10皿目:赤の英雄
“閃光鋼石杯”第2回戦。
熱い1回戦16試合にケリがつき、ワタシの出番である第4試合が、もうすぐ始まります。ベルさんは今頃は商談相手と特等席に居るはずですから、無様なところは晒せません。
脈打つ心臓は緊張と期待、不安を混ぜて、森の獣のように獰猛。ワタシはバイザーをおろし、リングへ。眩しい照明と臓腑を揺さぶる歓声、熱量に浮かされるままに中央に並べば、そこにはすでに赤の英雄が待ち構えていました。
雲行きが代わり、曇天に変わりつつある中でも、強者の風格は威圧的なままです。
実況者がコールします。
「オーディエンス!“閃光鋼石杯”、第2回戦、第4試合の始まりだ!まずは上位勢の紹介からーーー」
どこか遠くに聞こえるコールの中、ワタシは相手を観察していきます。
まずは、目を引く鮮血のような赤い機体色。
赤い塗料は戦場の返り血を表し、英雄、豪傑、覇者を示す色ですから、差し色やエンブレムに用いる剣闘士は多くいます。しかし、全身が赤いのは、塗装自体の料金も嵩むため、ほとんど見たことがありません。サブカラーの黄金色も相まって、貴族の出資が垣間見えますが、その実力”4-45“という事実にはなんら影響はありません。
次に確認すべきは、相手の負ったハンデです。
第1回戦では脚部の重りでしたが、今回も同様のようです。機体色に似合わない、錆色の足枷が英雄の意匠を損ねていました。速度重視かつ正攻法の構成、かつ一撃の重いワタシが相手なので、スタイルは防御や反撃寄りに傾くかもしれません。
最後に武装面。事前のデータ通り、片刃の大剣を背負っています。装甲には変化もなく、サブの武装も追加されていませんから、向こうは通常通りということになります。
過去データからすれば、速度と武器重量の真っ向勝負で、純粋な技量によって打ち負かすタイプです。防御や反撃に寄ったとしても、その強さは曇らない。むしろ隙が消えて攻めづらいまであります。
ワタシが組み立てた戦術は、真っ向勝負しない、手堅い攻撃のみを重ねる、奇襲は一度だけ、です。スタミナに自信がある訳ではありませんが、止まらない連撃を繰り出せるかどうかが、僅かに見える勝ち筋な気がします。
観察するうちにコールが終わりました。
腰を落とし、ハンマーを腰だめに構えます。
同時、英雄は片足を前に、片刃を正眼に据えました。
踏み出せば間合い。
試合開始のコールがーーー
「ーーー!ーー、ーーー!!」
いま!響き渡る!
踏み込む、ハンマーの柄を滑らせつつ、重心は低く低く。
獣。
正攻法には付け焼き刃では敵いません。
ワタシは、獣。
四足歩行、獣じみた低さ、もう一歩、浅く踏み込み、ハンマーを短く横に。
英雄は初撃に身を引きつつ、しかし刃は動いていません。
様子見に更に食らいつくべく、一つ、二つ、ハンマーを揺さぶります。動力の負荷ゲージが跳ね上がり、排気音はさながら獣の咆哮、ハッ、ハッと短い呼吸が耳朶を打つ、目線が切先を追いかける。
後退したーーーいや、すっと剣先が地を這った、そのまま誘い込み、獣を切り上げんとします。
浅い踏み込みが功を奏している。縦に走る罠を軸ずらしでかわし、しかし切り払う一閃が、横に跳んだワタシの背を追う。深く脚を前に、肩を掠めたソレから逃れ、振り返りざまにハンマーを引き寄せるように振ると、再び切り上げられた一撃が火花を散らせました。
開幕の数合が、一瞬で過去に流れゆきました。
強敵です。
判断も剣速も速い。
なのにまだ小手調べといった様子。
赤の英雄は、凄まじい力量でした。
ここ一番の集中と全力でも、まだ足りないのです。
でも、ワタシは、諦めません。
そう、決めているから。
***
そんな熱戦の開幕より少し前。
ティトをアグラルに任せて整備場を出たルィトは、示された路地裏に来ていた。目当ての影はどこだ。
「ーーーー……来たわ。何処?」
はやる気持ちを抑えたつもりが、声色が少し獰猛さを帯びる。
「……焦るな。そばにいる」
情報屋だ。
整備場の入口に示された印は、調査完了のもの。
すなわち、”ベルセッテ・アンブラの正体“についての報告、だ。
「早速聞かせてもらおうかしら」
背後から聞こえた声に振り返らずに言う。
情報屋との取り決めで、顔は見ない事になっている。
もっとも、振り返ったところで、姿は見えないのだろうが。
「では、報告しよう。ベルセッテ・アンブラの正体について」
もうすぐ試合開始の時刻。
闘技場の歓声と熱気が僅かに伝わる路地裏。
「結論から伝えるが、彼は”リリーメン家“の人間だ」
一気に冷水を浴びた気分だ。
「リリー、メン……」
それは、貴族議会における議席持ちで、穏健派かつ安定した血筋の、古く強い貴族の名前だった。
ベルセッテが貴族だという、半ば確信していた事実の報告に、ルィトは視界が淀んだような錯覚を覚えた。
「ベルセッテ・リリーメン。リリーメン家の次男、16歳。長男であるへシュラル・リリーメンは既に当主補佐役として仕事に携わっており安泰しているため、彼自身の将来は分家の稼業補佐になる見込みだ」
貴族で16歳といえば、あと1、2年もすれば身の振り方を固める頃合い。ここ最近の国の状況からすれば、稼業に腰を据え、政略結婚が妥当だろう。
「許嫁は、友好関係にあるライへ家、その第3令嬢のクルネシカ嬢。14歳。両家の2代前の婚姻関係からして、儀礼に則った定期的な婚姻といえる」
加えて、許嫁も定められているとあれば、婚姻の自由などあるはずもない。それは、ティトにとって、絶望的な事実だった。
では、何故?
