様だったからです。
しかし、国民の誰もがこのことを喜ばしく思いました。この国が再び団結力を取り戻すきっかけになると思ったからです。
豪華客船で彼女の勇敢さを直接目の当たりにしたヴァンチェスター公爵を筆頭に、ルーマス侯爵家を筆頭に、その他大勢の貴族たちが資金援助を行い、いつの間にか常に姿を現すようになったかつて王族が住んでいた焼け果てた城を王政の復活を記念して、より美しく修繕しました。
そして、その数か月後にその新しくなった城で貴族や国民達、かつて王国に仕えていた騎士達、他国の貴族や王族達を招き入れ、グレイシアの戴冠式を行いました。
グレイシアは胸元に大粒のアクアマリンが煌めく、細かい宝石の散りばめられたサテンの淡いブルーの見事なドレスを身に纏い、
大粒の紫色のアメシストの光る美しいティアラを頭に乗せて、ルーヴァント王国の象徴である二頭の獅子とメネシアの花の描かれた紋章の描かれたウルトラマリンブルー色のマントをドレスの上に纏い、
今か今かと女王を待ち構える聴衆達の前に立ちました。彼女の姿を目にした貴族や商人等集まった観客達は、グレイシアの風貌からかつてのアンドレア女王の面影を思い出して感極まって号泣し、王国の紋章の描かれた旗を力強く振りました。
エリオットもその様子を一目見ようとなんとか聴衆に紛れて、晴れやかな彼女の姿を惚れ惚れするように見ていました。
彼女の堂々とした姿と力強い演説は観る者を魅了し、これから始まる新しい時代の幕開けに胸を躍らせました。
ヴァンチェスターの中央都市、ダズルセントの地では王国の紋章の入りの旗や幾つも辺りに飾られ、年代物のワインや思わず涎が出そうな程香ばしい肉料理などの出店が立ち並び、和気あいあいと歌や踊りなどで祝福する王国復活の祭りが開かれました。
どんな階級の人間も今日という記念すべき日を祝い、愛する家族や友人達と喜びを分かち合いました。
もう、あの抑圧されていた時代は終わったのです。
グレイシアはヴァンチェスター公爵の豪華な庭園で行われたサロンで楽団達の演奏を聴き、貴族達と少々堅苦しい会話をしながらお茶を楽しんだ後、
兵士に見つからないようにこっそりエリオットと二人でダルスセントへ繰り出すと、観劇を見たり屋台街でお菓子を食べたりお酒を飲んで街の人々と一緒に踊りながら凄く幸せなひと時を過ごしました。
しかしその翌日、大々的に黒魔術に関する真実が明るみに出ました。
なんとヴァンチェスター公爵の依頼を受け、黒魔術を生み出すことに加担した魔術師であるジェイコブ・タッカーが自ら、新聞記者達などのメディアに対してなんと今まで国を治めてきたヴァンチェスター公爵と共に黒魔術を生み出したことを自白したのです。
彼はこの世界に黒魔術を生み出してしまったことを心から後悔し、
教会の一室で神父に自らの罪を自白すると共にせめてもの罪滅ぼしとして、ヒューバートンの地のルビークロスという街で薬屋を経営し、
教会で子供達の世話をするとともに、公爵に巨額の資金を援助し、自分の一族を滅ぼした憎き一部の教団を、ギャングの手を借りて抹殺したと記者達に供述していました。
グレイシアとエリオットはその魔術師が、なんとグレイシアの父の病気を治すため一緒に薬を購入しに入ったあの薬屋の店主と同一人物であったことに気づき、その驚きの事実に愕然としました。
彼は新聞記事を目にして、黒魔術の存在が明るみに出てしまったことに気づき、自らが生み出した黒魔術の呪文や悪魔を呼び出す儀式を再度行っても、それらがなんの効果も無くなってしまったことに気づきました。
その後、この国の新たな女王となったグレイシアがこの世界から黒魔術を消し去ったのだと神からの啓示を受け、全ての罪を謝罪する決心がついたと供述していました。
ジェイコブはこの国に唯一存在する魔術師の生き残りであり、彼の一族は一部の教団にほとんど嬲り殺され、山奥で密かに動物や妖精、報復の為に魔術の研究をしていました。
そんな彼でしたが、人々の役に立ちたいと思い、災害があった際には山へ行き精霊達に祈りを捧げ、薬の開発に力を注いでいました。
しかし、彼の活動を疎ましく思ったその一部の教団が、国で疫病が流行った際にジェイコブが疫病を生み出し、我々を苦しめているのだと広め、国民達から多くの反感をかってしまいました。
それ以降彼は再び身を隠すようになり、世の中を更に恨むようになってしまったのです。
