23話「交差する想い」
グレイシアは突然、自分の体が光の渦に包まれていくのを感じました。
渦を構成する光の粒は次第に増えていき、グレイシアだけでなく彼女の居る辺り一面を一気に包み込みました。
その強烈な眩い光に包まれ、グレイシアは思わず目を閉じました。
* * *
しばらくして彼女が再び目を開くと、見覚えのある風景が広がっていました。
彼女は自分が先程まで居たかつて城内の式典を行っていた聖堂の様な空間のすすけた床の上に仰向けになっていることに気づきました。
「海の精霊と話をして・・・それで戻って来たんだわ」
グレイシアは、はっとして辺りを見回すと彼女から少し離れた位置に倒れている、エリオットとヴァンチェスター公爵の姿が目に入りました。
彼女はすぐさま仰向けになって寝ているエリオットの側に駆け寄りました。
エリオットはしばらくしてから目を開け、グレイシアの心配そうな顔をぼんやり見上げて言いました。
「ああ・・・グレイシアか」
彼は穏やかに微笑むと急に我に返り、跳ね起きて血相を変えてグレイシアにこう尋ねました。
「おい、さっきあいつに刺されただろ。怪我は・・・」
エリオットが彼女の腹部をまじまじと見ましたが、痛々しい刺し傷は綺麗に無くなり、血が滲み海水で痛んでいたはずのドレスも新品の様に綺麗になっていました。
思わずエリオットも自分の方へ目をやりました。
いつの間にか脱いだはずのコートを着ていて、戦闘して体を蝕んでいた傷が癒え、体が非常に軽くなっていました。
彼は自分が溺れたことは覚えていましたが、目が覚めたら急に体が回復しているのです。
思わず動揺している彼に、グレイシアは優しくこう言いました。
「さっき、海の精霊と話していたの。きっと彼女が治してくれたんだわ」
エリオットはその言葉を聞くなり、自分の数歩先で起き上がるヴァンチェスター公爵の姿を目にしました。
公爵はエリオットから何発も撃たれて致命傷を負ったはずでしたが、傷が全て癒えていました。
それどころか、撃たれて崩壊したはずの義足の左脚まで元通りになっていたのです。
「あいつ、俺が何発も撃ったはずなのに、元通りになっていやがる」
エリオットは腹立たしげにそう言うと、すぐさま拳銃を構えようとしました。
しかし、さっきまで手にしていたはずの拳銃が見当たらず、装備していたその全て無くなっていることに気づきました。
また、公爵に投降させるために置かせた拳銃や長剣も見当たらず、グレイシアの腹をぐさりと刺したあの短剣でさえも姿を消していました。
「今なら、争わずに話し合うことが出来るかもしれない」
グレイシアはそう言って、目を閉じて深呼吸をしました。
彼女の様子を見たエリオットは、俯いてからこの状況の見方を変えることにしました。
そうして二人は覚悟を決め、ヴァンチェスター公爵の元に歩いて向かいました。
* * *
彼はいつの間にか先程倒れていた場所ではなく、少し離れた先にある装飾の施された立派な玉座の前に静かに跪いていました。
玉座の前の壁面には割れた縦長の大きな色とりどりのステンドガラスの窓があり、澄み切った青空が隙間から顔を出し、差し込んでくる神秘的な日の光が公爵を照らしていました。
まるで女王に対して崇拝や服従の意を示すかのような彼の姿に二人は思わず目を見張りました。
彼は二人の気配に気づき、ゆっくりと立ち上がると振り返りました。
彼は凛々しく神妙な面持ちでグレイシアの目を見てこう言いました。
「私は先程海の精霊と話をした。
貴方をこの国の女王として君臨させ、王政の復活の手助けをすることが、私の残り僅かの人生で出来る唯一の贖罪だと、告げられたのだ」
ヴァンチェスター公爵は、静かに目を硬く目を閉じてこれまでの罪を懺悔するように話し始めました。
「私は今まで・・・ずっと家名に恥じぬよう、王族に忠誠と畏敬を示し、伝統を守る高潔な貴族として努力を重ねてきた。
だが、途中で確実に道を踏み外してしまった。
いつしか私の評価者である王族へも敵対心を抱くようになった。
いつしか私は王族よりも優れた存在だと己を過大評価し、王族の持つ力に猛烈に嫉妬し、どんな手を使ってでもこの国で最も優れた存在になりたいと思うようになった。
もはや誰よりも優れていないと気が済まなかった。
自分自身に価値がないと感じ、認めることが出来なくなっていた」
ヴァンチェスター公爵は、今まで内に秘めていた生々しい感情を吐き捨てました。
グレイシアには分かりませんでしたが、競争で勝つことにより自分の存在を証明し、承認を得ようとすることに彼が固執しているように見えました。
グレイシアはヴァンチェスター公爵に鋭い眼差しを向け、こう尋ねました。
