CASE2-6 「……受けるしかないでしょうね」
その日の閉店後――。
「あ~、ワタクシも見たかったですぞ~! 眼鏡をかけたボスの顔を……!」
「……スマ先輩、もういい加減しつこいです!」
くねくねと気持ち悪い動きで悶えるスマラクトを、シーリカが冷たい目で一喝した。
「い、いや、しつこくもなりますぞ! この中で、ボスの女教師コスプレを拝んでいないのは、ワタクシだけなのですぞ! もう、千載一遇の機会を逃したショックが――もう~!」
だが、スマラクトはなおも口惜しげに叫ぶと、またクネクネと身体を捩らせる。その様を見たシーリカは、あからさまに嫌悪感を浮かべた顔になる。
「な……何ですか、女教師コスプレって……! 響きが、何かいやらしいんですけど……」
「……いや……、アレは、どっちかというと、女医コスプレ……」
「い――イクサ先輩まで?」
顔を引き攣らせながら、即座にふたりから距離を取るシーリカ。彼女の脱兎のような勢いに驚いたイクサは、必死に手を振りながら首を横に振る。
「い、いや、違うよ、シーリカちゃん! 今のは、ただの冗談――!」
「いーえっ! 絶対今のは本心からの言葉でしたよぉ! もう! 男の人なんて皆エッチな事ばっかり――」
「いやいや、シーリカちゃん! ワタクシどもは、決していやらしい意味ではなくて、その……ありがたい的な意味の……」
「そ、そう、それ! なんか格好良かったじゃない! 颯爽としててさ。毅然ともしてたし――。男から見ても憧れちゃうなあ、凄いなあ、カッコいいなあ的な意味で出た比喩的表現なんだよ、今のは!」
必死で言い訳……もとい、釈明を捲し立てるスマラクトとイクサ。すると、シーリカは、顎に手を当てて、考え込む。
「颯爽……カッコイイ……まあ、確かに、そうでしたね……」
そして、ウットリとした顔になって、その時の事を思い浮かべる。
「格好良かったなあ、マイスさん……。メガネをかけたら、キリッと引き締まった顔になって……」
「……だよなあ。隣で見てても、あのチャラついた騎士を完全に圧倒してたもんなぁ。最後は、やり込まれてすっかり大人しくなってたもんね、アイツ……」
シーリカと一緒に、イクサもうんうんと深く頷く。
マイスのメガネ姿の顛末を全く見ていないスマラクトは、ひとり蚊帳の外。彼は、地団駄を踏んで悔しがる。
「もう……ふたりとも……ズルいですぞ~っ!」
◆ ◆ ◆ ◆
「くしゅんっ!」
一方、取締役室の机について、封蝋の捺された手紙を手にしていたマイスは、思いっきりクシャミをした。
「おや――どうしましたか、ボス? 風邪ですか?」
デスクの向こうで姿勢良く立つ、どこか剃刀を思わせる容貌の中年の男が、首を傾げてマイスに尋ねる。
「――いえ、大丈夫。……ありがとう、ブリトヴァさん」
マイスは、微かに顔を赤くしながら、口の回りをハンカチで拭き取りながら答えた。
ブリトヴァと呼ばれた中年男は、眼窩に嵌めた片眼鏡を指で調整しながら、静かな声で言う。
「もう、季節は夏になりますが、夜はまだまだ冷えます。キチンと布団を掛けて寝ないと――」
「だから、大丈夫だって言ってるでしょ! いつまでも、子供扱いしないでもらえます? ブリトヴァ経理部長!」
まるで子供に説教するかのような口ぶりのブリトヴァに苛ついて、思わず声を荒げるマイス。が、すぐに我に戻り、頭を下げる。
「あ……ゴメンなさい。つい……」
「いえ……私こそ失礼を致しました。一人前の淑女に対して口にする言葉ではございませんでした。大変、失礼をば致しました」
ブリトヴァは、眉ひとつ動かさずに詫びの言葉を述べると、暖かみの感じられない挙措で深々と一礼した。
それを見たマイスだが、顔は晴れない。寧ろ、彼の慇懃に過ぎる所作に対して、おちょくられたように感じてしまい、少しだけ眉を顰めた。
が、それ以上言う事はなく、無言でペーパーナイフを使って、手紙の封を切る。
封筒の中に入っていたのは、肌触りの良い高級紙で出来た便箋が1枚。封蝋のそれと同じ紋章の透かしが入っている。
彼女は、白魚の様な指で便箋を開き、書かれている内容を読む。
そして、読み終わると大きな溜息を吐いた。
「……何と言ってきましたか、フリーヴォル伯は?」
ブリトヴァの問いかけに、マイスは苦笑いを浮かべながら答える。
「何て事は無かったわ。ただの修理の依頼みたい。――ただ」
そして、困った顔になって、肩を竦めてみせた。
「その修理品ていうのが、フリーヴォル伯爵家に代々伝わる家宝のひとつの“アリエテルタの大戦槌”で、城から動かせないから、出張して欲しい……っていう事らしいわね――今回は」
「……今度は考えましたな、先方も」
ブリトヴァは、僅かに口角を上げると、髭の薄い顎を撫でた。
マイスは、そんな彼の顔を上目遣いで睨む。
「……なーにを面白がってるのよ、ブリトヴァさん。他人事だと思って」
「……失敬」
恨めしげに睨まれたブリトヴァだが、すぐに表情を消して、何事もなかったかのように言葉を続ける。
「――で、ボス。どうなさいますか? この依頼……」
「……受けるしかないでしょうね」
彼女は憮然とした表情を浮かべて、便箋を散らかったデスクの上に放り投げた。
そして、革張りの椅子の背もたれに身を預けて、諦め顔で言う。
「修理受付業者が、修理の依頼をすっぽかす訳にもいかないでしょう? おまけに『併せて、城兵支給用のレザーアーマー新規導入に関する具体的なご相談もさせて頂きたい』って、ご丁寧に書いてあるんだもの。さすがに、修理担当だけ派遣してお終い……て訳にもいかないし」
「――もし、差し支えなければ、私が名代として……」
「ありがとう、ブリトヴァさん。――でも、ダメよ。多分ね」
ブリトヴァの申し出に微笑みを浮かべながらも、マイスは頭を振った。
「伯爵家直々のお招きに対して、一介の修理業者風情が名代を派遣して寄越す――っていうのは、伯爵家の面目丸潰れも同然だから、さすがにマズいでしょう。そこまではいかなくても、向こうにヘソを曲げられたら、折角のレザーアーマー大量受注のチャンスをみすみす逃す事になりそうだし……」
そう言いながらも、彼女の顔は晴れない。それでも、彼女は気力を奮い立たせるかのように、手を打ち鳴らした。
「大丈夫よ! あのフリーヴォル伯爵の攻撃なんか、優雅に躱しきってみせるから!」




