17話「陰謀の正体」
グレイシアとエリオットがメアリーに向かって頷いたのを確認すると、彼女は声を震わせ、罪悪感を抱くように目をきゅっとつぶりました。
そして彼女は一呼吸おいてから話し始めました。
急に温かみのある彼女の口調が厳しくなり、彼女の表情からは一気に年相応の風格が感じられました。
「こんな恐ろしいことを考えるのは女王への侮辱だと自分を罰する思いで考えることを避けてきましたが、恐らく城の中に裏切り者が数名居たのですよ。
アンドレア女王は信頼していたはずの従者達に裏切られたのです。
彼らは王族の者が一人も逃れられないように、城の門を固く閉ざし、城の至る所に火を放ったとしか考えられません」
彼女はそう言って顔をしわがれた手で覆い、小刻みに震えていました。
グレイシアはそんな彼女の隣に座りなおすと、メアリーの背中を優しくさすりました。
しかし、彼女の話を聞いたグレイシアの頭にはある疑問が浮かび上がりました。
「すみません。少し気になったのですが、
アンドレア女王が貴方のおっしゃる通り素晴らしい方ならば、従者への対応は悪くなかったはずです。
彼女の振る舞いを実際に目にしたことはありませんが、国民へ自らの力を惜しみなく使う彼女が自らに仕える従者に恨みを買うようなことをするでしょうか。
あと、城の門を固く閉じたのであれば、当然城に火を放った従者本人も火事に巻き込まれて亡くなるはずです。
自らの命を犠牲にしてまで、信頼して仕えていたはずの女王の住む城に、火をつけようとするでしょうか」
グレイシアはゆっくりと慎重にそうメアリーに尋ねました。メアリーも彼女の言葉に頷き、眉をひそめ、腑に落ちないような表情を浮かべてこう言いました。
「何かこう‥裏があるような気がします。
第一、使用人の内の一人ではなく、複数人が火をつけたとしたら・・・本当にその全員が女王を恨んでいたというのでしょうか。
彼女を敬愛しているのであれば、操られでもしない限り反逆など思いつきも」
グレイシアはそう口走り、思わず言葉を失いました。
その脳裏によぎったのは考えたくもない一つの可能性でした。
グレイシアが愕然として俯いたまま黙っていると、メアリーが話し始めました。
「この最悪な事件が起きてから王族達は亡くなり、この国は公爵が王に近い座に君臨しました。
その結果、貴族同士での争い合いが増え、陥れて地位を得ることが可能となりました。
そしてみるみるうちに団結していたはずのこの国は分断され、混沌とした現在の貴族社会が出来上がったのですよ」
彼女はそう言うと、深いため息をつきました。
「王の居なくなった今、権力を失うことを貴族達の誰もが恐れ、自らの領地に住む民衆のことを考えず、他の貴族から攻撃されないかと警戒しいがみ合っております。
こんな団結力の無い状態で他国に侵略されたら一体どうすればよいのでしょうか。
ヴァンチェスター公爵はこの問題に対して、完全に目を背けてしまっています。
今ではかつての王の話をすることは、貴族にとって過去にすがるみっともない行為とされ、禁じられるようになっておりますが、心の中では王国の復興を望む貴族達も多いことを私は知っています。
私の仕えるヒューバートン男爵も実はその中の一人です」
メアリーは熱のこもった声でそう言いました。
彼女は今のこの貴族社会と未来を嘆き、アンドレア女王の統べるかつての王国を渇望しているようでした。
グレイシアはこのクルーズを通して、貴族達は権力を求めた闘争の末、心が荒み病んでしまったのではないかと思いました。
それに、あんな恐ろしい黒魔術を使う貴族がいる始末です。
結局は民主的な指導者であるアンドレア女王こそが、身分に問わずどんな者にも平和をもたらし、彼女こそが君主として相応しい存在だったのではないかとグレイシアは思いました。
「そうだったのですね、貴方もリリィ様もアンドレア女王を崇拝しているみたいですし」
グレイシアはそう言いかけると、ふと書斎で目にしたアンドレア女王の写真を思い出しました。
そして、あんな悍ましい黒魔術に手を染めていたにも関わらず、救いを求めてそれを大切にしていたダニエルのことを思い出しました。
グレイシアが何かを言いかけて急に黙ったので、エリオットが代わりに口を開きました。
