王の紋章
カイルの私室。
また4人のランチタイムだ。
「ごめんねカツミさん、こんなものしか出せなくて」
パンとスープの簡単な食事だ。
「向こうならね、もっと豪華なんだけど」
貴族たちの昼食会場だ。
今頃くだらない話で盛り上がってるさ。とカイルはちょっと笑う。
でも分かる。
一緒の部屋では話せない。
「さっきのもそうだけどね。
こればっかりは時間がかかる。まあ、あいつはいい口実ができたから、金づるを締め上げるさ」
おー。王様こわーい。
「本当は君たちにこっちに住んで欲しいんだけど、リゥトスが絶対ダメだって言うんだ」
「当然だろ。何をされるか分からん。父上もどれ程危険な目にあってきたことか」
「え?そうなんですか?」
「あぁ。傷だらけだったぞ。まぁホーホーがいてくれたから、大事には至らなかったが」
肩のフクロウを撫でるリゥトス。
「だからお前たちもその子らを大切にするんだぞ」
と、マシロの顔を見た。
カイルがマシロとカースケを連れてこいと言ったのだ。
パンを食べながらキョトンとするマシロ。
カツミはマシロの頭を撫でた。
「頼むで、マシロ」
「キュル?」
「そういうことで、君たちは今後もミナセでやってくれればいい。ミナセなら君等の神もいる。一番安全だし、何よりーー」
準国営として、ミナセを本拠地にした方が、技術を守りやすいのだと言う。
工房もノウハウもすべてミナセにおいて、製品だけアルネシアに入れる。
もちろん職人の入れ替えも行うが、人選は厳しくなる。
そこまでしないといけないのさ、とカイルは悔しそうに言った。
「あーそう言うと、クルトー。良くやってるよ」
クルトーは城に戻ると、まず調理場の衛生管理を徹底したそうだ。
料理長がカレーを食べたいと言うと、衛生がちゃんとできないうちは作りませんと言って、結局納得できるまで作らなかったらしい。
「あんなに頑固に言われるとはね。まったく誰に似たんだろう」
知らないもんね。
「その後カレー屋始めてさ、今は調理人2人を育成中だ」
あの貴族が言い寄って来た時には、2号店だから権限がない。で、通し切ったそうだ。
「それでカツミさんに近づいたのさ」
あー。クルトー強くなったなぁ。師匠は嬉しいぞ。
アルナでは時々偽カレー屋の屋台が出るらしい。ミナセで食べた者が真似をして作っているようだが、リゥトスに言わせると、食えたもんじゃないのだそうだ。
「真似は別に構わないんです。それで食が豊かになるのなら、どんどん真似ればいいと思います。でも私のスパイスレシピは私だけのものなので、多分完全に再現はできません。それだけでいいんです」
と、カツミは笑った。
「ところでガルドだけど」
「はい」
「戻してくれる?」
「いえ、まだです。戻すのは他の職人にしてください」
「どうして?」
「ガルドは鍛冶師としてまだ伸びます。それに、車の事が分かっていて自分で鍛冶ができるというのは、普通の鍛冶師とは全く違う。うちで使わせてください」
「そっか。板バネサスは通過点なんだね」
「そうです」
「タケシは黒馬車のサスをめざしてるんだね。あのバネのやつ」
「はい。まだ全く無理ですが」
「分かった。じゃあ整備職人を戻してほしい。部品はそちらから補給してくれ」
「わかりました」
「あ。もう一つ。カツミさん」
「はい?」
「あの保管箱のノウハウは国に買い取らせてくれないか」
「買い取りですか?」
「あぁ。ノマドの権利は君が持てばいい。でもあの箱は他にも活用出来そうだ。国としては他にも使いたいんだ」
「それは......銃ですか?」とタケシ。
「さすがだね、そう。そっち系」
「カツミ、売却だ。そのうえで箱を支給してもらえばいい」
「わかった。じゃあそうします」
