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「ったく、お前さ、もうちょっと金になる幽霊を連れてこれないのか?」
道尾は自分で買ったらしいたい焼きを頬張りながら、そんな主張をした。ちなみに彼が購入しているのは、あんことチョコとカスタード。妙な味を誇っていたあのブルーハワイはない。くそ、道尾のくせに。変なものにつられてしまった自分が恥ずかしいではないか。
「お前の紹介してきた幽霊を振り返ってみろ。詐欺師の女に憑りつく悪霊だろ? ホームレスのじじい、借金まみれで自殺したサラリーマン、あとはストーカーに殺された女……あれ悪霊になっててマジで大変だったんだぞ。それから、死んだことにも気づいてない認知症の婆さん。説得しても右から左に話が流れていくからマジで大変だったしイライラしたし、最後は力ずくでやらせてもらったんだけどな。あとはなんだ。ああそうそう、愛犬家で、自分の飼ってた犬十六匹が全員死ぬまで自分も成仏したくないとか言うセレブなおばさまだろ、それから」
「よく覚えてますねー、道尾さんすごーい」
「お前が毎回毎回、変な幽霊ばっかり紹介してくるからだ。しかも、どいつもこいつも金がない。お前、金になる幽霊は視えないのか? それともお前自身が貧乏神の化身か」
「あんたはインチキ霊能力者の裏方をやって、お金儲けしてるんでしょ? 松野浦響子も真田丸慶四郎も道明昭之助も瀬田カンナも。あの有名霊能力者は全部インチキで、本当はあんたが大金貰って『道を開いてる』んでしょ? じゃあいいじゃない、あとのはボランティアでも」
「やだね。俺はタダ働きが大っ嫌いなんだ」
道尾は四尾目――白あんのたい焼きをかじりながら、私に恨めしそうな目を向けた。というか、白あんもあったのか。そしてこいつ、本当にブルーハワイは手を付けなかったんだな。悔しい。道尾のくせに。道尾のくせに。
道尾はたい焼きのしっぽを一口で頬張り、それを咀嚼したまま声を出した。
「大体なんだ、『今から来て』って。うぜー女の典型的パターンだぞ。お前、絶対彼氏できないね」
「しょうがないでしょ、急ぎの用事だったんだから」
「急ぎ、ねえ」
道尾は、先ほどから無言のまさと君およびその家族の方を見た。そしてやっぱり鬱陶しそうに、溜息をつく。
「馬鹿女。お前にそこそこの霊感があるのは認めてやる。でもお前、『見分ける』能力までは持ってないらしいな」
「見分ける?」
「――まあ、俺みたいに商売してる人間くらいにならないと、見分けるのは難しいだろうけど」
道尾はたい焼きを飲み込むと、次の一尾を取り出した。まだ買ってあるのか。ブルーハワイだったらいいのにと思っている私の期待通りにはいかず、道尾の持っているたい焼きからはカレーのにおいがした。カレー味もあったのか。見逃していた。
「おい、クソガキ」
道尾はまさと君に呼びかけた。まさと君は不安そうに私の顔を見ている。そりゃ、この乱暴そうな男にクソガキなどと呼ばれたら、いくら小学生でもビビるだろう。
道尾はそんなまさと君の様子を気にする風でもなく、続けた。
「おめーの家族。悪いけど俺の商売相手じゃないんだよね」
「え?」
声を出したのは私の方だった。
「どうして? この子が子供で、お金がないから?」
「それ以前の問題だ」
「成仏できてない幽霊の、道を開いてくれるんでしょ?」
「――道が閉ざされている霊なら、な」
訳も分からず呆けている私に、道尾は溜息をついた。
「……人間は死後、一週間程度で白い道が見え始める。一か月経つと、その先に扉が見えるようになるんだ。その扉に入れば、『成仏』といわれる形になる。ただし道は、いつまでも開いている訳じゃない。死後約五十日――日本で言う四十九日で、道は閉ざされる。そうなると成仏する方法を失い、さまよい続けることになるんだ。つまり俺の『お客様』は、死後五十日以上経過し、道が閉ざされた奴に限る。――で、クソガキ」
道尾はカレー味のたい焼きを飲み込み、まさと君の方を見た。
「お前の家族。死んだのはいつだ?」
私はまさと君の方を見た。彼はしばらくもじもじと何かを考えた後、蚊の鳴くような声を出した。
「……いっかげつくらい前」
思わず、まさと君の家族たちに目をやった。彼らは悲しそうな顔で、正人君を見ている。
「つまり」
道尾は、まさと君の家族を睨むようにして言い放った。
「この幽霊たちの道はまだ、閉ざされていない。自力で成仏できる段階だ。俺の出番はないし、俺の客でもないね」
道尾の言葉をかき消すような冷たい北風が、私たちの間を吹き抜けていった。




