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「――七百八十三万と六千円分のプレゼントが全部どっかにいっちゃって、残ってたのがプリクラだけとはねえ」
私のスマホカバーを見ながら、赤茶髪の男は笑った。前回と同じファミレスで、彼はやっぱりスイーツを山のように食べている。
「そりゃ、電車に飛び込みたくもなるよな。なあ、じゅんぺーさん?」
返事はない。ただ、私の背後の男は、笑った。
「それで。この、……じゅんぺいっていう幽霊、本当に除霊してくれるの?」
「そうだね。通行料も無事に持ってきてくれた事だし」
赤茶髪の男は私のスマホカバーからプリクラを剥がす。そして、残りはさも要らないといった様子で、ピンク色のカバーをこちらに投げてよこした。
「じゅんぺーさん。あんたももう、そろそろ成仏していいんじゃない? いつまでもこんな、しょうもない女に憑きまとってるのは無駄だと思うし。……あんたの道、開いてやろうか」
赤茶髪の男の言葉に、半面の潰れた男は、確かに頷いた。
「次は、こんな女に引っかかるなよー」
あっという間に姿の見えなくなった幽霊に、フレンチトーストを頬張った男が手を振る。
あの幽霊は、どこに行ったのだろう。私がきょろきょろとあたりを見渡していると、「あんた、道が見えるほどの霊感もないみたいだね」と男が微笑んだ。訳が分からない。けれど確かに、あの幽霊はいなくなった。
「さてと。……あんたはこれからどうすんの?」
男の質問に、私は少し悩んだ。それから、
「……ブランド物の商品は全部、手放すことにするわ。それを、全額寄付する」
半分本気で、そして半分冗談でそう言った。もちろん、全額寄付するつもりはない。そんなことをしたら生活に困る。けれど、半分くらいは寄付してもいいかもしれない。少なくとも、男に貢がせた商品は全部売ろう。もう二度と、こんな目に遭いたくない。
男は面白くなさそうに、「ふーん」と言って立ち上がった。今日は自分で払うつもりなのか、伝票を手に取る。値段を確認しながら、「ところで」と声を出した。
「出入り口に立ってる男の人。あんたの知り合い?」
言われて、私は振り返った。
ガラス張りの扉の前に、熊のような体格の男が立っている。顔は真っ赤になっていて、息が荒い。そして、――その右手には、出刃包丁が握られていた。
幽霊、かと思ったけれどそうじゃない。周囲の人間がその男を、そしてそいつが持っている物を見て叫んでいる。
男はまっすぐに私を見据え、そして叫んだ。
「蒔絵えええええぇぇぇええええええええ!!」
――その顔を、私は当然のように、覚えていなくて。
「……そんじゃ、精々頑張ってね」
一万円札を取り出し、私から離れようとする赤茶髪の男に、思わず縋り付いた。男は鬱陶しそうに、こちらを振り返る。
「ちょ、ちょっと! 助けてよ! ねえ!」
「――悪いけど、俺は『生きてる人間』に関しては仕事の範囲外なんだよねえ」
赤茶髪の男は笑う。それはどこか、半面の潰れた男の笑顔に似ていた。
「生きてる人間同士のトラブルには興味がないし、巻き込まれたくもないし、首を突っ込む趣味もない。俺は、『道を開く』という自分の仕事はもう終わらせた。だからもう、あんたとは関係ないね」
「あなた……それでも人間なの!?」
「残念だけど、そういう人間もいるってこと」
男はそれだけ言って、私の手を振り払った。そして、さっさと歩きはじめる。
店内に響く悲鳴。私の元に徐々に近づく、熊のような男。振り上げられる包丁。
「――ああ、そうだ」
悲鳴にかき消されてしまいそうな、男の声が聞こえた。左手にあったプリクラを、くしゃりと握りつぶす。床へと落下するプリクラと共に、男は言葉を落とした。
「あんたがもしも死んで、そのあと道に迷ったら。……道尾開人っていう男の存在を、思い出せばいいと思うよ」
――赤茶色の髪がふわりと笑い。
私の視界は真っ赤に染まった。