人と関わることを避けて生活していた彼に、ある日声を掛けてきたのがなんと当時、王の側近に近い存在であるヴァンチェスター公爵で、彼が自分に力を貸して欲しいと巨額の資金を提示して申し出てきたとジェイコブは記者に言いました。
彼は金に目がくらむと同時に、国の重要人物である公爵が自分の力を求めて来たという愉悦に浸り、力を貸してしまったと涙ながらに言いました。
ジェイコブの証言は記事となって、ウォートン社を筆頭に何枚も発行され、たちまち国民の関心を奪いました。
この事実が本当なら公爵を政界から追放しても良いという声も一部見られましたが、世間の反応の大半はジェイコブを嫌うような声で、彼が黒魔術を生み出したことは本当だとしてもそれにヴァンチェスター公爵が関与していたとは信じませんでした。
その記事が出回った数日後、ジェイコブは女王であるグレイシアによって裁きを受けることとなりました。
彼は手首を拘束され騎士達に連れられて城に出向きました。ジェイコブは彼女の前に立つと黒魔術を消してくれたことに感謝を告げ、彼は幼い頃に悪魔と契約し、呪いの力を自分の寿命と引き換えに仕えるように契約していたと明かしました。
そして、自分はこの世界に存在してはいけないと言い、自らに死刑を下すように言いました。
グレイシアは彼の証言を複雑な面持ちで聞いていましたが、悩んだ末彼に死刑を宣告しました。
グレイシアが死刑を申告した際、その場に居たヴァンチェスター公爵は思わず口元を安堵したように緩めました。その瞬間、なんとジェイコブは手首を拘束され、5人の騎士に取り押さえられた状態でこう言いました。
「お前を殺して私はようやく神からの赦しを得るのだ」彼はそう言うと悪魔を呼び起こし最後の力を振り絞って、公爵に呪文を唱えました。
ヴァンチェスター公爵の周りには沢山の騎士の護衛がついていましたが、呪いの力には全くかなわず不意を突かれた公爵は、呪いにかかり全身を痙攣させてから大量の血を吐いてなんとその場で亡くなってしまいました。
ジェイコブは、ヴァンチェスター公爵に指一本触れずに、彼を呪文で殺したのです。その場に居た騎士たちは震えあがりましたが、皆ヴァンチェスター公爵に元から仕えていたため、すぐさまジェイコブを射殺しようと試みました。
しかし、その時にはもう既にジェイコブも侯爵と同じように口から血を吐いて死んでいました。騎士たちは目の前の衝撃的な光景に目を疑いましたが、公爵の側に歩み寄り、彼の死を悔やむような声を上げながら彼を医務室に連れていきました。
この一件もすぐに新聞記者達によって報道され、世界を揺るがすような大事件として取り上げられました。
ヴァンチェスター公爵が魔術師のジェイコブに呪いの力によって殺されたことと同時に、黒魔術が公爵と魔術師によって生み出されたものであることや、先日の豪華客船でのジルフォード侯爵の黒魔術を用いた悪事や、最近多発していた子供達が攫われる事件が黒魔術に関与していること、儀式の犠牲となった子供達の存在や遺族、利用された者達が数多く存在することがやっと信憑性を増し、公に明らかとなったのです。
記者達がこぞってこの件の調査を我先にと進めましたが、進めるほどに闇が深まっていき、あまりの底知れなさに身震いしていました。
この黒魔術がかつての王国を滅亡させた原因ではないのかという疑問が学者や専門家達の中で議論されました。ヴァンチェスター公爵の死後、彼の治める土地をグレイシア女王陛下が管理することとし、管理の一部をルーマス侯爵に任せることにしました。
彼は喜んでそれを受け入れ、ルーマス侯爵は公爵と爵位を変え、女王の側近として国の統治を手伝う意向を示しました。
女王となったグレイシアは、王女として現在の政策の見直しと新たな政策の立案をその他貴族たちと話し合いながら行いました。彼女の聡明さと豊富な知識に貴族達は度々驚かされました。
また彼女は、水質の改善や感染症に悩む国民のために、各地を回っては海の精霊の力を使いました。そして黒魔術によって傷ついた兵士や子供の心のケアのために度々教会を訪れては彼らの話を聞きに行きました。
また外交のために国を出て船に乗り、数々の社交の場に訪れては各国の王族との交流や他貴族達と話をしに行きました。彼女の美しさと上品な振る舞いや聡明さは王族や貴族達の目に留まり、とても好意的な関係を築くことが出来ました。
