第5話 演才
「ああ、演劇とはその名の通り劇を演じるわけだが、その裏側には絶え間ない努力の・・・ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ」
セリフが止まらない若林。
「なぜ、オレを演劇部に?」
謙信は指をいじる。
「それは」
若林は謙信と目を合わせる。
「君から演技の才をプンプン感じるからだ」
指を差す。
「演技の才?」
若林は頷く。
「生まれながらに演者だよ」
「なぜ、そんなことがわかる?」
若林は別の場所を見て言う。
「分かるのではなく、感じるのだよ」
謙信は目を大きく見開く。
「オレは演劇が嫌いだ。と同時に演者も嫌いだ」
「それは、どうしてか?」
「言いたくないな」
「じゃあ、やろう」
「分かった、言おうか」
謙信はため息をついた。
「劇作家である父の影響で幼い時から、演劇に触れてきた。演者たちから話を直接、聞くことも少なくなかった」
若林は顎をさする。
「演劇界の至宝と呼ばれた前田勇作の演技を目近で観たこともある・・・」
若林は目をキラキラとさせて謙信を見つめている。その姿はまるでゲームの発売を楽しみに待つ子供のようだった。
「だから、本気で演者を目指したこともあった」
謙信は袖を握る。
「けれど、演劇なんて・・・演者なんて」
一息つく。
「とにかく、オレは演劇なんかに」
若林は目を閉じた。
「そうか」
若林は目をゆっくりと開ける。
「では、最後」
謙信は息を飲む。
「このセーラー服着て!」
謙信は転がり落ちる。
「いやだ!」
「そっか・・・」
若林はそれでも声色を変えない。
「もう言わない」
「じゃあ、また」
「あ、うん」
「また、会おう」
小さな舞台廊下を空っぽな気持ちで謙信は歩く。すると、そこに先生が通りかかる。
「それで、部活はどうする?」
謙信は首を傾げる。
「ああ、そうだったな」
先生は何かをカバンから取り出す。
「じゃあ、考えておいてくれ」
先生は足早に謙信の元から去っていった。謙信は顔を静かに落とした。それから、学内をしばらく歩いた。
「入る部活か、特に興味をそそるものなんて」
目の端。
「ない・・・」
一呼吸。
「よし!」
謙信は歩き出した。
「あの」
「うちの部に入りたい?」
「はい」
「ああ、うーん・・・」
目の前の男にそう告げてみたが。
「他にいいところがあるんじゃないか?」
謙信は指を少しだけ動かした。
「分かりました。お時間いただきありがとうございました」
頭を軽く下げてから、渡り廊下を重い足取りで歩く。
「やはり、どの部活にもオレの居場所はないようだ」
謙信は掲示板を眺めながら言う。
「まあ、当然と言えば当然か」
おでこに指で触れる。
「だが、どうしたものか。部活に入部がこの学校の校則。しかし、このまま入部できないなんてこと」
どこかに・・・
「ん?」
掲示板にはそれぞれの部活を紹介する張り紙がペタペタと張り付けられている。一年生は二十四人、二年生は十四人、三年生は。
「いや、これじゃあ、分からないよな」
役じゃあるまいし。謙信は視線を動かす。その直後、謙信は動きを止める。
「果たし状?」
異様な存在感を放つものがあったからだ。
「えー、なになに?」
「“我所属し演劇部はここに決闘を申し込む”」
謙信は腕を組んだ。
「決闘か。演劇部といえば」
「このセーラー服に!」
謙信は首を横に激しく振る。
「あの若林という男が一体、誰と戦おうと言うのか」
謙信はその文字に目を凝らした。
「ええー。大友謙信」
謙信は瞬きを四回した。すぐに、謙信は若林の元へ足を運ぶ。
「おい、お前!あれはどういう・・・」
やけにこじんまりとした部室。
「あれは一体なんの真似だ!若林!」
謙信は手を止める。
「あのー」
返事をする。
「あなたはもしかして・・・」
軽く会釈をする。
「私の名前は小林康太」
小林さん?すると、若林が話し始める。
「生徒会長の小林康太だよ」
「お、おい。せっかく格好のつく自己紹介だって言うのに」
若林は指を差した。
「そして、オレの友だ」
「友?」
「そうさ、オレたちは友さ」
「やめろ、馬鹿・・・恥ずかしいだろ」
二人の寸劇に謙信は吐き気を覚えた。
「それで、謙信。お前は何をしに来た?」
「決闘!」
「決闘?」