何故、ベルさんは、ティトの事をあんなにも好きだと言ったの?
あれらは全部ウソなの?
……そんなはず、ない。
あの熱量は、偽りにしては、本気すぎる。
そうでなきゃ、あんなに手紙をしたためたり、愛の言葉を囁やけるものか。
だいいち、仮に嘘だとして、ティトを陥れる理由がない。
……でも、だけど、なんでなの、事実は、すべてを、否定している。
わからないーーー。
彼の、心がーーーーーー。
「アンブラ家、というのは、分家の稼業の隠れ蓑だろう。実在もしているし、しっかりとした実態もある。取引先も確認したが、ベルセッテの名前と履歴もあった。付け加えておくと、彼自身の商才は張りぼてではなく、自前かつ本物らしい」
情報屋の報告が、淡々と告げられていく。
内心がぐちゃぐちゃになりながら、ルィトはまとまらない思考を働かせる。
「……リリーメン、は、どんな家なの」
もし、事実が絶望ではないのなら、そこには、何か秘密があるはず。
「解っている範囲で、サービスだ。今回は多めに貰っているからな」
情報屋曰く、リリーメンは穏健派の貴族である。守護者フラクの騎士を源流とし、武に重きを置く集団でもあり、出自を問わない雇用・徴用を行う事でも有名な家だという。
「ベルセッテ・リリーメンは、剣闘士の顔も併せ持つ。リングネームまでは調べがついていないが、アンタの妹さんにちょっかいをかけるのは、事実、外骨格絡みかもしれんな」
もしも、剣闘士なら、確かに上位になれば、力を持つ血として?
いや、でも、それなら分家だってある。
それに、ティトはまだ下位だ、やはりそうする理由には。
ルィトはその報告を聞き終えると、渦を巻く思考のまま、闘技場へと歩きだすーーー
***
剣閃、錯綜。
鉄華、繚乱。
打ち合う鋼が、幾重にも残響します。
ワタシにしては軽い一撃だらけの連撃も、もはや百を超えました。
相変わらず隙がほとんどない赤い英雄さんを前に、しかし、ワタシは未だに喰らいついている状態です。
スタミナの消耗もかなり進んでいますが、泣き言を言っている場合ではありません。それに、ようやく英雄の防御にほつれが見え始めているのです。身体の状態に反して、ワタシの士気はみなぎるばかりです。
本来の実力差からすれば、そんなことはなかったのでしょう。しかし、相手が防御寄りにシフトしているおかげか、連撃による集中力の低下と足枷によるスタミナの消耗が効いてきているようでした。明らかに剣で受ける攻撃が増えているのです。
「ーー!っ、まだまだ!」
いかに外骨格といえど、消耗には抗えない。
同時に、その装着者も。
拡張マニピュレータを扱う手先も、幾度となく受けた衝撃で痺れつつあります。受け流しても、全ては軽減できていないので、攻撃すればするほど、得物を取り落とす可能性は高まっていきますが、攻撃を止めることはしません。
ハンマーを振り、ステップを織り交ぜ、時には蹴りも入れつつ、回避。
繰り返す打ち合いで分かることもあります。赤の英雄さんは、ワタシが止まるのを待っています。その時、ワタシに致命打を打つつもりなのでしょう。故に、ワタシは止まれません。
「ーーー、ーーー!ーー、ーーー!」
荒い呼吸、鳴り止まぬ歓声、それらが遠くに聞こえる程の集中力で誇張される赤の英雄の所作。
いつまで続くかなんてワタシの気力次第であり、向こうからすれば、受け続けるだけで勝てる試合。
ですが、赤の英雄さんは、それを良しとはしないようです。
回避の瞬間、殺気が膨れ上がりました。
踏み込んだ背中を向けた一瞬、振り返らずとも武器が迫るのがわかります。
こちらの体力が十分削れたと判断したのか、観客の反応ゆえか、それとも別の理由か、定かではありませんが、その瞬間、ワタシを仕留めると決めたのでしょう。
隙ですらないと思う程度の身体のブレが、向こうには隙に映ったのでしょうか。ワタシすら動き出して僅かに遅延を感じる程度の誤差でしたが、回避後の動き出しで、赤の英雄さんの刃が肩を掠めます。
パァン!