ルーヴァント公国全土で悪事を働いていたギャングのボスは、リーフウッド男爵と手を組んで資金調達を行っていました。
しかし、その男爵が謎の死を遂げたことや、グレイシアが女王となり新しくギャングの規制の強化や各地の貧困層の劣悪な労働環境の見直しを行ったことにより、この国は徐々に平和へと向かっていきました。
貴族達も王の居ない政治による貴族間での激化した権力争いによる消耗が無くなり、疑心暗鬼に陥ることなく安心して貿易や商業を行えるようになりました。
そして、他国との戦争が起きた際や、国力を強めるために新たに王国に仕える騎士たちを数百名任命することになりました。
城の式典を行う部屋で、色鮮やかなステンドガラスの窓から差し込む眩い光に見守られながら、グレイシアとルーマス公爵、神父、修行を積んだ多くの若者が集まりました。
女王であるグレイシアは彼女への忠誠の言葉を述べてから跪く騎士達一人一人に長剣の平で彼らの肩を叩きました。俯き下げていた頭を上げ、彼女の灰色の神秘的な光を宿した瞳を見た騎士たちは、皆心を動かされ王国のために尽くすことを意識しました。
彼女はその後長剣と拳銃を騎士たちに授けたのち、正式に彼らを騎士団の一員として迎え入れました。エリオットも自らルーマス公爵に自分も騎士になるための訓練を積ませてもらうように頼みました。
公爵はすぐに頷き、他の若い騎士の見習いたちの仲間に彼を迎え入れました。銃の扱いや体術などに優れ、かなり戦闘向きだった彼は、新たに剣術や馬術、礼儀作法等を学ぶとともに、日々真剣に訓練に励み、教会の側の宿舎に寝泊まりました。
グレイシアとエリオットは近くには居るものの、実際に会って話をする機会は前よりもかなり減ってしまいました。
しかしエリオットは時折、夜中宿舎を抜け出してグレイシアに会いに行き、彼女も責務の合間を縫って彼に会いに行きました。
それから数か月の月日が流れ、彼の訓練の成果が認められ騎士の叙任式が行われました。
彼は、ヘルメットは着用していませんでしたが、ミルクティー色の髪をまとめて甲冑に身を包み、上から王国の紋章入りのウルトラマリンブルー色のコートを着ていました。
とても晴れやかな表情を浮かべて彼女の前に颯爽と現れました。
ドレスを着てティアラを被り玉座に座っていたグレイシアはエリオットが目の前に跪いた瞬間、腰を上げルーマス侯爵に渡された長剣を慎重に手に取りました。
エリオットは彼女に跪いてこう言いました。
「貴方に忠誠を誓います、グレイシア女王陛下」彼の言葉を耳にしたグレイシアはゆっくりと頷き微笑みました。
忠誠を誓ったエリオットの肩をグレイシアは、柄に彼の名前がしっかりと記された長剣の平を優しく叩きました。エリオットは再び顔を上げて、二人はしばらくの間見つめ合いました。
二人はお互いの立場が大きく変わってしまったことをまざまざと実感するとともに、光の差し込む色鮮やかなステンドグラスの窓に照らされてキラキラと輝く、お互いの立派な姿に惚れ惚れしました。グレイシアは灰色の瞳を輝かせ微笑んでからこう言いました。
「エリオット・ムーア、貴方を我が王国の騎士団の一員として叙任します」
彼女の言葉を耳にしたエリオットは真剣な面持ちで頷きました。
そんな彼に、グレイシアは手に持った長剣と王国にちなんだメネシアの花の刺繍が施され、グレイシアからの祝福の言葉が彫られた立派な拳銃をエリオットに授けました。
彼は誇らしげにそれらを受け取ると、女王陛下に向かって笑顔を浮かべて一礼しました。こうしてエリオットの叙任式が無事に終了しました。
ルーマス公爵は新たにジェスター侯爵の息子のリアンとミアを養子として迎え入れ、彼らの教育に力を注ぎました。
グレイシアはルーマス公爵が新たに側近となった際に、彼の次男のレオと長男のノアと再会しました。2人とは正式な場で話をしましたが、ノアの女癖の悪さと酒癖の悪さにグレイシアは絶句し、やはりあのクルーズ船と会った時とのあまりの態度や振る舞いの差から、やはりヴァンチェスター公爵が彼を操っていたのだとまざまざと実感することとなりました。
そしてある日、ジルバラ伯爵の娘のヴィオラから手紙が届きました。
内容は、ジルバラ伯爵家は今回の件で、ルーヴァント王国に対して有効な関係を解消する。
彼女自身はルーヴァント王国の素晴らしい紳士達との婚約が次々と破棄になって清々していると書かれ、当時の不平不満がくどくどと手紙31枚分程したためられていました。