「何故、敬っていたはずの王族に敵対心を抱くようになったんですか」
公爵は俯きながら、当時の記憶をまざまざと思い出しながら、ゆっくりと話し始めました。
「代々、ヴァンチェスター公爵家もとい、スペンサー家の血筋の者は王族の側近に近い存在だった。
代々、先代の王は皆魔法とも思しき力を持っているというのに、何故か短命だった。
王族が弱っている間に陰で支え、暗躍していたのが我が一族だった。
新たに大きな戦争が起き、我らがヴァンチェスター公爵家並びに様々な貴族達が戦地に出向いた。
私は戦場で片足を失い、重傷を負いながら戦った。
だが、アンドレア女王の力が必要になった時彼女はあろうことか、その戦火の真っ只中に王族の力を使うことを避けた。
私はその時、血を流し地べたに這いつくばりながら、その様子を見ていた。
強い失望と怒りに満ちた、どす黒い感情が溢れて止まらなくなった。
それが・・・きっかけだ。あの魔術を生み出すことにもつながった」
公爵はそう言って目を硬く閉じ、眉をひそめました。
彼は言葉とは裏腹に強い、自責の念に駆られるような表情を浮かべていました。
公爵は段々、感情が制御できなくなり、溢れる涙を堪えるのに必死でした。
「だが結局、王族を滅ぼしこの国の最高権力者に成り上がろうか、自分を真の意味で認めること等出来なかった。
権力を得ることに猛進する一方で自分を完全に見失っていたからだ。
黒魔術を使い他人を蹴落とし、多くの者を不幸に陥れて沢山の富や力を得たが、結局私の心は渇いたまま、満たされることは無かった。
所詮、こんな邪悪な力は貴方の持つ王族の力の足元にも及ばない」
彼は静かに涙を流し、皺の入った顔をさらに歪めました。
彼は体を震わせながら食い入るような目で、グレイシアを見つめて言いました。
「私は王族の持つ力について研究を重ねたが、何一つ真相にはたどり着けなかった。
貴方の持つ力は自ら以外の家族や国民の幸福のためにしか使えず、使うほどに自分の寿命を縮めてしまう、いわば自己犠牲に近いものだということを、海の精霊と貴方の話を聞いてようやく理解した」
ヴァンチェスター公爵はそう言い終わると、グレイシアに畏敬の念を感じるように、こう言葉を口にしました。
「そんな・・・力は・・・そんな人間の醜さを剥いだような・・神のような力はなんて美しいのだ。
それに比べて・・・私はなんて愚かなのだ」
彼は、おずおずと自分の片手の手のひらを見つめました。
そして再び強く爪が食い込むほどまで硬く握りしめました。
「私が生み出した黒魔術は、私の人生最大の過ちだったと今になって気づいた」
彼はそう言うと歯を食いしばり、グレイシアに向かって両膝をつきました。
彼は俯き頬を伝う涙の雫が、ぽたぽたと落ちて床を濡らしました。
グレイシアは複雑な表情を浮かべながら、ヴァンチェスター公爵をただ見つめていましたが、ゆっくりと彼の元に歩き出しました。
「私は貴方を完全に許すことは出来ません。
でも貴方に力を貸して欲しいと思います。
私はこれから貴方の生み出した黒魔術を、この世から消すことを海の精霊に願います。
そして私はこの国の女王となり、ルーヴァント王国を再び蘇らせたい」
グレイシアはしっかりとした口調で俯いている公爵に向かって、そう宣言しました。
公爵はおずおずと頭を上げ、グレイシアを見上げました。
彼女の灰色の瞳はより強い光を放ちました。
公爵は決意のこもったグレイシアの凛々しい表情を目にして、公爵はかつて自分が崇拝していたアンドレア女王の面影を感じました。
「そうか…分かった。
私は・・・やはり貴方には私には無い素質があると痛感した。
今までの貴方の言葉や行動は間違いなく私の心を動かしたのだ。
グレイシア女王陛下、貴方なら完璧で美しい世界を作れる。
どうかこの、汚れた世界を変えてくれ。
私はそのために貴方に生涯をかけた忠誠を誓う」
公爵はそう言って再び顔を伏せ、女王に深い忠誠を誓う騎士のようにひれ伏したのです。
公爵は自ら改心し、自らの歴史に幕を下ろし再びグレイシアと共に、王政の時代の幕を上げようとしているのです。
エリオットは数歩先の目の前に広がる驚異的な光景を目にし、息が詰まりそうになりました。
彼は公爵に向けた彼女の、揺るぎない覚悟を決めた顔つきを目にし、葛藤し今にも暴れ狂って飛び出してしまいそうな心を押さえつけるために、必死で拳を握りしめて目を硬く閉じました。
* * *
さて、貴方ならグレイシアとエリオットのどちらの望みを叶えますか?
「Glacier」か「Elliot」かお選び下さい
次回で最終話です




