第2話 どうも悪意を感じます
ガシャコン、ガシャコン、タンタン。ガシャコン、ガシャコン、タンタン。
織物部屋の中では、小気味いい機織り機の音が鳴り響いている。
カイン村での私の仕事は工房の織物部屋で機織りをすること、いわゆる織子さんだ。地球のように機械化が進んでいないこの世界では、紡績(糸を紡ぐこと)や織物もすべて手作業だ。
ただ、ソルさんとユーリルさんが糸車や機織り機を作ってくれたので作業効率はかなり上がっている。
織物部屋の責任者は私と同い年のコペル。明るい茶色の髪と青い瞳が可愛いちょっと小柄の女の子。口下手だけど織物の腕がいいから、地球で見た織物の特徴を話したら、それを再現出来たりする。ホントに大したものだと思う。
ただ、そのおかげで、今大変なことになっているのだ。
「もう、タオルばかり飽きました。ソルさん何とかしてください!」
「そんなこと言ったって、ルーミン。みんなが欲しがってるから、たくさん作ってくれってリュザールから頼まれたのは知っているでしょう。待っている人がいるんだから頑張らなくちゃ」
私たちが住む異世界には元々綿の生地が無かった。そこにソルさんが綿花を作り始めて、それが普及してきたところにタオルの生地。
これまで羊毛のフェルト生地しかなかったから、綿で作ったタオルの吸水力にみんなイチコロでやられてしまったのだ。だから隊商の仕事で、村々を渡り歩いて行商しているリュザールさんのもとにその注文がたくさん来て、この工房では来る日も来る日もタオルばかり織る羽目になっているのだ。
織物部屋は人手不足だから、新しい職人さんが来るのは嬉しいんだけど、よりにもよってなんでこいつなのかな。
「どうも悪意しか感じませんが、指名されたからには仕方がありません。一人前の織子として育てて見せましょう」
織物の仕事は女の人がやることが多い。だから男のジャバトがこの村に仕事のために移住してきたときも、鍛冶の工房に行くものと思っていたら織物をしたいと言い出した。
この工房の中で、結婚相手の決まっていない私とジャバトを引っ付けようとする、お節介な人たちがいるのは知っていた。だから、ジャバトの指導役を頼まれるのも予想していた。それでも、引き受けたのはタオルばかり織るのにうんざりしていたから。さっさと一人前にして、楽したい。そう思って、ジャバトに織物の知識を教えることにしたんだ。
ジャバトは私の教えを聞いて、糸車を回している。慣れない仕事だから糸の太さも均一にできてないけど、最初のうちはまあ仕方がないかなと思う。
「お、ぐずってきた。おっぱいの時間か」
この織物部屋には、ユーリルさんの奥さんのパルフィさんが来ている。いつもは鍛冶工房で仕事をしているんだけど、つい先日双子の男の子を生んだばかりなので仕事はお休み。
パルフィさんも初めての子供だから不安なんじゃないかな。ここならベテランの奥様方が多いから、いいアドバイスが受けられるからね。
「はい、はーい。ジャバト君は後ろを見たらダメだよ」
「み、見ませんよ」
この世界では女の人が肌を露出することはほとんどない。仮にお乳をあげるときであっても、男の人がいるところではあげないと思う。
でも、パルフィさんは結構そのあたりがホントに豪快だから気にしてないみたい。かといって、ジャバトが見ていいものではないのだ。
「そうよ、ジャバトはあなたと違ってそんなことはしないわよ」
「失礼な、私は見ませんよ」
「そうかしら、私たちが着替えているときなんかじっと見られている気がするんだけど」
「い、いや、それは誤解です。決して皆さんのお乳を見ていたわけではありません」
「あー、やっぱり見ていたんだ」
そこにお乳があったら見てしまうのは仕方がないと思う。男のロマンだ。でも、ジャバトは見たらダメ。
と思っていたら、ホントこいつ見ようとしないな。チラっとでも見たら、バシって言ってやろうと思ったのに……
それなら、パルフィさんを羨ましそうに見ている人をからかってこよう。
「ところでソルさんは、この子たちを見て、リュザールさんとの子供が欲しくなったんじゃないですか」
「!」
「あっち(地球)に気を使うとか今更じゃないですか、早く結婚したらいいのに」
「い、いや、リュザールの方もまだ自信がないみたいだし、硬貨も普及させないといけないから」
今、リュザールさんとユーリルさんは、銅貨をこの世界に普及させるために大きな町まで行っている。
ソルさんはそれが落ち着かないと結婚できないって言っているけど、リュザールさんはすぐにでも結婚したいはずなんだけどな。
だって、あまりにも風花先輩に手を出さない樹先輩に業を煮やして、樹先輩と風花先輩のお母さんが一計を案じたのは有名な話だ。
さてと、こちらでは私が一肌脱いで差し上げましょうか。
「リュザールさんにお話があります。早く甲斐性を見せてください」
ユーリルさんを町に残して、一足先に帰ってきたリュザールさんに話をしてみる。
「ボクの方はもうそろそろ大丈夫だけど、硬貨の方がまだまだなんでしょう? ソルが納得しないよ」
「ほほう、リュザールさんは準備出来つつあるのですね。硬貨については私に考えがあります」
私は銅貨の普及を進めるためには、大きな町だけでなくてこの近くの小さな村からも始めた方が早いと思い、その手伝いをリュザールさんにお願いしたのだ。
この付近の村には私がもともと住んでいた村もあるし、幼馴染が嫁いでいった村もあるから話はしやすいと思う。
それに私も付いて行ったらジャバトとも少し離れることができるから、みんなもしばらくおとなしくしてくれるかもしれないからね。
……って、思っていたのに
「どうしてジャバトも一緒なんですかね」
カインから出発するメンバーは、ソルさんにリュザールさんと私の三人でよかったはずなのに、護衛としてジャバトまでいる。
ジャバト以外の三人は、私を含めて武術の心得があるので、正直その辺の盗賊なら怖くはない。でも、リュザールさん曰く、『男一人に女二人だと間違いなく襲われるけど、そこに男が一人でもいたら躊躇するからね』という理由らしい。
こう言われては断るわけにもいかない。
「ジャバトの教育係はルーミンなんだから、一緒についてくるのは当然じゃない。師匠の行くところ弟子ありだよ」
そして連れていく男の選定はソルさんがしたみたい。悪意しか感じない。
「納得いきませんが仕方がありません。ジャバトも断ってもいいのについてくるんだから」
「妹もみんなが見てくれますし、僕自身皆さんのことをもっと知りたいと思っていますから……」
……たぶん、ジャバトは私に気があるんだよな。中学の時に女の子に告白したいけど、どうしようかと相談してきた友達と一緒な感じがする。気のせい……ではないよね。参ったな。
旅の間のジャバトは私の気を引こうとすることもなく、言葉通りみんなのことを知ろうと一生懸命になっていた。
織物部屋でも仕事を覚えようとして一生懸命だし、ダメだと言われたことは絶対にやらない。ものすごく好青年なんだよな。かといって鼻にかけるところもない。参ったな……。