グレイシアはどう返事を書いたら良いか悩みましたが、婚約者が次々と亡くなるという当時の彼女の心情を思い浮かべ心底同情し、手紙を2枚程書いて送りました。
それ以降、国同士で集まる式典の際には、グレイシアとヴィオラは顔を合わせることが増えましたが、関係を修復させる糸口は見つからず、ぎこちない関係が続きました。
国同士での外交や親睦を深めるための交流は、女王の責務でもありましたが、より公の場に出ることでルーヴァント王国は不利な立場に立ってしまいました。
ルーヴァント公国が急に王国となり、国の中枢を担っていた貴族二人が急に亡くなってしまい、国自体が非常に不安定であることが他国と交流する度に知られてしまうことは、避けられなかったのです。
グレイシアはこのことを心の奥底で恐れていましたが、や無負えないと思っておりました。
しかし、これを機にルーヴァントの土地を奪おうという策略が一部の他国でなされ、いきなり戦争が勃発しました。
数か月にわたり繰り広げられましたが、ルーヴァントの国の全ての貴族や騎士達をグレイシアが仕切り、彼女が先導を切って戦いました。
その結果、他国の兵士たちは撤退していき何とか国を防衛することに成功しました。グレイシアは的確な指示を兵士たちに送り、力で他国の兵士達からの攻撃を跳ね返しました。
しかし彼女の体力の消耗はすさまじく、途中で戦いから離脱しましたが、それ以降は傷ついた騎士や兵士たちの様子を見に行っては力を使い彼らの傷を治しました。
エリオットもすぐに戦地に駆り出されました。彼は冷静で、うまく立ち回り周りの救援や攻撃に一切の無駄がありませんでした。
素晴らしい働きぶりを見せましたが、怪我をしている数名の兵士を見捨てられず救護している際に攻撃に遭い、なんとか一命は取り留めましたが重傷を負ってしまいました。
こうして、長きに渡る戦争が終着しなんとかルーヴァント王国は他国からの侵略を防ぐことに成功しました。グレイシア女王と戦地に出向いた兵士や騎士達の活躍は全ての国民全員から賞賛されました。
それから数日が経ちました。グレイシアは月明りが照らす夜、ふらつく足取りで自室から出ると、城の宿舎で寝込んでいる重傷を負ったエリオットの元に皆には内緒で足を運びました。
彼女は大勢の怪我をした兵士達の中に、ベッドで苦しそうに寝ているエリオットの姿を見つけました。彼女がエリオットの寝ているベッドに腰かけると、彼は目が覚めたのか微笑んで彼女に声を掛けました。
グレイシアは王族の力を使って、エリオットの怪我を治そうとしましたが、彼は彼女に負担をかけることを恐れて拒みました。
その日の夜は、断念してグレイシアは城まで帰りましたが、諦めきれなかった彼女は、その後も彼の元に毎日通い続け、怪我を治したいのだと訴えました。
エリオットは明るく振舞いそれを拒み続けていましたが、彼の怪我の具合は良くなる全く気配が見えず、歩くことも困難な状態であった為、彼の胸の内は暗くなる一方でした。
そしてグレイシアの説得の末、彼女は力を使ってエリオットの手足の傷を治しました。グレイシアはエリオットの体が治ったことに安堵して、彼の首に抱きつきました。
エリオットは彼女の持つ魔力が自分の寿命を削って生み出されるものだということを勿論知っていましたから、本当に複雑な心境でした。
周りは誰一人としてそのことに気づかず、怪我をした兵士たちは彼女に傷を治してもらおうと我先に彼女に声を掛けていたからです。
エリオットは彼女の徐々に弱っていく細い体を抱きしめて耳元で礼を言い、静かに涙を流しました。
その後、ヒューバートン男爵は戦争での活躍で一気に貴族達からの信頼を得て、女王陛下のグレイシア直々にリーフウッドの土地の管理を任命されました。
男爵はジルフォード侯爵とリーフウッド男爵の彼らが居なくなった今、やっと心を入れ替え、以前と人が変わったかのように民の声を聞き入れて領地の管理を行うようになりました。
彼はバージュウェイの治安を改善するため、グレイシアが提示した政策を取り入れ、徐々にルビークロスの市民からの信頼も得られるようになっていきました。
そして、エリオットも戦地での活躍を評価され非常に優秀な騎士として騎士団の中で賞賛されるようになりました。
ルーマス公爵とグレイシアは、ジェスター侯爵の支配していた土地の一部を彼に譲り、さらに彼に勲章を授けたのち時機に騎士団の長にすることで合意し、エリオットにこの話を持ち掛けました。
