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カラオケ店に住みついているとはいえ、歌うのはとても久しぶりだった。
そもそも、ミディアムクラッカーの曲をいれてくれる人がいない。僕は久しぶりに、自分の曲を歌った。死んでから何年も経っているはずだけれど、案外歌えるものだ。
インディーズの時代に一番売れた曲、作曲するのに一番手こずった曲、歌詞をみんなで考えた曲……。どれもこれも、思い入れのある歌ばかりだった。
マイクなしとはいえ、僕は歌っている。けれど、周囲から見れば、
「いえー! うぉううぉうー!」
――青年が一人、カラオケで歌いもせずに騒いでいるようにしか見えないだろう。
僕は、歌うのが好きだ。歌えば歌うほど、そう思う。大好きなんだ。
昔から僕は、歌うこと以外何もできなかった。逆に、歌は褒めてもらえた。それも嬉しかったし、それ以前にやっぱり僕自身、歌うのが好きだった。そのうち、歌詞を考えるようになった。それはとても難しくて、けれどできた歌詞はどれもこれも、自分の子供のようにかわいかった。たとえ売れなくても、たとえ誰の目に触れなくても。
バンドを結成したのは、高校生の時だった。文化祭を盛り上げてやろうぜ! というノリで始まったそのバンドは、思った以上に好評だった。そのノリのまま、僕たちは次々と新しい曲を生み出して、僕はそれをいつだって一生懸命歌った。魂を吹き込むようにして。いや、吹き込んだ。そうじゃないと、曲は生きないんだ。僕はそれを知っていた。
武道館なんてのはさすがに夢がでかすぎるかもなあ、なんてみんなで言いながら、でも内心ではそれをすごく夢見ていた。自分の伝えたい思いを、自分の歌声にして届ける。それに、僕はとても憧れた。素人の癖になに熱くなってんだとか、偉そうなこと言うなって思われるかもしれない。でも僕は本気で、そう思っていたんだ。
――死んで、しまったけれど。
メジャーデビューするために書き上げた歌。それは僕の最高傑作だった。伝えたいものをきちんと纏め上げた、そしてそれを完璧なメロディーに乗せた、渾身の一作だったんだ。
けれどそれは、誰にも届かなかった。僕が死んでしまったから? それとも、曲が不要になったから? 後者なら、とても悲しい。不要な曲なんて、この世にはどこにもないはずなのに。ボツはあったとしても、いらないものなんてない。
けれどあの曲は、死んでしまったのだろうか。僕と一緒に。誰にも届く事なく、死んでしまったのだろうか。
昔笑いあった、ミディアムクラッカーのみんな。
――あのメンバーは、新しいボーカルを加えて、僕のことなんか忘れて、すっかり有名になってしまったのだろうか。
「やっぱ、プロは全然違うなー」
いつの間にか、予約していた曲は全て終わっていた。恐らく、デンモクにあったミディアムクラッカーの曲をすべて入れてくれていたのだと思う。歌い終わった僕に、青年は拍手をしてくれた。僕は何だか照れくさくて、けれど少しやるせない気持ちを抱えながら、ソファに座った。なんだかんだで、僕もカラオケで歌う時は立つのだ。
青年はまじまじと、僕の方を見た。
「大人しい顔して、ヘビメタってのが意外だったね」
「アップテンポな曲が、好きなので……」
「でも、訳の分からん単語を羅列したような歌詞じゃなかった。ちゃんとしたメッセージになってるのか。へー、なるほど」
彼は再びデンモクをいじりながら、のんきにそんなことを言った。けれどふいに、その手を止めた。
「……あんたさ。自分のことはもう忘れられてるんじゃないかって思ってない?」
歌っている最中に考えていたことを言い当てられて、僕はどきりとした。青年はデンモクから顔をあげて、僕を見る。
「自分のことなんてさっぱり忘れて、武道館ライブしようとしてるメンバーがうらやましくて、素直に喜べないんだろ? ……まあ、気持ちは分かる」
ところで、と彼は言った。
「あんた、どうして自分は腹が減らないんだと思う?」
「え?」
それは、歌とは何の関係もない話だった。
「幽霊だから、でしょ?」
「違うね」
青年は即答する。
「幽霊でも、腹の減ってる奴は多い。――きちんと供養されてない幽霊は、誰にも想ってもらえない幽霊は、空腹に悩まされてんだよ。けれど、あんたはそれがない。……なんでだと思う?」
返答に窮する僕。彼はデンモクの端を叩いた。ピッ、と電子音が鳴る。
「……心のこもった供え物が、されてるからだよ」
聞き覚えのないイントロが流れ出した。アップテンポで、けれどどこかバラード調になっている曲。僕は画面を見た。アーティスト名……『レア・クラッキング』。
青年は、イントロに消されてしまいそうな声で言った。
「――これが、メジャーデビューした時のファーストシングルだ」
レア・クラッキング。
彼らのファーストシングルのタイトルは。
『見えなくても聞こえなくても ~俺らは永遠の仲間~』




