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「供え物って……」
「食べ物だけが供え物だと思ってんのかい? 幽霊は、食べ物じゃなくて人の気持ちを喰らう。だから別に、花でもおもちゃでも――歌でもいいんだよ」
僕は再び、カラオケの画面に注目した。『見えなくても聞こえなくても ~俺らは永遠の仲間~』の歌詞テロップが流れだす。当然、メロディーは分からない。けれど、
「あ……」
見覚えのある歌詞が、いくつかあった。
それは、僕がメジャーデビューすると決まった時に作った歌詞で、――けれど結局発売されなかった曲だった。それの一部が、歌の中に組み込まれている。
僕の歌は、――違う形になって、生きていたんだ。
「あんたのCDが発売されなかったのは、まあ大人の事情って奴だろうね。俺はそういう業界の事、詳しくないから知らないけどさ」
僕と同じくテロップを追いながら、青年は笑った。
「でもどうかな? あんたのメンバーは本当に、あんたのことなんか綺麗さっぱり忘れて、音楽ライフを楽しんでいるのかな?」
――お前の姿はもう見えない
お前の声ももう聞こえない
大好きだった歌声は 二度と聞けない
それでも俺らは仲間 永遠の仲間
お前のいる空にまで この歌を届けよう
お前が空で 俺らと一緒に歌えるように
「……いえ」
お前も一緒に 空で歌えよ
それはきっと 俺らに届く
誰にも届かない歌はない
お前の歌は 俺らが届ける
だからお前は そこから歌い続けろ
俺らは仲間 最高で 永遠の 仲間だから
「――あんたの仲間は進んでる。なら、あんたも進んだら?」
曲が終わってから、青年は口を開いた。それから、あんたの進める先はひとつだけだ、と付け加えた。
「それとも」
青年は意地の悪い顔をして笑う。
「武道館ライブを控えてるメンバーを、呪いにでも行くかい?」
僕は首を振った。
勘違いをしていたのは僕の方だ。
もちろん、武道館には行きたかった。けれど僕はもう死んでしまって、それは取り返しがつかない。
僕は死んでしまった。けれど僕は、僕の歌は、メンバーの中で生きている。誰も忘れてなんか、いない。
メンバーの中で、僕は生きている。――それなら僕だって、メンバーと一緒に武道館に行ったも同然だ。
僕は死んだ。けれど、歌は生きている。生き続ける。
なら、それでいい。だって歌は、僕の子供だから。
「……成仏、させてください」
僕が言うと、青年は何故か残念そうな顔をした。
「あんたが悪霊になってくれたら、俺も儲かったかもしれないのになあ。残念」
けれどその顔は、笑っていた。
青年が壁に手をつき、『道を開こう』としているのを見て、僕は思い出した。
「あのっ……!」
「ん?」
青年は振り返る。僕は自分のズボンに財布が入っていない事を確認して、言った。
「七千円……」
通行料は七千円。確か、彼はそう言っていたはずだ。幽霊になった僕はお金なんて持っていない。どうすればいいのだろう。メンバーの誰かがこの青年の話を信じて、七千円を出してくれるだろうか。
僕の言葉に、青年は吹きだした。何がおかしいのだろうと思っていたら、青年はきっぱりと言った。
「もう貰ったからね。七千円はさ」
「え?」
青年は柔らかく笑う。こうやって見ると、優しい顔をしていた。
「レア・クラッキングの武道館ライブのチケットがさ、七千円らしいんだよね。さっきちょっとスマホで調べたんだけど」
「それって……」
「――ま、武道館じゃなかったから、あんたには申し訳なかったけれども」
青年は狭いカラオケルームを見渡しながら言った。
「プロの、ワンマンライブを聞かせてもらったからね。……七千円の価値はあったよ」
彼はそう言うと、何年も前に僕に見えていた道を、再び開いた。それから、もう一度笑う。
「メンバーは進んでる。だから、あんたも進めよ。もう悩むな」
一人、真っ白な道を進む。青年の姿はもう見えない。メンバーの姿も。
「――……お前の姿はもう見えない、お前の声ももう聞こえない、大好きだった歌声は 二度と聞けない。それでも俺らは仲間、永遠の仲間。お前のいる空にまで、この歌を届けよう。お前が空で、俺らと一緒に歌えるように」
もちろん、メロディーは分からなかった。口から勝手に出てくるメロディーに合わせて、歌詞を呟く。僕が誰かに届けたかった歌。――メンバーが僕に届けたかった歌。
「扉の先は、空なのかな?」
質素な木製の扉の前で、一人で呟く。もちろん、返事はない。
僕は後ろを振り返った。上も下も右も左も真っ白だ。何もない。白紙のページのように。
――また、ここから。
「歌おうか。誰かに、何かを届けるために」
僕は笑って、くすんだドアノブに手をかけた。