「そんな王国が再び蘇れば‥今よりも、もっと穏やかで幸せに暮らせるのかもしれませんね」
彼はメアリーを見つめて、静かに少し寂し気に微笑みながらそう言いました。
グレイシアはこれまでの彼を目にしてきましたから、彼が単純に物事を楽観視するだけのタイプではないことを知っていました。
だからこそ、グレイシアにとってその言葉はエリオットの切実な願いのように感じました。
メアリーはゆっくりと頷いてから微笑みました。
「少々長話をしてしまいましたね。
それにしても夜になると一段と冷えますね。暖炉も無いことですし」
メアリーは暖の取りづらい状況を、少し心許ないように感じながら言いました。
ですが、二人とも先程から自分達もまるでご主人様のように扱おうとする彼女に、謙遜しました。
そうしてグレイシアとエリオットは、いつの間にかソファーに座ったまま眠りについてしまいました。
すっかり安心したような穏やかな表情で二人は眠っていましたから、メアリーはゆっくりと立ち上がり、彼らをソファーに寝かせると先程受け取ったふかふかの毛布を上からかけてあげました。
二人は昨日と今日でずっと衝撃的で緊張感の走る体験を何度も経験して、ものすごく疲れていたのです。
2人は寝息を立てて気持ちよさそうにぐっすりと寝ていました。
その様子をメアリーは穏やかな表情で見守っていました。
* * *
しばらく経ってから、グレイシアは重い瞼を開けました。そして起き上がると自分の傍には腰かけてぐっすりと寝ているメアリーの姿がありました。
反対側のソファーにはエリオットがまだ寝ているようでした。
覚醒しきらない意識の中、グレイシアは目をこすりながらソファーから体を起こすと壁に立てかけてある花の装飾の施された時計に目をやりました。
彼女は違和感を覚えました。
何故こんなに時間が経ち、すっかり真夜中になったというのに誰も部屋に戻ってこないのでしょうか。不審に思ったグレイシアは胸騒ぎがしました。
グレイシアにとって晩餐会がいつまで続くものなのか出たことすらないのでは分かりませんでしたが、今宵は満月であることも相まって、何か常軌を逸した”狂気めいたことが起こる”予感がしました。
座って寝ているメアリーを起こしてしまわないようにそっとエリオットに声を掛けました。
「ん?どうしたんだ」
彼は眠たげな表情をしていましたが、グレイシアに耳打ちされてこう言いました。
「さすがに遅いな。様子を見に行くか」
彼はそう言って手首に目をやりましたが、肝心の”ブレスレット”がついていないことに気づきました。
招待状の代わりのブレスレッドです。
「悪い、ブレスレットを落としたと思う。多分、あの書斎で」
エリオットは気まずそうにグレイシアにそう告げました。
彼は先程、例の書斎で机の下の床底に手を伸ばし、分厚い黒魔術の書物を取ろうとしました。
その拍子にブレスレットを落としてしまったのです。
「まずいわね、私もリリィ様に返しちゃったわ」
グレイシアはそう言うと自分の手首を見つめました。
「いや、待って。もしかすると‥‥」
彼女は頭の中で芽生えた悪い予感を処理するために、じっと考えこみ黙りました。
エリオットはグレイシアが黙っているその間に、銃器のメンテナンスを行いました。
「無理やり乗り込むか」
彼はそう言って準備を終えると、グレイシアの方を振り向きました。
彼女は真剣な表情で頷きました。
* * *
それから二人は部屋を勢いよく飛び出すと、一目散で長い廊下を走りました。
廊下には壁にランプがつけられているお陰で、そこまで暗くありませんでしたが、少し怖いような薄暗い静けさが辺りを包んでいました。
そして、2人は晩餐会の会場へと続くエントランスの近くに到着しました。
二人は壁に隠れながらちらりとエントランスの様子を伺いました。
エントランスは真夜中でありやや薄暗くて冷たい空気が漂っていましたが、シャンデリアの煌々とした輝きや見事な調度品のおかげで、昼間と変わらぬ圧倒的な高級感を放っていました。
昼間と比べて圧倒的に手下の数が少なく、もはや招待状を確認した際に居た受付の手下が居るだけでした。
グレイシアは何故ここまで手下が居ないのか疑問でしたが、裏を返せばあのホールの中に大勢居るということだと悟りました。