しかし、彼は余り権威のある人物になること自体に興味を示さなかったため、あっさりと辞退してしまいました。
ですが彼は年の近い騎士団の仲間達と非常に仲良くなり、城周辺で見かけるために仲間たちと意味もなくはしゃいで楽しそうにしていましたから、グレイシアはその姿を責務の合間にちらっと目にする度に幸せな気持ちになりました。
数か月後、グレイシア女王は舞踏会を開催しました。女王に謁見する式典としてこぞって各貴族達はルーマス公爵の用意したクルーズ船に乗り、ルーヴァント岬まではるばる足を運びました。
舞踏会は無事に終了し、その後ヒューバートン男爵家のみを城に宿泊させ、翌日庭園の噴水の周りに特別にテーブルと椅子を用意して茶会を開きました。
グレイシアとエリオット、ヒューバートン男爵家一同と使用人、ルーマス侯爵と養子含めその息子達を交えた見知った顔ぶれでその茶会は始まりました。
久々にグレイシアとエリオットはヒューバートン男爵家の面々と再会しました。
リリィやルーシャス、ローラの顔つきは初めて会った時と比べてはるかに明るくなり、なんといっても夫人や男爵の態度が手のひらを返したように優しくなったことにグレイシアとエリオットは少々違和感を覚えましたが、その変化を好意的に受け取りました。
夫人と男爵はルーマス公爵と話をするために二人の元を去っていき、今度は使用人のメアリーとジェイスが二人の前に現れ、とてもおいしそうな焼き菓子を底にレースのハンカチの敷かれたかごに入れて持ってきました。
二人に今の旦那様と奥様、坊ちゃまやお嬢様が変わったのは、紛れもなく貴方達のお陰であり本当に感謝していると言いました。
メアリーはまさかグレイシアがアンドレア女王の娘だったとは思いもよらなかったと言い、貴方達を巡り合わせてくれたローラお嬢様に感謝しないと微笑みながら言いました。
ジェイスは二人の活躍がこの家にも、私達にも希望の光を差してくれたとはにかみながら言いました。彼らの賞賛の言葉に二人は照れくさくなり、ふと庭園の噴水に目を移しました。
するとそこには恐ろしい光景が広がっていました。庭園の噴水にドレスの裾をたくしあげもせずに、噴水の中でずぶ濡れになりながらキャッキャっと遊ぶローラとミアの姿が見えたのです。
青ざめた表情のメアリーとジェイスはすぐさま彼女達を止めにかかりました。ローラはミアと友達になれたのがとても嬉しかったのか、いつの間にかミアの髪に自分とおそろいのサテンのリボンをつけて、ブンブンとツインテールを揺らして無邪気にはしゃいで水遊びを続行しようとしていました。
グレイシアとエリオットはその様子を見て思わず顔を見合わせて微笑むと、入れ違いにリリィとルーシャスが二人に声を掛けてきましたものですから、四人でテーブルの上にメアリーが持ってきた菓子と紅茶を嗜みながら、のんびりと庭園を眺めることにしました。
ルーシャスは心なしか雰囲気が大人っぽくなり、言葉遣いは荒々しさが残りますが表情も少し優しくなりました。ルーシャスはグレイシアのことをまじまじと見つめて
「…お前には礼を言ってやってもいい。世話になったな、色々と」と相変わらずぶっきらぼうに言うと、エリオットに向かってこう言いました。
「後、お前が英雄だってルビークロスの奴らに広めてやった。感謝しろよ。だから‥‥その、いつでもこっちに狩猟でもなんでもしに来ていい。許可してやる!!」ルーシャスが言葉とは裏腹に乱暴にそう言うと、エリオットはおかしそうに笑って言いました。
「お前本当にルーシャスか?偽物なんじゃねえの」ルーシャスが今にも怒り出しそうだったので彼はこう付け加えました。
「ありがとな」ルーシャスはそれを聞いて、フンと顔を背けて、満足そうな表情を浮かべた後に黒い皮の手帳にガツガツと何かを書き込んでいました。
グレイシアは彼が書き終わった後に、生まれ変わったような彼に話を幾つか聞くことにしました。
なんでもルーシャスは次期後継者として父親に認めてもらうべく一層人前での振舞い方や教養、剣術などを学びなおし、感情のコントロールを行うために、黒い牛皮の手帳に抑えるべき感情をしたためているようでした。
グレイシアはその手帳を借りて恐る恐る中に目を通してみましたが、先程のエリオットに向けたとても残酷で恐ろしい暴言の数々が殴るように書かれており、思わず直ぐに閉じてしまいました。