肩アーマーの留め金が衝撃で吹き飛び、セルフレームが流れたことでバランスが僅かに狂いました。
大した損傷ではない。アラートも軽微。大きく跳躍しつつ肩アーマーを完全にパージするも、赤の英雄さんは大きく踏み込んで来ています。
迎え撃つ?避ける?
一瞬の判断は、迎え撃つ方へ。
避けるために踏み出していた左脚を軸に回転、脚部アンカーによる固定、掬い上げるようにハンマーを回し、赤の英雄さんの刃に当てに行きます。
ですが、それは失敗でした。
殺気だけを維持したまま、赤の英雄さんの袈裟斬りは浅く踏み込まれ、距離の足りないハンマーは空を掻き、流れるような返しの斬り上げがその隙を跳ね上げます。
ーーーーこれは一度体験した一撃だ。
そう理解するのと、咄嗟に回避行動がでたのは同時でした。
その事実をはっきりと理解せぬままに、ハンマーから手を離し、脚部アンカーを引き抜き、勢いのままに前転回避。
ーーその最中。
返す刃が腕を掠り。
ーーーー違和感が。
転がる衝撃が、肺をおしこみ。
ーーーーーーー既視感が。
それでも身体だけは、本能的に体勢を整えようとして。
ーーーーーーーーーーー経験が。
徐々に、焦点を、絞って。
しゃがみ込んだ姿勢から、赤の英雄さんを見上げた瞬間に、ようやく、ピントが、合ってしまった。
「ーーーーーーーベル、さん……?」
はっきりと、赤の英雄さんに、ベルさんの面影が、背恰好が、重なって、それ以外には見えなくなってしまった。
そして、回避もままならないワタシの首すじに、スッと刃が差し出され、その重さが肩にのしかかりました。
完全に制圧された形で、致命打判定として、司会者が勝利をコールします。
しかし、そんな雑音など、耳には入ってきません。
ワタシは気付いてしまった。
貴族のみが付ける本家のエンブレムが、隠すように、赤の英雄の胴部に刻印されていることに。
何かがおかしい。
なんで、ベルさんが、ここに?
どうして、ベルさんが、貴族のエンブレムを?
答えなどでるはずもなく、ワタシの心はただただ、ざわめくだけ、でした。
■リリーメン家
支配者階級のノーグ族の一つ。リリーメンは、”煌めく灯り“を意味する貴族であり、貴族議会で80ある議席の一つを有する。源流は守護者フラクの騎士であり、貴族の中でも武に重きを置く派閥の有力家。議会の中では穏健派であり、活かすべき武力は主として国防に向けるべきであるという考えと、武に秀でた者は積極的な雇用をすべきという考えがあり、比較的堅実かつ現実的。現当主には4人の子供がおり、それぞれ懇意にしている派閥内貴族に許嫁が定められている。
リリーメン家は剣闘士としても活躍する者を多く排出しており、その固有エンブレムは、夜空を模した黒塗りの盾。そこに4つの星を散りばめた下地に、金の燭台と赤い火を合わせた意匠となっている。
[構成]
現当主 シルボルト・リリーメン(35)
当主夫人 ベルシカ・リリーメン(37)
次期当主 へシュラル・リリーメン(18)
次男 ベルセッテ・リリーメン(16)
長女 ヘルミス・ジルトルミス(19)/婚姻・嫁ぎ済
次女 シルシカ・リリーメン(13)
■ライへ家
支配者階級のノーグ族の一つ。ライへは、”温かな朱“を意味する貴族であり、貴族議会で80ある議席の一つを有する。リリーメンと同じく源流を守護者フラクの騎士としており、その思想もほぼリリーメンと同一に近いが、リリーメンよりも穏健派寄りと言われる。両家はつかず離れずの家系図を持ち、2、3世代ごとに養子や許嫁による交配で関係を深いものとしている。
[構成]
現当主 ジストリア・ライへ(40)
当主夫人 イルカリス・ライへ(35)
次期当主 イルア・ライへ(15)
次男 ジストア・ライへ(10)
長女 イルセラ・ロアボルト(20)/婚姻・嫁ぎ済
次女 エリネム・ライへ(15)
三女 クルネシカ・ライへ(14)
■リーアエルム
ギュメル族の家名の一つで、”巨像整備士“を意味する。これは貴族たちのような受け継がれた血筋とは異なる。ある種の派閥、職業家名的な側面が強いものであり、源流は守護者フラクの直属整備士の名乗る家名。この家名は、師匠から弟子へと受け継がれたものであり、数多くいたのは昔で、今は数える程の工房しか残っていない。
■ロクシュラル
ギュメル族の家名の一つで、”狩りの剣“を意味する。これは一般的に狩人の家系で用いられており、ありふれた家名の一つである。狩人は主として剣を用いる者、主として弓を用いる者、主として罠を用いる者がチームを組んで仕事を行うのが一般的であり、チーム内での役割が、そのまま家名に流用された。そのため、狩人の集まり等では、どのチームかを家名に添えて呼び合ったりする。例えば”西陽地区の剣士“”地殻壁の罠師“など。