そしてカイルは、2枚の金属プレートを、2人の前に置いた。
「これは、準国営の証だ」
黒地に金で縁取られたプレートの中心に、真っ赤な盾と金の太陽。アルネア王の紋章だ。紋を支える様に金の円、その外に真っ白に羽ばたく羽根が縁取られている。
「これを工房に掲げなさい」
他にも、店用のプレートや印を準備してあるらしい。
「タケシ、君の工房から出る製品のすべてに、この印を必ず付けること。
カツミもね。これが君達の作ったものを守るんだ。
君達も、誇りを持って、この印に恥じないものを作り続けてほしい。
2人とも、この意味分かるよね」
王の紋章の偽造は重罪だ。
これから出てくるであろう偽物との差別化は、目に見える形にしなければならない。
カツミは一瞬だけ息を呑んだ。
守られる、だけじゃない。
変なものは絶対に出せない——そんな印だ。
……タケシは、もう分かっている顔をしている。
「あと、これね。必ず身に着けてくれ」
差し出したのは小さなペンダント。チェーンに付いているのはアルネア王の紋章だ。
「僕は直接手を出せない。まぁお守りだと思って。ね」
タケシはじっと見つめていた。
ペンダントの紋章の中心に光る小さな赤い石。
ーー同じ石が、プレートにも光っていた。
ペンダントを首にかけると、王の紋章を襟から中に落とした。
カツミもタケシに習う。
「ありがとうございます。心して励みます」
タケシは胸に手を置いた。
カツミは勢いよく礼をして......頭をゴチンとテーブルにぶつけた。
重い空気だった部屋に、笑い声が広がった。
カイルの部屋を辞して、宿泊するアルネシアのホテルに向かう途中、クルトーのカレー店に立ち寄った。
店に入ると、クルトーが飛び出してきた。
「あー。師匠ー。お久しぶりです。こちらにいらしたんですね」
「クルトー。頑張ってるね」
「いえいえ、私なんか。まだまだ師匠の足元にも及びません」
後ろに従業員が並んだ。
みんなキラキラした目でカツミを見ている。
あぁいい目だ。クルトーもこんな目をしていた。いい仕事が出来てるんだな。
「これね」
カツミは、王から支給された店用のプレートを、クルトーに差し出した。黒地に金の縁取り、そして王の紋章。
「こ、これは。もしかして準国営の証ですか?」
「うん。これを看板に付ける」
「師匠。なんと栄誉なことでしょう。私、身の引き締まる思いです」
「クルトー。この意味分かる?」
「はい!この証に恥じぬよう精進いたします。
な、みんな。分かったな」
「はい!!」
「じゃぁー。まずはカレー、見せて」
「はい!」
「カツミ師匠。私、アルナに屋台を出そうと思っています」
「え?」
「この店は、貴族たちが来る店。アルネシアに住むものしかカレーが食べられません。私はもっと民衆に食べて欲しいのです。私がここでカレーを作り、従業員が屋台で売る。これなら何軒出しても味はぶれません」
「全部ここでクルトーが作るの?」
「当面はそうなります。私が認める者が出るまでは」
チラッと従業員を見た。
「うん。いいと思う。元々屋台だもの。ていうか、私は今も屋台だし」
と、カツミは笑ったが、従業員達は驚いた顔だ。
「で、お願いなんですが」くるっとタケシに向き直るクルトー。
「屋台を作っていただけませんか。あとオモジイの寸胴も」
「あぁ、分かった。オモジイにも頼んでおくよ」
宿に帰った。
「すごいよね、クルトー」
「あぁ、初めてここで出会った時の、気弱そうな顔が嘘みたいだな」
「そうだよね。イキイキしてた」
「カツミが育てたんだ」
「うん。それでまた、クルトーが育てる」
「あぁ。......いいな、こういうの」
「うん。すっごくいい」