それを見かねたエリオットはその手帳をグレイシアの手からひょいと取ると声に出して読み始めようとしたものですから、怒ったルーシャスが手帳を奪い返そうとして二人は口喧嘩を始めました。
そんな二人を仲裁しようと以前より凛々しくなったリアンが間に割って入っていくのをグレイシアとリリィは面白がって笑いながら眺めていました。
リリィもあの船の一件以来、ダンスの練習に励み、社交の場でも勇気を出して他の貴族達と自分から交流しに行き、堂々と振舞うことが出来るようになったと言いました。
彼女の表情は初めてあの船の宝物庫で会った時とは違って見違えるように明るくなっており、グレイシアはそれを微笑ましく思いました。
彼女達が談笑していると何故か酔っぱらっているルーマス侯爵の息子のノアが、彼女達の真ん中に割って入り、絡むように話しかけてきました。
リリィはノアの態度の豹変に驚きを隠せず、彼の酒臭い息に顔を思わずしかめていましたが、後から彼女達の元にやって来たノアの弟のレオが、挙動のおかしいノアを取り押さえつつ、リリィの関心を引こうと頑張って話し始めました。
リリィが彼のちょっとした冗談につられて微笑んだものですから、彼は初々しく顔を赤らめ、彼女に見とれるあまり紅茶をこぼしてしまいました。
それを見かねたノアがちょっかいを掛けるように彼をいじったものですから、レオは顔を赤らめてから、爽やかに会釈してから乱暴にノアの頭を掴んで庭園の噴水まで彼を連れていきました。
そして彼は一切の躊躇なく笑顔で噴水の激しい水飛沫の中にノアの頭を突っ込みました。
メアリーとジェイスは再び腰を抜かして驚いていましたが、ローラとミアはその様子を楽しそうに指を差しながら笑いながら見ていました。
リリィとグレイシアはその様子を見て困ったように微笑みました。ふと、グレイシアはリリィが薬指にはめている大粒のルビーが煌めく指輪を目にしました。
「その指輪は?」とグレイシアが尋ねると、リリィはこう言いました。
「これは…忘れもしないあの日、ダニエル様から貰ったネックレスの宝石を指輪に作り替えたの。あの船が燃え盛る炎に包まれている中、私はホールから部屋までなんとか戻って、これだけは無くさないようにと持ち帰ったの」彼女はそう言って、自らの左手の薬指に輝く指輪を眺めながら再びこう言いました。
「実は私、ダニエル様から晩餐会に行く前に手紙を貰っていたの。その手紙を読んで彼の気持ちがようやく分かった。
書斎で彼が私を最後に抱きしめてくれたあの時、どうして私は彼を抱きしめ返さずに拒絶してしまったのかと凄く、凄く後悔しているの。
彼は確かに傲慢だった。だけど、私を幼い頃から見守ってくれていた。
それなのに、私はいつの間にか…ジルフォード侯爵の底知れない恐ろしさと媚びへつらう私の両親のことが頭にこびりついてダニエル様そのものを見つめることが出来なかった。
彼の優しさの全てを、私を‥私の家を利用するためのものだと思い込もうとしていた。
あの時の私は彼の言葉を信じることが出来なかった。
彼を思いやることが出来なかった。疑うことしか出来なかった。彼がどんな辛い悩みを抱えていたのか今になってようやく分かった。私は‥‥・本当に馬鹿だった」リリィは涙を堪えるように震える声でそう言いました。
グレイシアは彼女の背中に優しく手を置くと、あの船で亡くなったダニエルに思いを馳せながらこう言いました。
「彼が望んでいたのは、紛れもなくリリィ様の幸せだと思います。きっと…彼は空から天使となって、貴方を優しく見守っていると思います。
だからどうか過去に留まらずに、この先の未来に目を向けても良いと思います」グレイシアはそう言って、リリィの薬指にぴったりとはまった指輪を目にしながらそう言いました。
「ありがとう‥‥妹が貴方を王子様みたいだというのが良くわかるわ。私、貴方に元気づけられてばかりだもの。前を向かなきゃ」彼女は無理やり笑顔を浮かべてからそう言うと、目尻をレースのハンカチで抑えました。
そして、彼女はダニエルをふと雲一つない澄み渡った青空を見上げました。
すると、彼女の元に美しい黒と緑色の蝶がひらひらと空から舞い降りてきて、リリィの薬指の指輪にはめられた大粒のルビーの宝石に留まりました。
彼女はうっとりとその蝶を眺めて微笑みました。
グレイシアはリリィの様子を見て、穏やかな気持ちになりました。
