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良照君を見送った後、若者はわしの許可も得ず、キャラメルを開封した。わしが喰ったはずのそれは、一粒たりとも減ってはいなかった。
「中身が減ってない……?」
「あくまで幽霊は、『供えてくれた人の気持ち』を喰らうからね。逆に言うと、あんたらは供え物そのものは喰えない。つまり、実体はそのまま残るんだよ。――ということで」
キャラメルを覆っている銀色の紙をぺりぺりと剥がしながら、若者はにやりと笑った。
「実体は俺のもん。ラッキー」
「……お前、それ、良照君に返してあげてくれないか。それを買うために、彼は全財産使ったんだ。きっと、明日の飯代にも困るはずだ。だからせめて……」
「は? それじゃ、ヨシテル君の気が晴れないだろ? 自分が供えた物を返されて、嬉しいかい?」
ああ言えばこう言うとは、まさにこいつの事かもしれん。そう思いながらも、わしは若者の後を追った。若者は道行く人々をスムーズにに避けながら、わしの屋敷の方へと歩いていく。
「もう一度、わしの息子達に会うつもりか?」
後ろからわしが尋ねると、若者が不意に足を止めた。住宅街だが人気のない、夜の路地。寿命の切れかかっている街灯は点滅しており、そのせいでなんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。
若者は「ここら辺でいいか」と呟くと、昼間のようなおどけた声を出してみせた。
「ぼくがまた、あのでかいお屋敷に行くと思ってたんですかあ? あなた様の息子さん達に怒られるって分かってるのに、わざわざ行っちゃうと思いますう? 行くわけないじゃないですかー!」
楽しそうに笑いながら、若者は腕まくりをする。
わしの方は、笑っている場合ではない。この若者に道を開いてもらわなければ、成仏もできないのだ。
「しかし、息子たちを説得しないと、通行料も払えな――」
「さてと。キリもいいし、そろそろ道を開きましょうかね。お仕事おしごとー」
若者の言葉に、わしは目を見開いた。
「お前、道を開くって……」
「あんたの道だよ。決まってんだろ」
呆然としているわしに、当然のように若者は答えた。
「いやでも、わし、金払ってないし……」
「もう貰ったよ、通行料は」
いまさら何言ってるんだと言わんばかりの呆れ顔を、若者はこちらに向ける。わしの方はというと、どうなってるんだと言わんばかりの間抜けな顔をしていたと思う。
若者は腕を組むと、目を細めた。
「言ったよね? 俺は、タダ働きが嫌いなんだよ。タダじゃ絶対に働かない」
「しかし……」
「――ま、一千万円じゃなかったけど」
若者は腕を組むのをやめると、
「相応の価値があるものを、通行料として確かに頂いたから。……ね」
自分の手の中にあるキャラメルの箱を振りながら、笑った。
「……相変わらず、貧相な扉だ」
若者が開いてくれた道に飛び込んだわしは、目の前にある木製の扉を見ながらため息をついた。
「もう少し煌びやかにすることはできなかったのか? 学芸会のセットじゃあるまいし、手抜きにもほどがあるぞ。こんなデザインだから、入る気が失せるんだ。……わしの子供達もこんな情けない扉を見たら、成仏する気をなくすかもしれん」
わしはそこで言葉を切ると、声をあげて笑った。白い空間の中に、自分の声だけが響く。
この声はきっと、あの若者にももう聴こえてはいないだろう。
「幽霊を成仏させる、か。……ボランティアではなく、それを仕事としているのなら礼など言わんぞ。こっちだって、通行料は払ったからな。――だが」
ドアノブレバーに手をかけると、わしは一人で微笑んだ。
「次に会った時は、美味い寿司を好きなだけ食わせてやる」
ゆっくりと開く扉。ゆっくりと広がる景色。
――いつになるかは分からない。出来ないかもしれない。
だがあえて、こう言ってやる。
「またいつか会おう。――じゃあな」




