CASE2-20 「我々の命運は……もう……」
「あわわわわ! 主任、来ました! 騎士達が……ニ人!」
入り口の木扉の隙間から外の様子を覗いていたスマラクトが、顔を真っ青にして叫んだ。
「……だ、大丈夫! さっきマイスさんに言われた通りに、バリケードも造ったし……」
イクサは殊更に平静を装って、彼に答える。それは半分、身体を強張らせて、彼の腕に縋り付いているシーリカを少しでも安心させようとして発した言葉だった。
「い……イクサ先輩……だ、大丈夫でしょうか? もし……」
「大丈夫だよ、シーリカちゃん! マイスさんも、俺たちも、この店も、絶対に助かるから!」
「な……何を脳天気な! そんな事を言ったところで、何の根拠も無いだろうが……」
「ブリトヴァ経理部長……」
カウンターの奥から割り込んできた声に、イクサは露骨に顔を顰めた。
「大丈夫ですって。この騒ぎを聞きつけて、じきに街の衛兵達も駆けつけるでしょうし……。そうすれば、向こうの連中が、いかにメチャクチャな事を言っているのかハッキリと分かりますし――」
「甘い! それが脳天気だというのだ、イクサ主任!」
イクサの気休めの言葉に噛みつくブリトヴァ経理部長。
「あ……相手は王国の近衛騎士と、その郎等達だぞ! ボスが任せろと言っていたとしても、相手が悪すぎる! 彼らが黒と言えば、白いものも黒い事にされてしまうんだ! 我々の命運は……もう……」
「経理部長は、もう黙ってて下さい!」
イクサは苛立って、ブリトヴァに怒鳴った。
『――そんな事は、言われなくても分かっている!』危うく、そう叫びそうになるのを必死で堪える。
実際、衛兵や自警団がこの場に到着したとしても、近衛騎士の威光に畏れをなして、介入に二の足を踏む可能性は高いし、寧ろ、逆にラシーヴァ側に付いてしまう恐れすらあるのは確かだ。
――しかし、そんな事をここで言っても、どうしようも無いではないか。
あたらシーリカやスマラクトを怯えさせるだけだ。
せめて、楽観的な言葉のひとつでも吐かないと、この場にいる全員が、不安に押し潰されてしまうではないか。
(そんな事も分からないのかよ……!)
そう、イクサは心の中で毒づいた。
――その時、ガチャガチャと、木扉のドアノブが捻る音が聞こえた。五人の間に、一気に緊張感が高まる。
男連中は、各々が手に取った武器をぎこちなく構え、身体を強張らせる。それは、先ほどまで“商品”として壁にかけられていたもので、彼らにはなじみの深いものばかりだった。
もちろん、自分たちで販売している“商品”だから、その使い方も知ってはいる。
――しかし、当然の事だが、実際に自分たちで使用した事は無かった。
(……本当に、騎士達が押し入ってきたら……)
果たして、自分はコイツで戦えるのだろうか……? イクサは、そう考え、手にした剣の柄を固く握りしめる。掌がぐっしょりと、嫌な汗で濡れているのが分かった。
喉がカラカラで、先程痛めつけられた身体が軋み、アチコチで悲鳴を上げている。
――と、ガチャガチャと喧しく音を立てていたドアノブが、急に静かになった。
誰も咳きの音一つ立てず、耳に痛いほどの沈黙が、店内を支配する。
(……ひょっとして、諦めて帰ってくれた……?)
イクサの頭の中に芽生えた、微かな希望――
“ガガンッ! バキバキッ!”
――は、耳障りな音によって、一瞬で摘み取られてしまう。
激しい打撃音と共に、入り口のドアに大きな亀裂が入り、その間から戦斧の鋭い刃が覗いていた。
「ひ――! あいつら……ドアを破壊して……!」
「い……いやぁ――……っ!」
悲鳴を上げるスマラクトとシーリカ。
ブリトヴァの姿は、いつの間にか消えていた。
店内の椅子や机を積み上げた急造のバリケードの前で、シーリカを庇う様に立ち、ぎこちなく剣を構えるイクサ。早鐘の様に鳴り続ける心臓の響きで気が遠くなりかけながらも、剣を握りしめる手にグッと力を籠める。
そうしている間にも、繰り返し扉に戦斧を打ちつける音は続き――遂に、派手な音を立てて分厚い木製の扉は粉々に砕け散った。
扉の無くなった入り口から、鉄兜を被った騎士の顔が覗き込む。
怯え切ったイクサ達の姿を見留めた瞬間、騎士の血走った眼が眉庇の奥で愉悦に歪むのがハッキリと見えた。
「――!」
「や~っと開いたぜ! 手間を掛けさせやがってよぉ……」
「チッ! ちゃちいバリケードまで張りやがって! 無駄な抵抗してるんじゃねえよ、愚民共が!」
そう下卑た声をあげながら、騎士たちはバリケードの排除に取りかかる。
(マズい……! バリケードを破られたら、もう……!)
やるしか……ないのか?
イクサは絶望に震えながら、ギリッと唇を噛み締めた――次の瞬間、
――ゴオオオッ!
突然、店の外が翠色の眩い光が瞬き、同時に一陣の豪風が吹き荒んだ。
「な……なああああっ!」
「う、うわああアッ――!」
その猛烈な風の奔流に巻き込まれ、重い鎧を身に纏った騎士たちが悲鳴を上げながら、まるで木の葉の様に吹き飛んだ。
「い――?」
イクサは、目の前で起こった信じ難い光景に、思わず目を丸くする。
と――、
「……まったく……! 夜道を気持ちよく散歩しとったら、やたら騒がしいのが気になって様子を見に来てみれば……。ワシの贔屓の店に何をやっとるんじゃ、キサマらぁッ!」
万雷の様な怒鳴り声が、この場に居る全員の耳朶を激しく揺らした。
そして、店の前に、ひとりの小さな人影が立つ。
「あ……あなたは……っ!」
「おう、若いの。――シーリカさんは無事じゃろうな?」
と、呑気な声で尋ねたバスタラーズ老人は、呆然と立ち竦んだイクサに、不敵で豪快な笑顔を向けるのだった――!