「ずっとこんな幸せな日々が続けばよいのに」と彼女は心の中でそう呟きました。
そして彼女はティーカップとソーサーを手に寄り、紅茶を一口飲もうとしました。
しかし、急に上手く手に力が込められなくなり、カップを持とうとする手がガクガクと震えるようになりました。
彼女はそれがすぐ側にいるリリィに見つからないように、自然に手を組むと度々起きるこのような現象に、自分の体が徐々に消えてなくなってしまうような得体の知れない恐怖を感じました。
グレイシアが複雑そうな顔をして黙っていると、先ほどルーシャスと殴り合っていたはずのエリオットが彼女の元に心配そうな顔をして駆け寄ってきました。
グレイシアの様子がおかしいことをすぐに察した彼は、彼女を抱えると急いで城の彼女の部屋まで運びベッドに寝かせました。
グレイシアは時々立ち眩みを起こして倒れたり、急に体に力が入らなくなったりすることが頻繁に起こるようになりました。
彼女はベッドに横になると安堵した表情を浮かべてエリオットに礼を言いました。そして彼女はやがて眠りにつきました。
エリオットはこのまま彼女が目を覚まさなくなってしまうのではないかと内心怖くて堪りませんでした。
エリオットは、ベッドの脇の椅子に腰かけると複雑な表情を浮かべたまま、眠っている彼女の顔を静かに見守っていました。
そうして3年の時が経ちました。グレイシアはリリィから貰ったお気に入りの例の紫色のドレスを着て、宝石の散りばめられた銀色の踵の高い靴を履き、城の自室の椅子に座っていました。
彼女の目の前にあるテーブルには沢山の他国から届いた沢山の手紙が並べられていました。彼女にはその内容が中身を見ずとも分かりました。
グレイシアはあれから数えきれない程、社交界に訪れては様々な貴族や他国の王子達と踊り、言葉を交わしました。
勿論彼女にはそこがただダンスを踊るためだけの場所ではないことをよく理解していました。これらの手紙は舞踏会が行われた後に送られてきたものでした。
つまり全て彼女に婚約を申し込むという内容のものであるからこそ、彼女はただその届いた手紙を一瞥したのちテーブルからゆっくりと顔を上げ、海の精霊が自分を呼ぶ声をただ受け止め、窓の外から見える美しいピンクと青色の光の交差する朝焼けの空と美しい海をぼんやりと眺めていました。
もうすぐ王国復活の祭りが開かれ、ダズルセントの地は祝祭の為にとても賑わい、グレイシアはそこで演説をすることになっていました。
ですが彼女の脳裏には演説で話す内容ではなく、今まで自分の身に起きたこと全てが走馬灯のように浮かんでいました。
そして彼女は豪華な花瓶に生けていた美しい白い薔薇を数本手に取ると、机の引き出しからナイフを取り出して形を整え、再び引き出しから銀色のサテンのリボンと包みを取り出し、可愛らしい花束を作りました。
彼女は完成したその花束を満足そうに眺め、それを手に取るとこっそり部屋を出ました。
長い廊下を歩き、長い螺旋階段を下りて数名の兵士に隠れて指示して、城の扉を開けて貰い外へ出ました。
するとそこには、予感の通りに彼女が愛する者の姿がありました。
「エリオット!」
グレイシアが名前を呼ぶと、エリオットは白いブラウスを着て、勲章のバッチをつけ、金の飾りひものついた立派なまるで王子様の様な紺色のコートを纏い、彼女に恭しく会釈し、微笑みました。
しかしそんな彼は、かしこまった外見とは裏腹にいつもの飄々とした調子でこう言いました。
「よお、グレイシア。今日、誕生日だろ?これ、やるよ」彼はコートのポケットから色とりどりの宝石が煌めくとても美しい指輪を取り出しました。
「ありがとう、エリオット」彼女はそれをうっとりと眺めながら嬉しそうに言いました。
彼は恭しく彼女の左手の薬指にそっと指輪をつけました。
「盗んだものじゃないから、安心しろよ」彼が茶化してそう言ったものですから、グレイシアは不意に笑みがこぼれそうになりましたが、何故か目から涙が溢れました。
手を伸ばして薬指にきらりと光る指輪を大切そうに眺めている彼女にエリオットは改まってこう言いました。
「昔の俺はさ、自分の生活を守ることに必死だった。
その為ならなんだって出来ると思ったし、心の何処かで誰かのために生きるなんて馬鹿らしいと思っていた」彼は躊躇いがちに少し俯きながらそう言うと、顔を上げてこう付け加えました。