受付の手下の彼はずっと日中はそこで高慢で口うるさい貴族達の対応をし続け、精神的に消耗しとても疲れておりましたから、うとうとしていました。
そしてなんと彼は、カウンターに肘をついたまま、完全に寝てしまいました。
その様子を目にしたグレイシアとエリオットはお互いに目配せし、足音を立てないようにゆっくりと階段を上がり、ホールの中へ入りました。
* * *
二人は会場に入った瞬間、思わず目の前の光景に目を疑い、言葉を失いました。
グレイシアはずっと嫌な予感が彼女の頭をよぎっていましたが、やはりそれは的中してしまったようでした。
なんとそこには、晩餐会らしい白いテーブルクロスの敷かれた大きな長いテーブルや、列車の中で目にしたような豪華な料理の置かれた大皿や美しいカトラリー、食卓を彩る鮮やかで美しい花々などは何一つ、無かったのです。
晩餐会が終わったので、それらを回収したのでしょうか。
でもそれにしては、あまりにも劇的に様変わりしている様な気がして、違和感がぬぐえませんでした。
「信じられない。やっぱり騙されていたのね」
グレイシアは思わず、口走りました。
晩餐会の会場とは全くかけ離れていたそこは、至る所に緑色の長いテーブルが設置されていて、そこに先ほど舞踏会で目にした貴族達が、興奮気味に叫び声を上げながら集まっていました。
頭上には大きなシャンデリアが怪しく煌めき、先程の舞踏会同様にホール入り口付近には先程と同様に受付のような場所が用意され、小さなカウンターの前で椅子に退屈そうに腰かけている手下が一人居ました。
そして、ワインの入ったボトルが置かれているテーブルが数か所用意されていました。
もはや、本質的に晩餐会とは違う空間が目の前に広がっていたのです。
グレイシアが唖然としてその場に立ち尽くしていると、エリオットは人が集まっている緑色のテーブルの一つに近づき、群衆の中をかき分けて一体そこで何が行われているのか一目見ようとしました。
なんとそのテーブルでは、中央にジルフォード侯爵の手下がいて、その手下を数名の貴族達が囲むように座っていました。
皆、何枚も高く積み上げられたチップを自分の目の前の持ち点に置き、何やら奇妙な絵が描かれた奇抜なトランプカードを手に握っていました。
中央に居る手下は手慣れた手つきでチップの枚数を素早く数えておりました。
横入りされたことに憤慨し、エリオットに罵声を浴びせてくる夫人が居ましたが、彼は一切夫人のことなど気にも留めずに、ただ茫然と目を見開いてこう言いました。
「驚いた。ここは晩餐会の会場じゃない。カジノの会場になっていやがる」
どうやらこれからまた”ゲーム”が始まるようでした。
手下はディーラーの役割をしているようで、チップの枚数を数え終わると、手元にあったカードを返却するように指示し、新しくカードを配りました。
貴族達は順番待ちをしている他の貴族から覗き込まれないように、そっとカードの裏面を確認していました。
そして手下の合図によってカードを表に返すと同時に、またも品位のかけらもない声が周囲にこだましました。
貴族達は、感情に任せて大声で喜ぶ人、怒りに身を任せて怒鳴り散らす人、号泣する人など様々でした。
皆完全に理性を失っており、もはやここまでくるとただの狂人の集団にしか見えませんでした。
エリオットは、ふと自分の隣に目をやるとグレイシアが居ました。
彼女は、まだ理解が追い付いておらず、困惑した表情を浮かべて同じ光景を目にしていました。
二人はこのままこの場に居たら、順番待ちをしている他の貴族に押しつぶされ、手足をへし折られそうだったので、そのテーブルの傍を離れました。
「どうやら晩餐会というのは、大嘘みたいだな。
これは‥カジノって言うんだよ。
男爵がよく会館で客人を招いてやっているやつだ。
でも、ルビークロスの酒場で俺らみたいな労働階級も隠れてやっている。
まあ、金を賭けて遊ぶゲームみたいなものだ」
エリオットは何もわからないであろう彼女に説明しました。
グレイシアは茫然としながら話を聞いていました。
「皆、なんでこんなことをしているの…」
彼女はそう小さく呟いた後、我に返ってこう言いました。
先程のテーブルでゲームに勝った夫人や紳士が他のゲームをやりに、別のテーブルに移動しようとグレイシアの目の前を通り過ぎました。