若林は首を傾げる。
「ああ」
「決闘ね」
若林の様子は変わらない。
「あれは、どういうことだ!」
「どういうことも何も」
「君にはその責任があるだろう」
「責任?」
「君はこの学校の生徒である以上、それ相応の価値を示す必要がある。なぜなら、君は人殺しという忌むべき経歴があるからだ」
謙信は視線を落とす。
「確かに罪は償っている」
若林は外にある体育館を眺める。
「そして、この学校に編入したわけだが、残念ながら君はまだこの学校の生徒ではない。
正確に言えば生徒の規定を満たしていない。それは」
「入部」
若林は少し笑う。
「だけではなく、その分野において秀でた成績を残す必要がある。なぜだか分かるかい?」
謙信は息を吐く。
「オレが人殺しだから」
「そうだ。この場合は元犯罪者というべきか。まあ、呼び方はいくつかあるだろうが、とにかく。君は他の生徒よりも多く、秀でた成績、結果を残す必要がある。なにせ、学校側も君のような生徒を受け入れることで生じる弊害をもろに受けることになるからね。「犯罪者を受け入れるなんてこの学校はおかしい!」みたいな。
若林は女の子のような振る舞いを見せる。完全に馬鹿にしている。
「それでも、この学校は君を受け入れた。それに、どんな期待があれ、君はそれに答える責任いや、義務がある」
謙信は目を逸らす。
「オレからも一ついいか?」
若林が頷く。
「今のはこいつの言い分だ。応じる必要はない」
「おい」
「今は、ただでさえ受験を控えているというのにその傍ら人殺しをしでかしあ人間が転校してくるなんて」
「悪いが僕は君を受け入れる気はない」
「決闘!」
「だから、君からも言ってやってくれないか?」
「人殺しと演技勝負なんて馬鹿げていると」
謙信は爪を弾く。
「この学校から出ていくと」
若林は小林の方を見る。謙信は下を向いている。
「いいですよ!」
謙信は顔を上げると同時に顔色を変えた。
「確かに学校に人殺しを犯した生徒がいるというのは怖いですよね。別にオレもみんなを怖がらせたいわけではないので」
若林は謙信を見つめる。
「決闘」
「おい、若林。お前、何を言っている」
若林は構わず言葉を繰り返す。
「お前と一緒に演技がしたい」
小林は若林の勢いに圧倒される。
「謙信、オレと演劇をしてくれ」
その目はとても真っ直ぐに謙信を見つめていた。
「オレと演劇?」
謙信はその場に唾を吐き捨てる。
「どうせ、お前は大友正俊の息子と演技がしたいんだろう?有名な劇作家の息子の演技」
でも、それだけで演技をしたいと思うのか?謙信はその矛盾を抱え必死に若林に反論するしかなかった。
「そうだね」
若林はあっさりと頷いた。
「オレはお前と演技がしたいからな」
謙信は腕を爪で搔きむしる。
「それに悪い話じゃないだろうに」
「生徒はみんなお前に疑念を抱いている。何を隠そうお前は人殺しだからな」
謙信は腕を後ろに組む。
「あるいは、いや」
若林は言い直した。
「だが、生徒の中にはお前を怖がらない生徒がいた。それは、お前が整った顔立ちに生まれたから。少なくとも、あの子はお前に好意を示した。そして、体育委員のアイツはお前が足の速いやつかどうかを気にしていた。この意味が分かるか?」
謙信は口を開かない。
「では、康太。お前は?」
「多分・・・」
「自衛じゃないかな?」
「自衛?」
「つまり、相手に恐れていると悟られないように振る舞うことで自分は相手を対等に見ていると示すことで身を守ろうとする行為」
謙信は頷く。
「果たしてそれだけかな?」
若林は問う。
「違うと?」
「それは分からない」
小林は頭を抱える。
「だが、舞台に立てばその答えが分かるかもしれない」
若林は体育館を指さす。
「まずは、演劇だ!」
「いや、なぜそうなる?」
謙信は呆れた声で言う。
「小林、お前も観たくないか?人殺しという大罪を犯した人間がどんな演技をするのか?」
そして、観客たちはどう反応を示すのか?
「この決闘はお前の価値を示すまたとない機会」
オレはこの学校生活に何を求める?未来への渇望か、平和の営みか。
求めるものが違えば、同時に世界も変わる。だったら、オレは・・
「オレは」
そして、決闘の日を迎えた。決闘日は事件の起きた日からちょうど、三年が経過した日だった。