「でもそれが素晴らしいことだと気づいた。お前のお陰でうっかりいい奴になっちまったよ」エリオットは彼女の瞳を見つめてしっかりとした口調でそう言いました。
「貴方は昔から優しいわ、小さい頃から私をずっと見守ってくれた」グレイシアは慈しむように彼を見つめながらそう言いました。それを耳にしたエリオットの紺色の瞳が少し潤み、揺らめきました。
そして彼は口元に笑みを浮かべてこう言いました。
「じゃあ、これからは騎士としてお前を守り続けないとな」グレイシアは嬉しそうに微笑んでこう返しました。
「そうね、私も女王として貴方を守り続けるわ」彼女の優しい微笑みとは対照的に、エリオットは微かに暗い表情を浮かべて切なげにこう言いました。
「そんなの当たり前だろ?そうじゃなきゃ困るよ」グレイシアは困ったように微笑んでこう言いました。
「ねぇ、エリオット。一緒に行きたいところがあるの」
どこに行きたいのか聞かなくても彼には自然と分かりました。
「ああ、いいぜ」彼は短く答えました。
二人は朝焼けの空の下、まだ冷たくて澄んだ空気が辺りを包み込む中、城の外を歩き出しました。二人が向かった先はアンドレア女王の墓石のある青いメネシアの花畑でした。
女王と殿下の墓石の傍には新しくグレイシアの使用人であり、彼女の父親だったベンの墓も作られました。これはグレイシアが職人に依頼して建てたもので、アンドレア女王の側に埋葬したいという彼女の意向で、3年程前にそこ建てられたのです。
グレイシアは彼の墓の前にそっと手に持っていた白い薔薇の花束を供えると、静かにこう言いました。
「お父さん、貴方は……私の本当の父親じゃなかったのに、今まで私を育ててくれた。
どんなに生活が苦しくても、私にいろんなことを教えてくれた。
私を愛してくれた。貴方は私のかけがえのない父親だったわ、今まで本当にありがとう」彼女はそうそう言うと静かに祈りを捧げました。
エリオットも彼女の隣に並び、同じように祈りを捧げてからこう言いました。
「俺、貴方のことを誤解していました。グレイシアのことをあの山にずっと閉じ込めて、意地悪をしていると本気でそう思っていました。ずっと彼女を守ってくれていたんですね」グレイシアは彼の言葉に耳を傾け、ゆっくりと頷くとエリオットの方を振り向いて向いてこう言いました。
「ねえ、ここで私の時が止まる気がするの」彼女が囁くようにそう言いました。
エリオットは彼女の方を見て縋るような声でこう言いました。
「なあ、グレイシア‥今幸せか?」彼は確かめるように彼女にそう問いかけるとグレイシアは力なく微笑み、徐々に衰弱していきながらこう言いました。
「とても幸せよ。貴方と巡り合えて、貴方が胸を張って生きていけるような未来を作れたから」彼女はそう言って最後の力を振り絞り、震える両手でゆっくりと力なくエリオットを抱きしめました。
「幸せになってね、エリオット」グレイシアは彼にそう囁き、そのままふわりと彼にもたれかかるようにして息を引き取りました。
彼女は満ち足りたような表情を浮かべ、体は氷の様に冷たくなっていました。
エリオットは力の抜けたのに軽いグレイシアの体を優しく抱きしめたまま、墓の前に座り込みました。
そして決意のこもった瞳で、コートのポケットの辺りに目をやると、ゆっくりと噛み締めるようにグレイシアにこう言いました。
「お前は…それだけ賢いのに勘違いしているよ。
俺が欲しかったのは騎士としての名誉や金なんかじゃないんだ。
本当はずっとお前と一緒に生きたかった。
お前が抱えている宿命全てからお前を奪い去ってやりたかった。
でも、それはお前の望みも全部壊しちまうことになる。
お前が親を無くしても、例えどんなに辛い運命が待ち受けていたとしても、
真っ直ぐに向き合って生きていく姿が素晴らしいと思ったんだ。
お前の側で、お前が切り開いていく未来の先をずっと、見ていたかった。
だけど…お前が居なきゃ意味なんてないだろ?」
エリオットは囁くように言うと、目から一筋の涙を流し、涙が自分の腕の中で微笑みながら眠る彼女の頬に落ちました。
彼はグレイシアのもう二度と動くことはない唇にキスをしました。
「愛しているよ、グレイシア」
彼はそう言って微笑み、王国の紋章の入った拳銃を取り出すと銃口を自分の頭に向けました。
鋭い銃声がこだまして、二人は朝日に照らされ、
淡く青く輝く沢山のメネシアの花達に見守られる中、
安らかに永遠の眠りにつきました。




