ボチボチいこか
コンドウ家の家の前を、ウロウロしているタケシ。
「ふんぎゃー!」
「おー、おー。よしよしよし……」
背中には赤ん坊がくくりつけられ、手にはガラガラを握らされている。
ぎこちない手つきで振るたび、カラカラと間の抜けた音が鳴る。
「くそー。なんで俺が子守やねん……ほれ、がらがらがらーん……」
赤ん坊は一瞬黙り、じっとタケシを見上げ――
次の瞬間、さらに大声で泣いた。
「なんでやねん!!今の完璧やったやろ!」
「ふふ、全然あかん顔してますよ」
振り向くと、配達の青年が苦笑して立っていた。
「あ、タケシさん、これ。早便ですよ」
「おぉ、ありがとう」
「早便……リゥトスか」
その場で封を切り、視線が走る。
「……ん?」もう一度読む。
「……処分、決定……」
次の瞬間、タケシは踵を返した。
母屋へ踏み込む。
「カツミ!!」
戸を乱暴に開けた。
「オットーの処分、決まった」
カツミの手が止まった。
後ろから、エレナも出てきた。
「……どうなったん」
タケシは手の中の紙をもう一度見る。
「……収監は、もう終わる。でその代わり――」
一呼吸。
「5年間、カイエンタイ付きで調理士として働く。」
カツミはエレナの震える手を両手で包んだ。
「……オットー、戻ってこれるん?」
「5年は、あかん」タケシは首を振った。
「カイエンタイってことは、行動制限されると思うし。監視もあるかもな」
赤ん坊が、小さくぐずる。
タケシは背中に手をやって、ぽんぽんとあやした。
「でも、思てたより軽い。エレナ、嘆願書出したんやな。
それと、オットーの収監中の評価も良かったらしい」
カツミはゆっくり息を吐いた。
「……よかった。けど5年かー......」
エレナはタケシの背から赤ん坊を下ろし、抱きかかえた。
「この子、見せられるでしょうか」
「あぁ。向こう行って、手続きがいるやろうけど、面会は出来るやろ」
「....,.やっと....パパに会えるね」エレナが赤ん坊に話しかける。
「でもまあ、料理はできるしな」
「そうや、エレナ。あんたクルトーのとこに行き」
「アルネシアですよね」
「うん。一緒に暮らせんでも、近くにおりたいやろ。
クルトーにつないであげるわ」
エレナの腕の中で、赤ん坊が笑い声をあげた。
「俺なんで、こんなことせなあかんのや」
「ほな、子守にする?」
「......」
カツミの横でハーブティーを詰めているタケシ。
「試作品や。明日の朝、女神連に渡して試してもらうんやから。ちゃっちゃとしいや」
「......」
「ほんであれ、結局どうやったん」
「どうもな、黒幕は辺境伯やったらしいな」
中央に出る足掛かりに、技術を狙ったようだ。
「もうサスも表に出したって言ってたよね」
「あぁ、貴族がうるさくてな。軍配備終わったし、これ以上囲っててもな。
んで、貴族の馬車から変えてる。でもな、ボチボチ紛いもんも出とるわ」
「でも作ってるのタケシの工房だけやろ」
「焼き印ですぐわかるねん。形真似しても、サスなんか割れやすいしな」
「あー。こぼさんといてー」
「すんませんなぁ」
「そう言うと、偽黒馬車も聞くよ」
城下アルナでは、黒塗り馬車が流行っているらしく、それがミナセにもやって来た。
「見た目だけ。黒いけど、馬車自体は前のまんまやったわ。ミナセの普通の荷馬車の方が丈夫やで。俺がたいがい直してあるからな」
「そんでタケシは暇してる。と」
「しゃあないやん。弟子も自分で仕事できるし、滅多に壊れへんし」
「んで子守」
「あのガラガラ、おかしないか。オモジイがくれたやつ。なんで俺が振ったら泣くんや」
「知らん。オモジイに聞いてみ」
タケシにとって、馬車を作るより、子守の方が難しかった。
噴水広場ーー
クレスカレー店は、以前と変わらずカツミが作って、アルバイト2人が売っている。
ミルナの木に車輪のマーク。横に小さく準国営の証が光っている。
ノマドも良く売れている。
アルネシアのクルトーの店と、ここだけで売っているので、どうやら行商人がまとめ買いして小売しているようだが、ほおっている。
タケシは、鍛冶屋と材木屋を回って、昼食をとりにカレー屋台に来たのだが......
