CASE2-21 「恥を知れいッ!」
「な……何が起こったっ?」
唐突に上がった狼狽え声を背中で聞いたマイスは、目の前の騎士の喉元を長杖で突いて昏倒させてから、声のした方に目を向けた。
店の扉を破ろうとしている騎士たちを、何としてでも止めようと急ぐ彼女の行く手を塞いでいたラシーヴァ麾下の騎士達の全員が、呆気に取られた顔を店の方へ向けている。
(――?)
騎士たちの様子に奇妙なものを感じ、店の方へ視線を移したマイスは、
「――誰?」
半壊した扉の前で、堂々とした態度で立っている小柄な老人の姿を見て、訝しげに首を傾げた。
かたや、マイスの姿を見留めた老人の方は、人懐っこい笑顔を浮かべながら、気安げに右手を挙げる。
「おう、お嬢ちゃん、無事かのぉ?」
「……え、ええ……まあ」
気安く声をかけられて、戸惑った顔を浮かべるマイス。老人は、ぴょこぴょこと杖を突きながらマイスの方――そして、彼女を取り囲む騎士達の方へと不用心に歩いてくる。
「……あの……おじいさんは……?」
「何じゃ! シーリカちゃんやあの若造から聞いておらんのか! ――ワシャ、バスタラーズじゃ!」
老人――バスタラーズは、むっとした表情を浮かべた。
彼の名を聞いたマイスは、はたと手を叩く。
「あ、ああ~。おじいさ……貴方が、あのバスタラーズ様――」
そう言えば、イクサやシーリカの口から彼の名前を聞いてはいたが、実際に顔を見るのは初めてだった。
マイスは、いつものようにスカートを摘まんで一礼しようとしたが、騎士たちの拘束から逃れる為に、自らロングスカートを裁ち切ってしまった事を思い出し、少しだけ顔を赤くしてペコリと頭を下げた。
バスタラーズ老人は、彼女の汚れほつれ破けたドレスを目にすると、その眉間に深い皺を寄せる。
「おやおや……そのスカートに服……此奴らにやられたのかの?」
「……ええ、まあ」
老人の問いに、苦笑で返したマイス。それを聞いた途端、老人のしわくちゃの顔が、みるみるうちに朱に染まった。
バスタラーズは、怒髪天を衝く勢いで、居並ぶ騎士達を怒鳴りつける。
「この……クソたわけ共がぁっ! 貴様らはッ、市民を守るべき近衛騎士であろうが! 陛下より賜りし武具を、事もあろうに無辜の市民に向けて振るうなど、言語道断の極みじゃ! 恥を知れいッ!」
「――ぐ!」
老人の一喝に、何人かの騎士は顔色を失い、気まずげに俯いた。しかし、殆どの騎士は憤怒の形相を浮かべ、小柄な老人に敵意を剥き出しにした視線を向ける。
その代表が、眦を吊り上げ、憤怒の形相で元素長剣を地面に叩きつけた。
「う……うるはい! ほのジジイが! わらわら来てもらっれ、手間がはふへは! ほのはへの借りを、貴様の命れ償ってほはふほ!」
ラシーヴァの怒号を浴びたバスタラーズは、怪訝そうな表情を浮かべながら首を捻る。
「……はて? お前さんは、先日、シーリカちゃんにしつこく絡んでおった近衛騎士じゃな。……だが、フガフガ言うばっかりで、何を言うておるのか全く解らんのぉ」
「しょ、しょうははいはろ! ほの女に、歯ぁ折られへひはっはんははらぁ!」
「じゃから、何を言うとるのか解らんと言うておろうが! まったく、若いクセにワシより耄碌しておるんか、お前さんは?」
老人は短気を起こし、逆にラシーヴァの事を怒鳴りつけた。
それを聞いたラシーヴァは目を潤ませ、おもむろに元素長剣を振り上げる。
「オレらっれ、好ひへほんな歯にひはわへじゃ無ええええっ!」
「おじ……バスタラーズ様! 危ないから――」
「ワシのより、お前さんの杖の方が使いやすそうじゃ。お嬢さん、その長杖をちょいと借りるぞい」
「へ――?」
バスタラーズは、返事を聞く間もなく、呆気に取られたマイスの手から、長杖を抜き取った。
「あ……ちょ――!」
「死ねえええええええっ!」
ラシーヴァが、振り上げた長剣を、力任せに振り下ろす。――その剣閃の鋭さには容赦が無い。本気でバスタラーズの脳天をたたき割るつもりだ。
カーンという乾いた音が響き、長剣を振り下ろしたラシーヴァが大きく体勢を崩した。長杖で彼の必殺の一撃を受け止めたバスタラーズが、その勢いを巧みにいなして、剣の軌道を変えたのだ。
そして、前のめりに姿勢を崩した事で露わになったラシーヴァの首元に、一回転させて勢いをつけた長杖の痛烈な一撃を叩き込む。
「ぐ、グウウッ!」
ラシーヴァは、苦痛の声を上げながらも、脚を踏ん張って辛うじて持ち堪えた。
それを見たバスタラーズ老人は、落胆した顔で首を傾げる。
「ふうむ。昔だったら、今ので終わっておったのにのう……。倒しきれんとは、ワシも衰えたもんじゃて。やれやれ、トシは取りたくないのぉ……」
「ほ――ほはへ、ジジイ! ほへははほうはッ!」
ラシーヴァは、刈り取られかけた意識を必死で繋ぎ止めて顔を上げると、再び元素長剣を振り上げた。――その鍔に埋め込まれた緑の魔晶石が、再び目映い光を放つ。
「ふはばへぇぇぇっ!」
彼は、憎悪に満ちた目で二人を睨みつけると、躊躇なく元素長剣を振り下ろす。――ダイサリィ・アームズ&アーマーの店頭の扉を破壊した突風の斬撃を、今度は二人の民間人に向けて放とうというのだ。
「――マイスさんッ!」
矢も楯もたまらず、店の中から飛び出したイクサが叫ぶ声を背中で聞きながら、マイスは傍らの老人の袖を引く。
「バスタラーズ様! 危ないから、避け――」
「大丈~夫じゃ、お嬢ちゃん」
だが、バスタラーズ老人に焦燥の色は全く見られない。ただ、ユラリと、腕輪を嵌めた右手を掲げただけだ。
「ワシに任せておきんしゃい」
老人が、まるで世間話でも始めるような口調でマイスに言った瞬間、腕輪が翠色の強烈な光を放ち、凄まじい旋風が巻き起こった。
バスタラーズの腕輪が放つ翠光の眩しさは、ラシーヴァのそれとは、まるで比較にならない。
ラシーヴァの目が驚愕で見開かれ、マイスが唖然とした表情で呟く。
「これは……同じ、風属性の魔晶石?」
ラシーヴァの風の斬撃とバスタラーズ老人の旋風が激しく絡み合い、周囲を凄まじい轟風が吹き荒れた。
「――同じ? いやいや、お嬢ちゃん」
バスタラーズ老人は、愉快そうに顔を綻ばせると、掲げた右手にぐっと力を籠める。
彼の起こした旋風は更に勢いを増すと、ラシーヴァの風斬撃を完全に呑み込み、撹拌し、終には消滅させた。
首をコキリと鳴らした老人は、満足そうな笑みを浮かべながら、上機嫌に言い放つ。
「ワシの豪風に比べれば、此奴の風など、そよ風みたいなもんじゃよ、ヒョッヒョッヒョッ!」