彼らは人と肩をぶつけても一切気にせずに、ずかずかと歩いて行きました。
その表情はどこか虚ろで、グレイシアはその言葉では言い表せない独特な雰囲気に既視感を覚えました。
先ほどのサーカスで目にしたリアンとミアが纏っていた、あの独特の雰囲気がしたからです。
「やっぱり…操られているんだわ。ここに居る人達全員」
グレイシアがそう口にした時、エリオットも納得したように頷きました。
そして彼女はすぐにホール入り口付近の受付に向かいました。
そこには先程見かけた手下が机の上で大量の紙の束をまとめていました。
彼女が自分の手元を見つめているのに気付いた手下はグレイシアの方を見ようとしましたが、そのわずかな瞬間、その手下をエリオットが思い切り殴りました。
その隙にグレイシアはカウンターの上の分厚い紙の束を奪い、書かれている内容に目を通しました。
それはどうやら誓約書の様でした。
そしてそこには思わず目を見張るような、恐ろしい内容が記されていました。
その内容とは、グレイシアが払えと言われたら冗談でも恐れ慄く程の大金をこのカジノで使用する特別なチップに変換するということ、
ジルフォード侯爵が圧倒的に有利になるような条件での怪しい取引の内容と、そしてこのカジノが終わる頃には、得た利益はディーラーつまりジルフォード侯爵の手下によって全て回収されるという内容でした。
そしてそこにはちゃっかりと口外条項や違約金についての説明まで記載されていました。
”普通であれば”、誰がこんなふざけた内容の誓約書にサインなんかするでしょうか。
しかし、グレイシアが驚いたのは誓約書の内容だけではなくて、ちゃんとそこに署名が書かれているという事実でした。
グレイシアがページをめくると、我が領主様であるヒューバートン男爵の署名が書かれた誓約書が出てきました。
彼女は思わず苦い気持ちになりました。
「やられたわ…」
彼女が悔しげにそう呟きました。
「どうしたよ、何が書かれているんだ?」
エリオットが背後から声を掛けてきたので、グレイシアは簡潔に説明しました。
「大金をチップに交換させ、このカジノで得た利益も没収する。
そのほかにも色々書かれているわ。
要するに多額のお金を支払え、不平等な契約に応じろ、勿論それを公言しないようにと書かれているわ」
エリオットは虫酸が走る気分になりました。そしてそれと同時にあることを思い出して言いました。
「なるほどね。
ジルフォード侯爵の部屋に親父と行った時、侯爵が例の計画がどうとか言っていたんだ。
全く、これのことかよ」
エリオットとグレイシアは強い憤りを感じ、自分達よりも遥かに上の階級の者達のひどく滑稽で無様な姿をまじまじと見つめていました。
「ええこれこそが、ジルフォード侯爵がこのクルーズを開いた本当の目的だったのよ。
初めから侯爵は騙すつもりでこのクルーズに貴族達を招待し、晩餐会と偽りカジノを開いて、そこで黒魔術を使って貴族達を操り、誓約書にサインをさせ、大金を奪い、自分の利益だけにつながる契約をさせるつもりだった。
本当に最悪だわ」
グレイシアがそう言って、誓約書の束に目を落とすと、エリオットからそれを渡してくれと促されたものですから、彼女は彼にその分厚い誓約書の束を渡しました。
彼はそれを手に持ったまま、大量のワインのボトルとグラスだけが置かれた簡素なテーブルの前まで行くと、テーブルにその誓約書の束を置き、なんと上からワインを満遍なくかけました。
グレイシアは彼の大胆な行動に内心驚きましたが、安堵しました。
ワインのおかげで誓約書はぐっちょぐちょになり、復元不可能な状態になったからです。
二人は明らかに奇妙な行動をとっていましたが、手下達は誰一人彼らを咎めようとしませんでした。
貴族達も二人のこと等、全く気にも留めずに夢中になってカジノゲームを続けていました。
この場に居る手下達も皆ゲームのディーラーとしての役目を果たすのに手一杯の様でした。
エリオットがふと遠くのテーブルに目をやると、そこには見覚えのあるコートを着た整えられた顎髭に恰幅の良い体つきをしている男爵の姿が見えました。
エリオットは思わず呆れたようにため息をついてから、渋々彼のいるテーブルまで歩き出しました。
