CASE3-21 「――一昨日の事です」
「――一昨日の事です」
取締室の応接ソファに身を縮こまらせて座るスマラクトは、ポツポツと話し始めた。
マイスは自分のチェアで、イクサはローテーブルの向かいのソファに座って、彼の話に耳を傾ける。
「――ワタクシは、いつものように、いつもの場所で彼女――カルちゃん……カルナさんと会いました」
「……サクティウッド公園で――ですか?」
「あ……あ、ハイ。その通りです……けど、何故、ご存知で……?」
「あ……いや、その……」
スマラクトが驚いた顔をして、それから怪訝な表情に変わった。彼から当然の疑問を投げかけられたイクサは、思わず言葉に詰まる。――『こっそり後を尾行けてました』とは、少し言い辛い。
と――、
「――スマラクトさん、先を続けて」
「――あ、ハイ!」
マイスの一言で、スマラクトは背筋をピンと伸ばした。
そして、彼は、その重い口を開く。
「……その時、カルナさんは言ったんです。――『あなたのお店にあるっていう“ガルムの爪”を、一目でいいから見てみたいわ』って……」
「――! それって……!」
イクサとマイスは視線を交わし、お互いに小さく頷いた。
俯きがちのスマラクトは、ふたりのアイコンタクトには気が付かず、ぼそぼそと言葉を続ける。
「も、もちろん、ワタクシは、最初は断ったのです。『アレはとても大切な預かり物だから、いくらカルちゃんの頼みでも、聞く事は出来ない』――と。しかし……彼女は、頑として納得しませんでした」
「……」
「彼女は、『そんなに貴重なモノなら、なおさら見てみたい。それなのに、見せてくれない。スマスマは私の事をを信用してくれないの?』とワタクシに縋り付き、遂には『信用してくれない人とは一緒になれない! もう別れましょう!』とまで言われ――」
彼は、大きな大きな溜息を吐き、言葉を継いだ。
「――結局、その言葉が決定打で、ワタクシは彼女に押し切られてしまいました。一目……ただ見るだけ。――それくらいだったらいいよ……そう、引き受けてしまいました……」
そこまで言うと、スマラクトはこみ上げるものを抑えきれなくなった様子で、肩を震わせて嗚咽しながら、ポケットからクシャクシャのハンカチを取り出すと、音を立てて鼻をかんだ。
ひとしきり泣き終えると、ごほんと咳払いをして、彼は先を続ける。
「それから――ワタクシは彼女を連れて、皆さんが退店して無人となったこの店に、合い鍵を使って入りました」
「合い鍵……スマラクトさんも持ってたんでしたっけ、そういえば……」
イクサは、思わず嘆息した。確かにこの店の鍵は、緊急時に備えて、マイスの他にイクサと――スマラクトが持っている。
(軽々しく、スマラクトさんに合い鍵を渡したりなんかして……迂闊だったな……)
彼を信頼して合い鍵を渡したのは、他ならぬ自分自身。――その事実を思い出し、彼は思わず頭を抱えた。
そんな上司の苦悶にも気付かぬ様子で、スマラクトは言葉を続ける。
「……で、店の事務所から鍵を持ってきて、収納庫を開けました」
「……ちょっと待って」
スマラクトの告白を、マイスが遮った。スマラクトの顔が、緊張で引き攣る。
マイスは、考え込むように軽く目を閉じながら彼に尋ねた。
「貴方が、収納庫の鍵を取りに行っている間、彼女――カルナさんは、どこにいたの?」
「あ……ハイ。カルちゃ――カルナさんは、廊下の方で待たせていました。さすがに、部外者を事務所の中に入れるのはマズいと思いまして……」
「事務所に部外者を入れるのはマズいという判断は出来ても、無人の店の中に部外者を入れるのはマズいと思わなかったんだ」
「……そ、それ、その…………ぐすっ」
彼女の痛烈な正論に、返答に詰まり、ベソをかき始めるスマラクト。マイスは、ハア……と大きな溜息を漏らすと、「続けて」とだけ告げる。
イクサも、内心で呆れ果てながらも、それを表面に出さないように気を遣いながら、スマラクトに自分のハンカチを渡す。
「ほら……、これも使って、涙を拭いて下さい。――で、続きをお願いします」
「うう……有り難うございます、主任んん……!」
スマラクトはボロボロと涙を零しながら、イクサからハンカチを受け取ると――盛大に鼻をかんだ。
「…………」
「ありがとうございます……主任」
と、クシャクシャに丸められて差し出されたハンカチを、イクサは引き攣り笑いを湛えて指先で摘み上げると、そのまま傍らのゴミ箱へと放り投げた。
一方、目と鼻がすっきりしたスマラクトは、またポツポツと話し始める。
「えと、それで……。ふたりで収納庫の中に入って、奥に仕舞われていた“ガルムの爪”を取り出して――カルちゃんに見せてあげました。もう、ガルムの爪の現物を見てはしゃぐカルちゃんが可愛らしくって――」
「スマラクトさん」
「ひ――失礼いたしました……」
ドスのきいたマイスの声に縮み上がったスマラクトは、声を震わせながら先を続ける。
「……で、一通り見て、カルちゃんも満足した様だったので、“ガルムの爪”をケースに入れて、元の位置に戻そうとした時に――」
そこまで言うと、彼は言葉を継いだ。
「カルちゃんが、脚を引っかけて、棚をひとつ倒してしまったのです。ワタクシは慌てて、倒れた棚を直し、散らばった書類を集めました」
「……その間、カルナさんは、何を……?」
イクサの問いに、スマラクトは力無く首を横に振った。
「……彼女は、私の後ろ――収納庫のドアの付近に立っていました。……ただ、ワタクシは、書類を集めて纏めるのに夢中で、後ろに注意が行き届かず……」
「「……それだ――」」
マイスとイクサは、同時に呟いた。マイスが、更に質問を重ねる。
「……ねえ、スマラクトさん。ひとつ訊いていいかしら? ――その日、カルナさんは、どんな服を着ていたのかしら?」
「え……ええと……」
「――当ててあげようか? 今、私が穿いているのと同じ、踝まで届くロングスカート……そうでしょ?」
「へ――? た、確かにそうです! な……なぜ、それを――?」
見事に正解を言われ、目を丸くして驚くスマラクト。一方のマイスは、浮かない顔で口を開く。
「……彼女は、はじめから“ガルムの爪”をここから持ち出す為に、貴方を騙してここに来たのよ。ロングスカートを穿いてきたのも、その為。予め、スカートの裏地に、長剣一本をすっぽりしまい込めるようなポケットを作っておいたのよ」
「そ……そん……な……」
マイスの説明に、愕然とするスマラクト。
「収納庫で書類棚を倒したのも、わざとね。――貴方が書類を拾い集めようとして彼女から目を離した隙に、ケースの中に入っていた“ガルムの爪”をこっそり抜き出して、スカートの裏のポケットに隠し、その後、スカートにガルムの爪を隠し持ったまま、収納庫と店頭の鍵を閉めたスマラクトさんの後に続いて、素知らぬ顔で店を出た。――そんな手口ね、多分」
「……なるほど。それなら、辻褄が合いますね。収納庫の鍵がキチンと閉まっていたのも、“ガルムの爪”のケースだけが、そのまま残されていたのも……」
彼女の推理に、イクサが頷く。スマラクトだけが、真っ白な顔でジッと黙っていた。
マイスは、深く息を吐くと、厳しい声で断じる。
「これでハッキリしたわね。――今回の、“ガルムの爪”盗難事件の犯人は――カルナさんよ」