なんかあの後ろ姿、見覚えあるデカい背中......
「あ、タケシさん。お疲れ様です。
お昼ですね。合掛けでいいですか」
「うん。なぁ、さっきの....」
「あぁ、スサノー様です。週2で来られてますよ」
「はぁ?週2かよ」
タケシは、棚に置かれている小瓶を取った。
蓋を開け、濃い蒸留酒を少しとって手のひらで伸ばす。
「いてっ」時々しみる。
カツミが置いたものだ。
手洗いをさせたいが、屋台。そうもいかない。
広場ではどの屋台にも置かれてはいるが、匂いもきついし傷にも染みるので、普及するのはまだまだらしい。
「これ神様もやってる?」
「はい。もちろん強制です」
染みて顔を歪めるスサノーを想像して、ちょっとニヤける。
ん?神様消毒いるか?
まぁ郷に入れば......やしな。
カツミは、手洗いや食品の保存法、調理器具の手入れの仕方などを、絵入りで簡単に書いたものを作った。それを広場の屋台に配って、屋台の内側に貼らせた。
次は通りの屋台。それから店舗。その後一般家庭ーー
ーー長い目で、でも確実に進めるわ。
カツミは目に見えんとこを、コツコツやってる。
俺も。コツコツや。
あー旨いなー今日のも。
タケシは、久しぶりにテラの宿に向かった。
ーーやっぱり神の住む町やしな。一応筋は通しとこ。
「あら。タケシ久しぶり」
「突然すみません。ちょっとお話が」
タケシは、自分が考えていることを、正直に話した。
神に守られて、それに慣れてしまった住民たちに、自分達で考えて動くことを説いていると。
「そう。あのね、この町は元は小さな村だった」
テラが来た頃は小さな村で、力もない農民たちが、肩を寄せ合い暮らしていたと。
その頃は、みんな力を合わせて、困難に向かっていた。だから、テラはここに住んだ。
「昔のことだから、もう誰も知らない。そうね、慣れちゃってる。確かにね。
タケシ。いいと思うわ。頑張りなさい。
私たちは、いつも後ろで見ている。それでいいのよ」
町の集会所。
窓から灯りがこぼれ、賑やかな話し声が外に漏れていた。
今夜は、十数人が集まっている。
種族も年齢もバラバラだ。
「ワシはこっちがええ」
「いいや。それよりこれや」
まとまるのか少し不安になる光景だが、時折笑い声が混じる。
ーーまぁ、大丈夫やろ。
部屋の隅で、タケシとカツミは黙って座っている。
滅多に口は出さない。
話が逸れた時に、少しだけ戻す。それだけだ。
まだ形にもなってないけどーー
誰かに決めてもらう町やない。
自分らで決めて、自分らで進む町や。
「タケシ、次はパン屋のおばちゃん来るって」
「うわっ。うるさそうやー」
「でも案外しっかりしてて、この辺じゃ一番先に衛生管理取り入れてんで」
「へー。心強いな」
「だからな。ちゃんと進むって」
「あぁ。ボチボチやけどな」
遠くで、赤ん坊の泣き声。
「タケシ、子守に行っておいで」
「なんでやねん。俺、仕事よりきついわ、子守」
「なにゆうてんねん。じいじ」
「じいじちゃうわ」
……しゃあないな。
タケシはぼやきながら立ち上がった。
「でもタケシ。守るもんがあるってええな」
「あぁ。そやな」
漆黒の空に、大きな満月が光っていた。
その下で、町は静かに息をしていた。