グレイシアも彼の後を追いかけ、そのテーブルへと向かいました。
エリオットは脇目もふらずに我が領主様である、ヒューバートン男爵の元へ行き、椅子にどっかりと座っている彼に声を掛けましたが、一切返事はなく男爵は狂気めいた様子でひたすら憤怒していました。
「また負けただと!!!おのれえええ、もう一度だ!!」
彼はそう叫ぶとテーブルの中央にディーラーの手下に怒鳴りつけました。
手下が再びボールを投入してルーレッド盤を回すと、男爵はルーレット盤に顔を限界まで近づけ、目を血走らせながら食い入るように見つめて、何かをぶつぶつと呟いていました。
結局、男爵が狙いを定めた位置にボールは止まらず、彼は自分の持ち点に積んだチップを全て手下に没収されました。
男爵は怒り狂い、おもむろに巾着を取り出すと、そこから全てのチップを取り出そうとしました。
エリオットはその瞬間、彼の腕を掴み再び問いかけましたが、男爵はまるでエリオットの姿が見えていないかのように全く彼を相手にしませんでした。
そして男爵は凄く焦っていたものですから、勢い余って巾着の中身を床にぶちまけてしまいました。
その時、彼の右手首にお馴染みの”ブレスレット”がはめられていることにグレイシアは気づきました。
しかし彼女は、男爵が落としたチップを、一つ残らず回収しようと床に這いつくばりながら集めだしたものですから、彼が本当に哀れに思えて、思わず目を逸らしました。
すると、今度は別のテーブルでワインの入ったグラスを片手に手下とカードゲームをしているリリィの姿が見えました。
グレイシアは彼女のいるテーブルまで向かうと、彼女に声を掛けました。
しかし、リリィはグレイシアを見向きもせずに、ゲームに夢中でした。
彼女は伏せていたカードを一気に返しましたが、対戦相手の手下のカードの数字を目にした瞬間、気を落として片手に持っていたグラスのワインをあおって豪快に飲み干し、席を外しました。
グレイシアはその時、彼女がグラスを持っていた左の手首にまたお馴染みの”ブレスレット”がはめられていることに気づきました。
しかしグレイシアは、リリィとそっくりな自分がこの場に居るのは流石に手下に怪しまれると思い、そそくさとその場を後にしました。
幸いにも手下はリリィの様子には注意を払っていましたが、直ぐ傍の瓜二つのグレイシアの存在には全く気付きませんでした。
手下は早くリリィが居た持ち点に置かれた、数枚のチップを回収することしか気にしていないようでした。
グレイシアはリリィをそのまま追いかけようとも思いましたが、いつの間にかエリオットとはぐれ、彼を置き去りにしてしまったことに気づき、その場を見回しました。
しかし、彼の姿はどこにも見当たらず、辺りを見回す程不気味なほどギラギラと照らすシャンデリアの光とあちこちから聞こえる罵声や喚き声でグレイシアはすっかり気分が悪くなってしまいました。
彼女は気分を落ち着かせるためにあまり人で賑わっていないダーツコーナーへ足を運びました。
すると、そこには見覚えのあるミルクティー色の髪に紺色の瞳の少年が、周囲の貴族の間に交じって楽しげにダーツをしていました。
それを見たグレイシアはなんだか気が抜けた気分になり、彼の元へ近寄り声を掛けました。
「エリオット、随分と楽しそうね。まさか‥貴方も」
グレイシアがそう言って片眉を上げました。
エリオットはそれを横目に鼻で軽く笑ってから、ダーツの矢を放ちました。
丁度ダーツ盤の中央に刺さったタイミングで、彼はダーツの矢を数本手に持ちながら、グレイシアの方を向いて言いました。
「俺が操られているわけないだろ。さっき男爵からチップを貰ったんだ。
どのゲームをするにもこれが必要みたいだ」
彼はそう言ってチップをコートのポケットから数枚取り出しました。
「奪い取ったの、間違いでしょ」
グレイシアは肩をすくめていいました。
あの皮肉なことに非常に貧乏くさい素振りで、床に這いつくばりチップを集めていた男爵の姿を彼女は思い出しました。
「チップを持っているエリオットが操られていないとすれば」
彼女は小さくそう呟くと、様々な情報が組み合わさり、パズルのピースがはまったような気分になりました。
新年、あけましておめでとうございます




