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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第二章 金の亡者
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「一千万!?」

「そ、一千万。金持ちには、それなりの大金を頂かないとね」


 こいつ、やはり馬鹿だ。内心で、わしは笑った。

 おまえにとっては大金かもしれないが、わしにとっては一千万なんぞ、はした金にすぎない。若者こいつはきっと、わしが着ているスーツのブランドも値段も知らないのだろう。

 わしが生前、どれほどの財を成したのかも知らないくせに、『通行料』を決めてしまうあたりが甘すぎる。わしなら絶対、こんなヘマはしない。


 ――……まあいい。安く済むなら願ったりだ。一千万くらいなら、わしの遺産を相続する息子達がほいほい出すだろう。


「……よし、分かった。一千万、息子達に払わせよう。そうすればわしは、成仏できるんだな?」

「ああ。――あんた、そんなに成仏したいわけ?」

「当たり前だ。金儲けできない生活なんぞ、面白くもなんともないからな」

「ふーん」


 自分から訊いてきたくせに大して興味のなさそうな返事をすると、若者はテーブルの端にあったボタンを押した。少し遅れて、店内にインターホンのような電子音が響く。かと思うと、ウェイトレスが注文を取りにやってきた。

 フォンダンショコラなるチョコレートケーキを注文した若者はソファにもたれかかると、腕を組んだ。


「須藤さんさあ、なんでそんなに金が好きなの?」

「……お前は平和な時代に生まれ、ぬくぬく生きてきたんだろうな。わしは子供の頃、金に苦労した。それこそ、菓子すら買えないくらいにな。ガキの頃から、友達と一緒に金を稼いでいたもんだ。だから、金の大切さがよく分かる」

「ふーん」


 若者はやはり興味のなさそうな返事をすると、窓の外を見た。


「んじゃ、今からあんたの家に行って、その大切な一千万を頂きましょうかね。一千万貰ったら、俺も回らない寿司屋に行こうかな。……あ、でもその前に」

「お待たせしました、フォンダンショコラです」

「これ食べてからね」


 若者は運ばれてきたチョコレートケーキを見て、ガキのように目を輝かせた。




 何度見ても、わしの家の外観は素晴らしい。広さも文句ない。一人で住むには広すぎるだろうと言われていたが、一人暮らしだからといって豚箱みたいな狭い家に住むのはごめんだった。


「うへえ、でっけえ屋敷。こんなでかい家、掃除したくねえー」


 本当に、この若者は……。そう思いつつ若者の間抜けな顔を睨んでいると、玄関先から怒鳴るような声が聞こえてきた。


「帰ってくださいって言ってるでしょう! いい加減、しつこいですよ!」

「いや、僕はただ……」

「何言ったって、無駄ですから! これ以上しつこいと警察呼びますよ!?」


 怒鳴っているのは間違いなく、わしの長男むすこだ。何事かと目を凝らしていると、怒鳴り声とともに、追い払われるように中年の男性が屋敷の外に出てきた。

 ぼさぼさの髪を隠すように、薄汚れた帽子を被っている。いつ洗濯したのか分からないジャンパー。今にも分解しそうなくらいにボロボロになっている運動靴。……なんとも不潔な格好である。

 向こうはこちらの存在に気付かなかったらしく、しばらく屋敷を見上げていたかと思うと、とぼとぼとどこかへ行ってしまった。


「……今の人、知り合い?」


 男性が歩いていった方に目をやりながら、若者が尋ねてきた。わしは首を振る。


「そんなはずなかろう。わしがあんな浮浪者と、知り合いだと思うか?」

「んじゃ、なんであの人は、あんたの家に来てたんだ?」

「知るか。……大方、『少しでもいいのでお金を恵んでください』とか、そんなところだろ」

「――へえ」


 若者は興味深そうに笑うと、インターホンの丸いボタンを押した。聞き慣れた電子音が、頭と屋敷に響く。


『――……はい』


 応対したは、長女だった。


『……どちら様ですか?』


 この家のインターホンはカメラ付なので、画面に映る若者の姿を見て怪訝に思ったらしい。長女の声は、スピーカー越しでも分かるくらいに警戒していた。

 娘の声を聞いた若者はふっと笑うと、突然、素頓狂すっとんきょうな声を出した。


「少しでもいいので、お金を恵んでくれませんかあ!? あなたのお父様が、成仏できなくて困っちゃってるんですよねーっ! 僕も超ビンボーだし、困っちゃってるんですよお! てことで、イッセンマンエンくらいポーンと出してくれませんかねえ?」


 若者のわざとらしい演技に、わしは慌てた。


「き、貴様、何言ってるんだ! 交渉のノウハウを知らないのか!?」

「――俺はあくまで、本当のことを言ったつもりだけどね。あんたが成仏してないのも、通行料が必要なのも、ついでに言うと俺が貧乏なのも本当だし?」

「誰もそんな解説求めておらん!! いいか、交渉するためには、」

『お引き取りください』


 取りつく島もない、娘の声。いやむしろ、この若者に取りつく島の方がおかしい。いやその前にわしの日本語までおかしくなっているが、それどころではない。


「ま、待て! 待ってくれ! わしが残した財のうち、一千万なんぞ微々たるものだろう!」

『父が亡くなって三か月ほど経ちましたが、未だに困惑しているんです。どうか、お引き取り願えまえんか』

「で? 遺産配分、どうするか決まった?」


 若者の問いかけに、長女が声を呑んだ。若者はにやりと笑うと、わざとらしくおどけてみせた。


「まだ揉めてるんですかあ? そりゃ、お父様が急に死んじゃったら、どーしよー! ってなりますよねえ。どうも、大金を残してるそうですし? この家とか、高く売れそうですよねー! お父様が死んじゃったことに困惑してるんじゃなくて、お父様が残したお金の配分に困惑してるんじゃないですかあ? 困惑っていうかあ、――喧嘩?」

『――……お引き取りください!!』



 娘は叫ぶようにそう言うと、インターホンを乱暴に切った。




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